第496話 本認証検査終了
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地下洞窟へと続く扉を開くと、真っ暗な空間が俺達の前に姿を現す。俺達がココを借りて整備する時には、自動点灯ライトを取り付けた方が良いかもしれない。見慣れても、いきなり真っ暗な空間が広がってる光景ってのは少し不気味だしな。
そして初めてコレを見る大谷さんは少し目を見開き興味津々といった表情を浮かべているが、矢口さんは緊張した面持ちを浮かべ体を強張らせている。
「ココが地下洞窟への入り口になります。梯子は既に設置していますので、すぐに下へ降りる事は出来ますが……」
扉を開いた湯田さんは、心配げな表情を浮かべながら視線を体を強張らせている矢口さんへと向ける。先程まで気丈な発言をしていた矢口さんだが、流石に現物を前にし及び腰になっているようだ。
流石にこうまで露骨な反応を示されると、本人の意思を尊重し……というのは厳しい。
「矢口さん、申し訳ないのですがコチラで待機していただけませんか? 中は御覧の様に暗く、私達が持ち込むライトの明かりだけが頼りになります。更に未だ整備も整っていない場所ですので、足元も悪く転倒のリスクもありますし……」
「そうですね。矢口さん、君の職務を全うしたいという気概は評価しますが、その様子では流石に難しいと判断するしかありません」
湯田さんの洞窟内における安全上の懸念という名の気遣いの言葉に便乗する形で、河北さんも矢口さんに地下洞窟内の検査に同行するのを諦める様に促す。
二人の目から見ても、今の矢口さんに同行は無理だと映ったらしい。
「この試験の責任者として矢口さん、貴方にはこの場での待機を指示します。その状態では、洞窟内へ立ち入るのは難しいと判断しました」
「……はい。すみません」
「謝る様な事ではありませんよ。ただ今回の事だけでなく、無理な場合は無理だと早めに自己申告してください。周りが見ただけでは分からない体調の変化、といった部分もありますからね。無理をした事が元で、体調を崩し長期にわたる療養を必要とするといった事態になりかねない事ですから」
申し訳なさそうに頭を下げる矢口さんに、河北さんは優し気な声色で無理はしない様にと諭していた。
そして河北さんは少し悩まし気な表情を浮かべながら、視線を柊さんの方に向け話しかけてくる。
「すみません柊さん、大切な試験中なのですが少し頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」
「頼み事……ですか? 何でしょうか?」
河北さんの唐突なお願いという言葉に柊さんは一瞬警戒する様な表情を浮かべたが、まずはお願いの中身を聞いてみるべきだと考え話の先を促す。
「申し訳ないのですが、コチラの矢口さんと一緒にこの場にて待機していただけないでしょうか? 今の状態の彼女を、一人で待機させておくのは少し心配でして……」
「あっ、勿論いいですよ。皆さんが戻られるまで、矢口さんと一緒にココでお待ちしています」
申し訳なさげな表情を浮かべる河北さんのお願いの中身を聞き、柊さんは一瞬俺と裕二に視線を向けてから笑顔を浮かべつつ了承の返事をした。
まぁ河北さんのお願い自体は、先程柊さん自身がいい出した事と同じだからな。特に反対する理由も無いか。
「すみません、ありがとうございます」
河北さんと矢口さんが柊さんに向かって申し訳なさそうな表情を浮かべながら軽く頭を下げ、大谷さんと野口さんは何ともいえなさそうな表情を浮かべながらその後ろ姿を見ていた。
そんなやり取りがあった後、俺達は少し後ろ髪を引かれる思いを抱きながら地下洞窟の検査を開始する。
ハシゴを使い地下に降りた俺達は、先程のやり取りもあり皆無言で暗い道を進んで行く。薄暗い洞窟の壁や床を手に持ったライトで照らし、不規則に隆起する足元に気を付け奥へ奥へと進む。
すると暫くして大谷さんが思わずといった様子で、小さな溜息と共に言葉を漏らした。
「やっぱりアイツ、来なくて正解だったかもな」
それは地上なら雑多な音に紛れ聞き逃したかもしれない小さな声だったが、小さな音でも良く反響する上に自分達の足音以外に物音のしないココでは皆の耳にハッキリとした音として届く。
