第47話 新学年の始まり
お気に入り9330超、PV2920000超、ジャンル別日刊12位、応援ありがとうございました。
正式に、日本ダンジョン協会はパーティー制度導入を決定。安全確保の為と言う大義名分の元、最低2人以上の探索者でパーティーを構成し、ダンジョンに入る事を義務付けた。実質的な、ソロ探索の禁止令である。他にもパーティー制度導入に際し、探索者個人のランクの他に、所属探索者のランクを合計し平均化したパーティーランク制度なども制定される。前々から、こう言う流れになるだろうと噂が流れていた為、大方予想していた大多数の探索者達は仲間内でパーティーを結成しこれを素直に受け入れた。
この時、ダンジョン産の品を取り扱うとある大手企業がダンジョン探索を専門とする子会社を設立。自社専属の探索者を得ようと積極的に求人募集と言う名のスカウトを開始した。装備や治療費等の諸経費を会社が持つ事を条件に、Fランク探索者を中心に企業所属探索者……通称サラリーマン探索者と呼ばれる者達が多数誕生した。彼等が取得したドロップアイテムは、自身が所属する企業に優先して流れる事となるので、仕入れルートの安定化を図る各企業は後を追う様に探索者業務を担当する子会社を設立、優秀な企業専属探索者を得ようと企業間でもスカウト合戦が加熱していった。
また、ダンジョン内で発生した強盗傷害事件の対策として、DPを増員しダンジョン内を巡回警備する事が決定。
そしてパーティー制度導入後、ダンジョンへの入場規制解除が正式に発表。探索者達が自由にダンジョンへ入る事が出来る様になり、探索者達はダンジョンへ挑んでいった。
恭介さんに作刀を依頼した数日後、始業式と共に俺達は高校2年生に進級しクラス替えで理系と文系に別れた。理系希望だった俺達3人は幸い、離れ離れにならず同じクラスで2年生を迎える。因みに、野口とその取り巻き連中も理系を選んでいたが、彼等は別のクラスになった。
HRも終わった放課後、生徒が減った教室の片隅で俺達3人は雑談をしていた。
「それにしても、皆一緒のクラスになれて運が良かったよ」
「そうだな。クラス分け表を見るまで、俺も別々のクラスになる物とばかり思っていたからな……」
「私もよ。学校内で九重君達との連絡を、どうやって取ろうかと考えていたわ」
「今回のクラス分けを見ると、結構満遍無く分散配置されていたからね。御陰でクラスの大半は、顔を知らない人達ばかりだよ」
俺は顔を上げクラスの中を見回してみるが、見知った顔が殆ど居ない。同じクラス出身は俺達3人だけで知っている顔と言えば……生徒会書記を務める女子生徒位かな?
俺は上げていた顔を戻し、裕二と柊さんに決め悩んでいる問題について問いかける。
「それでさ、パーティー名はどうする?」
「パーティー名か……」
「そうね」
ダンジョン協会がパーティー制度を導入した御陰で、俺達はパーティー名を考える必要が出て来た。
「協会のHPで登録出来るみたいだから、態々協会まで出向く必要が無いのは良いけど……」
「語尾を1文字変えただけの名前や語尾に数字を加えた類似名は認め無い、って言う規定の事だよな?」
「そっ、全く面倒な規定だよ」
「そうね。さっき、パーティー名の登録リストを見たけど、既にファンタジーや神話から引用している有名な用語の大半は登録済みみたいよ?」
「類似名は認めない……つまりは、オリジナル名を考えろって事だな」
はぁ……面倒だ。
でも、ここで変なパーティー名を登録すると、後々まで悔恨を引きずるからな……。登録リストを流し読みした中には、ギャグかネタとしか言えない物もあった。これを登録した奴等は、毎回窓口でネタ名を呼ばれる事に耐えられるのか?俺なら嫌だぞ、あんなネタパーティー名……。
「取り敢えず、あまり変なパーティー名は避ける……で良いよね?」
「当然だな」
「そうね。ダンジョンに行く度に使う事を考えると……」
どうやら二人も、登録リストに目を通した事があるらしい。
スマホ片手に3人で頭を突き合わせながら何が良いかを話し合っていると、俺の頭に一つの名前が浮かんだ。取り敢えず、無料の翻訳サイトを使い調べてみると語呂もそう悪くなかったので、二人に提案してみる。
