第487話 相談会終了
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重蔵さんから思わぬ指摘……迂闊にも失念していた先にしておくべき確認を怠っていた俺達3人は、やっと練習場が決まったかもという高揚感も消え、意気消沈した表情を浮かべながらお茶を飲み心を落ち着かせようとしていた。因みに重蔵さんはそんな俺達の様子を、何ともいえない表情を浮かべながら眺めている。
そうだよな、候補地が見付かったのなら法的に訓練所として使えるかの確認が先だよな。スキル練習をして違法にならないようにって考えて練習所を探してたのに、舞い上がってやっておくべき確認をしてなかったなんて……恥ずかしい。
「まぁ、誰にでも失敗はある。クヨクヨ落ち込んでいる暇があるのなら、先ずは問題解決の為に行動するべきじゃろう。お主達も一応、土地探しをする前に許可を取る際の基本的な条件は確認しておったんじゃろ?」
「えっ? ああ、はい。一応、協会のHPに記載されていた私有地でスキル使用許可をとる際の条件は確認してます。そういえば……条件を満たしていても許可が下りない場合もあるので、使用許可を申請する際は事前に協会の方に確認をって記載されていたような」
「……事前確認をとるようにとHPに載っておったのか」
「はい……」
そう。いわれて思いだしてみれば、確かに許可条件面に関してはケースバイケースがあるので、心配な方は申請前に連絡をと書いてあった。
恐らく俺達のように、新しく土地を買うか借りるかして練習場を作ろうとしている人向けの注意警告文だったんだろうな。買ったり借りたりした後に、許可が下りませんというような事態にしない為にさ。
「すみません、舞い上がっていて忘れてました」
「いやまぁ、正式な契約を交わす前に気付けたから手遅れではないしの」
「ははっ、そうですね。不幸中の幸い……です」
どう返事をしたら良いのか分からないくらいに、俺達は自分達の失態に赤面して黙り込むしかできない。協会のHPにしっかりと注意書きが書かれており、俺達もそれを確認し覚えていたのにコレである。
うん。自覚症状はなかったけど、俺達かなり舞い上がってたようだ。致命傷には至っていないが、気をつけないといけないな。
「まぁ、この話はココまでにして一先ずおいておこう。無論、この後直ぐにでも行動しないといけないがな」
「はい、協会と桐谷さんの方には直ぐに連絡を入れます」
「それが良いじゃろ。では、これから先の話は許可が下りると想定して話していくぞ」
「お願いします」
俺達はいつまでも落ち込んでいてはいけないと考え、姿勢を正して座り直し重蔵さんの目を真っ直ぐ見据える。これ以上、無様な失態を見せるわけにはいかないからな。
そして俺達が話を聞く心づもりを整えたのを見て、重蔵さんは契約書を片手に口を開く。
「金銭面は先程いったように、桐谷のヤツとの交渉次第じゃろうな。海に面した岬という形状も、台風などの災害が起きた場合に高波が上がってくるなどの危険もあるじゃろうから、交渉材料には出来るはずじゃ」
「あっ、そっか。確かに海に面した岬だと、その手の危険性も考えないといけませんね」
「そうじゃな、場合によっては海岸線が崩れる様な被害が出るかもしれん。そうなった場合、海に流れ込んだ土砂の処理をどうするのか、という場合の事も確認しておいた方が良いじゃろうな。お主等の借りる岬の周辺海域が漁場だったりした場合、崖の崩落による土砂の流入が原因で漁獲不能になったといった問題も起きるかもしれん。そうなったら不漁期間中の保障問題や、土砂の撤去費用の負担等々が起きる可能性も考えておかねばならんじゃろうな」
「「「……」」」
重蔵さんの話を聞き、俺達の顔から血の気が引いていく感覚を覚えた。確かに指摘されたように、滅多に起きない事例だろうが、所有する土地の海岸線が崩落した場合も購入するなら考慮する必要はある。
そんな俺達の反応に、重蔵さんは少し苦笑を浮かべながら補足を入れてくれる。
「まぁ自然災害の場合、自治体が公費で撤去してくれる場合もある。だが、自治体によって適用範囲も変わるから実際になってみんと分からん部分もあるがの?」
