第46話 打ち直し依頼
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俺達は重蔵さんに教えられた刀工の居る住所に、タクシーで移動していた。近くまでは電車が通っていたのだが、そこから先の移動手段がなかったからだ。
市街地を抜けたタクシーは、暫く田園地帯を走り山の麓にある刀匠の工房の門前に到着した。
「到着しました。料金は3860円になります」
「はい。あっ、すみません。細かいのがないので、5000円札で良いですか?」
「大丈夫ですよ……はい、お釣りの1140円です。ご利用ありがとうございました」
俺が代表して料金を支払い、タクシーを降車。トランクから不知火を入れた移動バッグを取り出し、走り去っていくタクシーを見送った。
振り返ってよく工房を見ると、裕二の家程ではないが中々立派な門構えである。門の中からは鉄を打つ音が聞こえてくるので、間違いなくここが目的の工房なのだろう。門の脇にインターホンがついていたので、呼び出しボタンを押す。鉄を打つ音に紛れ、チャイム音が響く。
少し待つと、インターフォンから女の人の声が聞こえた。
『はい、どちら様ですか?』
「訪問の約束をしていた、広瀬です」
裕二がインターフォンに出て、返事をする。
『広瀬さんですね? 先生から話は聞いています。門を開けますので、中の方へどうぞ』
「分かりました」
短い遣り取りの後、インターフォンが切れると門が独りでに開いていく。どうやら、中からの操作で開く形式の門だったようだ。
門が開くと、俺たちの眼前に枯山水の中庭が姿を見せた。白い波打つ小石の中に、苔の付いた大きな岩が点在している。
俺達は枯山水の庭を眺めつつ足早に抜け、平屋造りの母屋の玄関先へ到着。脇のチャイムを鳴らし、声をかける。
「御免下さい。広瀬です」
数秒後。足音が聞こえて、恰幅の良い妙齢な女性が玄関を開ける。
「お待たせしました。遠い所へ、態々ようこそ」
「いえ」
「ささっ、どうぞ中へ」
女性に促され、俺達はスリッパを履いてお邪魔する。
女性に先導され、俺達は応接間へと通された。
「先生を呼んできますので、少々お待ちください」
「あっ、はい」
お茶を俺達に出した後、女性は頭を下げ応接室を出ていった。
静かになった応接室でお茶を啜っていると、なんとなく場違い感を感じるのは俺だけだろうか?疑問に思い裕二と柊さんの方に目線を向けると、柊さんは俺と同じ様に何処か落ち着かないのかソワソワとしているが、裕二は平然とお茶を啜りながら床の間に飾ってある掛け軸と生花を鑑賞していた。
「……裕二。随分熱心に見ているけど、何か面白い物でもあったのか?」
「ん? いやあの山水画の掛け軸な、家にも似た様なのがあるなって」
「……あっ、そうなんだ」
「ああ、昔爺さんが趣味で集めていたらしくてな? 蔵の中に、結構な本数の掛け軸が仕舞ってある」
「……へー」
居心地の悪さを誤魔化す為に裕二や柊さんと他愛もない話をしていると、入口の襖が開き作務衣を纏った温和そうな老年の男性が入ってきた。
「お待たせして、申し訳ありません」
「いえ。こちらこそ、急な要望をお受け頂きありがとうございます」
裕二が頭を下げるのに合わせて、俺と柊さんも慌てて頭を下げる。
男性がテーブルの対面に座った所で、話が始まった。
「まずは自己紹介からですね。私は此処で刀鍛冶をしている、滝宮平造と言います」
「広瀬重蔵の孫で、広瀬裕二と言います」
「九重大樹です」
「柊雪乃です」
俺達の自己紹介に、老年の男性……平造さんが軽く頷く。どうやら、職人さんにありがちな気難しいタイプの人ではないようだ。
「君が重蔵さんのお孫さんですか……」
平造さんは裕二の自己紹介を聞き、裕二をしげしげと眺める。裕二が重蔵さんの孫と言う所に、何か思う所でもあるのだろうか?