これまで何の話題も無く無言で進んできていた為、思わず湯田さんはその呟きに反応し聞き返してしまう。
「えっと大谷さん、それはどういう……」
「あっ!」
遠慮がちな湯田さんの問いかけに、大谷さんは口が滑ったとばかりに困ったような表情を浮かべながら後ろ頭を右手で掻いていた。そんな何といってごまかそうかと考えているのが丸分かりな大谷さんの反応に、河北さんが大きな溜息を漏らしながら大谷さんを軽くにらみつけた後、仕方なしとばかりに簡単に事情を話し始める。
「試験中にも関わらず、柊さんのお手を借りてしまっていますので少しだけ事情の方をご説明します。ですが、あまり詳しい事情はお話しできませんので、その点はご了承ください」
「……すみません、思わず深掘りしてしまって」
「いえ、大谷君の失言が原因ですので……後で話がある、良いね?」
「……はい」
鋭い眼差しを向ける河北さんの厳しい言葉に、大谷さんは意気消沈しながら力無い返事をする。
まぁコレは仕方ないかな。
「矢口さんのプライベートにかかわりますので、簡単に概要の説明だけにさせて頂きます。……一言でいい表せば、ダンジョン内で適正レベル以上のモンスターに襲われパーティーが壊滅したのです」
「……それは」
「ええ、探索者業界では良くある話です」
淡々とした声で語る河北さんの姿に、湯田さんは思わず言葉に詰まり俺と裕二に真偽を問いかける眼差しを送ってくる。今の話は本当ですか?といった感じだ。
確かに河北さんのいう様に、パーティーの壊滅という話は時々耳にする類の話である。駆け出しを抜け、初心者から中堅と呼ばれる探索者パーティーになる際に特に良くあると聞く。モンスターという脅威に慣れ、自分達の得た力に自信を持ちえた頃に、適正レベル以上のモンスターを相手にし……といった具合だ。
「本当ですよ湯田さん。俺達も昔、壊滅したパーティーを救助した事があります。皆酷い怪我を負っていて、俺達が持っていた回復薬を提供しました。幸い皆さん、怪我は回復しましたけど……」
河北さんの話を肯定すると同時に、裕二は少し暗い表情を浮かべながら俺達もそういった場面に遭遇した経験があると話しておいた。適切な回復薬を使えば怪我は回復出来るんだよな、怪我は……。
なので、探索者経験の無い湯田さんは裕二の話に少し安堵したような表情を浮かべていたが、実情を知る河北さんは少し悲しげな表情を浮かべながら目を瞑った。
「……矢口さんはそういった壊滅したパーティーの一人でした。幸い彼女は直ぐに怪我から回復しましたが、他のパーティーメンバーはこれ以上のダンジョン探索は無理だとして探索者を引退しています。そういった経緯もあり彼女は、探索者協会所属の元探索者として活躍しています。ただ、やはりパーティー壊滅という事実は彼女の心に大きな傷を残しており……」
ダンジョン内を想起させるような場所に対してトラウマを抱える様になった、といった所だろうな。
俺と裕二は何ともいえない表情を浮かべ、似たような経験をしたのだろう大谷さんは苦虫を嚙み潰したよう様な表情を浮かべながら、拳を力いっぱい握りしめ何かに耐えつつ河北さんの話を聞いていた。
「分かりました。本当にすみません、興味本位で踏み込むべき事ではありませんでした」
「いえ、話のきっかけを作ったのはコチラですので。ただ、出来ればこの話はココだけの話として頂きたい。矢口さんの前では、この話題を出さないで欲しいのです。ですので、いま地上で待機している柊さんには我々と別れた後に説明していただきたい」
「分かりました、柊さんには検査終了後に説明しようと思います」
まぁ確かに、本人を前にして持ち出すような話じゃないだろうからな。湯田さんには、柊さんには俺達から伝えるといっておこう。
まぁもしかしたら今、柊さんも本人から事情を聴いている可能性はあるけどさ。
「お願いします。っと、どうやら大空洞に着いたようですね」
そういって河北さんが持つライトが照らす先に、真っ暗で大きな空間が広がっていた。
大空洞に到着した俺達は、さっそく洞窟内の計測を開始した。まぁ計測といっても洞窟内の基本的な計測数値は桐谷不動産が用意した書類に記載されているので、写真撮影や目視による確認が主だけどな。
