第477話 契約は慎重に
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俺達は賃料が書かれた書類を眺めながら、桐谷さんの説明に耳を傾ける。正直に言って俺達には、この賃料が適正なのかさえ分からないからな。せめて、どういった理由でこの金額に設定されるのかは聞いておきたい。
「では、賃料に関する説明をさせて頂きます。この土地はご存知の通り、海辺に突き出す形の岬であり、地下に大空洞が存在する土地になります。敷地は広大ですが、諸事情により大型建造物は建て難く利用用途が限定されるうえ、近くに公共交通機関……とりわけ鉄道路線や高速道路等もありませんので交通の便もそこまでよくはありません。更に市街地からも遠く離れているという事もあり近く……10㎞圏内には目立つ大型商業施設もありませんので、自家用車等が無ければ日常的な買い物にも些か困難という点があります」
「こうやって改めて説明を聞くと、中々に難物な物件ですね」
「ははっ、そうですね。もしリゾート計画が上手く行っていれば、今頃この土地周辺にも色々な施設や家屋が立ち並んで新しい街が出来ていたはずなんですが……いやはや、そう上手く予定通りにとはいかないモノです」
「そうですね。ですが、今の俺達からすると見事に求める条件に合致する物件です」
自分達で求めた事ながら、随分と面倒な物件に手を出すものだ。詳しい内情を知らずにこの物件の話を聞いただけの人からすると、態々高い金を出しなんでこんな物件に手を出すんだ?と言われるだろうな。
「それは良かった。まぁこういった事情がある土地ですので、地価はかなりお安くなっています。更に敷地外周の大部分が切り立った海岸線ですので、その周辺の土地は利用が困難な土地でもあります」
「海岸線ギリギリに建物を建てた結果、海岸線のがけが崩れて、とかですか?」
「ええ。まぁ実際に建てる際は十分な調査対策を取った上で建てるでしょうから、ほぼ問題はないでしょうけれど。ですが、それをするには通常の建設と比べ、建設コストがかなりの割高になってしまいます。その上、この土地は場所によっては地下空洞がありますので、その対策にもコストがかかりますので……」
「土地の評価に影響するマイナス要素、という事ですね?」
裕二の確認の言葉に、桐谷さんは苦笑いを浮かべつつ軽く頷き返した。いやホント、色々と難しい土地だね。
「ええ。ですので、この物件の地価はかなりお安くなっています。まぁ敷地の広さが広さですので、それなりのお値段にはなりますが……」
「なるほど……因みにこの土地、購入だと幾らになるんです?」
「購入ですと、だいたい4500万ほどですね。一応、事前に提示していただいた予算内ですよ」
「4500万ですか……確かに購入予算内ですね」
高額ではあるが、購入予算内なので金額的には問題ないかな。
金額に納得する様な表情を浮かべながらそんな事を考えていると、桐谷さんが賃貸契約の期間に関する確認を取ってくる。
「今回は賃貸との事ですので、3年間の賃貸を想定した金額で設定しています」
「3年ですか……すると賃貸契約の終了は、俺達が20歳を超えた時ですかね」
「ええ、それを念頭に設定させていただきました。1年では契約期間が短すぎるので、20歳は区切りとしてちょうど良い頃ですからね」
「確かに」
桐谷さんの言う様に、20歳は区切りとしていいタイミングだろう。
それに3年もあれば、探索者業界もある程度落ち着いてるだろうしな。動向の様子見期間として3年、まぁ妥当な線である。
「ですので、賃貸契約が終了した3年後に賃貸契約を更新されるのか、別の物件を再度探すのか、それともこの土地を購入するのかを決めていただくことになります」
「分かりました、賃貸の契約期間はそれで大丈夫です」
「では、賃料は3年契約で計算しますね。それと月払いではなく、3年間の賃料を纏めてお支払いしていただいた方が少しお安くできますが……どうされます?」
「纏め払いですか……」
纏め払い……20万の36か月分で720万か、払えなくは無いけどどうしよう?
