第476話 月々の賃料は……か
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緊張抜きを兼ねた小芝居を挟みつつ、俺達は桐谷さんとの話を続ける。すでに俺達の中で賃貸候補筆頭の物件ではあるが、最初に詳細を確認しておかないと後々になってから、そんな話聞いてなかった……とかいう事態に陥る事になるからな。
今回の様な高額な取引をするのなら、事前に細部を、しつこいぐらいに確認をする方が良い。
特にこういった購入需要の低い土地を購入前提の賃貸契約で行う場合、次の買い手が見つからなかったら、長期にわたって自分で保有し続けないといけない負動産になる可能性があるからな。
「では、皆が今回の物件に大変ご興味があるという前提で話を進めさせて貰うよ。こちらの物件だが、先程説明させて頂いたように元々リゾート開発が予定されていた土地だ。だが、皆も見た地下の大空洞が原因で、計画されていたホテルが建てられずに開発計画が頓挫した。無論、地下洞窟の地盤改良策や地下空洞の存在を前提にホテルの改設計なども行われていたが、バブル崩壊のあおりで開発会社の資金繰りが悪化し倒産。開発計画は白紙となり、この土地も融資の担保になっていた銀行が差し押さえましたがバブル崩壊で資産価値が低下し見事に不良債権化してしまった」
「行政も参加した肝入りの地域活性化策だったそうですが、ロクでもない末路に至りましたね」
「ああ。今にして当時の計画を振り返ってみると、かなり豪華と言うか無謀と言うか……色々と盛りに盛られた計画だったな。採算ベースを、どれくらいの客入りで想定していたのやら……」
桐谷さんはかつてのリゾート開発計画を思い出しているのか、処置無しと言いたげに呆れた様な表情を浮かべながら溜息を漏らしていた。どうやらリゾート開発会社と行政は、かなり無謀な開発計画をバブル景気の勢いに任せ立てていたらしい。
そんな桐谷さんが見せる態度から、俺達は仮にリゾート開発が完了していてもバブル崩壊と共に潰れていたのでは?という疑問がわいた。確かに大きな道路と接続する道はあったが、決して交通の便が良い場所という訳ではないからな。バブルが崩壊して財布のひもが固くなった人達が、豪華絢爛なリゾート施設に採算ベースを超える程に来るとは思えないからな。
「なるほど。それで桐谷さん、土地が不良債権化したというのは……」
「このリゾート開発計画の為の用地は元々バブルで地価が高騰していた時に購入したから、一番高止まりしている時に購入したと言えば分かるかな? バブル崩壊と共にこの手のリゾート用地の需要は減り……激減したせいで地価は暴落、買い手もいないので担保としての価値はなくなり融資に対し大赤字……つまり不良債権化したんだ」
「高く買ったのに安く売るどころか……売る事さえできなくなった、という事ですね。銀行は融資に見合う担保として差し押さえたのに、融資した金額には全く届かない査定額にしかならない上、売れないともなれば少額の補填も出来ず大損じゃないですか」
「その通り。そしてその不良債権を多く抱え込んだ結果、銀行も経営が成り立たなくなり倒産するというのがバブル崩壊後の流れの一つだね」
バブル経済やバブル崩壊後の話は教科書で習う知識の一つとして知っていたが、こうして実際に当時の事を知る人から直接話を聞くと、感じ入るものがある。
その上、俺達はそのバブル崩壊の負の遺産とも言っていい土地に手を出そうとしている……大丈夫だよね?
