第500話 私設練習場
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桐谷不動産と賃貸契約を結んだ週の土曜日、俺達はいくつかの荷物を持って自転車で岬へと足を運んだ。さっそく自分達のモノになった練習場を、どう弄るか検討する為だ。
まぁ自分達のモノといっても、まだ賃貸だけどな。
「こうやって見ても、自分達のモノになったって実感がまだわいてこないね」
「ああ。ある意味見慣れた場所な分、まだ実感が持てないよな」
「そうね。でも、これから自分達で色々手を入れていけば実感もすぐわいてくるわよ」
俺達は敷地の境界である錆びたゲートとフェンスを前にし、何ともいえない表情を浮かべつつどこか夢見心地の様な心境でいた。色々物件探しに奔走し、面倒な認証試験を乗り越え、不動産屋と正式な賃貸契約まで交わしたものの、短期間でココまで駆け足気味に走り抜けたせいもあり、どこか現実感が無く信じられないといった感じである。
こうやって練習場入手までの経緯を思い出してみると、よくぞココまでこの短期間でこぎつけたものだと自分達の事ながら感心するしかない。普通、半年や1年かかってもおかしくない計画だよな。何でここまで駆け足に話が進んだんだ?
「そうだね。まぁそれはさておき、ゲートやフェンスの改修は後々の課題として、まずは設置するものを設置しちゃおうか? 湯田さんも見える様に、ゲートに貼り付けておけっていってたしさ」
「そうだな、さっさとやるか」
「ええ」
俺達は自転車に積んで持ってきたアクリル板製の手作りネームプレートを取り出し、3人で協力しながらゲートに設置する。このネームプレートはホームセンターで係員さんに指導を受けながら、レーザー彫刻で作成したのだが意外と簡単に作る事が出来た。当初は木板にペンキで書いて作る事も考えたのだが、耐候性なども考え折角という事で少々こだわってみたんだけど……意外に良い出来になったと思う。
「どう、こんな感じ? 曲がってない?」
「うーん、少し右上がり気味かな? 少し右側を下げてくれ……OKだ」
「良い感じよ、そこで固定しましょう」
ネームプレートの四隅に空けた穴に固定ネジを通し、ゲートを挟み込むように裏側に設置した固定板のナットと締めつけていく。ココで締め付けが甘いと風やゲートの開け閉めの振動でネームプレートが動いて傾くので、しっかりとネームプレートが動かない様に締め付けておく。
そして軽くネームプレートが動かないかや、傾きなどを確認し設置作業は終了である。
「良し、完成! うーん、ネームプレート一つで大分印象が変わるね!」
「そうだな。なんかこう、俺達の練習場って実感が少しわいてきたって感じがするな」
「ええ、何というか感慨深いわね」
長年の雨風によって錆びたゲートに、俺達手製の真新しいネームプレートが掲げられた。ちなみにネームプレートには、❝ チームNES私設訓練施設 ❞と白文字の縦書きで刻印されており、ネームプレートの下部には協会発行のスキル使用許可を示すステッカーが貼られている。
まだまだ改修すべき点は色々とあるが、ネームプレートを設置した事で最低限の訓練施設としての体裁は示せていると思う。
「じゃぁネームプレートはこれで良しとして、敷地の中を見て回ろうか?」
「おう」
「ええ」
プレート設置を終えた俺達は自転車をゲートの内側に停めた後、フェンス沿いに敷地内側の森の中を歩き出した。
暫く森の中を歩いたところで足を止め、俺達はコレから行う事について話し合いを始めた。
「やっぱりフェンス沿いに土壁を作る前に、少し木々を伐採してスペースを作った方が良いと思うけど……二人はどう思う?」
「俺も少し切っておいた方が良いと思うな。このまま土壁を作っても問題ないと思うけど、補修なんかの保全作業を考えると作業スペースは確保しておいた方が良いと思う」
「私も少し伐採して、作業スペースを確保してから作った方が良いと思うわ」
認証審査に向けてフェンスの補修作業をおこなっていた時に思った事だったのだが、フェンスと森とのスペースに余り余裕がなかったのだ。たぶん前の持ち主、リゾート開発会社はフェンス設置に必要な最低限の伐採しか行わなかったのだろう。
まぁ無駄に伐採をする意味なんてないだろうから、当然といえば当然の対応だな……お金も掛かるしさ。
「そこそこの高さの土壁を作らないといけないから、壁の前後1m2m位は切り開いた方が良いかな?」
「その位はあった方が良いだろうな。ある程度森を切り開いて視界を確保していれば、延々と敷地の端まで境界壁が続いてるのも示せるしさ」
「そうね、それなら中に入るなって威圧感を与えられそうだわ」
