第495話 魔法実射検査は成功かな?
お気に入り36800超、PV109090000超、ジャンル別日刊70位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
大谷さんの打ち出したファイヤーボールが命中した風船は、僅かな真っ黒に焼け溶けたゴムの残留物を残し姿が消え失せていた。しかもファイヤーボールはかなりの高熱を持っていたらしく、風船が置かれていた地面が少し茶黒く変色している。あの威力なら、10階層辺りまでのモンスターでも直撃させれば1撃で倒せるかな?
自己紹介の時に余り探索者としては……といっていたが、魔法スキルは結構な練度を持っているらしい。まぁ練度0のスキル取得初期状態の魔法では、威力不足で検査に使えないから当然といえば当然か。
「初めて魔法を直接目にしましたけど……凄いとしかいいようがありませんね。言葉一つで、あんな威力の火の玉を出せるだなんて……」
湯田さんは呆然とした様子でファイヤーボールが着弾した場所を眺めつつ、少しの恐怖と羨望が入り混じった声で感想を漏らしていた。
「おや? 湯田さんは魔法を目にするのは初めてで?」
「あっ、はい。ダンジョンが一般公開された頃にはすでに今の会社で勤務していましたし、公開後もダンジョン特需で仕事が増え忙しくなっていた状態でしたので、テレビなどで特集される映像を見たことがある程度です」
「そうですか。確かに探索者資格を持たない一般人の方では、そうそう魔法スキルを直接目にする機会はないでしょうからね。協会の所有するスキル使用可能な訓練施設も、基本的に探索者資格を持つ方以外が利用や立ち入る事はありませんから」
「噂で聞いていましたが、探索者の方が魔法スキルを高いお金を出してでも欲しがるっていう話も、コレを目にすれば理解できる気がします。実用性がどうのこうの前に、少し前までは夢物語の産物だったものを自分でも使える様になるとなれば……欲しくなるのも当然ですよね」
河北さんは湯田さんの反応に少し驚きつつ理由を聞き納得の表情を浮かべ、湯田さんは大谷さんに羨望と物欲しさが入り混じった眼差しを向けていた。
一応俺達も魔法を使う事は出来るのだが、そういえば湯田さんに見せた事は無かったな。まぁ許可が降りていない場所で使えば最悪捕まるので、見せた事が無いのは当然といえば当然なんだけどさ。
「大谷さん、お疲れ様です。地面は……少し焦げてますけど陥没などの問題もなさそうですね」
「火魔法は攻撃対象の燃焼が主だからね、周辺環境へはあまり影響が出ない方だしさ」
「そうですね、じゃぁ次は私が魔法を使います」
「了解、じゃぁ標的を設置するから少し待ってくれ」
次の魔法は矢口さんが行うらしく、大谷さんが標的の風船をセットしに向かった。
そして標的の設置が終わり大谷さんが戻ってくると、矢口さんは一歩前に歩み出て右腕を真っ直ぐ上に掲げる。
「ウインドカッター!」
矢口さんが掛け声と共に標的の風船目掛けて右腕を真っ直ぐに振り下ろすと、その軌跡をなぞる様に周辺の景色を歪める不可視の風の刃が発生し、風船に目がけて打ち出された。打ち出されたウインドカッターは、先程大谷さんが打ち出したファイヤーボールの倍ほどの速度で標的の風船へと飛んでいく。
そして矢口さんが打ち出したウインドカッターは、目標の風船を切り裂き勢いそのままに地面と衝突し深い切り傷跡を刻んだ。中々の切れ味、大谷さんと同じく矢口さんもスキルの練度が高いな。
「……大丈夫そうですね、貫通するほど脆い地面って訳じゃなさそうです」
「地下にあるっていう空洞までは、浅い場所でも数メートルはあるって話だからね。質量の無い攻撃なら、問題は出ないと思うよ」
「そうですね。後は、質量を伴う攻撃魔法で影響が出ないと良いんですけど」
「ああ、そうだね」
魔法を撃ち終えた矢口さんは攻撃跡を観察しつつ、大谷さんと次に使う魔法スキルについて相談をしていた。確かに今2人が使った魔法は質量をあまり伴わない火と風、周囲に影響が出にくい攻撃魔法である。
どうやらこれまでの魔法は様子見で、これからが本番といった感じらしい。
