第486話 そうだよ、許可取りが先だよ
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重蔵さんに促され、俺と柊さんは重蔵さんが座るソファーの対面の席に腰を下ろした。ココのソファーには初めて座るけど、お尻から腰に掛けて優しく包み込むように支えてくれ中々に座り心地が良い。ソファーの善し悪しは分からないけど、多分お高いソファーなんだろうな。
そして俺と柊さんは緊張した面持ちを浮かべ、静かに座りながら重蔵さんの言葉を待つ。
「さて、土地についての話は裕二のヤツが来てから始めるとして……どうかな学校生活の方は? 最近は練習場の件や、ダンジョン探索で忙しいとは思うが、お主等はまだ学生じゃしな。学生のうちに学生らしいことをして思い出を作るのも大事じゃぞ?」
「そうですね、まぁまぁ充実してると思います。学生らしいかと聞かれると若干疑問は浮かびますが、平日の学校帰りとかに友人と遊びに行ったりもしてますし……」
「そうか、それは良かった。一つの事に集中する学生時代というのも良いが、幅広く経験しておくのも人生を豊かにするからの。ワシも若い頃は、色々ヤンチャしたしの……」
「ヤンチャ、ですか」
重蔵さんのいうヤンチャとは一体どういったモノなのか、好奇心と不安が入り交じった感情が沸き立ってくる。深く聞いてみたい気はあるが、とんでもない武勇伝が出てきそうで怖くて聞くに聞けない。
学生時代は番長をやっていて全国制覇した、とかいわれても素直に信じそうになる信憑性があるしさ。
「まぁ色々じゃよ。学生時代は学生時代にしか出来ない事を楽しむに限るぞ。幸いお主等は、財布の心配はあまりせんで良さそうじゃしな」
「そうですね。幸い、その点については心配有りませんね。でもまぁ、余りお金に任せた無茶な遊びはしてませんよ」
確かに俺達はダンジョン探索の成果のお陰で一般的な高校生に比べ資金面は豊富だが、お金を持っているからといってどう使えば良いのかよく分かってはいないしな。使う機会も余りないのでブランド物を揃えたいという欲求も特にないし、高級車なんかそもそも免許を持っていない。
学校終わりの食べ歩きぐらいしか日常的な使い道がないので、ダンジョン探索に使う必要経費を別にすれば貯まる一方である。
「おや、そうなのか? 1度や2度は加減を覚える為にやって見て失敗するのも良い経験じゃとはと思うが……まぁ使い方は人それぞれじゃからな。程々に楽しむと良い。取り返しのきかない失敗をする前に、取り返しの付く失敗するのも経験じゃよ」
「そうします。ですが、まぁ今が一番のお金の使い時なんですけどね」
「そうじゃの。いきなり広大な土地を買うというのは、中々剛毅な使い方じゃな」
そういいながら重蔵さんは苦笑を浮かべながら、ゆっくりとした動きで俺と柊さんの顔を一瞥した。特に何かいわれているわけじゃ無いのに、俺と柊さんは無意識に背筋を伸ばし体を堅くする。コレは……絶対何か言われるよな。
そして妙な緊張感が応接室に満ちた所で、タイミング良く裕二が飲み物と茶菓子を持って応接室に入ってきた。
「お待たせ……って、なんだこの雰囲気は?」
裕二は場の雰囲気に戸惑いつつも、持ってきた飲み物と茶菓子をテーブルの上に並べていく。まぁ入った部屋に妙な緊張感で張り詰めていたら、眉の一つも顰めたくなるよな。
そして飲み物と茶菓子を並べ終えた裕二は、俺の横のソファーに腰を下ろした。
「さて、全員揃った事じゃし話を始めるとするかの。お主等2人も、平日ではそんなに時間も取れないじゃろうしな」
お茶を1口飲んで喉を潤した重蔵さんの宣言で、いよいよ本題の話が始まることになった。
ソファーから立ち上がった重蔵さんは書類棚から大きな封筒を手に取り、戻ってくると俺達の前にあるテーブルの上にそれを置いた。
「これは裕二のヤツに見ておいてくれと頼まれておった、土地契約に関する書類一式じゃ。まぁ内容自体は原案で、正式な売買契約書じゃないがの」
そういうと重蔵さんは封筒を開け、俺と柊さんの前にそれぞれクリップ止めされた書類束を差し出してきた。どうやらコレは、裕二がいっていた俺達用の契約書の写しのようだ。