その為、先程まで少し落ち込んでいた大谷さんは少しはしゃぎ気味で大空洞内を見て回っている。
「コレは凄いですね、まさか地下にこんな空間が広がっているだなんて。まるで秘密基地みたいで、すごいロマンの塊ですよ!」
「ははっ、そうですね。この洞窟単体で見れば自然の凄さを見せつけてくれる代物なんですが、土地全体としてみると中々扱いに困る難物になるんですよ。土地全体にこの様な地下洞窟が広がっているので、上に大型の建物を建てるのが困難なんですよ。無論、地下洞窟を埋めるなどの対応を取れば問題ないのですが、そのような対応をすれば建築コストが膨れ上がりますからね。とはいえ、何も対策を取らなければ何時洞窟が崩れ建物が諸共倒壊するかも分かりませんので……」
「……確かにそういった視点だと、この大空洞は無い方が良い代物ですね」
「ええ、お陰で昔あったココの開発計画は白紙になりましたから」
大空洞の存在に高揚した表情を浮かべていた大谷さんは、湯田さんの話を聞き少し申し訳なさげな表情を浮かべた。まぁ中止されたリゾート開発話を知らなければ、単純にココは自然の凄さを感じさせる大空洞でしかないからな。
そして暫く大空洞を中心に地下洞窟内を見て回った後、一通りの調査を終えた俺達は引き上げる事にした。上で柊さん達に待ってもらっている以上、無駄に長居はしていられないからな。
「それでは皆さん、そろそろ上に戻りましょう」
「そうですね、必要なデータは集まりましたし戻りましょうか。上には二人を待たせている事ですし」
河北さんが上へ戻る事を了承した事で、コレにて地下洞窟の調査は終了となった。
もう少し地下洞窟を調べ歩いてみたそうな大谷さんは若干不満そうな表情を一瞬浮かべていたが、上司の引き上げ指示に逆らってまで強行する気はないらしい。どうやら大谷さんは協会所属の元探索者になっても、未知を求める探索者魂は消えていないようだ。
「「分かりました」」
「「はい」」
俺達は足元に気を付けながら来た道を戻り、ハシゴを上って柊さん達の待つ地上へと戻った。
地上に戻った俺達を迎えてくれた矢口さんは、先程までと比べ大分マシな表情を浮かべていた。
一緒に待機していた柊さんが、何ともいえないどこか困ったような表情を浮かべているので、もしかしたら矢口さんの口から事情を聞いているのかもしれない。
「お待たせしました柊さん、矢口さん。地下洞窟の調査は無事に終わりましたよ」
「お疲れ様です。すみません、私のせいで調査に同行できなくなってしまい……」
調査を終え帰還した河北さんの言葉に、矢口さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「矢口さん、頭を上げてください。無理をして体調を崩しては元も子もありませんからね、調子が悪い時に休憩をとるのを悪い事だと思わなくて良いんですよ。それと柊さん、矢口さんに付き添っていただきありがとうございました。お陰様で私達も心配する事なく調査に集中する事が出来ました」
「お気になさらないでください。体調が悪そうな方を放っておけなかっただけの事なんですから」
河北さんのお礼の言葉に、柊さんは微笑みを浮かべながら当然の事をしただけなので気にしないでくれと返した。まぁ流石にあんな顔色をしていた矢口さんを一人だけで、ココに置いて行くのは気が引けるからな。一緒に残ってくれた柊さんには俺達としても感謝の一言である。
そして軽く河北さんと矢口さんが情報交換をした後、俺達は地下洞窟への入り口を閉じ車が置いてある入り口ゲートへ戻る事になった。
「皆様、本日はお疲れ様でした。コレにて私設訓練施設におけるスキル使用許可本認証検査、終了とさせていただきます」
「「「「ありがとうございました」」」」
「尚、本検査における結果は後日、郵送する文書にてお知らせします。2週間以内には送付する事が出来ると思いますので、少々お待ちください」
「分かりました、文書送付の方は桐谷不動産宛てでお願いします」
こうして河北さんと湯田さんがいくつか事務手続きに関するやり取りを交わした後、俺達は河北さん達が車に乗って走り去っていく姿を見送った。
これで結果はまだ分からないが、やれることは全部やった筈だ。何とか無事に本認証が貰えると良いんだけど……。




