第494話 本認証検査開始
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順番待ちで暫く期間が空くと思っていた本認証検査の申し込みも何故かスムーズに進み、最速で認証検査が行われる事となった。今回も顔見知りとなった河北さんが担当してくれるらしく、お手柔らかに願いたいが検査で手を抜くとろくな事が無いので、それはそれとして厳しくして貰った方が後々の為になるけどな。
そんな訳で、再び俺達は岬物件の前に集合していた。
「本日はよろしくお願いします」
「コチラこそ、よろしくお願いします」
河北さんと湯田さんが皆を代表して挨拶を交わす。
今回本認証検査に参加するメンバーは俺達3人と湯田さん、ダンジョン協会側が河北さんと野原さんに加え、新たに大谷さん矢口さんという若い男女が参加する事になった。
「それと新しく参加するメンバーを紹介します。コッチが大谷君で、コチラが矢口さんになります」
「大谷です、よろしくお願いします」
「矢口です、よろしくお願いしますね」
「この二人は探索者の経験がある職員でして、探索者寄りの視点で検査を補佐して貰う予定なんですよ」
河北さんの紹介で、新たに参加することになった大谷さんと矢口さんの簡単な役割説明がされる。確かに探索者の為の練習施設の検査を行うのなら、探索者視点で意見を出せる検査員が同行するのは当たり前といえば当たり前のことだよな。
河北さんと野原さんは探索者経験は無いらしく、事前調査では検査項目の基準に沿った意見しか出せないので、本認証試験では探索者経験がある検査員の所感も大事にされるとの事になったそうだ。
「経験があるといっても、協会に就職する前に触った程度ですので、そこまで探索者活動に力を入れていたわけでは有りません。皆さんのようなトップ層の方と比べられたら、恥ずかしい活動歴ですよ」
「私も学生時代に流行にのってそこそこといった程度ですので、大した実力はありません」
大谷さんと矢口さんは河北さんの説明に少し気恥ずかしそうな表情を浮かべながら、自分達の探索者歴について軽く教えてくれた。まぁ確かにダンジョン自体が民間向けに開放されてまだ1年ほど、就職や進学を考えていた学生なら、幾らダンジョンが流行とはいえ、余り探索者活動に力を掛けるわけにはいかないだろうからな。
そうなると、二人の探索者としての実力は良くて初心者を脱して中堅一歩手前、って所かな?
「まぁ二人の探索者の実力はさておき、探索者視点での指摘が出来る、というのが今回の検査では大事なんですよ。私達のような探索者経験が無い者では、どうしても視点が足りませんからね。それに彼等には、彼等にしか出来ない役割がありますので」
「役割、ですか?」
「ええ、今回の検査の趣旨を考えれば、自ずと答えは出る類いの役割ですよ」
ちょっと楽しげに謎かけのように話す河北さんに、大谷さんと矢口さんは小さく苦笑を浮かべていた。
今回の検査の趣旨を考えれば分かる、か……ああ、もしかして。
「もしてして、大谷さん達って魔法スキル持ちなんですか?」
「正解、今回はスキル使用許可を出せるかどうかの検査ですからね。規模は小さくとも実際に試してみないと」
俺の質問に河北さんは正解と答え、大谷さんと矢口さんは大きく頷いていた。
なるほど、確かに今回の趣旨を考えれば納得の人材である。
「そう言う訳ですので湯田さん、事前に申請していたように物件内で魔法スキルを使用するのはこの2人になります。大規模な地形変化が起きないように留意しますが、万が一の際は申し訳ありません」
「了解しました、ココは少々特殊な立地になりますからね。大谷さん矢口さん、よろしくお願いします」
「「コチラこそ、よろしくお願いします」」
このやり取りで、湯田さんひいては桐谷不動産には事前に許可は貰っていたらしい事が分かる。まぁ物件内で魔法スキルを使う以上、地権者に許可は取っておかないといけないからな。協会側も認証試験の為にという事で、色々事前に役所関係の許可取りをしないといけないだろうから、当日にさぁ!というわけにもいかないだろうしね。
つまり、知らなかったのは俺達3人だけって事かな?
