第482話 了承取得を報告す
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練習場計画を家族に打ち明けた翌日、朝食の席に全員揃った時には何ともいえない雰囲気が漂う場になっていた。処理落ちで呆然とした様子だった父さんと母さんも、一晩経ち冷静さを取り戻したらしく何と言って良いのかわから無いといった様子なのだ。まぁ場の空気に流されたというか、隙を突かれ不覚を取られたと言えばそれまでだが、1度了承してしまったので、言いたい事はあるのだが今更厳しく問いただす事も出来ないし……といったジレンマに陥っているらしい。
そして朝食も食べ終わり、意を決した表情を浮かべ父さんが口を開いた。
「なぁ大樹、昨日の件何だが……」
「昨日の件って、練習場の?」
「ああ、それだ。昨日は了承したが、やっぱりお前達が土地を買うというのは少し心配だ」
「うん、まぁそうだよね。俺達も買おうと言ってるけど、やっぱり心配は心配なんだよ。動くお金の大きさは勿論だけど、買った後に本当にこの場所を活用出来るのかとか、いらなくなった場合ちゃんと処分出来るのかとか、色々心配になる点はあるからね……。でも、その辺も含めて皆で話し合った上で決めた計画だから」
俺も父さんと母さんが処理落ちしている最中に無理矢理?了承を得たので悪い気もしていたので、不安げな様子の父さんに同意をしつつ、練習場計画は進めていくと明言する。
不意打ち気味ではあったが、了承をとるのは難しそうだと思っていた父さんと母さんの了承を得たのだ、穏便に計画を進めていく上では絶対にふいにはしたくない。
「そうか……それならそれで、出来る限り計画の進捗具合は教えてくれると助かる。父さんも母さんもこういった土地取引?には縁は無いが、それなりの数の契約書なんかには目を通してきたつもりだ。あからさまに契約書に可笑しな点があれば指摘は出来ると思うから、何かの力にはなれると思う」
「うん、ありがとう。俺達もこういった契約関係の経験は無いから、不動産屋さんから契約書を貰ったら分かる人に相談しようって言ってたんだよ」
「そうか。今の段階ではどれだけ力になれるかは分からないが、父さん達にも頼って相談して貰えるのなら嬉しいよ」
「うん、その際はよろしくお願いします」
俺が軽く頭を下げつつお願いすると、父さんと母さんが軽く息を吐き肩に入っていた力を抜いたことでリビングに漂っていた少し重たかった雰囲気が払拭される。
因みに美佳は計画の話自体は余り気にしていない様子だが、重苦しかった雰囲気が改善したことには安堵の表情を浮かべていた。
「ああ。さて、そろそろ家を出ないと遅刻するな」
「「「あっ」」」
思わぬ朝からの家族会議?により、時計を見てみると中々良い時間が表示されていた。重苦しい雰囲気のせいで話の進みが遅くなり、内容は短くとも始まらなかった家族会議のせいだ。父さんは既に出勤準備が済んでいたからかユックリと席を立ち、俺と美佳は慌ててリビングを後にし自分の部屋へ制服に着替えに向かう。まだ出発予定時間はまで余裕はあっても、のんびりしていられるような時間は無いので急いで登校準備を進める。
そして15分ほどで登校の準備は終わり、俺と美佳は玄関に立っている。急いだつもりだったが父さんは先に出勤しており、結構ギリギリというかオーバーしていた。
「じゃぁ母さん、行ってくるね」
「行ってきます」
「気を付けるのよ」
母さんに見送られ、俺と美佳は家を出た。
何時もより遅く家を出たので、少し早足気味で俺と美佳は通学路を進んでいた。最悪、車道を走れば探索者スペックのお陰で間に合うだろうが、登校後に生徒指導室に呼び出しをされる可能性もある。以前、その手の行為が問題になった時期があったからな。
一例として、遅刻しそうになった学生探索者が全力で走り登校したのだが、まぁ色々とやらかしたらしい。大きな交差点などで信号無視こそしていないが、朝の通勤通学の時間帯に車道や歩道を縦横無尽に原付バイクに迫る速度で駆け抜けたらしい。幸い事故などは起きなかったそうだが、当然危険行為としてやらかした生徒が所属する学校には近隣住民から苦情が殺到したそうだ。それが全国規模で何件も発生すれば……まぁ学校も厳重注意の上で禁止行為に指定するよな。当然ウチの学校でも禁止されている、走らなくて良い様に早めに登校しろとの注意と共に。
