第493話 本認証に向けて
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河北さん達協会による事前調査を終えた後も、俺達は色々と動き回ることになった。河北さん達に指摘された点を調べ直すのは勿論、元々予定していた海岸線の調査や、漁協に物件近くの海に漁場があるかないか、物件近郊の災害歴の確認等々。探索者向けの練習場など初めてという事もあり、俺達も桐谷不動産の面々も右往左往しつつ、一つ一つ問題点を確認し修正していく。
そして時間は瞬く間に過ぎ、俺達は疲れた表情を浮かべつつ桐谷不動産の応接室で顔を向かい合わせていた。
「皆さん、お疲れ様でした。取りあえずですが、協会による事前調査で指摘された点の確認と改善は概ね完了です」
湯田さんのその宣言を聞き、俺達は安堵の息を吐きつつ少し緊張していた表情を綻ばせる。
事前調査が行われてから1週間ほどで結果が届いたのだが、問題視された点や改善を求められた点は結構な数に及んでいた。殆どは調査時に河北さん達に指摘された点と同じではあったが、大小様々な問題に改善を行おうと考えると、桐谷不動産側とも色々と打ち合わせや擦り合わせを行わないといけなかったからだ。
「今回の調査は、我が社としても今後探索者向け物件を取り扱っていく上で大変貴重な経験になりました。一般向けの物件では考えもしなかった、探索者独特の思わぬ指摘が多数ありましたからね。この手の指摘は精査し、今後ノウハウ化していこうと思います」
「いえ、コチラとしても行き当たりバッタリの手探り状態だったのに、ココまで丁寧に対応して頂き本当に感謝しています。こんな面倒な案件、断られても仕方ないと思っていましたので……」
「ははっ、気にしないで下さい。コチラとしても探索者向けの新しいビジネス展開を考えてますので、この手の苦労は産みの苦しみとして当然のことです。それに今は大変ですが、コレを乗り越えれば他社に対し優位性を得るチャンスなんですから」
申し訳なさげな表情を浮かべ軽く頭を下げる俺達に桐谷さんは、笑みと苦笑が入り交じった表情を浮かべながら、今後の手間にも決して無駄な苦労では無かったのだといってくれる。
そんな桐谷さんの対応に、俺達はこれ以上の謝罪は逆に失礼だと考え苦笑を浮かべつつその言葉を素直に受け取ることにした。
「そうだとするなら、自分達の苦労も報われるというものですね。他の探索者さん達がたくさん来てくれると良いんですが……」
「そうですね、その辺は宣伝と営業を頑張っていきますよ。前例となる確かな実績を作っておけば、興味を持って訪ねられる人も居るでしょうから」
「そうですね。自分も探索者向けの練習場に使える土地を扱ってるっていう不動産屋さんは知らないので、昨今の練習場不足問題を考えれば、俺達のように自分達で練習場をって考えてる探索者は興味を持って訪ねて来てくれるかも知れません。未だに公式の練習場はまともに利用予約が取れないそうですから……チラシを出してみますか?」
「ダンジョン協会に、各支部やダンジョン前の出張場にチラシを出せないか聞いてみるのも良いかもしれないね。自家用練習場って選択肢を探索者の人達に掲示すれば、何人かは興味を持ってくれるかもしれない……検討の余地はあるかな?」
ダンジョンにいった時に偶に見る掲示板に、協会からの連絡の他にダンジョン近くの飲食店のチラシなんかが貼られているので、頼めば不動産屋のチラシでも貼り出すことは出来ると思う。
まぁ結構な数が貼られている上、余り掲示板のチラシを熟読している利用者がいるような感じでは無いが、情報に聡い人はちゃんと見ているだろうから効果はあると思う。
「まぁ見る人は最初少ないかもしれませんが、見た人が話を広げれば多くの人が知るようになりますよ。その手の噂話って皆好きですし、実際問題練習場が不足してるってのは本当ですからね。特に初心者の人達が練習無しで飛び込んで怪我をした、って話はよく聞きます。練習するのに振り回す物が振り回す物ですから、それ相応の場所じゃ無いと出来ませんからね。ある程度稼げるようになった探索者グループや企業勢が自前の練習場を確保するようになったら、そういった初心者達が練習場に苦労することも減ると思うんですよ」