「スキルの試し打ちをするって事ですか?」
「ええ、実際にココを訓練施設として使用するなら、最低限の確認はしないといけませんからね。許可を出した後、実際に攻撃系魔法スキルを使用したら……では困りますから。無論、許可が下りた後に建屋などの専用施設を整える場合もあるでしょうが」
「確かにスキルを使って大丈夫かを確認しようとするなら、実際に使用してみるのが確実でしょうからね」
「最低限の確認だけですけどね」
専用の遮断壁に囲われた訓練施設等があればより安全性も高まるのだろうが、敷地内で使用した魔法スキルの影響範囲の確認など最低限の確認は必要だよな。訓練施設建設以前に敷地自体が狭すぎたりすれば、攻撃系魔法スキルが敷地を飛び出すリスクは高まる。
まぁそんなわけで、そういった事態が発生しないかを確かめる為に魔法スキル持ちの大谷さんと矢口さんが参加する事になったのだ。
挨拶をすませた後、俺達は早速本認証検査を始めた。まず最初は事前検査の時に指摘された、境界線になるフェンス破損問題の確認からだ。コレは俺達と桐谷不動産の協力で応急処置を施しているので問題無いと思うが、改めて検査をされるとなると緊張してくる。
補修した箇所を重点的に、8人でフェンス沿いに歩きながら確認をしていく。
「事前に調査した時に確認した、穴が空いていた場所は全部補修されてますね」
「はい。全面的なフェンスの取り替えは費用も時間も掛かりますので、急ぎ穴だけですが塞がせて頂きました。新品に取り替えるか土壁をフェンス沿いに新しく作るのかは、現在検討中です」
「分かりました。取りあえず現状でも、無断侵入者対策としては十分機能していると思います」
「ありがとうございます」
少々編み目や支柱のサビが目立つが、侵入者を中に入れないという機能は発揮出来ているので問題は無いという返事を貰えた。皆と一日がかりで、フェンスを修理した甲斐があるという物である。
そしてフェンス周りのチェックを済ませた俺達は、車を停めている入口から敷地の中へと足を踏み入れた。
「さっき歩いたフェンス周りを見てた時も思いましたけど、結構木々が生い茂ってますねココ」
「元々リゾート開発候補地でしたからね、この木々には外から敷地内を隠す目隠しの意味もあります」
ココを初めて目にする大谷さんと矢口さんは感嘆の声を上げつつ、鬱蒼と木々が生い茂る林を眺めていた。
「ああ、なるほど。確かにコレだけ木々が生えてたら中の様子は容易に窺えませんからね。という事は、この木々は目隠し目的で植林したんですか?」
「いえ。元々ココにあった木々を利用して、フェンス周りの数十mの部分が残してあるだけです」
まぁこの規模の林を植林で作ろうと思ったら相当な予算や労力、時間が掛かるのでまぁ現実的では無いよな。昔っからある林を利用し、必要分だけ残す方がマシである。
そして大谷さん達は湯田さんの説明に納得の表情を浮かべた後、少し怪訝気な表情を浮かべながら口を開く。
「でも、もしココの木々に火魔法の炎が燃え移った時の事を考えると少し怖いですね。一気に燃え広がるかもしれませんよ?」
「確かにそういった懸念はあるでしょうが、この物件はかなり敷地が広いので林から離れた場所で練習をするのであれば大丈夫だと思います。ですが万が一の事態に備え、林沿いに防火水槽などの消火設備を数カ所設置して置いた方が良いかもしれませんね。初期消火が上手く出来れば、大火は防げるでしょうから」
「そうですね、そういった備えはして置いた方が良いと思います。探索者の身体能力なら、水さえ十分に用意しておけばバケツリレーでも相当な消火能力を発揮出来るでしょうから」
確かに大谷さんがいうように、探索者の身体能力を考えればバケツ一つでも相当な水をバラ撒けるだろうな。仮に20~30Lのバケツを使って火元と水槽を10秒で往復出来るのなら、一人で1分間に120~180Lをバラ撒けるって事だからな。
そして人数が増えれば増えるだけ消火能力は上がるので……うん、放水車並みかな?
