第488話 対応に奔走す
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契約前の不手際を重蔵さんに指摘され意気消沈したのも束の間、俺達は指摘された不備を改善するために直ぐさま動き出した。このまま落ち込みジッとしていても、目の前に積み重なる問題は解決しないからな。
そしてまず最初に動くべきは、桐谷不動産への契約締結延期および物件の追加調査依頼の連絡だろう。急ぎで契約書も作って貰った手前、コチラの不手際は出来るだけ早く知らせ謝るべきだ。
「取りあえず、まずは桐谷さんの所に電話して状況を伝えよう。協会に事前調査をして貰うにも、物件に立ち入る許可を貰っておかないといけないしさ」
「そうだな。桐谷不動産の管理下にある物件に、無断で調査に入る話を進める訳にもいかないからな」
「協会に事前調査の予約を取ったのに、立ち入り許可が下りなかったら意味が無いものね」
先ずは、コレからの行動予定を大まかに確認していく。事前確認もとらずに、個々人でバラバラに動くと要らぬロスが生じるからな。
面倒に感じる事はあっても、何かしらか動く前に話しあっておくのは大事な事だ。
「うん。そして桐谷さんの所の許可が下りたら、協会に事前調査の予約を入れると。どれくらい順番待ちがあるかは分からないけど、最悪1月位待つかもって考えた方が良いのかな?」
「そうだな。運が良ければ申し込んだ翌日に直ぐ、とかって話もない事はないだろうけど……俺達も平日は学校があるから、調査に何時間もかかるって事になれば土日じゃないと時間的に厳しいだろうな」
「学校が終わってから現地に移動して、何時間もかかる調査をってのは厳しいと思うわ。調査が1、2時間で終わるのでなければ、土日にお願いするのが無難でしょうね」
学校が終わって直ぐ現地に移動し調査を始めるとしても、夕暮れ間近だろうからな。あそこは周りに街灯も無いから、日が暮れてしまえば真っ暗だ。その上、相当な広さを誇る物件なので歩き回って調査をしようと思えば……楽に移動だけで1、2時間は掛かるだろうな。
うん、誰の為にも土日の明るい時間帯に調査をお願いするのが無難だろうな。
「そうだね。でも調査日を選ぶとなれば、長期戦を覚悟して置いた方が良いかも。企業系は兎も角、兼業で探索者をやってる人は土日の方が都合が良いって人は多そうだしさ」
「まぁその辺は、運次第って感じだろうな。でも、まだ個人で練習場を持とうって考えるのは少ないだろうから、案外簡単に予約は取れるかも知れないぞ」
「そうね。最初に私達の話を聞いた桐谷さんも珍しい案件だって感じで聞いてたし、まだ個人で練習場を持とうって人は少ないんじゃないかしら。それなら私達が今から申し込んでも、早い日程で予約を取れるかもしれないわ」
まぁ柊さんの言う通り、探索者向けの練習場を作ろうとしているのは桐谷さんの所では俺達が最初という感じだったからな。他の不動産屋さんの内情までは分からないが、業界全体を見てもそこまで求める客は多くないといった感じだろう。
そうなれば、まだ許可申請を求める探索者も多くは無いと考えられる。そうであるなら、事前調査を申し込んだ翌日に調査開始というのもあり得なくは無さそうだ。
「そうだといいんだけどね……。それと桐谷さんにはもう一つ、海岸線の確認の為に船の手配もお願いしないと」
「桐谷さん経由で、地元の漁師さんに協力を頼んで貰わないと行けないからな。俺達が直接だと……うん、難しいだろうな。コッチは学校終わりの平日でも大丈夫だと思うけど……どう思う?」
「大丈夫じゃないかしら。海岸線が広いとはいえ、船で見て回るのならそう時間も掛からないでしょうし」
「そうだね、お願いする港がどれくらい物件から離れてるかによるだろうけど、視察自体にはそう時間は掛からないと思うよ」
確か漁船なんかは40km/h前後位で移動すると、何かのTV番組で聞いたことがある。上手くすれば、行き帰りを含め1、2時間で海岸線の視察は終了出来るだろう。
それなら学校帰りに急いで移動すれば、十分に日が沈む前に視察を終えることが出来るだろう。
「どれくらい時間が掛かるか話を聞いてみてから、海岸線視察の予定は立てよう。いけそうなら平日で、無理そうなら土日だな」
