幕間六拾九話 波及した税金問題騒動
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祭りの後という言葉が似合う、少し侘しい雰囲気が漂う最初の登校日。学校に登校してくる生徒達の何割かの顔には、憂いや絶望感といったものが色濃く浮かんでいた。
こういったイベントがあった後は普通、燃え尽きた感や達成感といったモノを抱くものなのだが……。
「おはよう……その様子だと、お前の所もか?」
「ああ、親父にプリント見せられながら怒られた」
「ウチもだよ……」
「扶養控除額なんて知らないよ……」
朝一から片手間に挨拶をしつつ友人同士で愚痴をいい合い、顔を見合わせながら同じタイミングで溜息を漏らしていた。それも複数のグループによって、校内や通学路構わず至る所でだ。
しかも、コレはまだマシな方である。酷いグループの方になると、
「……どうしよう、もうほとんど使っちゃったよ」
「……俺も、ほとんど残ってねえよ」
「少しは残ってるけど……」
「全然足りないわ」
絶望感に満ちた青い顔を浮かべながら、友達とどうすればこの窮地を切り抜けられるか相談という名の悲痛な呻き声をあげていた。まぁ解決策なんてそう簡単に浮かぶわけもないんだが。
彼ら彼女らはダンジョン探索に使う装備や遊興費に稼いだ資金を盛大に注ぎ込んだ結果、殆ど手元に資金が残っていないという状況だ。
「予想通りというかなんというか、死屍累々ね」
「そうですね、アレだけ保護者が行列を作ってましたから」
「普段探索者活動で放任していた分、家庭で話しあいが紛糾したって所かしら?」
「そうじゃないですか? 我が子が探索者活動で稼いだ金額をバイトぐらいと思っていた所、扶養控除の上限額を軽くオーバーするぐらいだったなんて思ってもみなかったと思いますよ。確かにテレビや雑誌なんかでは、偶に探索者の平均収入なんてテーマの記事が載っていますけど、学業の合間で活動している学生も場合によっては似た様な金額を稼いでいるとは想像していなかったんでしょうね」
そんな生徒達を校舎の窓から眺めていたのは、文化祭実行委員会の星野委員長と中野副委員長だ。2人は報告書の作成など文化祭の後処理を行っており、早めに登校していたので生徒たちの通学風景を眺める事になった。
そして2人は例のプリントの存在を知った時にこうなるだろう事を予想しており、ズバリ的中したなと達観の眼差しで眺めていたのだ。結構多くの生徒がやらかしていたんだなと。
「ある程度予想はしていたけど、あのプリントの影響力は凄いわね。手遅れになる前に気づけたっていうのは、生徒保護者どちらにとってもありがたい事なんでしょうけど、文化祭明け直ぐの朝がこんな雰囲気っていうのはちょっと残念だわ。出来れば、文化祭の感想で楽し気に登校してくる生徒たちの姿を見たかったわ……」
「そうですね。俺も色々走り回って文化祭準備を進めてきたので、今日の登校は楽し気な様子で学校に来てほしかったって星野委員長の意見は良く分かります。真剣に悩むべき問題なんだってのは理解しますけど、文化祭の思い出がそうそうに難題に塗りつぶされちゃったってのは少し残念です」
二人は少し残念な表情を浮かべつつ、手元で作成中の報告書に視線を落とし小さく溜息を漏らした。自分達が精力的に取り組んできたイベントである文化祭、出来れば参加した生徒達が思い出した時に笑顔を浮かべられるものであってほしかったというのは当然の思いであろう。
しかし残念な事に、窓から見える景色を前にすればその思いは叶わないように思えた。
「そうね……。さて、話はここまでにしてそろそろ教室に行きましょう。余り遅いとHRに間に合わなくなるわ」
「ですね。では残りの仕事は、また放課後に」
壁に掛けられた時計を確認した後、星野委員長と中野副委員長は作成中の報告書を片付け始めた。
登校した生徒達は若干憂い顔を浮かべながら、学年を問わずに教室で友達同士で頭を抱えつつ愚痴を漏らしあっていた。
例えば探索者資格を持つ割合が凡そ半々の、1年生の教室では悲喜こもごもな様相を見せている。
「お前の方はどうだ?」
「……買い取り額を合計したら上限超えしてた」
「だよな。同じチームで報酬を割り勘にしてたら、同じ上限超えになるよな……」
「親父に会社での手続きがあるんだから、それだけ稼いでるのなら早目にいえって怒られたよ」
同じチームを組んでダンジョン探索をしているらしき生徒達は頭を抱え、これまでの活動期間で行ってきた行動を思い返し暗い表情を浮かべている。
