第485話 緊張の相談会へ
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部の新方針が決まってから数日後、裕二から桐谷不動産から土地契約に関する契約書原案が送付されてきたと登校してきて直ぐ朝のHR前に教えられた。流石に学校には持って来れないので放課後、裕二の家に皆で寄って話し合うことになる。
まぁ学校にそんな契約書を持ってこられても、ゆっくり中身を見るようなタイミングは無いだろうからな。放課後集合というのは妥当な判断だろう。
「原案書は3部ずつ入ってたから、一人1つずつ手元に置いておけるぞ。多分、湯田さんが気を利かせて手配してくれたんだろう」
「そっか、それは助かる。俺達まだ未成年だから、この手の契約は親にも見せないといけないからな。1個を使い回すより、3個あった方が便利だ」
「そうね。お父さん達も契約書に不慣れな私達が騙されてないか心配だろうから、契約書の中身を見たいでしょうし……一個を皆で使い回しだと確認に時間が掛かるものね」
まだ正式な契約書というわけでは無いので、自分達でコピーしても良かったのだが桐谷不動産の方で用意してくれたらしい。一応、父さん達に練習場計画についての話は通っているが、こういった類いの契約書の中身は親として確認したいだろう。
タチの悪い業者だと、複数の契約項目のいい回しを絡めて業者による瑕疵被害が発生した場合の責任逃れしたり、必要も無い不当な名目による料金請求を合法化したりする場合があるって聞くからな。契約書にサインする前に、ある程度慣れた者が1度精査した方が俺達にとっても保護者達にとっても無難な選択だろう。
「まぁそんなわけで、放課後は俺の家で契約書の精読会だ。一応学校に来る前に、爺さんに届いた契約書を見てくれって渡しておいたから、変な所があったら指摘してくれると思う」
「あっ、もう重蔵さんに見て貰ってるんだ……大丈夫そう?」
「ああ。精読するならそれなりに時間掛かるだろうからな、一足先に内容を見て貰ってるよ。俺も学校に来る前にチラッと目を通したけど、この間の話し合いの席でいってた事に近い事が書かれてたから、そう変なことは書いてなかったと思うぞ。まぁ本当にチラッと見ただけだから、賃料や契約期間の所にしか目を通してなかったんだけど……」
「そっか……チラッと見ただけならそんな所か。まぁ、あまりにも変な所があったら重蔵さんが指摘してくれるよ」
この手の案件の経験が豊富な重蔵さんなら、俺達のような素人が見落としそうな部分でも気付く事が出来ると思う。まぁ桐谷不動産は重蔵さんが紹介してくれた所なので、そんなに警戒しなくても大丈夫だとは思うけど。
とはいえ向こうも商売なんだし、不当請求に当たらない範囲で儲けが出せそうな部分では盛ってくるかもしれないので、知り合いだからと気を抜くのはいけないと思うけどね。まぁ互いに大きな損が出ない納得出来る範囲で契約が収まると良いんだけど。
「大丈夫だとは思うけどな……まぁ詳しい話は帰ってからだな」
「まぁそうだね。取りあえず話は了解、後で美佳に俺達は今日の部活を休むって伝えておくよ」
「たのむな。部の新方針を決めたばかりなのに休むのは少し気がひけるけど、相手への返事もあるからコッチを優先した方が良いと思うしさ」
「そうね。まぁ今までの経緯が経緯だけに、そう急いで返事はしなくていい物件だとは思うけど、返事は早いほうが向こうも動きやすいでしょうから」
十年単位で塩漬けにされていた物件だからな、数日の内に別の買い手が名乗りを上げて……という事態にはならないだろう。コレが競争激しい人気の物件なら、先に少額の手付金を入れてキープしつつ……という手順をとらないといけないところだけど。
まぁ返事を急ぐ分には、桐谷不動産としても助かるだろうさ。
「そうだな。じゃぁ話は纏まったとして、先ずは今日一日頑張るとしよう」
「おう」
「ええ」
丁度前の扉から先生が教室に入ってくる姿が見えたので、俺達は話を切り上げ各々の席へと戻っていった。
さぁて契約書の件は気にはなるが、先ずは授業に集中するとしますか。
平穏無事に一日の授業は終わり、俺達は無事に放課後を迎えた。まぁ頭を悩ませるほどのトラブルが、そう頻繁に起きるなんて事は無いのが普通だからな。
俺達は校内の各方面へ散っていくクラスメイト達を尻目に、手早く荷物を片付け校門へと向かう。確りと待ち合わせ時間を約束しているわけでは無いが、俺達の用事の為に重蔵さんには時間を割いて貰っているので、早め早めの行動を心掛けないとな。
「良し、忘れ物は無いな……じゃぁ2人とも行こうか?」
「おう。そう言えば大樹、美佳ちゃんとはちゃんと連絡取れたのか?」
「ん? ああ、昼休みに連絡を入れて返事もきてるよ。了解だってさ、4人で少し部室で話してから寄り道をして帰るってさ。俺達もいないから、具体的な話は進められないだろうからな」
「そっか……明日謝っとかないとな」
裕二は申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭の後ろを掻いているが、まぁ特別謝るようなことでは無いだろう。期限の決まった急ぎの仕事をしているわけでも無いので、少しずつ進めれば良い事なんだしさ。
それに寄り道して帰るという事は、それなりに皆で楽しくやってるって証拠だろう。どっかの店で買い食いでもするんじゃないかな?
