第499話 賃貸契約締結
お気に入り36880超、PV110790000超、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
俺達は大きく深呼吸を一つし、無駄に入っていた全身の力を抜き落ち着きを取り戻す。今日契約を結ぶことを決めてココに来ている以上、今更右往左往しても仕方ないんだと腹をくくり直したのだ。
そして俺達は互いに苦笑を浮かべ合いながら、湯田さんが戻ってくるのを待つ事にした。
「本当に……いよいよだね」
「そうだな。でも、今日の為に出来る準備は全部やって来たんだ。無駄に緊張する必要なんてないんだよな」
「そうね。私達は普通に内容を確認して、普通にやるべき手続きをするだけで良いのよ」
落ち着きを取り戻した俺達は、特に緊張した様子もなく普段通りに会話をおこなう。先程まで感じていた緊張感はほとんど感じなくなり、俺達の浮かべる表情も幾分柔らかくなっているように感じる。
まぁ何度も通った桐谷不動産の応接室だからな、いったん落ち着けば今更緊張するまでも無い慣れた場所だよ。
「必要な書類はもう準備してきてるんだし、問題はない筈……だよね?」
「ああ、ココに来るまでに何度も見直してるからな。記入ミスはない、と思う」
「二人とも心配し過ぎよ。もし違っていたら書き直せばいい、ぐらいの心持ちでいる方が良いわ」
確かに柊さんが言う様に、桐谷さん達に迷惑をかける事にはなるが、万一の際は新しい契約書を作ってもらって書き直せばいいだけだしな。
ほんと、迷惑をかける行為だけどさ。
「そうだね……」
桐谷不動産と賃貸契約を交わす事自体は、既に決まっているのだ。契約書の提出が多少前後しようと、その部分に変わりはない。
そして3人でそんな心配事をしていると、お店の扉の外に人の気配があるのを感じた。どうやら湯田さん達が戻って来たらしい。
お店の扉が開くと、桐谷さんと飲み物と書類ファイルを持った湯田さんが姿を見せた。2人とも特に緊張した様子もなく、普段通りの笑みを浮かべている。
やっぱり2人にとっては俺達との賃貸契約も、何時もある通常業務の一つという事なんだろうな。この契約までに至る道筋は普段の業務とは結構異なるモノだったとしても、契約を交わす事自体は日常業務って事か。だとすると、やっぱり2人が緊張する理由は一つも無いな。
「お待たせしました、お飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます」
湯田さんがソファーに腰を下ろした全員に飲み物を配り終えると、桐谷さんは喜ばしい出来事を迎えられたとばかりの笑みを浮かべながら話を始める。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました。皆さんの苦労が報われ、無事にこの日を迎えられた事を大変うれしく思います」
「いえ、コチラこそ大変感謝しています。桐谷不動産の皆さんのご協力があってこそ、今日の契約を迎えられたのだと。特に申請関係では、私達だけの独力では途中で挫折していた可能性も高かったでしょうから」
「あの申請はコチラとしても大変勉強になる時間でした。これまで手を出してこなかった未知の分野へ第一歩を踏み出すには、何か強い切っ掛けが必要ですからね。皆さんの物件探しは私達にとっても、新たな時代に適応する為に必要な分野へ足を踏み出すべきだと強く感じさせていただきました」
「皆さんには大変なご苦労をおかけしたものとばかり思っていたので、少しでもお役に立てたのだといっていただけるのは嬉しいばかりです」
桐谷さんの挨拶代わりのお祝いの言葉に、裕二がにこやかに笑みを浮かべながらお礼の言葉を返す。形式染みたやり取りではあるが、互いに苦労を重ねに重ねた上でこの日を迎えられた事を喜んでいるのは間違いない。
思い返せば俺達は全く未知の経験である物件探しを、桐谷不動産も全く未知の分野を手探りで1つ1つ検証しつつの日々だったからな。
「そういっていただけると、コチラとしても嬉しいですね。それでは早速ですが、事前にお渡しし記入をお願いしていた契約書の方はお持ちになられましたか?」
「はい、勿論」
裕二は持ってきていたバッグを漁り、A4用紙が入る大きめの茶封筒を取り出した。
「どうぞ、必要項目は全て埋めていますので確認をして下さい」
「ありがとうございます、お預かりします。湯田君、頼むよ」
「はい、少々お待ちください」
茶封筒を受け取った桐谷さんは中身の契約書類を取り出し、隣に座る湯田さんに記載内容の確認を任せる。書類を受け取った湯田さんは、慣れた様子で中身を確認していく。
そして5分も掛からず契約書を確認し終えた湯田さんは、確認結果を契約書類を桐谷さんに手渡しつつ報告する。
「問題ありません、必要項目は全て誤記載なく埋まっています」