「……チームNESって言うのはどう?」
「NES?」
「何かの略語?」
「NES……Natural Enemy of Slime、“スライムの天敵”っていう単語の英語訳の頭文字から取った略語だよ」
スライムの天敵……俺がスライムダンジョンで得た称号だ。俺達はスライムダンジョンでレベリングをした御陰で、今まで比較的安全にダンジョン探索が行えている。チーム名にしても、そう悪くはないと思うんだが……。
「大樹が持ってる称号の名称だよな、それ?」
「ああ。語呂もそう悪くないだろ? チームNES」
「まぁ、確かにな」
「そうね。他にコレといった物も思い付かないし……良いんじゃないかしら? 変な名称って言う訳では無いし」
二人共、消極的な賛成といった感じではあるが、特に反対する様子もない。
「じゃぁ、俺達のパーティー名はチームNESでいい?」
「俺は、そのパーティー名で良いぞ」
「私もよ」
「決まりだね。じゃぁ早速、パーティー登録申請を出してみるよ」
俺はスマホで協会のHPに接続し、パーティー登録の申請作業を行う。
必要項目を記載した後、俺は申請ボタンを押す。審査は数秒で完了、心配だったパーティー名にも重複は無く審査を一発で通った。
「無事登録完了。これで今日から、俺達はチームNESだね」
「まぁ、名前が付いただけで、今までと特に代わり映えしないんだけどな」
「そうね」
それを言われると何とも言えなくなる。
一応、パーティーを組んだ事で変わった事はあるんだけどな。
「パーティーランクは、俺達が全員Dランク探索者だからDランク(仮)だね」
「(仮)? 何だよ(仮)って」
「協会HPのパーティーランクの説明によると、ネット上で登録したパーティーは探索者カードを窓口で更新するまでの間、(仮)っていう暫定措置を取るんだってさ」
「へー」
「まぁ、態々更新に行かなくても、ダンジョンに行った序でで更新すれば良いんじゃないか?」
更新目的だけで、協会まで足を運ぶのには気が進まない。微妙に小さい文字で書かれている、カード更新料に300円掛かるって所が狡いしな。取り敢えず、パーティーに関しての話は終わった。
俺達は教室から俺達以外の生徒が居なくなった事を確認し、ある事柄についての話題に触れる。
「そう言えば二人共。あの襲撃犯達について、アレから何か話はあった?」
「無いな。あの時事務所で調書をとられただけで、あれ以来特に話は来ていないぞ」
「私もよ」
「そっか……TVでは色々報道されているけど、結局どうなったんだ?」
俺達は二人組の襲撃者のその後について、ロクに知らなかった。証言を取るのに、後日連絡を入れるかもとあの時のDPは言っていたが、犯人が素直に自白していたから必要ないのだろうか?
「気になって軽く刑法を調べてみたけど、彼等の犯行は強盗致傷に当たるそうよ? 無期又は懲役6年以上で、執行猶予も先ずつかないらしいわ」
「……一人は未成年ぽかったけど? 彼も?」
「ええ。一応少年法は適用されるらしいけど、強盗致傷だと逆送されて成人と同じように地裁で裁かれる事になるそうよ」
「うわー」
「それでも、篠原さん達が死んでいた場合に比べればまだマシよ」
柊さんは淡々とした口調で、調べたと言う事を口にする。
ダンジョンと言う非日常空間で、彼等はその辺りの感覚がマヒしていたのだろうか?彼等がやった事は、法治国家で許される事ではない。
しかし、現実でPK行為をするとその代償はかなり重いな。
「でもそうなると、あの犯人達……脱獄するんじゃないか? 予想以上に量刑が重くて、思わずって感じで。探索者の能力を使えば、普通の監獄だと割と簡単に脱獄できそうだしさ……」
確かに、その可能性はあるな。
裕二の言う通りだ。高レベル探索者なら厚みにもよるが、素手でもコンクリート壁ぐらい簡単に壊せる。抜けようと思えば、割と容易に監獄を抜けられるからな。その辺りの対策は、どうなっているんだ?
脱走した足で、お礼参りに来るなんて事態は嫌だぞ?
