第498話 スキル使用認証合格!
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桐谷さんと岬物件の賃貸契約について話し合った結果、基本的に前回の契約を踏襲する内容で話を進める事になった。まぁ元々の契約自体はスキル使用認証が降りるかどうかが大きな問題だったので、基本的な契約条件部分は流用出来るからな。
ただし、今回の認証問題で浮き彫りになった、ある一点についてだけ少々話が盛り上がった。
「フェンスの改修ですが、ウチの方で業者を手配しましょうか? 知り合いの業者ですので、それなりに割引して貰えると思いますが……」
「ああ、いえ。フェンスの改修については、今の所は現状のままで良いかなと思っています。撤去や新設で結構な費用が掛かるというのもありますが、俺達の方でスキルの練習がてらに土壁を築いてみようって話をしていまして……」
今回の検査で可評価を得られたものの、改修を求められているフェンスについて俺達と桐谷不動産で意見が分かれていた。桐谷不動産側としては今後の探索者向け物件を整備する際の参考資料とする為に改修を考えており、俺達は自分達の魔法スキルの練習になるので業者に頼らない自力改修を考えている。
まぁ業者による改修は、費用自体が中々高額になるので俺達が二の足を踏んでいるだけとも言えるけどな。一応改修費用を捻出すること自体はまだ口止め料が残っているので難しくないのだが、そう考え無しに浪費していては何時か収支バランスが破綻してしまいかねない。
「そうですか……今回の契約では賃貸になりますので、流石に全額は難しいですがフェンスの改修費用のいくらかはウチの方でも負担しますよ?」
一応検査で可評価を貰っているので、今のフェンスをそのまま使う事は出来る。なので桐谷不動産としては、補修もしているので現状では改修をする事は無いとの事らしい。会社としては法令違反や危険が無いのなら、無駄なコストはかけたくないだろうし当然といえば当然の判断だろう。
まぁ俺達が任意でフェンスを交換するのなら反対はしない上、一部の費用を負担してくれるとの事なのでかなり良い条件を出してもらっている。だが、俺達はスキルの使用認証さえもらえれば自前のスキルでフェンスの代用が用意できるので、出費費用を考えると選択肢は断るの一択かな?
「そういっていただけるのは助かるのですが、まずは自分達の力だけで練習場の改修を進めたいと思っています。上手くすれば、改修費用が減らせますから」
「そうですか……分かりました。では、専門の業者に頼みたいという事が出てきましたら、何時でもお声を掛けてください。この仕事をしている関係で、そういった業者には顔が効きますのでご紹介できると思います」
「ありがとうございます。まずは皆でどういった練習場を作るのかしっかり話し合い、今回の検査結果を考慮して具体的な改修計画を立てようと思います。最初に考えていた計画では、ちょっと問題になりそうな部分もありますから……」
岬物件を内見した当初は海に向かって魔法を撃つ射撃場?なんて物も考えていたが、河北さんの指摘で実行不可能な代物だと発覚したからな。指摘されないまま作っていたら、何時か事故を起こしていたかもしれない。
まぁそんな訳で、当初考えていた計画のままでは色々と不具合が発生しそうなので考え直す必要がある。一応事前検査後から改修計画は少しずつ話し合ってきているので、それほど時間を掛けずに具体案は出せると思う。
「確かに検査結果に合わせて、当初計画を変えるというのはよくある話です。幸い皆さんには、納期や引き渡し期限といった面倒な制限は無いので、ユックリと考えると良いと思います。建物などは無計画に建ててしまうと、撤去しようにも手間がかかりますからね。皆さんにも早く練習場を作りたいとはやる気持ちはあるでしょうが、改修作業はしっかりと計画の全体像を固めてから始める方が無難ですよ」
「全体像を固める……アドバイスありがとうございます。確かにあそこは広い土地ですけど、統一感も無く適当に無造作に建物を建てる訳にはいきませんからね。射撃場の傍に宿泊施設、なんて立地になったら目も当てられませんし」
時折激しい振動や爆発音の響く宿泊施設……うん、最悪の立地だね。毎日泊っていたら、睡眠不足のノイローゼ一直線かな?