書類束は10枚ほどで、中々に細かい文字で裏表びっしりと文字で埋め尽くされている。
「随分と枚数がありますね」
「そうかの? コレでも少ない方じゃとワシは思うぞ。権利面で七面倒な事情を抱える土地じゃと、下手な小冊子並みの枚数になるからの」
「そうなんですか? じゃぁこの枚数で済んでいるって事は、結構マシな土地の方なんですね」
「話を聞く限りこの土地は、リゾート開発計画が持ち上がった時に面倒な権利関係は解消されておったようじゃ。その点でいえば、面倒の少ない良い土地じゃな。普通この様に広大な土地だと、複数の地権者が入り混じり契約面で面倒なことが起きたりする場合があるからの」
俺が契約書類の厚さに驚いていると、少し呆れた様な表情を浮かべる重蔵さんに、こういった土地契約に関する面倒話を教えて貰った。
確かに色々面倒事があれば、それに応じて契約書の枚数が増えるという理屈は理解出来る話だな。
「なるほど……じゃぁ俺達が買おうとしている土地は権利面では問題無いと思って良いんですね?」
「多分大丈夫だろうが、詳しい所は桐谷のヤツに聞くと良い。書類を見るだけでは分からないモノもあるじゃろうしの。表には出ないが深刻な問題に至る、例えば……国道に繋がる接続道路が私道で権利者と周辺住民が揉めているとか」
「ああそれ、偶にテレビのニュースなんかで取り上げられますね。この道路は私有地だからと、人や車が通れないように物を置いて道を塞ぎ何とかって……」
住宅地のど真ん中の道路を封鎖し通行料を取っているとか何とかって、いつかのニュースでいってたな。確かにそういった問題は、幾ら書類を見ても記載されるような問題じゃない。購入前に周辺住民や不動産屋に話を聞いていれば気付くかも知れないが、購入希望者が聞かなければ進んで教えてくれるような類いの話でもないだろうからな。桐谷さんに確認しておかないと。
それにしても、その手の話が一番に出てくるという事はやっぱり、土地問題に関する一番の問題は人や人間関係って事なのかね……。
「そうじゃ。そういう問題は、書類だけじゃ見えてこない問題だからの。買ってから知らなかった、では遅い」
「そうかもしれませんね。確かにその手の問題は書類には記載されないでしょうし、不動産屋さんにはしつこいぐらいに確認をとって置いた方が無難かも……」
「その方が良いじゃろうな。一応今回はワシの紹介での仕事じゃから、桐谷のヤツもそうそう変な物件は紹介しておらんはずじゃ。したらどうなるかは、ヤツも良く知っておるじゃろうからな……」
「そう、ですか」
一瞬、獰猛といって良い表情を僅かに覗かせた重蔵さんの反応に、一体桐谷さんとの間に何があったのか気にはなったが怖くて聞けない。
まぁ今回の物件は問題なし、とだけ思っておこう。
「まぁその辺の確認は後ほど、桐谷のヤツとしておくと良い。向こうとしても後になって、質疑応答不足で問題が出てくるというのは望んでないだろうからな。ヤツもお前達が的を絞った質問をすれば答えてくれるだろう。ただし、余りにも漠然とした質問ではヤツも答えられんじゃろうから、過去の土地トラブルについて調べた上で質問をすると良い」
「わかりました。確かに漠然とどうですかと問われるより、具体的にこういった問題はないかと聞かれる方が、答える側としても答えやすいですしね。ネットとかを使って、その手のトラブルについて一通り調べてみます」
「うむ」
土地トラブルの過去事例か……確かに俺達も土地自体についての質問はしたけど、過去にこういったトラブルがあったのですが、ココでは同様のトラブルは起きませんか?と聞いた覚えはなかったな。基本的に、桐谷さん側が開示してくれた情報を基準に内見していたし……確かに指摘されてみると、質疑応答のやり取りが少なすぎたかも知れない。
今度一覧表を作って、過去と類似するトラブルが起きないか桐谷さんに質問してみることにしよう。
「さて、前置き話はこの位にして契約書の内容について話そう」
「はい、お願いします。それで重蔵さん、重蔵さんの目から見てこの契約はどうでしょうか?」