大谷さんと矢口さんのやり取りを眺めながら、河北さんに先程の会話で気になった点について湯田さんが質問を投げかける。
「おふたりの会話から察するに、先程の魔法は様子見という事でしょうか?」
「ええ、魔法による周辺への影響を見る際の手順に沿ったものです。最初に影響の少ない魔法を使用し、簡易影響調査を行った後に影響が大きく出そうな魔法を使う。調査での安全を確保する為に定められた手順です」
「影響の少ない……ですか」
「ええ。今回のケースですと、地下洞窟が存在しますが周辺に可燃物は少なく切断注意の影響も少ない。ゆえに、火や風といった質量による影響が少ない魔法を先に使ったのだと思います」
河北さんの説明に湯田さんは納得がいったという様な表情を浮かべつつ、心配げな眼差しを大谷さんと矢口さんに向けた。湯田さんの心配もわかるが、まぁ大丈夫だろう。先程大谷さんや矢口さんが使った魔法は、大きな爆圧や風圧が生じるタイプの魔法では無かった。あの2人も慎重に影響を確認しつつ魔法を使っている様なので、いきなり地下洞窟の天井が崩壊する様な事態は起きないと思う。まぁ流石に、連続で魔法を打ち込み続けたらどうなるかは分からないけどさ。
そんな事を俺達が話している内に大谷さんと矢口さんの準備は進んでおり、いよいよ本命の魔法が打ち出される。
「ウォーターボール!」
大谷さんの掛け声と共に標的の風船に向かって突き出した右手の手の平から、バレーボール大の水球が形成されファイヤーボールと同程度の速度で打ち出された。水球の大きさからみるに、数十キロにはなるだろう水の塊がである。
そして打ち出されたウォーターボールは標的の風船に命中し壊した後、標的が設置されていた地面に当ると水球は破裂し地表面を軽く抉りながら着弾点辺りを水浸しにした。更に先程矢口さんが地面に刻んだウインドカッターによって出来た亀裂に多くの水が流れ込み、広範囲の地面が水の浸透で泥濘んだように見える。
「これも大丈夫そうですね、じゃぁ矢口さん」
「ええ、このままで大丈夫ですよ。風船が設置されていなくても、地面が水浸しになったおかげで狙う場所は良く見えますから」
矢口さんは標的の方に体を向け、投球動作をする様に軽く足を開き右手を振りかぶる様に引き手の平を上に向けたまま広げた。
そして準備を終えた矢口さんは、発動させる魔法の名前を口にする。
「ストーンブレット……いっけ!」
矢口さんは手の平らの上に形成された500mlペットボトル大の先端が尖った石の塊を、腕の振りに合わせ大谷さんのウォーターボールで濡れ変色した標的の地面目掛けて、ファイヤーボールとウインドカッターの中間程の速度で打ち出した。
そして打ち出されたストーンブレットは標的の地面に着弾すると同時に、ウォーターボールで柔らかくなった地面の泥を轟音と共に盛大に吹き飛ばし小さなクレーターを作りだした。
「うわぁ……」
その光景を目にした湯田さんの口から、思わず驚きに満ちた呻き声が漏れ出す。
まぁ先程までの魔法攻撃と比べ、目に見える形で盛大な被害?が発生しているからな。雫型クレーターの一番深い場所は大体……1mぐらい抉れている。
「下準備があったにせよ、盛大に土が吹き飛んだな」
「まだ下の洞窟の天井まで距離はあるだろうけど……大丈夫かな?」
「まぁ大丈夫……だと思うわ。盛大に吹き飛んで見えるけど、吹き飛んだのは泥濘んでた土が大半でしょうし、そこまで洞窟に影響は出ていないと思うわ」
俺達3人は少し心配げな表情を浮かべながら、魔法攻撃で出来たクレーターを眺めながら地下洞窟への影響を考えていた。河北さんや野原さん、湯田さんは魔法攻撃で出来たクレーターに目を奪われそこまで考えを巡らせる余裕は無さそうだしね。
そして一通り魔法を打ち終わった大谷さんと矢口さんは、出来たクレーターに歩み寄り中を暫く観察した後、俺達を呼び寄せる為に手招きのジェスチャーをしながら大声をあげた。
「皆さん、此方に来て下さい!」
その声に反応し、唖然とし思考が止まり硬直していた湯田さん達3人も再起動。少しバツの悪そうな表情を浮かべながら、俺達に移動を促す視線を送ってきた。
その視線に俺達も深く追及すること無く、軽く頷き返し大谷さん達の方へと足を進める。
