幕間 拾話 世間の流れ
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ダンジョンが民間向けに開放され半年、保険会社数社から遂に探索者向けの生命保険が売り出された。
死亡保障の上限や医療保険は低く、加入条件や掛金は高いが、申込希望者は続出。各保険会社は受付担当を増やすなどして、加入希望者達の対応に追われた。
「こちらの保険の加入条件には、探索者ランクも絡んできます。失礼ですが、お客様の探索者ランクをお教えして頂いてもよろしいでしょうか?」
「俺のランクですか? 一応、Eランクですが……」
「有難うございます。お客様の年齢とランクから検討すると、御希望される保険の月々の保険料はコレくらいになりますが……」
保険加入希望の20代半ばの男性探索者に、社員は早見表を用いて掛金の説明を行う。
「えっ? 広告パンフレットに書かれていた掛金より、随分と高くありませんか?」
「申し訳ありません、広告パンフレットに書かれていた掛金はFランク探索者の方向けの物で……。探索者ランクが高い方は基本的に、危険度の高いモンスターを相手にしていると言うのが保険会社側の認識なので、掛金の方はどうしても高くなってしまいます」
「……えっと俺、高額査定のマジックアイテムを偶然得てランクが上がっただけの、新人探索者なんですけど……?」
「申し訳ありません。現在弊社が探索者の方向けに売りに出している保険商品には、ランクの規定はあっても就任期間での規定はないのです。今回販売している保険商品に関しては、就任期間は関係ありません」
「そうですか……」
「申し訳ありません。それで……どうなさいますか? 今回の保険加入は、おやめになりますか?」
想定していた加入料より高い金額が提示され、加入希望だった男性は、頬をかきながら悩む。
「払えない額ではないんですけど……。こう言うのを訊くのもアレなんですが、他の保険会社の物の加入料も似たり寄ったりなんですか?」
「そうですね……。こちらで把握している限りにおいて保証内容等で違いはありますが、そこまで大きな違いはないと思います」
「……そうですか」
「決心が付かず悩まれるのでしたら、一度自宅に持ち帰り時間をかけて決められたら如何でしょうか? 探索者向けの保険加入料は、ほかの保険に比べて高額ですから」
「……いえ、決めました。その条件での加入をお願いします」
「承りました。ではこちらの申込書類に目を通し、必要事項をご記入下さい」
男性は担当者が差し出す規約が書かれた分厚い書類に目を通し、申込書類の記載項目を埋めていく。
「……はい、確認しました。申込書類はこれで結構です。このあとの流れですけど、次に指定の医療機関で医師の診断を受けていただきます。書面による医師の告知が届き次第、当社にて加入審査を行い問題がなければ加入が承諾され保険証書が発行されます。それと……第一回保険料支払いはどうなさいますか? 保障は申込書と医師の告知、第一回保険料支払いの3つが揃い、証書が発行されると開始されるので、支払いは出来れば早い内が良いと思いますが……」
「保険料の支払いは、この場で支払っても大丈夫ですか?」
「はい、勿論」
返答を受けた男は、第一回保険料を支払い入金を済ませた。
担当者は支払い手続きを済ませ、おつりと領収書を渡す。
「入金は、これで完了です。次回の保険料の支払いからは、口座振替の自動引き落としと言う事でよろしいですか?」
「はい」
「では、これで此処での手続きは完了です。後は、診断書のコピーを提出して頂ければ手続きは完了です。本日はご利用、ありがとうございました」
担当者が頭を下げながら手続が終了した事を告げると、男性も軽く頭を下げたあと書類を持って離席した。
「ふぅ……次の方どうぞ!」
担当者が声を上げると、順番待ちをしていた20代後半の女性探索者が席に着いた。
日曜の午前中。人通りの多い繁華街の交差点の一角で、ダンジョンに潜り死亡した探索者の友人と支援者が国の責任をメガホンを使い訴えの声を挙げていた。彼らの主張は主に、“ダンジョン内の安全を確保しきれていなかったのは国の怠慢であり、探索者の死亡責任は国にある”と言うものである。