「うん、そうだねそれでいこう。無理して日の沈んだ暗い海に繰り出して事故、ってのが一番嫌だしさ」
「私もそれが良いと思うわ」
急ぎではあるが性急に事を進めて事故った、ってのが一番拙いパターンだからな。急いでるからこそ、ある程度余裕を持って行動すべきだろう。それに視察や事前調査をおこなうと同時に、災害時に物件や物件外に被害が出ていたときの行政の補助や法的対応も確認しておかないといけないので、視察や調査だけに集中するわけにもいかないからな。
そして暫く時間を掛け、俺達は今後の動きについて話を詰めていった。
「じゃぁ桐谷さんとの話の大筋は、こんな感じで進めていくって事で。二人は両親に今回の事情を説明して、契約締結は延期になったって」
「うん。事を慎重に進めようとしての延期なんだし、反対はされないと思うよ」
「そうね。それと、この契約書原案の写しは貰っていくわよ」
裕二に軽く断りを入れ、俺と柊さんは自分用の契約書原案を手元に確保した。このまま草案通りに使う事は無いだろうが、基本的な規約部分はこのままだろうから両親への説明に使う参考資料としては十分だ。
「じゃぁ今日の所はこれで解散、って事で。桐谷さんには、俺の方から電話を入れておくよ」
「よろしくね裕二、面倒を押しつけるようになってゴメン」
「お願いするわ広瀬君、何時もありがとう」
「いや何。爺さんとの繋がりもあるし、こういう話は俺の方が適任だよ。じゃぁ話し合いの結果の方は、明日学校で教えるから」
話も纏まったので俺達は応接室の席を立ち、裕二の部屋に置いてきたバッグを回収し帰宅の準備を始める。思ったより話し合いは長くなっていたようで、大分日も落ち辺りが暗くなり始めていた。
そして裕二は俺達を門まで見送りに来てくれた後、軽く手を上げながら別れの挨拶を口にする。
「じゃぁ2人とも、また明日学校で」
「うん、また明日」
「ええ、また明日学校で」
こうして予想外に長くなった、重蔵さんとの相談会は終わった。
色々課題も見えたので、また明日からも忙しくなりそうだ。
相談会があった翌日、俺が登校すると教室の自分の机に力尽きたように突っ伏す裕二と遭遇した。全身から如何にも疲れ果てましたといいたげな雰囲気が醸し出されており、まだ朝早いという事もあるが裕二の席の周辺はポッカリと穴が空いたようになっている。
皆、裕二が醸し出す雰囲気に気が引ける……ドン引きしているのか、あえて近寄ろうとはしていない。現に裕二の様子を窺う生徒達の顔には、心配げな表情や迷惑げな表情が入り交じったものが浮かんでおり、遠巻きに眺めるだけだ。
「……ああ、えっと、その、お、おはよう裕二?」
「……ん? ああ、大樹か、おはよう」
一目で分かる裕二の覇気のなさ、突っ伏した裕二が顔を上げ俺を見上げる眼差しは心底疲れたといいたげな色を宿していた。一体何があったんだ?
裕二はユックリとした動作で机の天板から上体を持ち上げ、覇気の無い顔を俺に向けてくる。
「取りあえず、昨日の話は纏まったぞ」
「えっ? ああ、そうなんだ。えっと、その……お疲れ様?」
「ああ、本当に疲れたよ」
裕二はそれだけいうと、肩を落とし再び机の天板に力無く突っ伏す。
俺は裕二のそんな姿に戸惑いの表情を浮かべながらどうしようと迷った後、取りあえず通学バッグを自分の机の上に置き、裕二の机の横にしゃがみ突っ伏す裕二と目線を合わせながら何があったのか話を聞いてみることにした。
「一体何があったのさ、そんな心底疲れていますって雰囲気をまき散らしてさ?」
「実際に疲れてるんだよ。詳しい事はまた放課後にでも伝えるけどさ、色々と大変だったんだって……」
「へ、へぇー」
裕二はその色々と大変だった事を思い出したのか、天板に突っ伏したまま俺に遠い眼差しを向けてくる。その姿は何か見てるこっちの方が疲れを感じるほどだ。
そして裕二は暫く俺を力無い眼差しで見詰めた後、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。
「……話自体は無事に纏まったんだよ。話を聞いて貰った桐谷さんも、事情を聞いて『少し説明不足だと感じた』っていっていたしな。この間いった時にどの辺を見て回ったのか聞かれて、下を中心に見て回ってその辺は余り詳しく見てないっていったら、小さく溜息を漏らしてたから」
「……湯田さん大丈夫かな」