「思ったより遅くなったね……間に合うかな?」
「まだ時間はあるし、この速度で歩いていればまぁ間に合うだろ。とはいえ、走るわけにもいかないしな」
そんな事もあり、俺と美佳は登校時間を気にしつつ、喋りながらジョギング程度の速度で通学路を進んでいた。この程度の速度なら、苦情が出ることは無い。普通に非探索者でも、この程度の速度で歩道を走る事はあるからな。まぁ持久力に明確な差があるので、殆どマラソン選手が走っているようなモノだけど。
「やっぱり、この位の時間になると通学路を通ってる人も減ってくるな」
「それはそうだよ。遅刻は免れたのに、生徒指導室送りってのは嫌だからね」
「そうだな」
俺と美佳は息を荒げることも無く、同じペースを保ったまま通学路を進んでいく。
そして遠くの方に学校の影がチラホラ見えかけてきた所まで来ると、通学路にも沢山の生徒の姿が見えて来たので速度を落とす。
「どうにか、遅刻は免れそうだな」
「うん。あれは……ピークの最後らへんかな?」
俺と美佳は安堵の息をつきつつ、人混みに混ざりながら校門を潜る。
そして暫く歩くとそれなりに人が混みあった昇降口が目に入り、少しウンザリとした表情を浮かべつつ手早く靴を履き替え校舎へと足を踏み入れた。
「それじゃぁ美佳、また放課後部室でな」
「うん、お兄ちゃんも頑張ってね」
俺と美佳は昇降口で軽く声を掛け合い別れ、各々の教室へと向かう。
休み明けという事もあり、廊下や教室から楽しげにどういった週末を過ごしたのかといった声が聞こえてくる。どこどこに遊びに行った、どこどこに買い物に行った、ダンジョン探索へ行った等々とだ。
「う~ん、やっぱり俺達の週末の過ごし方はかなり特殊だよな……」
ダンジョンに行った等と言った話は良く聞こえてくるが、流石に不動産の内見に行ってきた等という話題は聞こえてこない。まぁ普通の高校生は儲かったからと、土地を買おうなどとは考えないよな。
そんなことを考えつつ、俺は少し自分達の特殊性に考えを巡らせながらゲンナリとしつつ教室へと向かう。
「おはよう」
軽く挨拶をしながら教室に入ると、教室内の席は既に8割方埋まっていた。残りの空いている席も、オシャベリなどで使用者が席を立っているだけで人数的にはほぼ全員揃っている。
つまり俺はこの教室における、ほぼ最後の登校者というわけだな。
「お早う九重」
「おはよう大樹、今日は遅かったな。何かあったのか?」
俺が登校して来た事に気付いた裕二と重盛が挨拶を返してくれたので、軽く手を上げ返事をしつつ自分の席に通学バッグを置いた。
「ちょっと朝に家族会議?があってね。思ったより時間を取られて、出発が遅れちゃったんだよ」
「家族会議? 朝っぱらから何とも物々しいな、何かあったのか?」
「いや、特に何か深刻な話をしたってわけじゃないんだけどね。ちょっと買い物についての相談をしてたら、思いがけず話が延びちゃってさ」
「買い物?」
裕二は俺のその話を聞き、何の話をしていたのか察した表情を浮かべ、重盛は少し興味が湧いたといった表情を浮かべ話の続きを求めてくる。
まぁ重盛、土地を買う話をしていたとは思わないだろうからな。
「ちょっと欲しいものの額が高くてさ、心配されたというか説得されたというか……」
「ああ、なるほどな。確かにそれなりに高い物買うとなれば、家族会議にもなるか……で、何を買うってんで揉めたんだ?」
「揉めては無いよ。一応説得というか了承?は、得られたからな」
「おお。で、何を買うんだ? もったいぶらずに教えろよ!」
裕二は両親の了承が得られたという言葉に少し目を見開き驚きの表情を浮かべ、重盛は何とか俺から買い物のネタを聞き出そうと机から身を乗り出し問い詰めてくる。
俺は一瞬裕二に目線を送った後、重盛に返事をする。
「流石に何を買うかまではね……。まぁちょっと大物を買おうと考えているから、両親に隠してとはいかないから家族会議?になったんだよ」
「そんなバレるような大物か……自室専用の大型テレビでも買うのか?」