「そうか、ありがとう湯田君。お待たせしました、契約書の方は問題ないようです」
「そうですか、間違いがなくて良かった」
湯田さんと桐谷さんの言葉を聞き、俺達は一様に胸を撫でおろしつつ安堵の息を吐く。何度も記載内容に間違いが無いか確認はしていたが、プロの目から見て間違いが無いかは自信が無かったので心配だったからな。
どうやら時間を掛けて確認した甲斐はあったらしい。
「それとこれは確認なのですが、今回の賃貸契約の契約者は広瀬裕二様でよろしいのですね?」
「はい。今回の賃貸契約においては、俺が契約者となる事で話が纏まりました。法人化していれば会社名義で契約をとも思いましたが、まだ法人化はしてないですからね」
「そうですか。では次は念の為の確認なのですが、広瀬様はまだ成人年齢に達していない未成年者です。未成年者がこの手の契約を行う場合には、保護者……法定代理人の同意も必要になります」
桐谷さんは少し目を鋭くしながら、念を押す様に今契約に関する前提条件を確認する。俺達の様な未成年者が、この手の契約をする上で絶対に避けて通れない話である。
「未成年者が結ぶ契約は、法定代理人の同意が無ければ後から取り消せますからね。桐谷さん達の立場からすれば、法定代理人の同意の有無は確実に確認しておきたい条件ですよね」
「その通りです。提出していただいた賃貸契約書にも法定代理人の同意署名欄もありますが、念の為に口頭でも確認を取っております」
「勿論、保護者……法定代理人の同意は取れています。提出した契約書にある様に、俺の父親に署名して貰いました」
「ありがとうございます」
桐谷さんは同意の確認が取れ、少し安堵したように目元の表情を緩めた。俺達だけで勝手に進めた契約……未成年者が法定代理人に同意なく進めた契約では無いと確信が持てたからだろう。
まぁ元々重蔵さんの紹介で始まった練習場話なので、全く同意を得られていないとは桐谷さんも思ってはいなかっただろうけど。
「それと契約名義は俺だけですが、賃貸費用は3人で共同負担する形になります」
「こちらとしましては、支払期日に賃料を納めて貰えれば問題ありません」
「そうですよね。桐谷さんの所からすればどういう形にせよ、賃料が支払われてれば問題ありませんもんね」
「ははっ、まぁそうですよね」
まぁ、そうだろうな。俺達も支払方法についてはどうするのか悩み相談した結果、裕二に新しく賃料振り込み専用の口座を作ってもらう事にした。全員がその口座にそれぞれ賃料の3分の1の金額を振込、自動引き落としで賃料を振り込む形だ。
無論、3分割なので綺麗に割り切れず多少多めに振り込む事になっており、出た端数はパーティー資金として打ち上げなどの何かの機会に使おうと決まった。
「一先ず確認したい点は以上です、契約に際して特に問題はありませんね」
「ありがとうございます」
「正式な締結はコチラで書類を審査した後になりますので、1週間以内には証書をお渡しできると思います」
「分かりました。確認される事がありましたら、いつでも連絡をください」
こうして無事に契約書を桐谷不動産に提出し終えた俺達は、桐谷さんと湯田さんにココに至るまでの苦労を思い出しつつ握手を交わした。
練習場を探し始めてココまで長かったけど、普通に生活していたら経験できない色々な経験をさせて貰ったよ。
桐谷不動産に賃貸契約書を渡してから3日ほど経って、証書が完成したのでゲートのカギと共に渡したいとの連絡がきた。どうやら無事に審査に通ったらしい。
マンションとかの賃貸物件なんかでは審査に弾かれ借りられないという事例もあるというのを聞いた事があったので、少し心配だったけど心配し過ぎだったらしい。まぁ元々借り手がいなくて長年塩漬けになっていたような物件だったし、そういった審査基準自体が無かったのかもしれないけれど。
「良かった、どうやら無事に契約できたみたいだね」
「ああ。ココまで来て審査に弾かれました、じゃ格好がつかなかったからな。本当に良かったよ」
「無事に合格して良かったわ……」
俺達3人は審査合格の知らせに安堵しつつ、ようやく練習場計画が本格的に始動するのだと実感した。
「カギと証書の受け取りは、今日の放課後に行くよね?」
「ああ、今日カギを受け取っておけば今週末から使えるからな。受け取るモノを受け取るだけだし、そう時間も掛からない筈だ」
「そうね、早めに受け取りに行きましょう」
そして計画始動を実感した俺達は、安堵の表情から期待感と高揚感に満ちた表情を浮かべた。
訓練所を持とうと考えてからは、不動産屋を訪ね何度も内見を繰り返す日々。思わぬ面倒事の発見をしつつ、理想的な候補地との出会い。高揚感による勇み足によって足止めされ、慣れない法定審査対策に追われる日々。そういった忙しい日々を乗り越え、漸く俺達は自分達が欲した訓練場を手に入れたのだ!
