第483話 昨日も見た気がするな……
お気に入り36520超、PV106950000超、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
裕二と柊さんから向けられる視線を敢えて無視しつつ、俺は場の雰囲気を変えようと新しい話題を振る事にした。流石にジト目が向けられ続ける状況というのは、罪悪感というか心に来るモノがあるからな。
まぁ新しい話題というよりは、補足だけど。
「そういえば話の続きになるんだけど、練習場購入の話をしたら美佳も使ってみたいっていいだしたんだよ。流石に何も無しだとアレだと思ってさ、練習場を作る時に手伝ったら使ってもいいぞっていったんだけど……許可しても良かったよね?」
「うーん、まぁ別に良いんじゃないか? 隠しておきたい事はあるけど、美佳ちゃん達が普通に使う分には問題無いだろうし……アソコは無駄に敷地は広いからな。近くで練習すると危ないからとかいって、互いに離れた場所で練習すれば問題無いさ」
「そうね。見せたくないモノを練習する時は、美佳ちゃん達が居ない時にすれば良いだけだもの。それに美佳ちゃん達も、練習場を毎週毎週使うって訳じゃ無いでしょうし……良いんじゃないかしら?」
少し不安げな表情を浮かべつつお伺いを立てた俺の問いに、裕二と柊さんから悪くない反応が返ってきてホッとする。美佳達が練習場を使う可能性は事前に考慮していたものの、確認する前に話を進めてしまっていたので少々不安だったのだ。
まぁ知らない仲では無いので、2人も嫌とはいわないだろうなと思ってはいたけどさ。
「良かった、ありがとう2人とも。それより、勝手に話を進めちゃってゴメン」
「いや、気にするな。家族に練習場の話をする段階で、美佳ちゃんがいいだすだろうな……とは思ってたしな」
「そうね。安全にスキルを自由に使える練習場があるのなら、美佳ちゃんが自分も使って見たいといいだすのは当然よ。スキルが使える公式の練習場は今も……というより、スキル持ちが増えた今の方が予約が取れなくなってるもの。多分、有名アイドルのコンサートチケットより当選確率は低いんじゃ無いかしら?」
一応協会も現状を踏まえ、スキルが使用出来る練習場を増設しようとしてはいるらしいが、用地買収問題や騒音問題など様々な問題があり、中々需要を満たすほどの数は揃えられないでいるらしい。
まぁ郊外の山奥など人気の無い場所なら問題無いだろうが交通の便が悪いだろうし、都市部でスキルを使用するのは周辺住民の苦情殺到で難しいだろうな。俺達が練習場を探す上で、理由は違えど問題視していた点と同じだ。
「そうだよね……教室でも練習場の利用権が取れたって話を聞いたためしはないかな?」
「俺も……聞いたこと無いかな? 積極的に聞き耳を立てて調べたことは無いけどさ」
「そうね。私もどこどこのクラスの誰々が当たった、っていう話をたまたま聞いたことがあるくらいかしら? でも、学校単位でそれって相当な低確率よ」
まぁそんな感じなので、練習場計画の件を知れば美佳達が練習場を使いたいといいだすのは必然だと考えていたのだ。
ホント、早く練習場を増設しろよ……。
「じゃぁ美佳には、二人の了承が取れたって事で伝えるよ。いいよね?」
「ああ、いいぞ」
「問題無いわ」
無事に話は纏まりホッとしたのも束の間、何時の間にか俺達は部室の前に到着していた。
扉を開き部室に入ると、美佳達はまだ誰も来ていないのか部屋の中はガランとしていた。どうやら美佳達はまだHRが終わってないのかも知れないな。
俺達はテーブルの上に荷物を置き、定位置の椅子に腰を下ろす。
「さて、と……多分、1年の皆には美佳の口から練習場の件は伝わってると思うけど、俺達の口から正式に伝えた方が良いよね?」
「その方が良いだろうな。曲解された情報で行動をとられても困るし、ちゃんとした情報を伝えた方が良いだろうな。特に館林さんと日野さんはまだ探索者で無い分、可笑しな勘違いをしかねないからな」
「そうね……沙織ちゃんは兎も角、2人にはちゃんと教えておいた方が良いでしょうね」
練習場購入の件を聞いて、館林さん達が探索者は楽に儲かるなどの変な誤解を持つと困るからな。確かに探索者という職業は儲かるが、1千万円単位の儲けを出そうと思えば、相応の危険性を甘受するか相当の強運を持っているかしないと難しい。
今回俺達が練習場を購入出来る資金を手に入れられたのは偶然、機密性の高いダンジョンのファーストドロップ品を手に入れられたからという事が大きい。モノによっては普通に流通に乗っている品であり、標準価格で買い取られて終わっていた、といった場合もあっただろうからな。
「じゃぁ深入りしない程度に、簡単な説明をするって事でいいかな?」
「そうだな。でも、資金源については話さなくて良いと思うぞ。練習場を購入する計画が有ると教えても、どれくらいの規模の土地を買うかは教えなくて良いだろうからな」
「そうね。交通の便の悪い田舎の土地を格安で購入する、といえれば嘘はついてないもの」
確かに嘘は言ってないけど、確実に誤解する言い回しだよね、それ。まぁ練習場に使える広さの土地といっても、田舎の土地ならそこそこ儲けを出している探索者は購入出来る、と思ってくれるだろう。
説明中に美佳が余計なことを言わないように、話を始める前に少し釘を刺しておかないと……もう話してたりしないよな?
