幕間七拾話 桐谷不動産奮闘記 その1
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自社が管理する物件内にダンジョンが発生していたという、少々想定外の事態に泡を食いながら後始末に奔走し、ようやく諸々の事態が落ち着いたころ、お詫びの手土産を手に申し訳なさげな表情を浮かべた広瀬君らが訪れた。今回の件は別に彼等が悪い訳では無いので、そう申し訳なさそうにされるとコチラとしても困る。今回の件に関しては、完全に此方の手落ちといえる事態なのだから。
なにせ自社が管理を任されている物件なのに、物件紹介の為に訪れたお客と同じタイミングで異常を発見するなど大失態である。ダンジョン誕生などという世界的な異変が起きていたのだから、少なくとも自社が管理する物件は僻地にあるモノでも軽くは調査しておかなければ成らなかったと、会社全体で反省した事案だった。
「いらっしゃいませ、お待ちしていました」
普段通りに来店の挨拶をすると、少しぎこちない表情を浮かべながら返事をしてくれた。この感じだと言葉で気にする必要はないと伝えても効果はなさそうなので、普段通りの接客をする方が良さそうだな。
そして暫く普段と変わらない感じで接客をしていると、次第に広瀬君達の緊張もほぐれていった。
「なるほど、文化祭後の学校の方でそんなごたごたがあったんですね」
いきなり本題に入りはせず、緊張をほどくための世間話のついでに広瀬君達の近況報告を聞いてみる。学生の飲酒問題については羽目を外しすぎた連中がまぁ馬鹿やったなとしか言いようが無いが、学生探索者が関わる税金関係の話は中々興味深かった。確かに考えてみると、普通の高校生ならまず考えないような部分になるだろうからな。後々、手遅れになってから慌てる学生探索者が多く出る様になるかもしれないな。
そして暫く世間話をして程よく緊張が解れ社長も来たので本題、以前提案された購入資金増額の件について聞いてみる。
「どの程度までの予算をお考えですか?」
購入資金を増やすといっても倍程度かな?と思っていたのだが、臨時収入があったとの事で一気に当初予算の10倍までの物件を検討したいと求められた。どうやらこの間の件で、コチラの想定以上の臨時収入が懐に入ったらしい。
一瞬、俺は興味本位で如何程貰ったの?と追及してみたい気もしたが、増額された額が額なので深入りするのは拙いと踏み止まった。
「分かりました。では用意してきますので少しお待ちください」
社長と広瀬君達に軽く会釈をした後、俺は急いで事務所の方に求められた資料を取りにむかう。事務所に戻ると俺は手の空いていた同僚に手伝いを頼んで、条件に合いそうな物件の資料を集める。だが時間も無い事なので、元々用意していた資料に加え金額面などの条件が合わずに省いていた物件の資料を纏めて持って行くことにした。流石に変更する予算がたった今掲示されたばかりなので、紹介物件を厳選する余裕はないからな。金銭面で条件が合致する資料をかき集めただけなので50件近くになったが、まぁ広瀬君らと他の条件に付いて話しながら絞っていくしかない。
そして数が数なだけに一抱え程ある資料の束を持って事務所を後にする。
「お待たせしました」
俺は持ってきた資料の束をテーブルの上に置き、おおよその金額毎に分けて置いていく。
そして手始めに広瀬君達の興味を引いたのは、島。島が丸ごと一つ売りに出されているロマンを感じさせる物件だ。ただし沖合に浮かぶ島で、そこそこの大きさではあるが交通の便に難がある物件。広瀬君達が出した条件に合致しそうだが、船移動が必要で海が荒れると孤立する可能性が高いのであまりお勧めできない物件でもある。