自分達で建物などを建てるにしても、訓練施設の配置にはそれなりの配慮が必要だろう。
「そうですね、では契約の内容は前回のモノを踏襲する形でよろしいですか?」
「はい、その形でお願いします。あっ、でも正式契約の方はスキル使用認証が正式に降りてからでお願いします。ここまで来れば大丈夫だとは思いますが、万が一という事はありますから……」
「分かりました。ではまず契約書の草案の方を作りお渡ししますので、規約などの内容の確認をお願いします」
「分かりました」
こうして賃貸契約に関する話はまとまり、正式にスキル使用認証が降りてから契約を締結することが決まった。ココまで話を進めて置いて認証申請に落ちる……何てことないよね?
そして1週間程し、桐谷不動産から無事にスキル使用認証申請に合格したとの連絡が入る。合格の連絡を貰った時は、驚きよりも安堵の気持ちの方が大きかった。
無事に合格して良かったよ、ホント。
「ふぅ、無事に合格できたみたいだね」
「そうだな、コレで不合格になってたらどうしようかと思ったよ。検査に通ったのに不合格って事になってたら、あの岬を全面改修する必要があるって事だからな」
「流石にソレは時間的にも費用的にも私達には無理よね、今回合格できて良かったわ」
検査結果が全て優評価でなければ、スキル使用の認証を出せないとか言われなくて本当に良かった。フェンスの改修だけだって業者に頼めば数百万から1千万近くとぶ事を考えれば、全面改修なんてやってられない。ダンジョン探索で稼げるとはいえ、流石に湯水のように資金を注ぎ込む事は出来ないからな。
そこまでになると、大資本を持つダンジョン系企業でも無ければ個人事業主系探索者は、スキル使用可能な練習場所有など諦めるしかない。流石にロマンはあれど、大金がかかり過ぎるからな。
「そうだね。でもこれで、賃貸契約を交わす上での問題はなくなったよ。スキル使用認証さえ通れば、自分達のスキルで岬を改修できるんだから安価で改修が可能だね。どう弄るかな……」
「おいおい大樹、気が早いぞ。桐谷さんのアドバイスを忘れたのか? 最初に確り全体像を固めておかないと、雑然とした訓練場になるぞ。好きに出来るとはいっても、ある程度見栄えも考えないとな」
「そうね。今の所その気は無いけど、将来的にあそこを手放す時の事を考えたら、乱雑で雑然とした施設より、きちんと施設が整理された見栄えの場所の方が買い手が集まると思うわ」
いよいよ訓練施設づくりが始められると思い高揚した表情を浮かべていると、裕二と柊さんにたしなめられた。確かに漸く自分達が好きなようにいじれる場所が手に入るからといって、本当に自由気ままに弄るのは悪手だ。
俺は軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、改めて口を開く。
「ごめんごめん、確かに計画的に事を進めるのは大事な事だよね。今は良いけど、将来的に手放すようなことになった時に、適当に弄ったせいで売れないってのは拙いからね」
「今は練習場を自前で持とうとする組織は稀だろうけど、もう何年かすればそれなりの規模の組織なら持てるなら持つようになると俺は思うぞ。ダンジョン系企業とか、自前でダンジョン素材を定期的に手に入れようとすれば、それなりのレベルの探索者を自前で揃える……新人を育てる事になるだろうからな。その時なら、あそこを売る事も出来るんじゃないかな?」
「そうね。レベルを上げるのはダンジョン内でモンスターを倒す必要があるけど、スキルや技量を安全に育てようと思えばダンジョンの外でも出来るもの。確かにモンスターとの実戦で鍛える事は出来るけど、確実に組織所属の探索者を増やそうと考えたらいきなり実戦に放り込むより、事前にスキルや技量の向上、想定できる状況への対処を練習をさせてから送り込む方が良いわ。そうなると訓練場を自前で持とうと考える組織も出てくるでしょうね」