俺達は顔を見合わせ、桐谷さんの提案をどうするか目で相談する。
「纏め払いにすると、どれくらい安くなりますか?」
「そうですね……大幅な値引きは出来ませんので、端数を切り捨てて700万ほどでいかがでしょうか?」
桐谷さんはすこし思案顔を浮かべた後、700万という金額を提示してきた。確かに元の額が額なので、大幅な値引きにはなっていないが、20万の値引きはそこそこ大きい。なにせ、月々の賃料1か月分だしな。
「700万ですか……分かりました、皆で検討してみます」
「分かりました。急な申し出ですし、皆さんで話し合ってください」
元々賃貸条件を聞くだけのつもりだったので、今すぐにこの場で決めなくて良いだろう。桐谷さんも相談してくれと言っているので、この件は後で要検討だな。
賃貸条件に関する凡その説明を聞いた後、桐谷さんに少し気になっていた事柄について尋ねてみる事にした。
「桐谷さん、3年の賃貸契約が切れた後に俺達がこの岬を購入したいと申し出た場合、購入条件はどうなるんですか? 特に購入代金に関して……」
「そうですね、その場合ですと……土地代からお支払い済みの3年分の賃料を引いた金額に、少し色を足した額を頂く事になると思います。賃貸を挟まずに購入する場合に比べ少し割高になりますが、そこは賃貸契約からの変更という事でご了承ください。初めから購入前提での賃貸でしたら、少しですが割り引けると思いますが……やはり直接購入する場合に比べれば若干割高になりますね」
「そうですか……因みに賃貸契約からの変更と、購入前提の場合との直接購入した時の差はいくらぐらいになりますか?」
「差額ですか……少しお待ちください」
桐谷さんはスマホを取り出し、裕二がお願いした差額について計算し始めた。
そして1分ほど待って、計算結果が出た。
「今できる状態の計算ですが、凡そ直接購入時と比べ契約変更の場合は15%ほど高くなりますね。購入前提の場合でしたら、コチラは10%程割増しになります」
「つまり、直接購入した場合で比べると500万前後高くなるといった感じですかね。契約変更の場合は、少し予定している予算をはみ出ますね……」
「ええ。直接購入してもらう場合と比べると、どうしても……。詳しい額はもう一度お見せしますが、大きく計算結果が変わる事は無いと思います」
「分かりました。では、この額を参考に考えさせていただきます」
詳しい額は契約内容によって少し変わるとの事で、正式な額については後日教えて貰えることになった。まぁ今は契約の方向性を決める参考にするだけなので、凡その額が分かっていればとりあえずは問題ない。
それにしても元の額が大きいだけに、10%の違いでかなりの金額差になってくるな。纏め払いで割り引いてもらえる額が小さく見えるよ。
「分かりました。ではお電話か次回のご来店時にでも、御返事をお聞かせいただければと思います」
「はい。皆で相談して出来るだけ早めに返事をさせて貰います。今回内見させて頂いた物件は、かなり気に入りましたので良い返事を出せると思います」
「そうですか、それは期待しながらお待ちさせていただきます」
コレから色々と話し合わないといけないことが決まりどうしようかと思案顔を浮かべる俺達と、要望に沿った物件を紹介できたことに満足げな笑みを浮かべる桐谷さんと湯田さん。
色々対称的な表情だけど、一応良い取引が出来た結果だからね?
「それではこちらが今回の物件に関する一通りの資料と、賃貸契約に関する規約などが書かれた原案書です。基本的な内容自体は本契約で使うモノとそう違いはありませんので、一通り目を通していただけていると本契約書を見る時の参考になると思います」
「分かりました、目を通しておきます」
裕二が代表し、湯田さんから書類の入った茶封筒を受け取った。
今回の岬に関する資料も入っているそうなので、良く目を通しておかないとな。
「今日はありがとうございました、良い物件を見つける事が出来て良かったです」
「こちらこそ、検証作業に協力して貰えて助かりました。これからは探索者の方がお客さんになるのも増えていくでしょうから、皆さんのおかげで参考になる良いデータを得る事が出来ました。お客さんの事情を殆ど知らない状態では、コチラとしてもどういった物件を紹介すれば良いのか分かりませんからね。皆さんのお陰で、探索者をやっている人と普段のお客さんにどれくらいの差があるのか知る事が出来ました」