「そして色々あった末、あの土地をウチが押し付……引き取ったんだよ。バブル当時の地価を思えば破格の格安価格でね。まぁ、ウチでも長年塩漬け物件だったんだけど」
「そんな事を俺達に直接言っても良いんですか? 事情を聞いてやっぱりやめた、って言い出すかもしれませんよ?」
「隠していないと不味い事情というわけでもないからね。元々君達も、ココが何か訳アリの物件というのは承知していたんだろ?」
「ええ、格安で物件を紹介してもらう以上、その辺は承知しています。よっぽど問題を抱える場所でも無ければ、コチラとしては問題ありません」
少しの問題なら問題にならないという裕二の発言に、俺と柊さんも同感だと軽く頷き桐谷さんに意思を伝える。一般人では到達が困難という程度の問題であれば問題にはならないが、流石に最初の頃に紹介された鉱毒問題が発生しそうな汚染地がある物件は勘弁してもらいたいけどね。
そんな俺達の意志を確認し、桐谷さんも軽く頷いていた。
「良かった。でしたら、問題ありませんね。人によっては不良債権化した土地を毛嫌いする方もいますから……まぁ不良債権化するだけの問題がある場合が多いので仕方ない面もありますが」
「何の問題も無ければ、不良債権とまではならないでしょうからね。まぁ担保にした時より地価が下がって利益が目減りするからと、地価が再び値上がりするまで売り時を待って売り渋った結果として不良債権化していた場合は……まぁ損切の失敗ですよ」
「ええ。その点この土地は潰れた銀行が持っていた元担保にされていた土地が何だかんだあった末に、ウチが持つ事になった土地ですから、土地に関する問題と言える問題は説明させて頂いた地下の空洞問題があるくらいです。リゾート開発などの大規模建築をおこなう場合は問題になりますが、その手の開発をしないのであればそこまで問題にはならないと思いますよ」
「大規模開発が難しいだだっ広い土地、っていうのは問題と言えば問題そうですけどね」
ショッピングモールなどの大規模建築を必要とする企業としては、逆に手を出しづらい土地だろうな。大規模建築をしようとするのなら、最初に地下空洞の強化か埋め立てなどの土地改良から行う必要があるので建設コストが上がり、駅近などの交通の便が特別良いという訳でも無いので郊外型としても客足が続くかも心配がある。開店当初は人も来るだろうが、物珍しさが無くなれば……うん。採算が取れるか微妙な不良債権化した事もある土地……よほど上手く儲ける算段が立たないと手を出さないだろうな。
「そのせいもあって、この土地はなかなか売れなかったんだよ。細かく分譲して新興住宅地に……という話も一時期ありましたが、近くに通勤などに使いやすい駅がある訳でもない、元々地域活性化策にという話でリゾート開発を進めるくらい人を集められるような産業もありませんでしたからね。他にも別荘地を作ったらという話もありましたが、バブル崩壊後に新築別荘地を作っても人が集まるかどうか……」
「それは……八方塞がりですね」
「ああ、何か集客力のある施設が近くにあれば、人も集まったんだろうけど……その為にと考えていたリゾート開発は失敗してしまったからね」
「やっぱり、結局そこに行きつくんですね」
リゾート開発で発展の切っ掛けを作ろうと失敗した結果、地域発展がより困難になったといった感じだな。大規模商業施設を作る事も出来なければ、住宅地や別荘地も交通事情的にも時節的に困難な事が判明してしまったって……なんだかな。
ココまでそろってたら、長期にわたって塩漬けにされるよ。売ろうとしても、そりゃ簡単には売れないって。
「ですので、ウチとしては是非とも皆さんにこの土地を購……賃貸して貰いたいんですよ」
「ははっ」
何となく、桐谷さんが浮かべる笑顔の裏に逃がさないぞといった決意が見え隠れしている。まぁ桐谷さんからしたら、押し付けられてから長年塩漬けにしていた土地が売れ……借りられるかもしれない瀬戸際だからな。何としてでも押し付け……貸し出したいのだろう。
いやまぁ、借りる気はあるけど……何か笑顔の圧が強いなぁ。
一通り桐谷さんによる物件説明が終わると、いよいよ賃貸契約に向けた条件面の話し合いだ。
予算の上限は最初に伝えているので、それを超えて来る事は無いと思うけど賃料がいくらになるか心配だな。
「ではまず初めに、この物件の賃貸条件について説明させて貰います。この物件についてですが、今回賃貸の対象となる敷地はおよそ50ヘクタールほどになります」
「あそこ、50ヘクタールもあったんですか……地下洞窟の方に気が向いていたので、そこまで広くないように感じてましたよ」