「ふふっ、そうね。明日謝っておいて、ドコに寄り道をしたのか聞いてみましょう。昨日部室で美味しいプリンのお店の話をしていたから、そこに寄るのかもしれないわね」
小さな笑みを浮かべつつ、柊さんが美佳達の寄り道に関する情報をくれた。
「へぇ、プリンね……学校の近くにそんなお店があるんだ」
「女子の間では時々話題に上がってるお店よ、今度の新作はどんな味なのかな……って。まぁコンビニスイーツよりは少し高いんだけど、最近の学生って探索者をやっている子が多いからお財布的には問題無い範囲ね」
「そうなんだ……って、ん? 探索者をやってる学生にとってはってなると、探索者をやってない子にはお高いんじゃ? そんな所に4人で行って大丈夫なの?」
「高いといってもそこまで無茶苦茶高いお店って訳じゃないから、足繁く毎日って感じで頻繁に行くようなことが無ければ問題無いわよ。その辺は美佳ちゃん達も考えているでしょうから、心配しなくても大丈夫じゃないかしら?」
うん、まぁ、柊さんがそういうのならそうかも。若干心配ではあるが、まぁ大丈夫だと思っておこう。美佳も沙織ちゃんも察しは良い方だと思うから、渋る相手を無理矢理連れて行くなんて事はしないだろうからな。
美味しいスイーツの誘惑に負け目が眩んだ結果、月末前にお小遣いがなくなり落ち込む館林さんと日野さんに対し、焦りながら平謝りする美佳と沙織ちゃん……何て事になっていないといいけど。
「まぁ、美佳達に問題無いのなら、お休みの件はそこまで気にしなくても良さそうだな」
「そうだな。向こうは向こうで楽しんでるのなら、それに越したことはないって。まぁそういう事なら、俺達の方も早く行こうぜ、爺さんを待たせてるんだしさ」
「そうね、行きましょう」
後顧の憂いも無くなったので俺達は手早く教室を出て、部活中の生徒達の脇を抜け校門を潜り抜け学校を後にした。
そうだ、相談に乗って貰うんだしお茶請けになりそうな手土産のお菓子を買っていくかな? 話に出て来たプリン屋は裕二の家とは反対方向らしいから無理だけど、柊さんが他の話題に上がってるスイーツ屋さんを知っているっていってるしさ。
お茶請けを買う為にちょっと寄り道をしつつ、俺達は裕二の家へと到着した。学校を出てから20分も経っていないのだが、まぁ急いだ方だろう。
裕二に先導して貰いつつ玄関を潜りお邪魔させて貰った俺と柊さんは、先ずは裕二の部屋へと案内された。重蔵さんに声を掛けてくるから、少し部屋で待って居てくれとのことだ。
「じゃぁ爺さんに声を掛けてくるから、少し待っててくれ。多分道場の方に居るだろうから、直ぐに戻ってくる」
「ああ、重蔵さんによろしくな」
「ありがとう広瀬君、お願いするわ」
裕二は俺と柊さんを自室に残し、お茶請けとして買ってきたスイーツの入った箱を持って部屋を出て行った。
「さて、重蔵さんに何をいわれるのかな……」
「そうね。向こうで話を聞いた時はそう悪い条件ではないと思ったけど、重蔵さん視点で見たら至らない所もあると思うわ。それに、契約書という形になったらどうなってるか……」
「少し文面の接続詞が変わるだけで、内容が大きく変わる事もあるって聞くしね。まぁ桐谷さんの所がそんな悪辣なことをするとは思わないけど、正確に文面の意味を読み取れる力が俺達にあるかと聞かれたら……あやしいよな」
「契約書独特の言い回しみたいなのもあるし、法律なんかの知識面もまだまだ足りないでしょうしね」