俺は溜息を漏らした桐谷さんの内心を推測し、案内役を担っていた湯田さんが叱られないか心配になった。俺達の希望もあって湯田さんは地下洞窟を優先して案内してくれていたというのもあるだろうが、面倒な物件なだけに最低限説明しておかねばならなかった部分をウッカリしたのではないかと思われたかもしれないと。
地下洞窟というロマンに溢れる要素に目が眩み、俺達も早く早くと海岸線の事なんて蔑ろにしてたからな。申し訳ない事をしてしまった。
「大丈夫だと思うぞ。俺達が下の案内を急がせたから、って説明しといたからさ」
「それなら……いいのかな?」
一瞬どっちもどっちという言葉が浮かんだが、自分達の確認不足だったのは間違いないので口に出すことはせず飲み込んでおく。
「それで、色々事情説明をしたら立ち入り許可と延期は認めて貰えたよ」
「おお、それは良かった」
契約締結延期を認めて貰えたのは、精神的に大分助かる。協会からの練習場認定が貰えるのか分からず、災害時の対応もハッキリしていない段階で、何時何時までに契約をしなければ……となっていたら二進も三進もいかず頭を抱えるしかなかったからな。
「それと不足分の追加説明をしたいから、近い内にこちらへ来てくれってさ」
「まぁそうだろうね。色々と込み入った説明もあるだろうから、直接顔を合わせての方がいいって事なのかな?」
「そうだと思う、電話越しで話すには向かない話だろうしな」
俺達としても色々と資料を送って貰ったとしても、専門的な内容は説明して貰わないと理解出来ないだろうしな。それなら直接お店の方で説明を聞く方がマシだ。
「あと、要望のモノの手配もしてくれるってさ。伝手もあるから多分大丈夫だろうって、返事の方は近い内に向こうからしてくれるって」
「それは良かったんだけどさ、本来そういった見学も一緒にしとかないといけなかったのかな?」
「ああ、俺も話を聞いた時にそう思ったよ。でも桐谷さんの所って色々取り扱ってるから、元々足の需要としてはあったんじゃ無いか? それが伝手があるって事でさ?」
「ああそういえば、あんなのも紹介して貰ってたっけ……そう考えれば伝手があっても不思議じゃ無いか」
以前紹介して貰った物件の中には、船でしか渡れない小島何てモノがあったのを思い出す。そうなると、元々漁協に伝手があっても不思議では無い。それに海に突き出した岬なんて物件を取り扱っている以上、希望があれば船を出して欲しいなんて希望でも元々聞いて貰えた可能性は高い。海側からじゃないと良く見えない場所なんて、船を使うしか無いからな……もしくはドローン映像。
「まぁ細かい所はいい、俺達にとって重要なのは要望が通ったって部分だ」
「……まぁそうだね」
「日程の方は連絡が来てから決めれば良いんだろうけど、向こうの都合もあるからどうなるかは打ち合わせ次第だな。一応希望は伝えてるけど、それを含めて連絡待ちだ」
「出来れば、無理が無い日程だと助かるんだけどね」
船渡し専門ではなく、漁師と兼業なら本業の方が優先されるだろうからな。俺達の希望通りの日程というわけにもいかないだろうし、海の状態によっては予定日に出航出来なくなるといったトラブルも考えられる。
うん、希望通りに事が上手くいくことを祈るばかりだな。
「ホントにな」
心底同意だと言いた気な口調で、疲れた表情を浮かべながら裕二は漏らした。
そして2人でそんな会話をしていると、不意に俺達に話し掛けてくる声が響く。
「貴方達、朝っぱらから何を辛気くさい雰囲気をまき散らしてるのよ? 周りの子達が迷惑そうな顔をしてるわ」
「あっ柊さん、おはよう。ちょっと昨日の話のその後の報告をね」
「……おはよう」
「おはよう。それで昨日の話っていうのは?」
俺は疲れた様子の裕二に変わり、つい先程聞いた話を柊さんに説明する。
すると話を聞き終わった柊さんも、俺達と同じように疲れた様な雰囲気を纏っていた。まぁそうなるよね。
「話は分かったわ。でもこれ以上は他の子達の迷惑になるから、放課後に詳しく話しあいましょ」
「「了解」」
柊さんの宣言で、俺達は一旦この話を終える。すると周りで様子を窺っていたクラスメイト達が安堵の息を漏らし、少し疲れた表情を浮かべながら自分の席へと戻ってきた。
その、なんだ……朝っぱらからご迷惑をお掛けしました。