「ははっ、テレビはリビングにあるので十分だよ。興味があるドラマや映画を見るなら、動画配信サイトで見れるからね。それなら、スマホかタブレットで十分代用出来るって」
「まぁそうだよな。じゃぁ……楽器系か? ギターなんかでも始めると?」
楽器か……確かに楽器もピンキリとはいえ、素人入門のヤツでもそれなりのお値段になるって聞くからな。学生だと買うなら相談した上で購入、という形になるだろうな。それなりに大きく、音も響くだろうから、隠し続けるというのは難しいだろうしね。
「ははっ、如何だろうね? まぁ何を買うかは御想像にお任せ、ってことで」
「おっ、その反応……当たりか? 良いだろ、教えろよ、何の楽器買うのか?」
「さて、何を買うんだろうね……」
とはいえ、素直に土地購入とは言えないから、ココは勘違いしたままにしておくっていうのはありかもな。暫くしてそろそろ聞かせろよと言われると困るが、楽器を買うとは明言していないので誤魔化すことは難しくないしな。
俺は重盛の追求を躱しながら、自分の席に腰を下ろし裕二に話し掛ける。
「そう言えば裕二、あの件は放課後部室で報告するな。思ったより順調に進んだからさ」
「ん? ああ、分かった。もっと長引くと思ってたけど、エラく順調に事が進んだみたいだな?」
「うん。いざやってみたら、予想外に上手くいってね。ああやって頼んでいたのに、悪いね。後で柊さんにも断っておくよ」
「別に大した手間は掛かってないから別に構わないよ。柊さんには放課後前に、軽く一言言っておけよ? 多分気にしてるだろうからな」
「うん、了解」
裕二に練習場計画に関する簡単な報告をすませると、無視された形になった重盛は少し機嫌悪げに話し掛けてくる。
「おいおい2人とも、俺をのけ者にして何の話をしてるんだよ?」
「ん? ちょっとした探索者関連の話をな。それと重盛、幾ら詰め寄って聞いて来ても、何を買うかは教えないからな?」
「ケチ、何を買うかぐらいは教えてくれても良いじゃないか……金額は聞かないからな?」
「駄目だって」
そんな遣り取りを3人でしていると時間は直ぐに過ぎていき、何時の間にか教室に先生が入ってきた。
「お前等席に着け、朝のHRを始めるぞ」
先生のその言葉に皆一斉に席に着き、朝のHRが始まった。
無事に一日の授業も終わり、放課後を迎える。重盛が何度も何を買うのかと絡んできたが、躱すのに疲れたもののどうにかやり過ごした。
そして俺と裕二と柊さんの3人は、HRが終わると一緒に部室へと移動する。
「それにしても大樹、重盛のヤツしつこかったな」
「ああうん、そうだね。いやホント、何であんなに気になるんだか……」
「そういえば重盛君、随分と執拗に九重君に絡んでたわね。いったい何なんだ?って少し皆の話題になっていたわよ」
「朝に只一言、大きな買い物をするって話しただけなんだけどね……」
一体どの部分に興味を持ったのか、随分と重盛のヤツに絡まれた一日となった。まぁ重盛のヤツも探索者の平均的な収入をある程度把握しているだろうから、そこそこ稼いでそうな俺が大きな買い物といったことで興味を引いたのかも知れないな。
探索者をやっていない高校生では自由に使えるお金もそこまで大きくないだろうから、どんな物を買うのかは気になるのだろうな。
「大変だったな……だがまぁ、お前の所がスンナリと了承が取れたってのには驚いたぞ。難しい説得になるだろうなって思ってたから、ちょっと拍子抜け感が……」
「そうね。家も最終的には了承を貰えたけど、少し揉めたし……商売もしていない一般家庭の九重君のところがスンナリ了承を貰えたっていうのは意外だったわ。頼まれてた説得の材料を用意しようとしてたんだけど……いらなかったわね」
「今まで控えていた色々な情報を一気に出して、両親の思考能力が混乱して低下している所を見計らって動いたのが良かったんだよ。ちょっと申し訳ない気持ちはあるけど、お陰で了承を無事にもぎ取ったからね」
「「……無茶をするな(わね)」」
俺の使った手口に裕二と柊さんが少し呆れた様な眼差しを向けてきたが、まぁ称賛の声だと思って黙って受け止めておこう。
向けられる眼差しの意味を追求しても、良い事はなさそうだしな……。