「……自治体が公費でやってくれなかったら、全額自腹ですか?」
「その場合でも少しは補助を出してくれるじゃろうが、少なくとも撤去費用の半分近くは自腹と思っておいた方が良いじゃろう。保障に関しては、それ系の保険に入っておいた方が無難かの?」
「なるほど……この土地を購入する場合は、そういった点も考慮しないといけないんですね」
勿論、滅多に起きない最悪の場合を想定した話なのは分かっているが、考えれば考えるだけ気が引けてくる。こういう変わった形式の土地を所有するってのは、普通の土地とは違った責任が発生するんだな。
購入費の問題や税金の問題にばかり目が行っていたが、こうして第三者から具体的に指摘されると土地を所有すると共に生じる管理責任に対して目眩がしてくる思いだ。
「まぁ滅多にないケースじゃから、そう心配することもないとは思うが土地を所有する場合はそういった責任を伴うことを忘れてはいかんぞ。その為にも桐谷のヤツに、この土地に関する災害関係の来歴をもう少し聞いておいた方が良い。敷地内に地下洞窟があるのはまぁ仮に崩落したとしても、所有地内だけの問題ですませることも出来るじゃろうが、外部に影響するような被害が出ると面倒な問題に発展するからの」
「はい、その点もしっかりと確認しておきます。確かに地下洞窟に関しての説明は色々聞きましたけど、海岸線の崖の話は聞いてませんでしたね」
「そういえば俺達、海岸線の縁から海は見たけど崖面の波による浸食具合とかは見てなかったな……」
「ええ、地下洞窟の事ばかり考えていて忘れていたわ。可能なら、海上方向から船とかを使って敷地全体の崖を1度確認した方が良いかも知れないわね」
確かに柊さんの言う通り、海側から1度崖の状態を確認した方が良さそうだ。今までに大規模崩落を起こしているなどとの事故があったのなら、流石に桐谷さんも物件紹介の時に説明していただろう。それがなかったということは、直ぐに崩落する様な状態にあるという事はない筈だ。
しかし、波に浸食され何かのタイミングがあれば崩れ落ちるかも知れない、といった場所はあるかもしれないからな。素人目で海上からの目視で分かるほどの状態であれば、何かしらの災害があれば崩落する危険は高いと判断出来る。
「そうじゃな、1度別角度で確認しておくというのは良いかもしれん。何なら近くの漁協の漁師に頼んで、現地に連れて行ってもらうのも良いじゃろう。土地の近くが漁場になっているかいないかや、こういった地形に関する事は昔からそこに住んでいる地元の者に話を聞くのが良い。昔からの言い伝えなんかには、その土地ならではの災害被害に関する言い伝えが残っていたりするからの。あそこの土地では昔から大雨や嵐で何々があって……等といったやつじゃ。話に聞くと、その土地や近くの土地に住んでいた住人は、リゾート開発時代に皆移住して誰もいなくなったんじゃろ?」
「ええ、皆移住して戻ってこなかったそうです。それからあそこは長年無人の土地になってたそうなので、土地の来歴に詳しい住人は……見付からないでしょうね」
「それならば尚の事、乗船を頼む際の縁を使って昔話を聞いた方が良いじゃろうな。見知らぬ誰かからの質問より、客との雑談という体で話を聞き出しやすいじゃろ」
「分かりました。流石に俺達では漁師さんに船を頼む伝手はないので、桐谷さんに地元の漁協経由で漁師さんに頼めないかお願いしてみます」
俺達が直接連絡をしても良いのだが、高校生という立場では相手に悪ふざけと受け取られるかも知れないからな。しかし、社会的立場があるしっかりした不動産屋さん経由で頼んで貰えれば、相手も乗客が高校生だとしても悪ふざけとは受け取らず仕事として受けてくれると思う。
重蔵さんもその辺の機微は承知しているようで、同意を示すように力強く頷いていた。
「それが良いじゃろうな、桐谷のヤツならその辺は上手く手配してくれる筈じゃ」
「はい」
こうして、前回見られなかった海側からの現地確認をする為、俺達はもう一度内見に行くことが決まった。
幾つかの細かな指摘を受けつつ、俺達の感情を浮き沈みさせる重蔵さんによる契約書の解説が終わった。概ね問題は無いものの、正式契約の前に必ず確認しておかなければいけない部分が幾つかあるとのこと。