「じゃぁ、ミスリード用の資料を少し……最初の頃に紹介された物件のを用意しておくかな」
「まぁ、それが良いだろうな。実際に紹介された物件だし、少し突っ込まれても返答に困ることも無いだろう」
「予算的にも、個人勢の上級探索者パーティーなら出せなくは無いでしょうしね」
まぁ出せなくは無いだろうが、学生探索者には少々厳しい額だろうな。運良くレアドロップ品を手に入れるか、無駄遣いをせずに淡々とダンジョン探索を続けていればあるいは……って所だろう。
まぁ一般的な学生探索者だと、購入資金が貯まる前に協会が練習場を増設し終えるかもしれないな。
「そうだね。じゃぁ皆に教えるのは練習場を購入する事と、詳細を求められたら最初の頃に紹介された物件についてそれっぽく語るという感じで」
「それで大丈夫だと思うぞ。ついでにこの練習場購入計画を、ウチの部で活動実績課題として取り扱う題材にしても良いかもしれないな。文化祭で発表した税金関係の話でも実績としては十分だと思うけど、活動実績があれ1つきりってのもアレだしな」
「そうね。探索者が大金を動かして不動産を買う時に、どういった手続きや申請がいるのか……っていうのは良い題材になると思うわ。ダンジョン探索で儲かった学生探索者が、進学や就職を機に実家から独立する為に部屋を借りる場合とか家を買う場合を想定して、とかね」
部の実績という点で見れば、裕二がいうように先頃の発表で十分だと思うが、持続的に実績を上げるという意味では課題に取り組むのはありだと思う。もう数ヶ月もすれば現3年生も卒業、需要を見込める良い課題といえる。
それに今でこそ3年生も文化祭が終わり受験勉強も追い込み段階に入ったとはいえ、それまでにダンジョンに潜り稼いだ生徒は多くいるだろうからな。多かれ少なかれ、持っている者は持っているだろう。
「そうだね。でもそうなったら、また生徒向けに資料配布かな……」
「まぁ良いんじゃないか? 一人暮らしを考える人には、事前に考える役に立つ資料になるだろうしさ」
「そうね。ついでに物件を借りる時に注意しておくポイント、なんかも載せて置いた方がありがたがられるかもしれないわね。学生の立場だと、不動産を借りたり買ったりすることは無いでしょうから」
俺達も実際に色々経験して、初めて知ったことが一杯有ったからな。物件を探し始めた当初、簡単に決まるとは思ってなかったけどココまで時間が掛かるとも思っていなかった。しかし実際に物件を内見してみると、条件は決まっていたのにアレがいるコレはいらないと思える所が随分と出てきたからな。
学生が何の指針も無く1から望む物件を探すというのは……まぁ無理だろうな。
「まぁ本屋とかに置いてある、住宅情報紙を読めばある程度知れるような内容だろうけどね」
「同じ学校の生徒が作って配っている、ってのが一番興味を引くだろうな。そうで無ければ、余程必要性に迫られないと目を向けない情報だろう」
「そうね。今回私達が文化祭で発表した内容も、興味を持って調べれば直ぐに調べられる情報だったもの。それなのに私達が発表しなければ多分、直前まで気が付かなかっただろう情報よね。これも、それと同じでしょう」
俺と裕二は柊さんの言葉に、少し呆れた表情を浮かべながら頷く。情報化社会と呼ばれる昨今、俺達が発表した内容は調べようと思えば誰でも簡単に調べられる程度のモノだからな。興味を持って貰う、調べる切っ掛けを与えるってのが、ウチの部の仕事って事だろう。
そしてそんな話をしている内に何時の間にか時間も経ち、部室の扉の外から美佳達の楽しげな話し声が聞こえてきた。
