第491話 事前調査を受ける
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申込時に連絡先の窓口をお願いしていた裕二から、事前調査の申し込みを終えた翌日に、協会から早速調査日決定したとの連絡があった。先ず駄目だろうなと思って申し込んでいた、一番早い予定日である今週末の日曜日に決まったとのことだ。
まさか1週間と待たずに視察が始まるとは思っても見なかった、思ったより事前視察の申込者が少なく予定が空いてたのかな?
「そっか、視察日が早いのはありがたいけど、桐谷さんと連絡を取り合って準備しないといけないから、今からやるとなると少し大変だね」
「そうね。視察には湯田さんが同行してくれるって話だったけど、湯田さんの予定は大丈夫かしら? こんなに早く視察日が決まるとは思っても見なかったから、スケジュール調整が利くと良いんだけど……」
申し込んでから調査開始までには2、3週間は待つことになるだろうと思っていたので、俺達は少し悠長に構えていたのだが大急ぎで準備を進めないといけなくなってしまった。
先ずは桐谷さんと連絡を取って日曜日に調査視察に同行して貰えるのかを確認をし、無理そうなら協会に調査日変更を申し出ないといけないな。希望を出していたとはいえ、流石にこんな急な日程では間に合わない可能性があるしさ。
「その件だけど2人に連絡を入れた後、桐谷さんに連絡を入れてスケジュールの方を確認して貰ってる最中だ。湯田さんと少し調整をしないといけないから、連絡を待ってくれってさ。今日中には返事をするって」
「調整……視察の件以外でも俺達色々頼んでたからね」
「まぁな、海岸線の視察依頼や他にも色々と……うん、短期間で進めるには業務過多だよな」
「残業に休日出勤……とかになってないと良いな」
俺達の脳裏に、疲労困憊で目の下に隈を作っている湯田さんの姿が思い浮かんだ。すみません、今度何か美味しいモノを差し入れに持って行きます。
物事が早く進むのは良い事ではあるが、下準備をする方にしたら納期ギリギリのデスマーチになるからな。こんな事なら、書類に書いた調査視察希望日を来週の週末からにしとけば良かったかも。
「まぁ後は桐谷さんからの連絡待ちって事で、俺達の方はいつでも動けるように準備だけはしておこうか」
「そうだな」
「そうね」
こうして俺達は若干の申し訳なさを感じつつ、桐谷さんからの連絡を待つ事になった。
そしてこの後、桐谷さんから日曜日に湯田さんが同行出来るとの連絡があり、事前調査は予定通り週末の日曜日に行うことが決定する。
事前調査当日、雲一つない青空の下、事前調査が開始された。参加者は俺達3人に桐谷不動産から湯田さん、そしてダンジョン協会私設訓練施設管理課から河北さんと野原さんが参加する事となった。
係長さんが直々に調査に参加?と思ったのだが、スケジュール調整の関係で参加する事になったそうだ。まだ利用される事例が少ない制度っぽいから、配置されている人員が少ないのかな?