俺は裕二と柊さんの意見に頷きながら賛成しつつ、特にダンジョン系企業などは年数が経てば経つほど独自のノウハウを蓄積していき、他企業と差をつける為にノウハウを秘匿する様になるだろうなと思った。それ故、人目に付く公的訓練場ではなく、自前で訓練施設を持つようになるだろう。ダンジョン企業の力とは所属探索者の力であり、ダンジョン素材を効率的に回収する為の知識や長期探索を可能とする補給体制だ。特に所属探索者の力が向上すれば、より下層のよりレアリティの高い素材を回収できるようになり、利益も増大していく。
その為に必要なモノは……安定的に質の高い新人を確保し続ける事である。
「探索者にとって、モンスターとの戦闘で怪我を負うのは当たり前だからね。例え回復薬で治療できても、トラウマを抱えて探索者を引退するのも少なくはない。そうなると質の高い新人を確保し続けないと、業績の維持どころか探索者を失って会社自体が衰退する一方だ」
「それを防ぐには、所属探索者の質を一定以上に維持し続ける必要がある。スカウトで有力な探索者を集めるという手段もあるけど、安定的に人数を確保できる手段じゃない。それより自前で新人を育てる方が数を確保しやすい。そして新人を育てるのなら無策にダンジョンへ放り込むのではなく、安全に最低限の知識と技量を持たせるのが必要だ。その為に必要になるのが……」
「ダンジョン外で使える訓練場って事よね。しかも、スキル使用認証付きの」
うん。ちゃんと訓練施設の体を取った作りをしておけば、数年後に俺達が不要になったとしても売れるだろうな。余り欲をかかずに最低限、土地の購入代金と改修費、維持費を確保できればいいと考えれば。
無理に値段を吊り上げようとすれば、敷地の広さのせいもあって売れ残る可能性もあるけど。
「後の事もシッカリ考えて訓練施設を作ろう」
「そうだな」
「ええ」
俺達は立派な……そこそこ見栄えする訓練施設を作ろうと決意した。適当に作った結果、売れ残って負動産化する事だけは避けたいからな。
土曜日。学校が終わった後、俺達は一旦家に戻り必要なモノを揃えてから桐谷不動産へと向かう。
「いよいよ契約日だね、ドキドキしてきたよ」
「俺もだよ。少し前まで、こうやって自分で土地契約をするだなんて想像だにしてなかったよ。しかも高校生の内にさ」
「そうね、私も同感よ。早くて大学進学や家を出て就職する時にやるかも?って思ってたくらいね」
俺達は自分達が思っていた以上に緊張した面持ちを浮かべながら、桐谷不動産への道を歩いていく。3人揃ってこんなに緊張しているのは、初めてダンジョンに潜って以来かな?
そして桐谷不動産が近くになるにしたがって、緊張を増した俺達の間で会話が少なくなっていく。
「着いたね」
「着いたな」
「着いたわね」
既に何度も訪れ見慣れた筈のお店の前までたどり着いた俺達は、緊張した表情を浮かべながら周囲に聞こえているのでは?と思うほど大きな音を立てながら生唾を飲み込んだ。
そして3人揃って一度大きく深呼吸をし心を落ち着かせた後、俺達は大きく足を踏み出し階段を上り始める。
「……開けるぞ」
「「……」」
お店の入り口のドアノブに手を掛けた裕二の短い確認の一言に、俺と柊さんは緊張した面持ちを浮かべながら軽く頷き返す。
そして裕二はユックリ入り口の扉を開き、出来るだけ平静を保った声で言葉を発する。
「お邪魔します。広瀬です、賃貸契約の件できました」
「「お邪魔します」」
挨拶と来店理由を告げながらお店の中に入ると、奥の方から湯田さんが姿を見せる。
「いらっしゃいませ、お待ちしてました皆さん。どうぞ奥の席に」
湯田さんはいつもと変わらない様子で、俺達を奥の応接セットへと誘導する。
まぁ湯田さんからすればお客との賃貸契約なんて通常業務の一つでしかないのだから、俺達のように緊張する理由は無いよな。だが普段と変わらない様子の湯田さんのお陰で、無闇矢鱈に緊張していた俺達の緊張感も少し解れる。
「それでは社長を呼んできますので、少々お待ちください。あっ、お飲み物は何時ものでよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
「では少々お待ちください」
俺達は軽く会釈をしてからお店を出ていく湯田さんの姿を見送った後、大きな溜息を吐きだしながら全身に張っていた緊張を解いた。
そうだよな。今日の契約を交わすために皆で頑張って来たんだから、過剰に緊張する必要はないんだよな。