「いえ、コチラこそ桐谷さんや湯田さんが色々紹介して下さったお陰で、今まで知らなかった技術や知識を知る事が出来ました。それなりに専門の知識や技術を持たずに探索者になって得た力で適当に開拓作業をやっていたら、はた迷惑な面倒事を引き起こしていましたよ」
探索者として一般人を超える身体能力を持つ事で出来る事は増えたが、ちゃんとした知識を持たずにやっていたらいずれ痛い目を見ていただろうからな。自分のモノになった僻地といった土地でも、物置小屋位の小さな建物を建てる時でも、場合によっては役所に書類の届け出が必要だなんて教えられて初めて知ったよ。今回は桐谷不動産が検証の為に用意してくれた講師?が教えてくれたから知れたけど、知らずに作っていたら、せっかく作ったのに違法建築物だからと言われ、撤去を命じられていた可能性もあったんだよな。
「そうですか。両方にとっていい利益を出せたのでしたら、検証会をやって良かったです。また協力をお願いする事もあるでしょうから、その時はよろしくお願いします」
「こちらこそ、色々と知らない事を学べる機会ですので、出来る限り協力させて頂きます」
「それでしたら、コチラも開拓に役立ちそうな色々な分野の専門家の方に協力の声を掛けてみます」
「ありがとうございます」
裕二と桐谷さんは軽く握手をしつつ、互いに今後も協力していく事を確認した。桐谷さん達からすると俺達の様なトップ層の探索者のデータを得る貴重な機会を逃すまいと、俺達からするとデータ取りの体を取った専門家から貴重な技術と専門知識を実地で学べる機会だ。
互いに益のある話なので、出来る範囲で協力をしていきたいと思う。
桐谷不動産を後にした後、俺達はひとまず駅近くのファミレスに立ちより休憩をとる事にした。
今日は午前午後と色々あったから、流石に一息入れたい。
「まずは皆、お疲れ様」
「「お疲れ様」」
俺達はドリンクバーのジュースで乾杯しつつ、労いの声を掛け合う。
「いやぁ、今日はホント疲れたよ。まさかトンネルを掘る事になるなんて思ってもみなかったよ
「それは俺もだよ。無我夢中になって掘ってたとはいえ、まさかトンネルが貫通するなんてな……」
「思ったより掘り易かったから、途中から楽しくなったのがまずかったわね。あんなにサクサクと掘れるんだもの」
予想外の失敗に軽く溜息を漏らしつつも、俺達は小さく口角を上げつつどこか楽しげな表情を浮かべていた。こういう機会でも無いと、こんなことしないし出来ないからな。
失敗は失敗であるが、こう言う事も出来るんだと知る事が出来たのは良い事だ。お陰で次の物件で役に立てられそうだしな。
「まぁ失敗は今後に生かすとして、思いもよらない良い物件が見つかって良かったよ」
「そうだな、まさに俺達が探していたといった感じの物件だよな。しかも地下には、秘密基地作りに最適な洞窟付きときたもんだ。ホント、ココしかないといった感じの物件だよ」
「そうね。それに海を見渡す景観も抜群に良いわ。今回は昼間の景色だけだったけど、きっと夕焼けなんかの景色も抜群に良いはずよ。桐谷さんも言ってたけど、あそこにレストランでも作ったらきっと流行るわね」
確かに元リゾート候補地だけに、少し手を入れれば人を呼べるポテンシャルは持っている土地だろうからな。もし俺達が土地を購入した後、後年不要になって売る際にはその手の利用目的で売る事も出来そうだ。誰も来ない人里離れた山奥より、後々売り易そうな土地であるというのも好印象を持てる物件だからな。
その為にも……。
「じゃぁさ裕二。今回の物件の契約に関して重蔵さんにも相談に乗ってもらいたいから、相談に乗って貰える時間が無いかを聞いてもらえるかな? 正直俺はこの書類を見ても、この契約が妥当なモノなのか全く判断できないしさ」
「それは俺も同じだよ。この手の契約の基準というものが良く分からないから、俺も爺さんに相談はするつもりだったしさ。皆で時間を合わせて話を聞く方が良いだろうな。分かった、予定を聞いてみるよ」
「お願いね。私も両親に聞いてみるわ、分野は違うけど少しは参考になる話を聞けると思うし」
と言う訳で、俺達もこの手の契約はしたことが無いので勝手がわからない為、身近で分かりそうな人に相談してみる事にした。多少面倒そうな気配がしなくも無いが、何も相談せずに変な契約をしたら迷惑をかける事になるしな。
まぁ練習場購入の原資が口止め料なので、資金の出所を聞かれたら上手く誤魔化さないといけないのが少し面倒そうだけど。