「確かに、今回の調査で探索者が練習場を持つには色々大変な条件があるとは思ったけど、そういった規制が無いと練習出来ないってのが現実なんだろうね。それを考えると、余裕がある一定以上の探索者が自前の練習場を持つ様になった方が……という流れを作ることも出来そうだ」
「企業勢や高位の探索者グループが自前の練習場を持つのがトレンドになれば、中堅探索者グループ辺りからは自前の練習場を持つのが目標になる流れになるかも知れませんね。そうしたら、協会としてもその方向に流れを持って行きたくなるかも知れません。……話の持って行きようによっては、練習場不足解消の為に協力してくれるかも知れませんね、コレ」
幸い、今の所は探索者が公式練習場以外の無許可地で訓練をして被害を出したというような大きな事件は起きていないが、これから先も起きないとは限らないからな。いや、もしかしたら表沙汰になってないだけで、既に事件としては起きてる可能性は高いかも。
それなら協会としても、大きな事件が起きる前にどうにかしたいと思っていてトレンド作りの協力をしてくれるかもしれないな。
「なるほど、その線で交渉してみるのも良いかもしれないな。ダンジョン近くの土地で探索者向けの住宅が次々建って売れている状況です。探索者の人達の間で訓練場の私有という流れが出来れば、購買力は期待できますからね」
「俺達がコレまで探したように、山奥や海岸線の土地といったコレまで商品価値の低かった物件が良い所ですからね。今の内に押さえておけば大儲けだと思いますよ」
「ははっ、確かにそうだね。その上、今のウチにはどういった条件の土地が訓練場に使えるのかというノウハウもある程度得られているという具合だ。押さえるべき物件をある程度見極められる状態で、このビジネスチャンスを掴む機会が回ってきたといえる」
桐谷さんは顎先に手を当てながら、少し人の悪い笑みを浮かべていた。チャンスを逃さない商売人、といった感じだな。
まぁ、阿漕な真似をし過ぎて捕まらない様に気をつけつつお仕事頑張って下さい。
「あのぉ、そろそろ話を進めても?」
湯田さんが控え目な様子で、話に盛り上がる俺達と桐谷さんに声を掛けてくる。
確かに話が全然進んでいなかったので、俺達は少々バツの悪い表情を浮かべた。
湯田さんは咳払いを一つ入れ、場を仕切り直し話し始める。
そして俺達の手元には、調査結果に基づく改善と改修の結果が書かれた書類が置かれていた。
「ええっと先日の調査を受けた結果、この物件でスキル使用許可を得る為には、幾つか改善をおこなう必要が出てきました。最初に指摘された点である破損した境界フェンスの修理なのですが、古いフェンスを撤去し新品に交換した場合1000万円近くになるという試算がでました」
「最初にその改修費を聞いた時は驚きましたよ、流石にその金額は出せません」
裕二は見積書を見せられた当時を思い出し、頭を横に振りながら無い無いと小声で呟いていた。まぁアレには俺と柊さんも、目を剥いて見積書を凝視しながら固まったからな。
しかもあの額でも、知り合いの業者に格安で頼んだ場合の金額だっていうもんだから驚くばかりだった。境界フェンスが延々と長い分、処理にも設置にもお金が掛かるらしい。
「まぁ、そうですよね。ですので、本格的な改修は後回しにし、認証に通る程度の急場凌ぎ改修をおこなうことにしました。コチラは破損した箇所のフェンスの上に新しい金網を張って穴を塞ぐという物ですので、思ったよりお安く修復出来ました。フェンスの張り替えにご協力、ありがとうございました」
「いえ、コチラこそ修復用の資材を提供頂きありがとうございました」
「コチラこそ普段から手を入れておけば破損が問題にはならなかったはずなので、寧ろ修復を手伝って頂きありがとうございます」
フェンスの修理を専門の業者に頼むと見積もりや契約などで一ヶ月程後からの作業になるといわれたので、桐谷不動産が資材を提供し俺達が労力の提供という形で穴埋めの応急処置を施したのだ。
因みに、修復に必要だった資材費は20万円ほどですんだ。本格改修は……賃貸契約結んだ後かな?