「分かりました。いざという時に有効そうですし、防火水槽の設置は検討してみます」
「ええ、万一の備えの為にもおすすめします」
その後俺達は林周りに野生動物が居ないかなど見て回り、特に問題ない事を確認した。
いや、以前事前調査を行った時にはいたにはいたのだが、フェンスを補修する際に中に野生動物が閉じ込められたら可哀想だと思い、俺達3人で林の中を回ってフェンスの外に追い出したのだ。まぁその際、俺達に追い立てられた野生動物たちが死に物狂いの形相でフェンスの外に逃げていったので、穴が空いたフェンスの側で待機していた湯田さんが大慌てして驚きの余り派手に転んだのは内緒である。
「フェンスの長さである程度分かってはいましたが、ココの敷地は相当な広さがありますね」
「海岸線があるので建物を建てるのに向かない部分も多いですが、元々リゾート開発候補地ですからね。ホテルや複数の施設を建てられるだけの広さがあります。まぁ色々な事情があり中止にはなりましたが……」
「そこを彼等が訓練施設を作る為に借りようとしているのですね。確かにコレだけの広さがあるのなら、大人数の探索者が同時に訓練を行っても問題無いと思います。まだ全容は確認していませんが、ちゃんと距離さえとっていれば攻撃的魔法スキルを使用しても問題無いでしょうね」
「そういって貰えるとありがたいです」
探索者視点で語られる大谷さんの意見を聞き、湯田さんは嬉しそうな表情を浮かべている。非探索者の一般人的には問題無いと思っても、探索者という事例を見ているので些か不安になっていたらしい。山を短時間で駆け上がったり、かなりの高さを誇る崖からノーロープバンジー状態で飛び降りたりしていたからな。
まぁ俺達も自分達が探索者の平均を大幅に上回っているのは認識しているので、それに付き合って複数の物件の内見を熟していた湯田さんが不安を抱えていても当然かも知れない。もしかしてこの広さの敷地でも足りないんじゃ無いか?ってさ。
「送っていただいた資料に、ここの近海に漁場はないとありましたが本当でしょうか」
「あっ、はい。以前指摘された後に、近隣の漁協に問い合わせ確認しました。現時点では漁場にしている船はいないそうです」
「なるほど、それは良かった。では万一海側に攻撃的魔法スキルが逸れた際に船が被害に遭う可能性は少ないと思って問題無さそうですね」
「絶対に無いとはいえませんが、その可能性はかなり低いと思います」
資料片手に以前の調査時に指摘していた事を確認をしてくる河北さんに、自信ありげな表情を浮かべつつハッキリした口調で湯田さんは問題無いと返事をした。
この漁場の確認作業は、桐谷不動産が念入りにおこなっていたので自信に満ちた返答である。
「丁寧に調べていただき、ありがとうございます」
「いえ」
河北さんは満足げな表情を浮かべ、湯田さんは安堵したように軽く息を吐いた。
そして海岸線を歩き崖の状態などを確認しつつ、俺達は敷地中央部分に移動する。大谷さん達が今回参加するようになった理由であり、事前検査の時には出来なかった確認を行う為にだ。
敷地中央部に移動した俺達はコレから行う確認作業の為に、大谷さんと矢口さんから少し離れた場所で待機することになった。
そして野原さんが計測と記録の準備が整った事を、大声と手を振って二人に知らせる。
「準備は良いぞ、二人とも始めてくれ!」
「了解です!」
元気よく返事をする大谷さん達から少し離れた地面には、攻撃的魔法スキルの標的として大きな風船が地面に設置されていた。
どうやらあの風船を攻撃し、周囲にどれ程の影響があるかを確認するらしい。
「それじゃぁ始めます!」
大谷さんはそう宣言すると、右手の手の平を風船に向け魔法スキルを発動する。
「ファイヤーボール!」
その掛け声と同時に、大谷さんの右手の前にソフトボール大の火の玉が出現し、風船へと向けて高速で飛翔する。飛翔する魔法の早さは、高校生ピッチャーの球くらいかな?
そして大谷さんが打ち出したファイヤーボールは、目標の風船に命中すると同時に爆発音と共にバランスボールくらいの大きな火球を一瞬形成した後に消えた。
うん、やっぱり火魔法は見た目が派手だな。
そんな事を、目を見開き驚きの表情を浮かべる湯田さんの隣で俺は考えていた。