それに対し探索者資格をまだ持っていない生徒達、夏休み期間で探索者資格を取得し実働日数の浅い生徒達は、他人事や我関せずといった態度で先日行われた文化祭についての話で盛り上がっていた。
「あそこのクラスの出し物面白かったね!」
「いやいや、3年生のクラスの出し物の方が面白かったって! 最後の文化祭って事で、だいぶ気合入ってたしさ!」
「文化部の出し物の方が興味深かったって、流石その分野を専門に活動してるだけあるって感心する出来だったね」
「中庭にあった屋台の焼きそばが美味しかったな……」
頭を抱える探索者資格を持つ生徒達とは対照的に、如何にどこのクラスや部活の出し物が良かったかというお気楽な会話が繰り広げられている。
1年生の教室では少々温度差があるモノの、そこまで酷くは無いといった感じだ。
探索者資格を持つ者が大半の2年生の教室では、陰鬱な雰囲気が漂い一部生徒達は苛立ちの様子を露わにしていた。
例えば眉を顰め渋面を作っている生徒達は、軽く溜息を漏らしながら愚痴を漏らすだけで済んでいた。
「上限越えしていたのは驚いてたけど、会社の手続き自体は間に合うから問題ないっていわれたよ。でもコレが12月とかに発覚していたら、手続きが間に合わなかったかもしれなかったんだから相談と報告はしっかりしろって怒られた」
「税金か……余り無駄遣いしてなくて良かったわね」
「レアアイテムが出たって単純に喜んでたけど、こうやって後々の事を考えると喜んでばかりもいられなかったんだよな。……勉強になったよ」
「大金が入ったからって散財せずに、自制出来てて良かったわ……」
自制できていた組の生徒達は、これまでの自分達の行動を思い返し安堵しつつ、これからのダンジョン探索について話し合いをおこなっていた。
対して、苛立ちつつも青い顔を浮かべている生徒達の会話は少々紛糾気味である。
「何で誰も気づかなかったんだよ!? お陰で親に怒られたじゃないか!」
「知るか!? 俺だって怒られたよ! だいたい、お前も気づいてなかったじゃねえか!」
「そんな事より、これからどうするんだよ! ダンジョンで稼いだお金は、ほとんど使っちまったぞ!? 武器や消耗品なんかの補充で、レベルは上がったけど殆ど黒字は出てないか赤字なんだぞ!」
「レアアイテムをゲットしたお陰で大金が手に入ったからって、調子に乗ってほとんどを使っちまったからな……」
自分達のこれまでの行動を思い出し、チームを組んでいる仲間に当たり散らしている者や、自制しきれず散財を繰り返した事を後悔する者など、反応は様々であるが共通して絶望に満ちた青褪めた表情を浮かべている。
しかも2年生は探索者資格を取得してからの期間が長い生徒が多く、殆どの者が扶養控除額上限を超えていた。自制できている者も多くいた一方、自制が効かずに散財してしまった者も多くおり、殴り合いなどに発展する事こそないものの、仲間内でいがみ合うなど険悪な雰囲気が漂い少々殺伐とした雰囲気である。
そして2年生と同じく探索者資格を持つ者が多い3年生では、逆にどこか安堵しているような雰囲気が漂っていた。多くの3年生は自嘲にも似た苦笑いを浮かべつつ、友達と愚痴交じりに文化祭の感想を交わしている。
「3年生になっててよかったよ。去年までの調子なら、たぶん夏休み一杯ダンジョンに潜ってただろうからな。そうなってたら今頃、どうなっていたか……例のプリントを見た時は肝が冷えたよ」
「そうだな。今年から受験生って事で勉強の方に力を入れてたから、ダンジョンの方には殆ど行かなくなったからな。ダンジョンに行ってた3月一杯までの収入を調べたら、ギリギリ上限には届いてなかったよ」
「受験勉強に集中するって事で後ろ髪引かれる思いでダンジョン探索を辞めたけど、あの時に辞めて良かったわ。辞めてなかったら受験勉強中なのに、今頃余計な事に頭抱える事になってたでしょうね。お陰で文化祭も純粋に楽しめたわ」
「そうね。ただでさえ受験勉強で頭が痛いのに、更に頭痛の種は欲しくないわ。しかも年末年始だ何て、追い込みも追い込みの段階で問題が発覚するなんて事態は嫌よ」
今学校で話題沸騰中の扶養控除問題に関わらなくて済んだと安堵の表情を浮かべつつ、軽く眉を顰めながら受験勉強の大変さに辟易とした愚痴を漏らした。3年生で受験生という立場のお陰で、一時的にではあるにせよダンジョン探索という活動から離れ探索者としての収入が断たれた。その為、収入が上限に達する事が無く巻き込まれなくて済んだ者が多かったのだ。
ただし、例外というのは何処にでもある。
「やべぇ、受験勉強のストレス発散でダンジョンに潜ってたせいで、探索者業の収入が上限超えてた」