「あっ、いや、申し訳ない。不躾な目で見てしまったね」
「いえ、気に為さらないで下さい」
「君が若い頃の重蔵さんに、良く似ていた物でつい」
「滝宮さんは、祖父と昔っからのお知り合いなのですか?」
「聞いてないのですか? 重蔵さんとは10代の頃からの知り合いですよ。若い頃は二人して、結構ヤンチャをした物ですよ」
場を和ませる為か、平造さんは懐かしそうに重蔵さんとの昔話を話してくれる。御陰で俺も柊さんも少し緊張が解れた。
「それにしても、重蔵さんに聞きましたよ? 君達が探索者をやっていて、ダンジョンに足繁く通っていると……」
「はい。もっとも、週末だけですけど」
裕二が苦笑気味に、平造さんの問いに応えた。
「なる程。さて、自己紹介も終わった事だし……本題に入りましょうか?」
「はい」
和やかだった場の空気が変わり、少し緊張した空気が流れる。
「重蔵さんから話は聞いているけど、剣と槍の打ち直しの依頼……って話で良かったですよね?」
「はい、その通りです」
「じゃぁまず、打ち直して欲しいと言う剣と槍を見せて貰えますか?」
平造さんに不知火等を見せてくれと言われたので、俺達は移動バッグからそれぞれの得物を取り出しテーブルの上に置いた。
平造さんは俺達の得物を一通り吟味した後、結論をつけた。
「確かに、この刀達の状態だと、どれもこれ以上は使えませんね」
「やっぱり、そうですか」
重蔵さんの目を疑っていた訳ではないけど、刀の専門家の目から見ても不知火達はもう限界らしい。
「残念ながら。表面的には綺麗なままだけど、内部にかなりの疲労が蓄積していますよ。レベルアップ……でしたか? 探索者が使う武器も一緒に強化されるって話ですけど、何事にも限界があるって事ですね。強化されていない普通の刀なら、とっくの昔に折れていた筈ですよ」
引導を渡された……と言う事なんだろう。
平造さんなりの、俺達が名残惜しんで不知火等を使い続けない様にと……。
「ありがとうございます。滝宮さんにハッキリと言って貰えて、最後の踏ん切りがつきました」
裕二も、俺と同じ事を考えていた様だな。チラリと柊さんに視線を送ると、柊さんも最後の踏ん切りがついたらしい。
「その様子なら、大丈夫そうですね」
俺達の表情の違いに気が付いた平造さんは、少し嬉しそうだった。
平造さんと話していると、入口の襖の方から声が聞こえて来た。若い男性の声だ。
「恭介です。先生、いらっしゃいますか?」
「ええ。さっ、中に入って来て下さい」
「はい。失礼します」
襖が開き、眼鏡をかけた20代半ばの青年が入ってきた。
「紹介しましょう。彼は守橋恭介君。去年作刀承認試験に合格し、4月から作刀許可を得た期待の新人刀工です」
「ははっ、先生。僕が期待の新人だなんて、大げさですよ。ゴホンッ。改めまして、守橋恭介です。よろしく」
「広瀬裕二です」
「九重大樹です」
「柊雪乃です」
恭介さんに、俺達は頭を下げながら挨拶する。
「恭介君。彼等が君の依頼人だ」
「……えっ? 彼等が、ですか?」
「ええ。確かに彼らの年齢を見れば驚くでしょうけど、彼等は優秀な探索者ですよ。この若さでDランクの探索者だそうです」
「Dランク……」
恭介さんが信じられない物でも見るかの様な目で、俺達を上から下へ何度も見直す。
いや、確かに高校生の分際でDランクって聞けば、そう言う視線を向ける気持ちは分からないでもないけど……。
「こらこら、恭介君。依頼人に不躾な視線を向けるなんて、失礼じゃないですか?」
「あっ! す、すみません!」
「謝るのは私にでは無く、彼等にですよ」
平造さんの叱責で、自分の失態に気が付いた恭介さんは慌てて俺達に頭を下げながら謝罪する。
「!? すみませんでした!」
「あっ、いえ。そんなに謝られる様な事でもないですから、気にしないで下さい」
「えっ、でも……」
「恭介君。彼等もこう言ってくれているんだから、今後は気を付けてくださいね?」
「……はい」
己の失態を恥じ、恭介さんは顔を俯かせテーブルの端に座り縮こまってしまった。
そんな恭介さんの様子を見て、平造さんは溜息を吐く。
「恭介君。そんなに縮こまっていないで、彼等の話をちゃんと聞きなさい」
「……はい」
「はぁ……。良いですか? 彼等の依頼は、これらの打ち直しです」
平造さんは恭介さんに、テーブルの上の剣と槍を見る様に促す。恭介さんは顔を上げ、断りを入れてから不知火等を吟味する。
「これは……もう使えませんね」
「ええ。ですので、打ち直しの依頼です」