しかし、交差点を通る人々の反応は芳しくなく、冷淡であった。例えば……。
「また日曜の朝から、あんな支離滅裂な事を言ってるよ……」
「ほんと飽きないよな、アイツ等」
「毎週毎週、道を塞いで邪魔なのよね、アレ」
「自己責任でダンジョンに潜って死んだのに、何で国が責任を取らないといけないんだ?」
「さぁ?」
「朝から、五月蝿い奴等だな」
多くの道行く人々の反応は、大体こんな物である。
彼らが訴える内容自体は理解していてもTVや雑誌、ネットなどの電子媒体で散々ダンジョン探索は自己責任である事や、探索者はハイリスクハイリターンであると繰り返し主張され続けた結果、ダンジョン探索で探索者が死亡しても自己責任……それが一般常識として定着していた。
その御陰で、路上で国の責任を主張する彼ら……所謂、“被害者の会”の主張が一般人に聞き入れられ、共感される事はなかった。
「くそ! なんで誰も俺達の話を聞かないんだ!?」
「皆、国に思考誘導されているんだ! だから人々が、俺達の主張を受け入れないんだ!?」
「そうだ! そうだ! 国の陰謀だ!」
道行く人々から冷たい反応しか返ってこず、彼等は仲間内で不平不満の愚痴を漏らし慰め合う。
しかし、そんな彼らの姿が更に道行く人々の反応を冷たい物へと変えて行く。それに気がついた一人が、マイクを握りしめているリーダー格の人物に話を振る。
「リーダー! 今度は保険不払いの事を主張しましょう! それなら人々も、我々の話を聞く筈です!」
「そ、そうだな。よ、よし!」
リーダーと呼ばれた男は胸を張りマイクを握りしめて、保険会社の生命保険不払いを糾弾する主張をしはじめた。これには道行く人々の何人も足を止める効果があったが、主張が進むにつれ足を止めていた人々も立ち去って行く。何を主張しても聞き入れられない状況に心が折れたのか、彼等は撤収準備を始め立ち去っていった。
しかし、彼らが立ち去った後には片付け忘れたのか捨てていったのか、彼等のスローガンが書かれた棒付き看板やチラシ等が乱雑に放置されている。通行人や交差点に面する店の店員は迷惑そうに顔を歪めていた。
「全く。抗議活動をするのなら、後片付けまでして行けよ」
「本当ですね。支離滅裂な主張をして、相手にされなかったからってゴミを放置して帰るとか……はぁ」
抗議団体を監視していた制服警官達が、ゴミ袋片手に姿を見せ手早くゴミを回収して行く。
「最近はこう言う抗議も減っていたんだがな……」
「もうすぐ、ダンジョンの入場規制が解かれるからじゃないですか? それに最近は、探索者向けの保険も出てきましたし……」
「そうかもな……よし、片付け終了。我々も帰って、報告書を仕上げるぞ」
「はい」
ゴミの片付けを終えた警察官達は、路上抗議団体の警備報告書の内容を考えながら去っていった。
会議室に、スーツを身に纏った男達が集まって報告会を開いていた。
スライドには、ダンジョン出現以来の業績がグラフで示されており、右肩上がりの成長を示していた。
「我が社は順調に成長している……そう取って良いのかな?」
「はい。現在我が社が取り扱っているダンジョン産素材製品の需要増加の御陰で、概ね好調です」
会議室の上座に座る初老の男性の質問に、壮年の男性が席を立って返事をする。
「概ね?」
「はい。ダンジョン産素材の争奪戦が激しくなり始め、品薄状態で素材入手が困難になり始めています」
ダンジョンが民間に開放された当初。ダンジョン産素材に懐疑的な雰囲気があり手出しを控えていた企業も多かったが、ダンジョン産素材の有用性が判明するに従いダンジョン産素材を取り扱う企業が急増していった。
「つまり、減産する必要があると?」
「はい。素材確保が難しい以上、現在のペースで製品を製造し続けるのは困難です」
「外国から素材を輸入する事は出来ないのか?」
「難しいですね。ダンジョンを有する各国でも、ダンジョン産素材の需要は高く国内需要を満たす事も出来ていません。その上、各国企業も考える事は一緒で素材の大量輸入は厳しいかと」