美佳達も椅子に腰を下ろしたことで、部室に部員全員が揃った。残念ながら先生はいないが、まぁ何か重要な決め事があるわけでも無いので不在でも大丈夫だろう。
そしてある程度雑談が落ち着いた頃を見計らい、沙織ちゃん達3人に向けて練習場購入計画について説明することにした。美佳は昨日事前に説明しているので余計な口出しはしないようにと、少し鋭い眼差しと共に一言伝えておいた。
「もしかしたら美佳からある程度概要は聞いているかもしれないけど、今度俺達3人は共同で土地を買おうかと計画しているんだ」
「探索者関係の練習が出来る場所が欲しくてな、スキルとかの」
「ほら、協会とかが提供している練習場は今、予約殺到していてまともに使えないから。それなら自分達専用の練習場を作っちゃおう、ってね」
「「「ええっ!」」」
沙織ちゃん達3人は、俺達の説明を初めて耳にした様子で驚きの声を上げた。アレ、美佳は何も教えてなかったのか?
そう思い美佳に視線を向けると、美佳は小さく笑みを浮かべながら口を開く。
「私は何もいって無いよ。お兄ちゃんが沙織ちゃん達に話しても良いっていって無かったし、私の口からよりお兄ちゃん達が伝えた方が良いと思ってたから」
「そうか……まぁ気を使ってくれてありがとうな」
「別にいいよ。それより良いの、沙織ちゃん達驚きすぎて固まっちゃってるよ?」
「えっ?」
指摘され視線を向けてみると、美佳がいうように沙織ちゃん達は驚きの表情を浮かべたまま口を開け固まっていた。何か、昨日の父さんと母さんの姿を思い出すな。
そして美佳が声を掛け体を揺さぶったりして暫くすると、沙織ちゃん達もどうにか再起動した。
「ごめんごめん、美佳がもう話してると思ってたから前置きを端折りすぎちゃったよ」
「ああ、いえ、コチラこそすみません」
「いやまぁ、行き成りこんな事をいわれたら驚いちゃうよね。……3人とも大丈夫?」
「「「はい」」」
3人とも衝撃が抜け切れていないといった感じではあるが、取りあえず話を聞くことは出来そうなので、今度こそ前置きから話を始める事にした。
「じゃ改めて話をするけど俺達は今、3人共同で練習場に使える土地を購入しようと計画している。購入しようと考えた理由としては、探索で習得したスキルの練習をする場所を確保したいからだね。勿論協会が提供している公式の練習場もあるんだけど、そこは今沢山の探索者から利用予約が殺到していて、いつ自分達の順番が回ってくるのか分からない状況なんだ。倍率で言ったら、何十倍何百倍って感じだね」
「……それで自分達専用の練習場を持とうと?」
「うん」
少し信じられないといった表情を浮かべている沙織ちゃんの問い掛けに、軽い調子で肯定すると目を見開き驚いた。まぁ専用の練習場を作るなんて発想、学生探索者からは先ず出ないだろうからな。
「知ってるかもしれないけど、基本的に攻撃性や殺傷性があるスキルの使用はダンジョン内かさっきいった公式の練習場でしか行えないんだ。ただ例外として、協会から許可を得た私有地だとそれらスキルの使用が許可されるけどね」
「……それで土地を購入、といった話になるんですね」
「うん。まぁ私有地といっても住宅地のど真ん中にある土地……とかには許可が下りないだろうけどね」
「それは、そうですよね……」
俺の説明に3人は目を白黒させつつ、何とか話を飲み込もうとしているが余り上手くいっていない。これは昨日の父さんと母さんと同じく、情報過多で処理落ちし掛かっているな。
3人が話の概要を飲み込むまで、少し時間をおいた方が良さそうだ。