「俺はダンジョン企業にスカウトされた時に、その手の話は聞いて知ってたけど皆は知らなかったんだな……」
「知らないわよ。学生が関わる様な話題じゃないから、そうそう意識するような問題じゃないわ」
「ええ。お陰で高校最後の文化祭なのに、収入が上限を超えてるか超えてないかが気になって楽しめなかったわね。しかも家に帰って調べてみたら、レアアイテムを換金してたお陰で上限を少し超えてたわ……はぁ」
ダンジョン探索をストレス発散の場として細々と利用し続けていたせいで、少ない数ではあるが収入上限を超えており少々面倒な事になっていた者もいた。
まぁ早い段階で問題が発覚したお陰で、受験勉強自体に影響が出る様な騒ぎになっていないのは幸いだろう。受験を目前に控えた段階で、家族で侃々諤々の言い争いなど受験の失敗要因でしかないからな。
そしてこの騒動で翻弄されているのは、生徒ばかりでは無かった。文化祭という一般公開されているイベントで発表された結果、多数の保護者が学校に問い合わせをしてくるという事態が発生し、職員が電話対応に追われる事態になっていた。
生徒の飲酒問題という、面倒な事も同時進行しているにもかかわらずだ。
「はい、はい。ですので、その問題に関して当校では対応できかねます。税務署や税理士に相談されてください」
「生徒に対し税金に関する教育を、ですか?」
「探索者活動に対する学校の対応がどうなっているのかといわれましても……」
朝から職員室の電話は鳴り響き続け、電話対応をしている職員はウンザリとした表情を浮かべていた。みんな口にこそ出さないが、知らねぇよ!といいたげな表情が見え隠れしている。
まぁ税理士でも無いただの教員に、税金に関する相談をする方がどうなんだろうと思うが。
「皆さん、そろそろHRの時間です。担任の先生方は自分のクラスの方に移動してください。電話の対応は手の空いてる先生が引き続きお願いします」
電話対応に追われる職員に対し教頭が号令をかけ、担当クラスを持つ職員が動き始めた。担任クラスを持つ職員は若干嬉しそうな表情を浮かべながら席を立ち、引き続き電話対応をおこなう職員は若干縋る様な目つきを向けている。
そして教頭は職員達が動き始めたのを確認し、一人の職員を呼び止める。
「橋本先生、ちょっとお時間よろしいですか?」
「? はい、何でしょうか?」
「今回の騒動……いえ、この電話なのですが元を正すと貴方が顧問をしている部活が発端だったと思うのですが?」
「確かに今回の文化祭で私が顧問をする部活で税金に関する発表を行いましたが、発端といわれるのは少々……。事の発端というのであれば、探索者活動をおこなっていた生徒と家族の間で話が出来ていなかった事が原因なのではないでしょうか?」
若干非難の色が混じった表情を浮かべる教頭の質問に、橋本先生は不本意だといいたげな何ともいえない表情を浮かべつつ反論をおこなう。朝一から電話が鳴り響き続けば文句の一言もいいたいというのも分からないではないが、八つ当たりはやめてくれという感じだろうか?
そして指摘を受けた教頭は少しバツの悪い表情を浮かべ、軽く咳ばらいを入れ話題を切り替える。
「確かに、発端というのは誤りですね。では、この事態を収める何かアイディアはありませんか? この問題は保護者だけに限らず、生徒にも波及している問題です。我々としても、何らかの対応をしなければなりません」
「このまま放置する訳にはいかない問題ですからね……。では、生徒向けに税に関するプリントを配布するというのはどうでしょう? 正確な情報を知れば、生徒も保護者の方もある程度落ち着かれるのでは?」
「……そうですね。知らないという事が不安を煽っているというのなら、正確な情報を知らせるのが一番効果的な対応かもしれませんね」
橋本先生の提案に教頭は少し考え込んだ後、軽く頷きつつ結論を出した。
「では橋本先生、その配布するプリントの原案を貴方が顧問をする部で制作していただけませんか? 保護者にも配布するのであれば、文化祭で見知った形式で書かれたプリントの方が良いでしょうから」
教頭は穏やかな表情を浮かべお願いという形を取ってはいるが、暗にこの騒動の責任を取れといっている様に拒否するなよといった眼差しを橋本先生に向けていた。
「ええっと、生徒にも確認を取らないといけないので、この場で即答する事は……」
「分かりました。出来るだけ早く返事をお願いします」
「は、はい」
教頭の圧に押された橋本先生は、少し引き攣ったような返事をする事しか出来なかった。
こうして文化祭に端を発した税金騒動は、各所に影響を波及させつつ今しばらく収まる事はなさそうである。