「そうか」
壮年男性の返答に、初老の男性は眉を顰める。
「あの、よろしいでしょうか?」
「ん? 何かね?」
眼鏡をかけた鋭い目付きの中年男性が、おずおずと手を挙げる。
「素材の安定確保を図る為、我が社で素材を確保する専門部署を開設してはいかがですか?」
「? 既に、資材調達部があるではないかね」
「あっ、いえ。その……我が社専属の探索者を確保してはどうか?と言う提案で」
「ん!?」
会議室内が騒めく。
専属探索者の確保と言う議題は、以前からも議論はされていた。
「探索者のランク制度が導入されてから、既に3ヶ月程が経ちます。有望な者をスカウトする為の指標があるので、選別は可能かと……」
「いや、しかし……探索者を社員として囲うとなると色々と問題が……」
「そうですよ。探索者は只でさえ、死傷率が高いんです。社員として囲えば、彼らがダンジョンへ素材確保に赴くのは、会社の業務と言う事になるんですよ? ダンジョン内での怪我は労災、死んだ場合も業務上死亡。社の風評にどんな影響が出るか……」
「社員に何度も労災を出させ、挙句に死なせる会社……風評的には致命的ですよ?」
会議出席者達からは、反対意見が次々と上がる。
しかし、中年男性は首を左右に軽く振りながら自身の意見を言う。
「いえ。私の提案は、ダンジョン産素材の取得を専門とする子会社を設立してはどうかと言う物です」
「……子会社か」
「探索者が多く所属し、ダンジョンに潜り素材を得ている事を全面に打ち出した会社です。最初から、どう言う仕事をする会社かを明言しておけば、例え所属する探索者から死傷者を出したとしても、風評被害は最小限にできます」
「……確かに」
中年男性の提案に、会議出席者達の気持ちが揺らぐ。
「飽く迄も、死傷者を出したのは子会社であり、所属する探索者達も死傷する危険が有る事は承知の上である、とすれば……」
「確かに、一般常識として探索者はハイリスクハイリターンと認知されていますね」
「死傷する危険が有る事も……」
「そして、我々は飽くまでも取引先の会社の一つである……」
会議参加者達は無言でお互いの顔を見た後、上座に座る初老の男性に視線を集め問いかける。
「……」
初老の男性は暫し目を瞑り悩んだ後、ゆっくりと目を開き言葉を発する。
「……良いだろう。ダンジョン探索と素材採取を業務とする、完全子会社の設立を認めよう。但し、子会社の代表取締役は発案者の君にやって貰うぞ」
その言葉を耳にし、会議室に静かなどよめきが湧き起こる。
中年男性は自身の提案が通った事に静かに喜びつつ、仰々しく頭を下げた。
「分かりました、有難うございます」
「だが、探索者の安全に付いては重々注意する様に」
「無論です。死傷者が出ない事に越した事はありません。万全のバックアップ体制を取れるように努めます」
「それなら良いが……」
こうして、完全子会社の設立が決定される。
ただ、子会社設立計画は一部形を変更されながら素早く動き始め、代表取締役には中年男性が出向扱いで就任することが決まった。一度決まれば動きは素早く、あれよあれよと言う間に親会社が資金を実質無金利に等しい超低金利で貸付る形で関連別会社として設立される。
商号は、株式会社Dマテリアル。事業内容は、ダンジョン探索とドロップアイテムの収集、そしてドロップアイテムの売買だ。事務所所在地は親会社近くの雑居ビルの一フロア、資本金は5000万円。株式の譲渡にも制限がかかっている。
だだっ広い部屋の中央に置かれたシステムデスクに座った中年男性は、椅子の背もたれに体重をかけながら天井の蛍光灯を見上げた。
「まずは、事務員と社内から探索者資格を持つ者を出向扱いで集めるとしますか。その人達を中核に素材収集班を編成して、連携訓練を行えば……。ああ、後は求人広告を出したり、有力な探索者のスカウトも行なわないといけませんね」
中年男性はこれからの展望を思案しながら、まず手始めにと机の上の電話に手を伸ばす。
「人事部長ですか? 実は例の件で、ご相談したい事が……」
中年男性の口元は、楽しそうに歪んでいた。
次話から、第5章に入ります。
 