「お疲れ様です大谷さん、矢口さん。どうですか魔法の実射試験の方は?」
近くまで寄ると湯田さんが皆を代表し、大谷さんと矢口さんに少し心配げな声で結果を聞く為に話し掛ける。あんなに大きく抉れたクレーターを見れば、湯田さんも内心不安でたまらないのだろう。
すると大谷さんは小さく笑みを浮かべながら、クレーターの中を指差しながら話し始めた。
「見て下さい。見た目は大きなクレーターですが、吹き飛んだのは泥濘んでいた土ばかりです。一番深い部分でも、岩盤まで貫通するような事になっていませんので実用上問題無いと思います。まぁコレは見た目から判断しただけの所見結果ですので、後ほど詳しい計測検査の結果の方を報告させていただきます」
「そうですか、ありがとうございます。お2人の魔法でこんな大きなクレーターが出来た時には、地下洞窟の天井が崩れ落ちるのでは無いかと心配していましたが、簡易結果だとしても問題無いといわれ安心しました」
「ご心配をお掛けしました。ただ、正確な影響はこの後の調査を行ってからで無いと判断出来ませんので、見た目は大丈夫でも計測してみると、という場合もありますので……」
「勿論、その辺は心得ています」
大谷さんから大丈夫だろうという所見を聞き、湯田さんは緊張が解れ安堵した表情を浮かべていた。この実射試験がクリア出来なかったら、スキル使用出来る練習場を作るのは無理だったからな。
正式な結果待ちではあるが、一つ大きな峠を越えたといった感じだろう。
大谷さん達の魔法実射試験が終わった後、河北さん達は色々な機材を使いクレーター周りの計測をおこなっていた。計測結果の分析結果は後日といわれているが、計測を終えた河北さん達の表情を見るにそう悪い結果ではなさそうである。
そして魔法実射試験で抉れた地面を皆で軽く整えた後、いよいよ最後の検査箇所である地下洞窟へと俺達は移動することになった。
「話には聞いていますが、ココに凄い地下大空洞があるそうで……何でも感動ものの代物だって」
「感動ものですか……感動するかは分かりませんが、自然の凄さを感じさせてくれる洞窟だと思いますよ。こんなものが自然に作られるんだ、って感じですね」
大谷さんは湯田さんの返答に、少し高揚した表情を浮かべまだ見ぬ地下洞窟に期待を寄せている感じの笑みを浮かべていた。地下洞窟ってフレーズにロマンを感じるからな、男は幾つになってもその手の代物が大好きなものである。
まぁ例外もあるだろうが、大谷さんはロマンを感じる派らしい。
「それは興味が引かれますね。でも、何の整備もされてない地下洞窟に降りて大丈夫なんですか?」
「暗くて足下が悪いですが、突然天井が崩落するような可能性は低いので大丈夫ですよ。発見された当時には、専門家の調査も入ってますので」
「そうですか……」
湯田さんの返答に矢口さんは少し不安げな表情を浮かべつつ少し目を瞑った後、何か覚悟を決めたような表情を浮かべた。
もしかしたら矢口さん、地下洞窟というかダンジョンで何かあったのかも知れないな。この黎明期といえる時期に高練度の魔法スキル2つ持ちの探索者が、探索者を辞めてダンジョン協会で検査員をやっているだなんて……いや、本人が何もいわないのに他人がアレコレと探るのは無粋という物だろう。
「あの、矢口さん。地下洞窟が苦手だったら、私と一緒に上で皆が戻ってくるのを待ちませんか?」
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そうですか……」
柊さんが心配げな面持ちで矢口さんに地上で待機しないかと提案しているが、矢口さんは少し堅い表情を浮かべながら頭を横に振って柊さんの提案を断った。
そんな2人のやり取りを見ていた協会の3人は、何ともいえない表情を浮かべながら矢口さんの決意を静かに受け止めている。
「矢口さん、無理な時は無理といってくれていいからね?」
「はい、ありがとうございます」
何らかの事情を知っているらしい河北さんが、矢口さんに一言気遣いの言葉を掛けるが返事は変わらなかった。こうなると他人がどうこういう問題では無くなるからな、無理だけはして貰いたくない。
そして微妙な雰囲気漂うまま、俺達は地下洞窟の入口へと到着した。