「? ですが先生。これを打ち直すより、新しい物を購入した方が良いのでは?」
「私もそう思ったのですが、彼らの話を聞くと打ち直した方が良さそうなんですよ」
「? 何故です?」
平造さんが恭介さんに、俺達が打ち直しを依頼する理由を説明する。
説明を聞き終えた恭介さんは、納得したように頷く。
「なる程。確かにそれなら、手間を掛けてでも打ち直しを試してみようと思いますね」
「ええ。未知数の試みではありますが……試してみる価値はあります」
「ですね。となると、手順としては古鉄を使用して作刀する時の手法を……」
恭介さんも俺達の提案に興味が湧いたのか、結構乗り気になってくれている。
どうやら、依頼を断られると言う事態は避けられそうだな。
「これが君の、刀工としての初仕事です。頑張って下さいね」
「はい! 先生!」
どうやら話が纏まったらしい。
平造さんの激励に、恭介さんはやる気に満ちた顔で返事をしている。
「では、広瀬君、九重君、柊さん。私はここでお暇しますので、依頼の話は恭介君と詰めて下さい。今の彼は無名の新人ですが、腕は確かです。間違いなく、君達の要望に応えてくれる筈ですよ」
「はい。滝宮さん、ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
「いいえ。では恭介君、後は任せましたよ?」
「はい!」
平造さんは俺達に軽く頭を下げ挨拶をし、襖を静かに開いて応接室から出ていく。
襖が締まる音が室内に響いた後、恭介さんはテーブルの中央に移動し俺達と向き合うように座った。
「じゃぁ、依頼の詳細を詰めるとしようか?」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。それにしても……僕の最初の作刀依頼者が高校生になるとは、思っても見なかったよ」
「ははっ、そうですよね」
「でも、まぁ。作刀免許がおりて直ぐに、作刀依頼が来たのは刀工としては幸先が良いよ」
「えっと……?」
俺達の不思議そうな顔を見て、恭介さんは苦笑にも似た曖昧な笑みを浮かべながら刀工業界事情を説明してくれた。
「まぁ、ね。刀工になったからと言って、直ぐに作刀依頼が来るって言う事はないよ。余程運が良くないと、新人刀工に作刀依頼が来ると言う事はないかな?」
「そうなんですか?」
「まぁね。それに……何かしらかの賞も取った事が無い様な新人の作品だと、業者さんには余り高くは買って貰えないしね。知ってるかい? 刀工には、年24振りしか作刀許可が下りないんだよ?」
「……たった24振りですか?」
「そっ、半月に1振りって所かな? それでも新人刀工が作った品だと、1振り数十万円が良いところさ。作刀に掛かる経費を除くと、手元に残るのは1振り数万円って所かな?とてもじゃないけど、新人が作刀だけで食べて行くのは厳しいよ。作刀だけで食べて行けているのは、この業界でも全体の1割もいないんじゃないかな?」
日本刀と言えば高級芸術品と言うイメージが強いが、それを作る刀工達の困窮具合は驚くべきものだ。
「えっと……日本刀には数百万円て言う値が付いている品もありますけど、それらもそうなんですか?」
「ん? ああ、確かにそう言う品もあるけど、作成に係わる刀工や職人の人件費や諸経費何かを考えると、やっぱり余り儲けは出ないかな? 玉鋼って知ってる?」
「えっと……日本刀の材料になる鉄の事ですよね?」
「そっ、正解。アレを作るのにも、かなりの製造コストが掛かるからね。今は年に2回ぐらいしか、作っていないかな?」
俺達は少し唖然としながら、中々衝撃的な恭介さんの話を聞いていた。
話が進めば進むだけ、比例して恭介さんの笑みの影が濃くなっていく。
「でも、まぁ。去年ダンジョンが出来た御陰で、最近は少し状況が改善してきたけどね」
「……探索者需要って事ですか?」
「勿論それもあるけど、僕自身も探索者なんだ」
恭介さんが、持っていた自分の探索者カードを見せてくれた。
「Fランクなんだけどね」
「恭介さん、刀工なのにダンジョンに潜っているんですか?」
「しっかりとした準備を整えれば、割が良いバイトだからね。それに、最近作刀依頼を出す人の傾向が美術刀の所蔵から、探索者がダンジョンで使う実用刀に変わって来ているからね。作刀研究の一環で、若手の刀工仲間とたまにダンジョンに潜っているんだ」
「なる程」
つまり、使用する現場を知らなければ、良い物は作れないと言う事か?