「フェンスの件はひとまず、コレで問題無いと思います。本格的な改修は時期と予算を考えておこなおうと思います。古く見た目はアレですが、穴さえ塞げば十分に機能しますし」
「それが良いと思います、一気にやるには凄い長さですからね」
疲れた表情を浮かべる湯田さんに、俺達3人は全力で頷く。いやホントに長かったんだよな、穴を塞ぐだけでも一日がかりだったから。
そして湯田さんは気疲れを振り切るように顔を軽く振って、次の話題に入る。
「それと漁場の件ですが……近隣の漁協に確認した所、漁協が確認する限りにおいては確認出来なかったとのことです。ですが、ボートや釣り船が向かう可能性は無きにしもあらずとのことです。一応練習場の件は、漁協に属する各船に注意はしておいてくれるそうです」
「漁場利用されていないというのは幸いですが……確かに個人利用のボートが海岸線に近づくというのはあり得ますね。指摘されたように、流れ弾なんかには気をつけないと」
「まぁボートなんかは、座礁しやすい海岸線に目的も無く近付いてこないとは思いますが注意は必要だと思います」
「海岸線に危険の看板でも建てておくかな……」
まぁでも逆に看板に興味を持って、態々近づいてくる輩もいそうだけどな。危険を知らせる看板が原因で、危険に近付いてこられたら本末転倒も甚だしくなる。
漁協経由の注意が自然に広まるのを待つのが無難かな……誰も寄りつかなくなれば自然に近づかなくなるだろうし。
「ソレも一つの策ではあると思いますが、もう一度漁協の方に周知して貰えるように頼んでみます」
「お手数ですが、お願いします」
今一良い策も思い浮かばないので、湯田さんの提案に賛成の返事を返しておく。
「それと暫定ではありますが、専門家による地下洞窟の調査結果の方をご報告します」
「もう結果が出たんですか?」
「正式な調査結果はまだですが、暫定ながら結論の方は出ていると報告を受けました。結果としましては以前の調査結果と同じく、ホテルのような大型建造物を建てるので無ければ、特に問題は無いそうです。ただ、探索者がスキルなどを使用し練習する場合は、基準となるデータが少なくまだ陥没しないなど安全を保証することは出来ないとのことです」
空洞の上で普通に運動する分には強度的に問題無いそうだが、探索者が暴れた場合は判断が付かないとの事だ。まぁ確かに探索者の、特に高位の探索者がスキルを使用して訓練した場合のデータなんて殆ど無いだろうからな。
もしかしたら、自衛隊辺りなら持ってるかも?
「そうですか……その結論で認証が通るか少し不安ですが、運動する分には問題無いという部分を強調するしかありませんね」
「そうですね。専門家にとってもまだ未知といえる部分の話なので、一応は安全ではあるという部分を信じるしかありません」
「「……」」
中々不安になる専門家の調査結果を前にし、俺達は何ともいえない表情を浮かべながら顔を見合わせた。ダンジョン協会のさじ加減しだいといってしまえばソレまでであるが、絶対に認証が通らないという話では無いので通ると信じるしか無い。
最後の最後で運任せというのが何ともいえず、俺達は揃って溜息を漏らすしか無かった。
「不安な部分は残りますが出来る限りのことはしたので、協会の方にスキル使用許可の本認証の調査を頼んでみたいと思います」
「そうですね、これ以上は自分達であれやこれや考えていても仕方がありません。協会に認証調査の方を申し込みましょう。日程の方は以前と同様に、近い順に日曜日毎で大丈夫ですか?」
「はい、その日程で申し込みの方をよろしくお願いします」
「分かりました。早速この後、協会の方に申し込みに行ってきます」
まだ時間も夕方までには早いので、出かけた足のついでに協会に申し込みに行くとしよう。前回と違い桐谷不動産側の了承も得られているので、また突然今週末といわれても対応可能だ。
さぁ、コレが通ればいよいよ賃貸契約締結も目前だな!