柊さんのその言葉に、俺と裕二は軽く頷き同意する。人の背丈より高い土壁も動物の侵入止めにはなるだろうが、壁を登って中に入る気でいる人間を止める事は出来ないだろうからな。特に高レベルの身体能力が高い探索者などは、人の背丈程度の壁はひとっ跳びで乗り越えられる。
そうなってくると、フェンスや土壁など進入禁止を態度で示す警告を兼ねた威圧がせいぜいだろう。
「こっちがフェンスや土壁で拒絶の意思を明確に表示をしているんだから、許可も無く無理矢理侵入してきた上で万一の事態に遭遇してもこちらの責任にはならないよね?」
「ある程度は責任を問われるかもしれないけど、過失割合は無断侵入者の方が責任は大きくなるだろうな。態々危険な場所だと明示している場所に、所有者の許可も得ずに忍び込むんだからさ」
「そうね。事後に再発防止の為にセキュリティーの強化を指示されるでしょうけど、そう厳しい追及は無い……と思うわよ。2重の壁を乗り越えて敷地に侵入するんだもの」
壁を乗り越えた無断侵入者に流れ弾が当たって……という可能性も無くはないからな。フェンスと土壁には、危険表示や立ち入り禁止のプレートをこれでもかと貼り付けておこう。
少しの労力で万が一の事態なんてのが起きないのなら、それが一番だからな。
「そうだね。じゃぁ土壁を作る前に少し木々を伐採してスペースを作るのは決定として、土壁はどうやって作る? 壁自体は土魔法を使えば作れるけど、材料の調達が……」
「この場にある土だけだと、盛大に辺りが抉れるだろうな。ある程度の量の土は、どこか別の場所から調達した方が良いだろう」
「そうね。確か敷地内に小高い山……丘?があったから、そこを削って材料にしましょう。平地も一緒に作れて一石二鳥よ」
ココは無駄に広い敷地なので無理に平地を作る必要は無いけど、壁の材料が現地調達できるのならそれに越したことは無いだろう。
すると裕二が何かを思い出したかのように、柊さんの提案に口を挟む。
「それならついでに、一つ別の場所も掘ろうぜ。湯田さんに貰ったココの資料に地質調査の資料があってさ、その中に石灰石が取れる場所が記されてたんだよ」
「石灰石?」
「セメントの材料になる石だよ。まぁセメント自体は作るのに面倒な工程がいくつもあるから個人で作るのは難しいけど、和製コンクリートっていわれている三和土なら俺達でも作れるぞ」
「三和土……そういえばテレビ番組で作ってたわね。コンクリート壁より耐久性は低いでしょうけど、ただ土を固めて壁を作るよりはマシかもしれないわ。それで広瀬君、作り方は分かっているの?」
「前々から土壁を作るって決めてたからね、地質調査の資料を貰った時にある程度は調べておいたよ。三和土の基本的な材料は、土・消石灰・にがり・水の4つだね。詳細な配合比や作り方は後で調べ直すけど、材料を良く混ぜて叩いて表面を整えれば良いみたい。俺達なら材料調達から結構な作業工程を魔法で代替できるから、そう手間はかからないと思うよ」
裕二の話を聞くに、三和土に必要な材料は全てココで現地調達が可能らしい。土はその辺の地面を掘ればいいし、石灰も地面に埋まってる石を掘り出し砕けば作れ、にがりも海水を煮詰めれば取れるそうなので調達は問題なく可能とのこと。
俺達という労働力は必要だが費用はほとんどかからない……うん、土壁の材料に採用だな。
「一番面倒な材料の運搬も【空間収納】を使えば問題ないし、他の作業も魔法の練習にはちょうど良さそうだね。ただ練習するより実利も出るし良いんじゃないかな?」
「そうね。これまでの経験からすると、土や石灰石の採掘はそう手間がかかる様な事も無いと思うわ」
「じゃぁ決まりだな。コンクリートと比べると色々デメリットはあるけど、ただ土を固めただけのモノよりは大分良いはずだ。手間をかける価値はあると思うぞ」
三和土仕様の土壁という裕二の提案に、俺と柊さんは賛成の意思を示した。
確かに土壁制作の手間は増えるが、裕二の話を聞く限りただ土で壁を作るよりメリットがありそうだ。何より三和土は、お金を掛けずに練習場を整備したい俺達にとっては、全ての原料が現地調達可能な建設材料である。コンクリートと比べて劣る点はあれど、無闇矢鱈に広いココを整備しようと考えたら最適な材料だ。コンクリで舗装道を作ろうとしたら……幾ら掛かる事やら。
「そうだね。それで裕二、その石灰石がある場所ってどこなの?」
「ん? ああ、資料によると……海沿いの向こうだな。石灰石は白っぽいから、見た目ですぐに分かるみたいだぞ」
「向こう、そんなのあったかな……?」
そして俺達は森を後にし、裕二が指さす石灰石があるという場所に向かって移動する。
裕二が俺達を案内した場所には、確かに他の場所と比べ白っぽい石が多数転がっていた。
コレが石灰石なのか?