「ははっ、確かに木々が生い茂っていて見通しも悪いですし、地下洞窟に興味を持っていかれてたら体感的な広さには気付きにくいかもしれませんね。ですが、海岸線沿いですので平地の土地の様に敷地のキワまで利用するといった利用法は難しいので、実際に使える土地はもっと狭いですよ。その上、地下には大空洞がありますので、大規模施設の建築には向きません」
「そうですか……となると、建築なんかに実質的に使える敷地は半分程って感じですかね。しかも地下空洞が四方八方に伸びている上、空洞も点在しているから大きな一棟建ての建物は作りにくい、と」
桐谷さんが見せてくれている資料の中には、簡単な地上部の敷地図と地下洞窟の配置図があった。この地図を見るに、本当にショッピングセンターやホテルを作るには向いていない土地だと感じる。
こんな面倒な土地にコストをかけて作るくらいなら、多少地価が高くとも町に近い郊外に作るだろうな。
「ええ。ですが土地にあった利用用途を考えれば、40ヘクタール程の敷地は問題なく使えると思いますよ。例えば……畑とか牧場としてですかね? まぁ木々の伐採、開墾から始めないといけませんが」
「そうですね。でも40ヘクタールか、ドーム球場が何個も入りそうな広さですよ。使い切れるかな……」
思わぬ土地の広さに、俺達は借りる土地を活用できるのかと不安に思う。ドーム球場数個分の練習場か……コレは普通、大きな会社組織に所属している探索者達が使う様な施設なんじゃないのだろうか? 5人にも満たない弱小探索者チームが保有するには過剰な気もするが、大きい方が俺達の練習姿を隠しやすいのもあるしな。
その上、地下には秘密の練習場が作れる大空洞のオマケ付きの物件だ。利用人数に対して不釣り合いな広さの練習場という面に目を瞑っても、手に入れておくべきと思わせてくれる良い物件だ。
「最悪自分達で使いきれない敷地は、購入後でしたら皆さんの采配で第3者に貸し出すという事も可能ですよ。皆さんが作った練習場……探索者が探索者向けに作った練習場なら、人気の練習場になるんじゃないんですか?」
「貸し練習場ですか……確かにダンジョンの外で練習する場所があれば利用したいという探索者はいるでしょうが、管理責任がある練習場の運営は少し怖いですね」
「怖い、とは?」
「練習をしに来た探索者が無茶をして事故が起きた場合に、施設の運営管理者として事故の責任を問われるのでは、という事ですよ。探索者というのは大小の差はあれど、一般人を超える力を得た者達の事です。特に初心者を脱したあたりの層の探索者は、明確に一般人を超えたという実感を得るでしょうから調子に乗るなという方が難しいですね。俺達の同級生にも、探索者になり得た力に酔って無茶をしたヤツがいましたから……練習中に仲間内で争った末に最悪の事態に至った、というのも想定可能です」
最終的にそいつは、同じ様に得た力に酔った1年生を巻き込んで問題を巻き起こした末に学校から消えていったからな。アイツらって今頃、元気に探索者をしてるのかな?
「なるほど……確かにそういう事情があるのでしたら、安易に練習場を不特定多数の探索者に貸し出すのは怖いですね。ええ、この練習場の貸し出し案は止めておいた方が無難でしょう」
「ええ、止めておきましょう。……まぁ何らかの活用法はあるでしょうから、実際に使っている内に思いつくかもしれません」
「そうですね、大規模な施設の建設には向きませんが、小規模の施設なら問題なく建設は可能です。例えば……海の見えるレストランなんかはどうですか? 探索者の皆さんなら、ダンジョン食材を独自ルートという形で入手可能でしょうし」
「……確かにそういう形での利用も有りですね。元はリゾート施設を作ろうとするくらいには景観が良い場所ですし、上手くやれば秘境のレストランといった形で人を呼べるかもしれません」
ダンジョン食材を独自ルートで調達か……そういえば以前にも似た様な事をしてたよな。そう思い柊さんに視線を向けてみると、柊さんは少し気まずげに俺の視線から顔を逸らしていた。
まぁ実際にレストランをやるのなら、一般的な食材は購入し目玉食材を俺達が調達してくるって形になるかな? 霜降りミノ肉の牛丼何かを数量限定で、格安提供したら人気が出るかもしれない。
「ええ、利用法は所有者のアイデア次第で色々ですよ。それでこの物件の賃貸料なのですが、月々20万円程でいかがでしょうか? 敷地の広さから考えますと、かなりお安くなっています」
そう言いながら、桐谷さんは賃貸料が記入された書類を俺達に差し出した。
月々20万円、年間240万円ぐらいか……。