「じゃぁ裕二、今日取りに行くって連絡お願い」
「おう、昼休みの間に連絡しとくよ」
「美佳ちゃん達には、今日の部活は休むって伝えておくわね」
俺達は少し浮かれ気味に、直ぐに放課後に桐谷不動産へ行く事を決めた。やっと待ちに待ったものが手に入るのだ、直ぐ取りに行くに決まっている。
そして俺達は残りの授業を熟した放課後、すぐさま下校し着替えをすませ桐谷不動産へと向かった。
「到着、さぁ入ろう!」
賃貸契約書を持って訪れた前回と違い、俺達は一切緊張することなく桐谷不動産の店内に足を踏み入れた。前回の緊張感が何だったのかと思いたくなるほど、俺達の足は一切の淀みなく軽快に動く。
そして俺達は高揚感に満ちた明るい表情を浮かべながら、コレまで訪れた時に出した声より少し大きめの声で挨拶をする。
「お邪魔します、来店の予約をしていた広瀬です。証書と鍵の受け取りに来ました!」
何時もより甲高く感じる喜色交じりの裕二の挨拶が店内に響くと、奥から少し戸惑ったような表情を浮かべる湯田さんが慌てて出て来た。
「いらっしゃいませ」
「こんにちわ湯田さん、カギを受け取りに来ました!」
「はい。用意できていますので、応接セットの方で少しお待ちください」
「分かりました!」
少しテンションの高い裕二の受け答えに湯田さんは困惑している様だが、直ぐに平静を装い受け渡しの準備を進めてくれる。どうやら裕二のテンションの高さに戸惑っていたようだ。まぁ普段物静かで冷静な人柄だと思っていた人が、急にテンションが高い姿を見せたら困惑の一つも浮かべるよな。
そして来店予約していたという事もあり、湯田さんは直ぐに用意していたモノを持って戻って来た。
「こちらが物件に設置されたゲートのカギと、賃貸契約に関する証書になります。無くさない様に大切に保管してください」
「分かりました、大切に保管させて頂きます。他に何かありますか?」
「ええ、伝え忘れていましたがコチラもお渡ししておきます」
そういって湯田さんは、一枚のステッカーと紙を俺達に差し出してきた。
「こちら、あの物件のスキル使用認定許可書の写しになります。本物の認定書はウチで保管しますので、協会などから何か尋ねられたらまずこの写しの方を見せてください。連絡していただければ、ウチの方から必要な書類などは提出しますので。それとコチラの認定ステッカーを入り口のゲートに貼っておいてください」
「認定証の本物の方はいただけないんですか?」
「本物の方は、皆さんがあの物件をご購入される際にお渡しします。今回はあくまでも賃貸契約ですので、写しをお渡しするという事で」
「分かりました、では何か問われた際には連絡を入れますね」
まぁステッカーを貼っておけば、そうそう誰かに認定証を見せる機会も無いだろうから問題ない……のかな? まぁプロが良いと言っているんだし、素人があれこれ言うより素直に従っておこう。
そして2つ3つ注意事項を確認した後、俺達は湯田さんにお礼をいってから桐谷不動産を後にした。
「じゃぁ2人とも、さっそく今度の週末にいこう!」
「「おおっ!」」
やっと手に入れた練習場、どう弄るか今から楽しみだ!