柊さんのいう通り、俺達も勉強はしているがまだまだ専門家と渡り合うには法律面での知識が乏しいので、この問題は法的にはこうなんですよ等といわれたら、桐谷さんに聞いた通りにしか動けないからな。反論するには知識が足りていないし、複数の法律にまたがる問題などが出れば自己解決のしようが無い。
その辺もフォローして貰えると助かるけど……うん、土地を買うのに勉強不足だと一喝されそうで怖いな。反論出来ないけど。
「厳しい言葉を貰う事になるかもね。でもまぁ、何もいわれないで丸損……大損害を被るよりは大分マシなんだけどさ」
「そうね。そうなったら、準備不足のまま動き出した自分達が悪いと思って諦めるしか無いわ」
「「はぁ……」」
俺と柊さんは溜息を漏らしながら、手応えを全然感じなかったテストの結果を言い渡される生徒の心境で、静かにお呼びが掛かるのを待つ事になった。
そして事前の宣言通り、裕二が大して時間を掛ける事も無く部屋に俺達を呼びに戻ってくる。
「お待たせ、爺さんいたぞ。今日は契約書を見ながら話すから、応接室の方に来てくれってさ」
「分かった、今日は武道場じゃないんだな」
「まぁ今日は契約書についての相談だしな、詳しく話してたら体を動かすような時間は無いだろう」
裕二はそういいながら少し目を細め、何ともいいにくそうな気拙そうな表情を浮かべながら後ろ頭を掻いていた。どうやら重蔵さんを呼びに行った際に、何か拙いことがあったらしい。
不安的中、か?
「……何か重蔵さんにいわれたのか?」
「いや、まぁ特にコレといって何かをいわれてはいないんだけど……どことなく向けられる視線がさ?」
「……それは、何ともいえないな」
「だろ?」
何もいわず視線だけ向けられるというのは、受け取る側の解釈幅が色々と広く判断が難しいリアクションだ。良い方にとれば良いのか悪い方にとれば良いのか……悩ましい。
いっそ、ハッキリと何かいって貰った方が精神的に楽な場合もあるよな。
「まぁ呆れたり怒ったりしているような感じじゃ無かったんだったら、そこまで変なことにはなってないとは思うけど……さっさと行って話を聞いた方が良さそうだね」
「ああ、その方が良いだろうな。じゃぁ二人は先に応接室の方に行ってくれ、俺は茶と茶請けを用意して持って行くからさ」
「分かった。そういう事だから柊さん、応接室の方に行こう」
「ええ、じゃぁ先に行ってるわね広瀬君」
重蔵さんに何を言われるのかと緊張しつつ、俺達は荷物を置いて裕二の部屋を出る。裕二は応接室に向かう道の途中で別れ、キッチンでお茶の準備に向かった。
そして俺と柊さんは一足早く応接室に到着し、軽く息を整えてから扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
ノックに対し部屋の中から返事が来たので、返事をしつつ扉を開けて応接室の中に入る。応接室の中央には横長のテーブルが1つ、1人掛けのソファーが6つ対面するように設置されていた。壁には作者は分からないが高そうな絵画、重厚な装丁の洋書や古書が並ぶ本棚、高そうなお酒が並ぶ棚が設置されており、ドラマや映画で見るザ・応接室といった感じの部屋である。
そして重蔵さんは部屋の一番奥のソファーに腰を下ろしており、応接室に入ってくる俺と柊さんを軽く手を上げながら出迎えてくれた。
「いらっしゃい。二人とも学校が終わってすぐ来てもらって悪いね、急がせたかな?」
「いえ。今日は自分達の為に時間をとっていただき、ありがとうございます。こういった契約書を交わすようなやり取りは初めてなので、とても助かります」
「お忙しい中、時間を作って頂きありがとうございます」
俺と柊さんは軽く頭を下げながら、重蔵さんにお礼の言葉を述べた。