「うむ。一通り目を通させて貰ったが、まぁ契約書としては大きな問題は無いじゃろう。基本的に一般的な約款内容じゃし、特に引っかけ目的の項目もなかったからの」
重蔵さんの感想を聞き、俺達3人は安堵の息を漏らす。微妙そうな表情と雰囲気が出ていたので、拙いことをやってしまったのかと思っていたからな。
だが安堵したのも束の間、重蔵さんの次の言葉で俺達は緊張した面持ちを浮かべながら背筋を伸ばした。
「だが、あくまでも契約書としては問題無いという話なだけだ、金銭などの条件面では些かの?」
「……何か拙い所がありましたか?」
「そうじゃの。土地の広さに対する賃料としてこの額が適切かと言われれば、まぁ高すぎるという事はないとは思うが、周辺環境や地下の空洞の件を考えるともう少し引き下げさせることも交渉次第で出来るじゃろう」
「その……俺達も土地を借りるなんて事は今回が初めてで、提示されている額が妥当なのかも分からないんです。だからこの金額が妥当なのか?というのは、重蔵さんには相談して聞いてみようと思っていました。やっぱり、高いんですか? 一応参考にした賃料関係の情報では、無理のない額だとは思ったんですが……」
借地の相場という物がまるで分からず、ネットなどで見れる情報を参考にしようにも各々の物件で条件が違う為、大した参考には出来なかった。辛うじて参考になりそうだったのは、借地の月々の賃料は売値の何%が妥当、という曖昧な情報のみ。
こんな有様では、提示されている金額が本当に妥当なのか判断は不可能である。
「借地の相場として考えるのならば高いモノでは無いが、それはあくまでも住宅地にある様な借地の場合の話じゃろうな。土地の抱える状況を考えれば、先程も言ったようにもう少し下げることも出来るじゃろうて。とはいっても、土地の広さもあるからあまり多くは引いてくれんじゃろうがの」
「いえ、少しでも割り引いてくれる可能性があるのなら是非とも交渉すべきですよ。出ていくお金は少しでも小さい方が良いですからね」
「そうじゃな、まぁコレも経験と思い交渉して見るといい」
「頑張ります」
賃料面での話は取りあえず一段落したので、全員お茶を飲みながら一息つく。色々指摘されるモノと思っていたので、この程度で済んで良かった。
そして一服終えると、重蔵さんは少し眉を顰め話を続ける。
「さて次の話じゃが、お主等先ずは確認なんじゃが、この土地の利用目的は探索者の為の練習場を作る、で良いな?」
「はい、そうです。派手に動いてチームワークの練習が出来る場所や、攻撃スキルの練習なんかが出来る場所が欲しくて」
「そこじゃ。お主等が想定しておる使い方をする場合、ダンジョン協会などに色々と許可を取る必要があるのじゃろ? この土地を借りたからといって、その許可を取ることは出来るのか?」
「それは、その……まだ確認は取れてません。借りる場所が決まってからと思っていたので……」
いいづらそうに答える俺達の態度に、重蔵さんは頭に手を当てつつ重苦しい溜息を漏らした。
「お主等の……それは先ず始めに確認するべき事じゃろ。借りた後で、許可が下りなかったらどうするつもりなんじゃ? 先ずはこの様な契約書を作って貰う前に、協会の方にスキルの使用許可が下りるかどうかの確認をとってから話を進めんか! 先走りすぎじゃ!」
「「「すみません」」」
「はぁ。まぁ何件も内見した末に良い物件が見付かった事で舞い上がっての事じゃろうが、少しは落ち着いて道順を立てて話を進めるべきじゃ。先ずは桐谷のヤツの所に事情説明、契約締結延期と協会への許可取りの連絡をしてからじゃな。お主達の目的に利用出来ないようでは、土地を借りる意味がなくなるからの。その際、桐谷のヤツにはちゃんと不手際について謝罪しておくように」
「はい、桐谷さん達には重々謝っておきます」
俺達3人は不甲斐なさと申し訳なさに身を縮み込ませ、意気消沈しながら重蔵さんに頭を下げるしかなかった。多分俺達の顔はいま、真っ赤になってると思う。
確かに俺達、良い物件が見付かったからと少し先走り過ぎちゃってた感がある。そうだよな、賃貸契約がどうこうの前に先ず始めにスキルの使用許可が下りなかったら意味がないもんな。借りた後に許可が下りません、では本末転倒も甚だしい。