「本日はお忙しい所ありがとうございます」
「いえ、コチラこそ急な日程になり申し訳ありません」
軽く会釈をしながら湯田さんは挨拶をし、河北さんが少し申し訳なさげな表情を浮かべながら返事をする。ザ・社交辞令的なやり取りだな。
「今回お二方に視察して頂く物件は、事前に送付させて頂いた資料にある様にこのフェンスで囲われた岬の土地になります」
「事前に資料を頂いてましたので知っているつもりではいましたが……実際にこうやって目の前にしてみると、随分と広大な土地ですね」
「多少海岸線で削られますが、全体の敷地と致しましては50ヘクタール程ありますのでまぁ」
「……歩き回るだけでも一苦労ですね」
河北さんは少し渋面を浮かべつつ、延々と続く古びたフェンスと鬱蒼と生い茂る雑木林を眺めていた。
まぁ調査をする以上、物件の隅々まで歩き回る必要があるからな。ドーム球場数個分の広さの土地を隅々までか……俺達は大丈夫だが、湯田さん達の体力が最後まで持つか心配である。
「そうですね、では早速中に入りましょう」
湯田さんはフェンス扉の鍵を開け、俺達を敷地の中へと誘導する。
そして河北さんは扉が開いていくのを見守りつつ、野原さんに調査開始の指示を出していく。
「野原君、計測と写真の方を頼むよ。私はリストのチェックポイントを見ていくから」
「分かりました係長」
「では早速始めよう。先ずは近隣住民の有無……は、いないから問題なし、だね」
「そうですね。ここに来るまでの道沿いでも人家は一つも見当たりませんでしたから、ココの近隣地に住民はいないと判断して問題無いと思います」
河北さんと野原さんは物件の外観写真を撮りつつ、チェックリストの項目を確認し始めた。
調査を開始したことに気付いた湯田さんもこんな僻地の上、リゾート開発計画失敗で住民が誰も居ない土地になり自社が確認する限りにおいて近隣住民はいないと口添えしている。
「つまり少なくともこの辺には、居住地登録している住民は居ないという認識で構いませんか?」
「はい、その認識で構いません」
「ありがとうございます。この手の施設を建設する場合、周辺住民と揉める事が多いですからね。安全性の確保や騒音問題など、周辺に住民が居ない場所に作るというのが一番簡単な解決策です。建設認可後に、周辺住民の理解が得られず建設が中止になったという例もありますし……」
「やはり、そういった問題が発生するんですね」
周辺住民の有無を確認した河北さんは少し安堵したような表情を浮かべつつ、湯田さんの方も協会からの意見をメモにしたためていた。やはり河北さん達協会側としても、せっかく人手を出し調査したのに無駄になるというのは嫌だろうからな。一日中歩き回った努力が無駄になるか……うん、嫌だね。
となると、最初から近隣住民がいない土地となれば調査が無駄足になる事も少ないだろうから、少しはやる気が出るというモノだ。
「では次の調査に……」
こうして、俺達が購入を考える練習場建設最有力候補地の事前調査は始まった。
俺達調査隊はフェンス沿いに雑木林地帯を歩き回り、一つ一つチェック項目を見ていく。その際にフェンスの老朽化が全体的に目立ち、幾つもの大きな穴が発見された。
今は調査の段階なので問題無いが、スキル使用可能訓練施設として申請する際には修理あるいは交換しておくようにと忠告を受けた。施設内に人が間違って入り込まないように境界線がハッキリ出来ているかどうかは、認証において大事なチェックポイントだとのことである。
「結構な長さのフェンスですので費用面で大きな負担にはなるでしょうが、今回のように穴が空いているような状態では認証は取れません」
河北さんは穴の空いたフェンスを少し眉を顰めて見つつ俺達に助言をくれたので、改善策の一つになるかと思い質問を投げ掛ける。出来るだけお金は掛けない方法で改善出来るなら改善したいからな。
「質問なのですが、人が入り込まないように敷地の境界がハッキリしていれば良いのでしたら、フェンスでは無く堀や土壁等でもよろしいのでしょうか?」
「そうですね、高さや深さによると思います。明確に境界線だと分かる様に作って貰えれば、許可が出せると思います」
河北さんは俺達の質問の意図が良くわからないといった表情を浮かべていたが、土壁などでも代用可能という言葉は聞けた。
この間検証したので、俺達ならスキルを使わずとも短期間で堀や土壁の建設は可能だ。湯田さんもその事に気付いたのか、少し頬が引き攣ったような表情を浮かべつつも、興味深そうに耳を傾けている。
「そうですか、因みにどれくらいの高さや深さがあれば良いモノなのでしょう?」
「承認に必要な基準値の規定を確認していないので即答しかねますが、人の背丈より高い高さが望ましいと思います。御希望でしたら、後に基準値を調べ御連絡いたしますが……」
「お願いします。人の背丈以上という事は2m以上、と考えた方が良いですかね?」