「今の所、探索者向けの刑務所がある訳ではないみたいよ?」
「大丈夫なの、それ?」
「さぁ? でも、仕方ないわよ。探索者向けに新しく刑務所を作ろうにも、建設するだけでも数年はかかるわ。ダンジョンが出現して、何だかんだ言ってもまだ1年程度なのよ?」
「……確かに、柊さんの言う通りだね。そうなると、やっぱり既存の施設を使うしかないか……」
中々心配になる現状だ。
俺達だけを標的にして襲い掛かって来るなら撃退も難しくはないが、周りの人を狙われると対処しきれない可能性も出てくる。
「安心材料になるかわからないけど、一応日本での脱獄件数は年間数件以下程度らしいわよ? 大多数の受刑者は、真面目にお務めを果たしているそうよ」
「……そう言えば、囚人が脱獄したって言うニュースは滅多に聞かないね」
「逃げないのか逃げられないのかは分からないけど、一応日本の探索者資格所有者は犯罪歴がない元一般人が主よ。逃げ出す力があっても、逃げ出さないと思いたいわ」
それは……安心しても良いのだろうか?
柊さんも自分で言っていて、そこまで自分の言葉に自信がないのか表情は曇っている。
確かに、探索者を始めた人々も当初はタダの一般市民だっただろうが、リアルダンジョン探索と言う殺伐とした世界に浸っているのだ。人格が変質していても不思議はない。
俺も少なからず、自覚が有る事だしな。
「まぁその辺りは、刑務官の中にDPの高レベル探索者を混ぜるなんかして対処するんじゃないか? 目に見える抑止力がいれば、そう言う連中も思い止まるだろうさ」
俺と柊さんの雰囲気が暗くなった事を察した裕二が、空気を変える為に軽い口調で意見を述べる。
「そうだな。探索者ならDPが近くに居れば、大人しくなるか……」
「そうね。ダンジョン警備にDPを増員するって言っていたから、刑務所にも回せる人員は居る筈よ」
「直ぐかは分からないけどな。妙な縄張り争いが無いと良いけど」
裕二の口にした心配は尤もだろう。刑務所は法務省の管轄で、警察官であるDPの出向が認められるかは不明だ。基本的に、省庁同士の仲は悪い物って言うイメージだからな。
実情は知らないけど。そこまで考えた俺達は、顔を見合わせ思わず苦笑を浮かべた。
教室で話をしていると、教室の前の扉が開き男性教師が声をかけてきた。
「おーい、お前ら。何時まで教室に残っているつもりだ? 鍵を閉めるから、さっさと帰れ」
「あっ、はい」
男性教師に促され、俺達は自分の荷物を持って教室を後にした。
殆どの生徒が帰宅済みのようで、校舎は意外な程静かで俺達の足音が良く響く。
「流石に今日は、どこも部活動をしていないな」
「まぁ、明日が入学式だからな。せっかく準備したのに、汚されたり壊されたりしたら困るさ」
「そうね。そう言えば九重君、美佳ちゃんの入学式の準備は出来てるの?」
「勿論。朝から妙にソワソワしていたよ」
美佳と沙織ちゃんが受験していた高校は、俺達が通うこの高校だ。
つまり、明日から二人は俺達の後輩と言う事になる。
「今日も朝から美容院に行ってくるとか言っていたし、もうそろそろ帰ってくるんじゃないかな?」
「美容院?」
「高校デビューで、イメチェンするんだってさ。どう変えるのかは知らないけどな?」
「なる程」
どう変えたかは、帰ってきてからのお楽しみと言われているので、少し楽しみである。
「九重君。ちゃんと美佳ちゃんの事、褒めて上げなさいよ?」
「分かってる。一応、幾つか褒め言葉は考えておいてるよ」
柊さんの忠告を素直に聞く。
ここで褒め損なって、美佳の機嫌が崩れたら事だからな。折角の入学式だ、美佳には気持ちよく高校生活を迎えて欲しいからな。
新しい場所に移動した下駄箱で靴を履き変えていると、裕二がこの後の予定について尋ねてきた。
「となると、大樹は今日と明日の稽古はお休みだな?」
「ああ。この後少し美佳に付き合う事になっているし、明日は家族で美佳の入学祝いをする事になっているからな。重蔵さんには、その旨伝えておいてくれ」
前の稽古の時に話は通しているが、一応裕二に伝言を頼んでおく。何事も礼節は重要だ。
「分かった。柊さんはどうする?」
「私は稽古に参加させて貰うわ」
「じゃ、何時もの時間で」
「ええ」
裕二は柊さんと、稽古の待ち合わせの時間を決めていた。傍から見るとデートの約束の様に見えるのは、邪推かな?
そんな事を思いつつ、俺達は生徒の居ない校内を抜け下校した。