「交通の便が悪いと、車とか使えない俺達には少し不便なんですよね。俺達が手軽に使える交通手段といえば、もっぱら自転車なんですけど……」
そして物件資料を吟味しつつ広瀬君達の移動の足について話を聞いていると、探索者が使う自転車の部分に興味を抱いた社長が食いついた。
そして広瀬君達から語られる、探索者が自転車を使った際の移動に与える驚異的な影響の数々。
「(自転車を普通に漕ぐだけで自動車並みの速度が出せる? 特に疲労も無く短時間で数十キロの移動が可能?)」
広瀬君らの話は一番最初に自転車の話と聞いていなければ、バイク移動の話かと勘違いしてしまいそうになる。自転車といえば、子供から大人まで利用する一番身近で手軽な交通手段であろう。安価で購入可能であり、特別な運転資格も必要なく、少し練習すればたいていの人は乗りこなせる。生活圏内を手軽かつ素早く移動でき、それなりに重い荷物の運搬も可能で生活を便利にしてくれるアイテム。
そのはずが、中堅レベルの探索者が使うという前提ではあるものの、これまでの常識を覆す驚異的な移動手段へと早変わりする事が示唆された。
「探索者が使えば自転車も、自動車やバイクにも負けない立派な車両になりますね」
まぁ市販の自転車はそんな速度で動く事を想定していないだろうから、先に自転車の方が参るだろうな。現状でこそ道路交通法による規制は入ってないが、自転車を使う中堅レベルの探索者が増えれば確実に規制が入るだろうな。広瀬君達のような学生探索者は基本、通学など日常の足として自転車を使う事が多いだろうからな。
バイク並みの速度で自転車を走らせる学生たちの集団か……毎朝の通学はロードレース、かな? 何か末恐ろしい光景だな。
「という事は、皆さんの移動力は自動車並みと考えて良さそうですね。そうなると物件までの範囲が広がりますね……最寄りの交通機関から2,30㎞圏内の物件は許容範囲かな? 山道も大して減速なく上り下りできるなら、山間部の物件も候補に入りますね」
広瀬君達が高校生という事で絞っていた物件までの移動距離という制約が、自転車の存在でかなり緩和された。折り畳み式や分解出来るタイプの自転車なら、専用の袋に入れていれば公共交通機関に持ち込む事も可能らしいしな。勿論、混雑していないとか運行状況にもよるらしいけど。
そう考えると、結構な数の物件が条件に適合するな。
「今まで聞いた話を考慮し幾つかの物件をピックアップしてみましょう」
改めて条件を加味して物件資料を調べてみると、少々問題はあれどよさげな物件が2つ出て来た。
1件目は交通の便も良い小山丸々1つの物件。予算も掲示された範囲内なのだが、問題はこの小山が杉山であるという事だ。時期になると植林された杉から大量の花粉が舞い、周辺はかなり厳しい状況になるとの事。杉の伐採をおこなえば周辺の環境も改善するだろうが、伐採を含めた改良工事には多額の資金が必要で小山の購入費と同等かそれを超える可能性が高い。場所や敷地の広さを考えればかなりお得な物件ではあるが、広瀬君達と話し合った結果……。
「そうですか、皆さんのお眼鏡にかなわず残念です」
流石に杉花粉の被害にあう土地は……との事で、1件目は候補地から脱落する事となった。
残念という気持ちを胸中に仕舞い、いったん皆で休憩という事でお茶で場の仕切り直しを図る。
2件目に紹介した物件に広瀬君達はかなり興味をひかれたようで、4人で現地を内見しに行く事になった。車で1時間程離れているが、まぁ世間話をしながらなのでそう長く感じる事も無いかな?