「そうですね、そう思っておいて頂いた方が良いと思います。人の丈を超える高さがあれば、大体の人は境界と認識出来るでしょうから」
まぁ人の丈を超える長大な壁を乗り越えて入ろうとするヤツは、明確な侵入の意図を持つ輩で無ければそういないだろうからな。ついでに土壁に、私有地の看板を立てておけば大丈夫だろう。
それにしても敷地を遮る高さ2mの土壁か……まぁ余裕だろうな。
「分かりました、ありがとうございます。修理交換を含め、色々と検討してみようと思います」
「いえ。ではフェンス周りの調査はこれくらいで良いでしょうから、次の項目のチェックをしましょう」
フェンス周りの調査を終えた俺達は次に雑木林の外、海岸線沿いの土地のチェックを行う為に移動する。
海岸線のチェックを始め早速、俺達も気にしていた部分が指摘された。
河北さんは崖の縁から下の海を覗き込みながら、湯田さんに崖の状態の確認をとる。
「コチラの崖、台風上陸などの際に崖面が崩落したと言う事はありませんか?」
「私達が把握している範囲では、大規模な崩落は起きていなかった筈です」
「そうですか。ではもう一つ、此方の海岸線に接している近海は漁場などに利用されていますか?」
「申し訳ありません、其方の方は現在確認中になります。近日中に近隣の漁協などに確認をとる予定になっています」
気にしていた部分がズバリと指摘され、俺達3人の内心は驚きに満ちた。やっぱりプロ視点からも、そこはチェックしないといけない項目だったんだなと。
良い物件が見付かったと喜びで気持ちが逸ってしまった結果、重大な見落としをしていたんだなと改めて実感する。重蔵さんに何も指摘されないまま契約していたらと思うと、肝が冷える思いだ。
「分かりました、その辺の確認が取れたら連絡を頂けると幸いです」
「分かりました、近日中に御連絡出来ると思います」
「お願いします」
湯田さんに後日連絡の旨を確認した後、河北さんは俺達3人の方に視線を向け話し掛けてきた。
「それと確認なのですが、コチラに練習施設を作りスキル使用が許可された場合、皆さんはスキルの試し打ちなどを行う予定はありますか?」
「ええと、はい。まだ取得はしていませんが、将来的に火魔法などのスキルを習得した際に試し打ちなどで利用出来ればなと思っていますが……」
「なるほど……」
河北さんは少し難しい表情を浮かべた後、俺達に向かって少しいい出しづらそうに口を開く。
「残念ですが、その利用方法は諦めて下さい。厳密にいいますと、海に向かって攻撃的な魔法スキルを使用するのは違法行為に当たります。あくまでも、協会が認証を出すのは私有訓練施設内の許可になりますので」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。コレを街中の施設に例えますと、敷地の外に向かって攻撃的魔法スキルを打ち出すのと同義ですからね。確かにコチラの立地を見させて頂くと問題無いように思えますが、協会としてはあくまでも私有地内でのスキル使用を許可した、というスタンスになります。ですので、海岸線から海に向かって攻撃的な魔法スキル等を使用する事は控えて下さい。最悪、探索者資格の剥奪の上逮捕、等といった事態に発展しますので」
「わ、分かりました。気をつけます」
河北さんの指摘に、俺達は思わず冷や汗を流す。冷静になって指摘された点を考えてみると、当たり前といえば当たり前の事である。確かに岬の物件は私有地になるが、海岸線の外の近海を所有しているわけでは無いので使用許可の範囲には無い。
そんな所で堂々と魔法スキルをぶっ放している姿を見られれば……まぁ捕まるよな。俺達が間違いを犯す前に、今の時点で指摘されていて本当に良かった。
「それと出来れば、漁協に漁場の有無を尋ねる際にここの利用目的を知らせ、近海で操業を行う場合は注意するように一言伝えて置いた方が良いと思います。確率は低いでしょうが、攻撃的魔法スキルの流れ弾が海に向かい船に当たる、衝撃や振動で崖面が崩れ海に落ちて高波が発生した、という場合が無い事も無いでしょうから」
「そうですね、確認する際に伝えておきます」
河北さんの指摘に湯田さんは頷き、会社への重要な伝達事項としてメモをとっていた。今の指摘は海だけに限らず、山奥の土地の場合でも適用されるからな。
例えば湖に面した土地だった場合、湖が私有地内になければ許可範囲外に向かって攻撃的魔法スキルを使用したと判断される可能性が高いって事だからな。今後探索者向けの土地を取り扱おうとするなら、こういった注意事項は桐谷不動産としてキチンと把握しておきたい筈だ。
「では、次のチェックポイントを見に行きましょう」
こうして俺達は河北さんに注意点を指摘されつつ、物件内を隅々まで見て回った。
本認証申請までに、確りと改善しておかないといけないな。