「裕二、コレが石灰石?」
「ああ、多分そうだ。コレを砕いて燃やして水を加えたら、三和土に使う消石灰になる……らしい」
「らしいって……まぁ実際にやった事ないんだしそうなるか。試しに今ここで作って見る?」
「そうだな……一度作って見るか。大樹、何か陶器製の器を出してくれ」
そういうと裕二は近くに転がっていたピンポン玉サイズの石灰石を拾い、俺が空間収納から100均で買った陶器製のどんぶりの上でユックリと手に力を加え握り潰した。辺りには裕二の手の動きに合わせ、破砕音や摩擦音が混じった音が響く。
うん、俺も同じ事は出来るけど中々非常識な光景だよなコレ。
「良し、砕いた石灰石の大きさはこんなものか? 後は加熱だけど……柊さんお願い」
「ええ任せて、爆発しない様に……ファイヤーボール」
裕二からほぼ粉状まで粉砕された石灰石の入ったどんぶりを受け取った柊さんは、地面にどんぶりを置くとファイヤーボールの火でどんぶりを覆った。どれくらい加熱すれば良いのか分からないので、とりあえず10分程焼いた結果、どんぶりの中の白っぽかった石灰石は真っ白に変化していた。
学校のライン引きで使っていた石灰に似ているが……成功なのかな、これ?
「成功していれば生石灰の完成だ。後はこれに水を加えると反応して、消石灰になるらしい。大樹もう一つどんぶり有るか? この熱いままのどんぶりに水を入れたら、どんぶりが割れると思うから」
「あるよ、はい」
「ありがとう」
裕二は火傷をしない様に慎重に加熱した石灰を新しいどんぶりに移し、少量の水を慎重に加えた。すると石灰はどんぶりの中で水と激しく反応し、勢い良く蒸気が立ち上る。
コレはアレだ、加熱式の弁当箱なんかで目にするやつ。という事は、消石灰作りには成功したって事か?
「蒸気が出なくなって反応が収まったね、これで消石灰が出来たの?」
「多分な。だけど正直、俺には成功の可否が判断出来ないぞ」
「ココは成功した、と仮定して話を進めるしかないでしょうね」
今一釈然としない感じは残るモノの、俺達はたぶん消石灰の製造に成功?した。コレで三和土の原材料を現地調達する事が出来る目途が立ったな。にがりは海水を煮詰めれば作れるらしいので、製造については問題ないだろう。
それにしても建材を自給自足可能というのは、1から練習場を作る俺達にとって大きなメリットだな。
「じゃぁ三和土を使っての壁作りは実行可能、って事だね」
「ああ、まぁ強度面で少し不安はあるけどな。だけど他にも色々な用途でも使える建材だから、コレが作れるってわかったのは大きい」
「どういった場面で使える建材なのか、昔の日本建築の勉強をしようかしら?」
思わぬ収穫に喜びつつ、俺達はようやく手に入れた自分達だけの練習場を、どのように作っていくか未来図を想像しながら楽し気に敷地の隅々まで歩き回った。
これからは練習という名目で、スキル使い放題で練習場を魔改造……うん、これからが実に楽しみだな!