中々アグレッシブな、刀工さん達だな。けど、逆に言えばそれだけ売りになる様な特徴がないと、若手には作刀依頼が来ないと言う事か。
「最近は探索者が日本刀を積極的に買い求めてくれたおかげで、業者の買取額も上がっているよ」
「ダンジョン協会が売っている刀剣類も、恭介さん達が作っているんですか?」
「いいや。アレは分類上、日本刀じゃなくて工業刃物製品だからね。僕達刀工の管轄外だよ。全く、あんな物を流通させる前に作刀数の制限を外して欲しいよ」
ダンジョン協会が売り出している刀剣類に、どこか思う所があるのか恭介さんは苦虫を噛んだ様な表情を浮かべた。
小さく溜息を吐いた後、恭介さんは俺達に向き直って話を再開する。
「まぁ、それは兎も角。僕としては、君達の作刀依頼は喜んで受けさせて貰うつもりだよ」
「えっと……よろしくお願いします」
「こちらこそ。それじゃ、どう言う風に作るか話し合おうか?」
俺達は恭介さんと1時間ほど話し合いを続け、双方納得いく作刀依頼を作成する。基本的に、今まで使っていた得物の寸法で作って貰う事になった。恭介さんの見積では、製作期間は半月程、制作費用は70万円前後との事だ。
しかし、不知火等を再精錬して打ち直す関係上、どうしても材料にロスが出て製品が短くなってしまうと言われたので、俺は二人と相談してとあるアイテムを恭介さんに渡すことを決めた。
「恭介さん、コレを」
「何だい、コレは?」
「最近ダンジョンで手に入れた、鉄鉱石です。必要かもと思って持って来ていたんです」
「鉄鉱石? 別に材料の備蓄はあるから、大丈夫なんだけど……」
「今回の用途では普通の鉄を使うより、ダンジョンから得た鉄が良いと思って持ってきていたんです。協会で調べて貰った所、この鉄鉱石は超高純度鉄でした」
「えっ?」
無論、ダンジョンと言ってもスライムダンジョンでドロップした物だ。
ドロップした時、鉱石に少し違和感を覚え鑑定解析を使って調べた所、鉄鉱石(特上)と出た。試しに他のドロップアイテムに混ぜて協会の窓口で換金してみた所、不純物が無い超高純度鉄と鑑定され、金に匹敵する驚く程高い査定額が掲示された物だ。
コレは、その時は換金せず何かに使えるかもと思って取っておいた物だが……。
「使えませんか?」
「……いや、使えるね」
「本当ですか?」
「ああ」
恭介さんは暫し俺が渡した超高純度鉄を眺めた後、俺達の顔を見て頷く。
「分かった。試してみよう」
「よろしく、お願いします」
こうして、俺達の初めての作刀依頼は終了する。
これまでの狩りでそこそこの蓄えはあったけど、今回の作刀依頼でかなり散財してしまった。また頑張って稼がないといけないな。
超高純度鉄です。
幻想金属系の出番は、まだです。
超高純度鉄は、他の高純度材料を添加して合金化し使用します。
 