今回は色々と話のネタ……愚痴がある事だしね。
「全く、書類書類っていったい何枚提出すれば良いんだよって毎日だったよ……」
俺は管理物件内でダンジョンを見つけて以来行っていた業務についての愚痴を、内見に向かう道中の車内で広瀬君達にこぼしていた。あまり褒められた行為じゃないのは分かっているが、社内で愚痴を漏らすわけにもいかず、事情を知らない見ず知らずの人にもいえなかったので、社外で事情を知っている広瀬君達に愚痴るしかないからだ。お客に愚痴を漏らすなど本来ならありえないと思うが、これまで何度も彼等の内見に付き合った結果、かなり気心を知る間柄になったので問題はない……と思う。
そして暫く溜め込んでいた愚痴を吐き出し終えた後、ダンジョン発見後の桐谷不動産が取っていた動きについて少し教える事にした。
「全く……人間というのは強欲だね。ダンジョンが見つかるまでは早く売り先を見つけろといっていたのに、ダンジョンが見つかった後はまだ売らないの一点張りだよ」
大きな溜息を吐き出しながら、周辺の土地を所有する地主さん達の行動に対する愚痴を口にする。手の平返しとは正にこの事だなと、彼等の行動に頭を抱える日々だ。確かにこれまで二束三文にもならなかった土地が、ダンジョンの出現で高値で売れる様になるかも?と考えるのは分からなくも無いが、ダンジョン出現当初と今とでは状況が違う。
政府やダンジョン協会は予算の都合もあり、最低限押さえておくべき場所さえ押さえておけば良いと考えているのが手続きを行った時に感じた所感である。幸い現時点ではダンジョンからモンスターがあふれ出るなどの被害も出ておらず、今回見つかったダンジョンは人口密集地からも離れているので、ダンジョン周辺と接続道路部分の土地さえ押さえておけば問題ないと考えているのだと思う。
「売り時に売り渋っていたら、せっかく現れた買い手が離れていくとは考えないのかな……。今回の機会を逃したら、また何十年単位で買い手なんて現れないのかもしれないのにさ」
コチラも金額の如何を問わずに早く手放すべきだと説得はしているのだが、一度欲に目が眩んでしまった人は中々こちらの言葉を聞こうとしない。だからといって値上げの為の売り渋りを放っておき続けると国や協会も提示した額で買い取りに応じないのならとアッサリ手を引く可能性がある。そうして自分達がとった行動の結果、待ち望んでいた買い手が立ち去ったとすると、その責任をウチに被せてくるんだよな。何であの時、自分達に早く売る事を勧めなかったんだ!ってさ。逆切れも良い所だよ、こっちが何度も売れ売れと伝えたと主張しても最初から聞く耳を持っていなかったのに。
お陰で何度も何度も地主さんの家に足を運び説得を繰り返す日々……勘弁してほしい。
「あっ、もうすぐ目的地に到着しますよ」
愚痴交じりにダンジョン発見後の話をしているうちに、何時の間にか目的地近郊まで到着していた。周りは似たような山道が続いており、カーナビの案内が無ければ迷ってしまいそうになる。
そしてナビの案内に従い目的地に到着した俺達は車を路側帯に止め、物件見学を始める事にした。
「到着です。どうですか、ココまでの道程は? ここまで勾配のきつそうな山道が続きましたが……」
「このくらいの勾配なら、自転車でのぼる時でも問題ないと思います。ただ、道中にホームセンターなどのお店が無かったのが少し気になりました。ココを購入し訓練場に改修する際に使う物資の調達が、お店が近場に無いと少し難しそうですから」
広瀬君の感想を聞き周辺の地理を思い出すが、近場で開拓資材が調達が可能なお店に心当たりが無かった。麓に小さな金物屋があったと思うが、とてもでは無いが開拓物資を賄いきれるものでは無いだろう。積載量が自動車と比べ少ないという自転車の弱点が、ココに来て露呈した形だな。
広瀬君達は自転車にリヤカーをつないで物資を運搬できないかと話しているが、流石にそれなりに勾配がある山道で行うのは危険な行為というものだ。
「物資の運搬方法は一旦おいて置き、後で考えるとしてまずは物件の内見をおこないませんか? 良い運搬方法を思いついたとしても、ココが気に入らなければ無用のモノになってしまいますし」
「いわれてみればその通りです、先に内見を済ませてから考えた方が良さそうですね」
このまま考えていれば何かうまい方法が思いつくかもしれないが、何よりもまずは今回内見する物件を気に入らなければ話が始まらない。それに最悪、彼等の話を聞いていると自転車にリヤカーを繋げるのではなく、彼等自身がリヤカーを引いて物資を運搬してくるという力技で解決できそうだしな。
数百キロの物資を満載したリヤカーを引いて山道を登る少年少女か……ちょっとした怪談話になりそうだ。
「そこのガードレールの切れ目から斜面を下りれば下に降りれます。斜面は剥き出しの土になっていますので足を滑らせないように気を付けてください!」
こうして広瀬君達を先導する様に、一歩一歩足を滑らせない様に足元を確かめながら斜面下り内見を始めた。今回は変な発見とかないと良いんだけど……そう何度も続かないよね?