俺達もその指摘された箇所は妥当だと判断し、直ぐにでも改善するために動くべきだと判断した。時間と手間は増えるが、曖昧なまま放置していたら後々確認不足で後悔するかもしれないからな。
「重蔵さん、今日は態々時間を作って貰いありがとうございました。色々指摘して下さったお陰で、正式な契約を交わす前に改善すべき部分がハッキリとしました」
「いやなに、初めて土地売買をするのなら分からない部分があって当然じゃ。幸い、手遅れになるような致命的な失敗を犯しているわけでもなかったしの」
「確かにそうですが……自分達が舞い上がりすぎていた、というのは理解しました。契約の話を進める前に、先ずは協会の許可が下りるかの確認をしておくべきだったとか」
「なに、挽回出来る失敗にクヨクヨするでない。今から動けば良いだけの事じゃ。それに舞い上がって何が悪い? お主等が探しに探した上で、漸く巡り会った物件じゃ。嬉しさから多少の失敗は致し方あるまい。次、同じ失敗を犯さねば良い」
重蔵さんは俺達のミスを豪快に笑って見せ、良いと諭してくれた。俺達は重蔵さんの気遣いに、何ともいえない困ったような表情を浮かべつつ、次は失敗しまいと決意する。
「そうですね、気をつけます」
「では、この話はココまでとしよう。今回指摘した点を改善した後、また契約書を交わす前にでも話をするとしようかの」
「はい、今日はありがとうございました。またお手数をお掛けしますが、その時はよろしくお願いします」
「色々と手間を掛けさせて悪いな」
「ありがとうございました。また、よろしくお願いします」
俺達3人はソファーに腰を下ろしたまま深々と頭を下げながら、今日のお礼の言葉と共にまたご迷惑を掛けてしまうことを先に謝っておいた。
すると重蔵さんは俺達のお礼に小さく苦笑を浮かべつつ、軽く手を振りつつ了承の返事をしてくる。
「何、気にするでない。ではワシは先に失礼させて貰うが、皆はこのままこの部屋を使うと良い。3人で話したいこともあるじゃろうからな」
「はい、ありがとうございます」
「おう」
「お気遣い、ありがとうございます」
重蔵さんがソファーを立ち応接室から出て行こうとしたので、俺達もソファーから立ち上がり軽く会釈しながら重蔵さんが部屋を出るのを見送った。
そして重蔵さんが応接室を後にし扉が閉まると、俺達3人は大きく息を吐きながら脱力しつつソファーに深く沈み込んだ。
「疲れた……というか、色々とやっちゃってたな俺達」
「ああ、あんな初歩的なミスをするなんて……穴を掘って潜りたい」
「協会のHPにも丁寧に忠告文が書かれてたのに……それを忘れるだなんて、どれだけ舞い上がってたのよ私達」
俺達は暫くソファーに力無く沈み込みながら、応接室の天井を眺めつつ自分達の失敗点を黙って反省する。舞い上がりすぎていた自分達の行動を思い返し、赤面するばかりだ。
そして暫く無言のまま時間を過ごした後、裕二が力無い声で口を開く。
「先ずは、桐谷さんに連絡を入れる所からだよな」
「そうだね。こうして契約書を作って貰ってるんだから、早めに契約延期の返事は入れないと……」
「それとダンジョン協会に、この土地で攻撃スキルの使用許可が下りるかの確認もよ。直接現地視察をしてからとなると、視察日のアポ取りからとなったら時間が掛かるだろうし急がないと……」
会話に覇気が無いものの、俺達は今から動くべき行動についての打ち合わせを行う。ココで疲れたからとミーティングを端折ると、共通認識が持てないまま各々で動いてしまい余計に時間が掛かる、といった事態に陥る可能性があるからな。
そして暫くミーティングを重ねた後、コレからの動きが決まった。
「先ずは桐谷さんに報告と、協会の視察受け入れ許可取りからだな」
「そして同時に海側の状態確認のお願いしないと……」
「協会の視察は時間が掛かるでしょうから、災害被害の来歴確認なんかは同時進行で進めましょう」
正式に契約書を交わす前にやる事がある以上、慎重かつ迅速に行動しないと何時まで経っても話が進まないからな。俺達は先程まで色々と失敗を指摘され意気消沈していたが、早々に汚名返上してやるとばかりに奮起する事になった。
やってやる、やってやるぞ!




