第475話 流石は物件紹介のプロ
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地下洞窟付きの岬物件に好感触を得た俺達は、契約の詳細を確認する為に湯田さんが運転する車に揺られ桐谷不動産へと戻る事になった。ココに来る時は、どんな所に連れていかれるのかと少し不安で周りの景色をよく見る事が出来ていなかったが、岬物件に好印象を持てた事で落ち着いて周りを見る余裕が出来たので見てみると見えるものが違って見えてくる。
やっぱり何事においても、余裕って大事だな。
「こうやって落ち着いて見てみると、本当にこの辺は民家やお店が一つも見当たりませんね」
「この辺の土地は昔からウチが押さえて……色々なしがらみ関係で押し付けられた土地だからね。バブル崩壊の煽りとリゾート開発が失敗に終わったって悪評がたったお陰で、この辺の土地に手を出そうという企業も居なくなった結果、殆ど無人の荒野と化しちゃったんだよ。リゾート開発前まではこの辺りにも農家をしている人が少しはいたんだけど、リゾート開発の関係で辺りの土地の買い上げが行われて転居しちゃったんだ。それでリゾート計画が失敗した後、元の住民に戻って来てもらおうかという話も出てはいたけど……」
「まぁ、戻ってくるはずがありませんよね」
「その通り。先祖代々の土地を悩んだ末に泣く泣く手放したのに、リゾート開発が失敗したから戻って来いと言われて、はいそうですかと戻ってくる人はそうそういないよ。それに農地を手放してからリゾート開発失敗迄には既に数年は経ってたから、設備投資や土作りを一からやる必要もあるしね」
地域経済活性化の為だと言われ泣く泣く手放した数年後に、リゾート開発に失敗したから要らない土地を返すねと言われたら意地でも戻ってこないだろうな。それに数年も経っていれば、既に転居地での新しい生活基盤も出来ているはずだ。
むしろ、そんな状況で元の住人がどうして戻ってくると考えたんだ?
「なるほど、それじゃぁ意地でも戻ってきませんよね」
「そういう訳で、色々あった末に行き所をなくした土地の管理をウチが請け負ったという事なんだよ……渋々とね」
「色々、ですか」
「色々とだよ。どこの業界でも、持ちつ持たれつ貸し借りをってね」
苦笑いにも似た表情を浮かべながら、湯田さんは今回紹介された物件についての来歴を教えてくれた。何か厄介な裏事情がある物件というわけでは無いらしいが、不動産業界におけるバブル崩壊やリゾート開発失敗というものの影響の大きさを改めて考えさせられる話である。
改めてリゾート開発が出来るかは分からないが、それなりに環境整備すればそこそこの観光スポットには出来るだろうに誰も手を出そうとしないとは……やっぱり一度曰くが付くとリスクを考えて手を出さなくなるんだな。まぁ、無理をして曰くつきの物件を買ったりしないか。
「でもまぁ、あの土地自体はそう悪くは無いと思うよ。大規模開発には適していないだろうけど、少し手を加えるだけでいわゆる風光明媚な土地になるだろうしね。まぁ君達の利用目的的には、そんな開発はしないだろうけど……」
「そうですね。俺達の利用目的では、出来るだけ元の環境を維持しつつ、そこそこのライフラインを整える程度の開発になると思います。俺達が探している物件はあくまでも訓練場に使える土地……それなりに険しい環境の方が良いですからね」
「そうだろうね。ココはこれまで内見して貰った物件と比べると険しい環境とは言えないけど、何年も手付かずだったお陰で植生はかなり荒れ放題……自然豊かな場所だ」
「ははっ自然豊か……まぁ、そうですね。ドコに敵が潜んでいるのか、どこに危険があるのか分からないってのは、警戒心を養う訓練で役に立ちます。そういう意味では多少荒れた……自然豊かな環境の方が望ましいですね」
体育館や運動場といった整備された施設での訓練というのも重要だろうが、俺達が求めているのはダンジョン内でモンスターと戦う為の訓練場だ。何時何処からモンスターが出てくるか分からない、どこにトラップが仕掛けられているのか分からない、そういった環境を再現しようと思えば自然豊かな……他人の手が入っていない荒れ果てた自然環境の方が都合がいい。
それに、長年放置された土地を活用できるように整備しようと思ったら、環境整備だけでかなりの時間と費用が掛かるだろうからな。そのまま使えるのなら、そのまま使った方がお財布に優しい。特に表立って使えるお金がそれほど多くない俺達の懐事情的にもな。
「そういう意味でも、ここは良い物件だと思いますよ。その上、大きな道につながるまでの道もある程度整備されてるから交通の便もそこまで悪くはない……リゾート開発時代のありがたい忘れ形見だね」
「言われてみれば、多少荒れてはいますけどちゃんと舗装されてますし、それなりに道幅も広いですよねこの道」
「元々、大型工事車両が通る事を前提に整えられた道だからね。それにリゾート開発が済めばお客さんに通ってもらう道になるから、その下準備もかねて広めに道を切り開いて作ったって聞いてるよ。まぁ、それが活用される事は無かったけど……」
「ははっ、それは仕方ありませんよ。開発開始前に、まさか地下空洞のせいで開発がストップする事になるなんて思ってもみなかったでしょうからね」
本来の計画通りに活用される事はなかったが、俺達がありがたく活用してあげるのがせめてもの供養というものだろう。せっかく作ったのに、野生動物が偶に通るだけの道路とか勿体無い。
それに、これまで内見してきた物件に比べれば、多少傷んで荒れていても舗装された道があるだけ大分マシだしな。物資を運び込む際の運搬経路問題で不安にならなくて済む。
「そうなんだよね。まぁでも、ようやくこの忘れ去られていた土地を活用してくれそうな人に出会えたようだし、良かったといえばよかったんだろうね」
「あれ、まだ自分達はココを借りるとは言ってませんよ? まだ契約の詳細も聞いてませんし……」
「ははっ、そうなんだろうけど君達が浮かべているその顔つきはたいてい、紹介した物件を買う事を決めたり借りる事を決めた人が良く浮かべる表情だよ。これでもプロだからね、何となくわかるさ」
「それは……」
どうやら湯田さんには、俺達の内心などお見通しだったようだ。確かに契約の詳細はまだ確認していないが、今回の内見で俺達の腹は7割8割は決まっている。懐に優しい条件だと助かるんだけど……。
そんな不安と期待を抱きつつ、俺達は桐谷不動産へと向かっていた。
湯田さんが運転する車に揺られ桐谷不動産へと戻って来た時には、夕方と言っても良い時間帯だった。もう少し時間が経ったら、日も傾いて夕焼け空になるかな?
そして俺達は車を駐車場に置いた後、湯田さんに案内される形で桐谷不動産の事務所へと戻って来た。
「じゃぁ社長を呼んできますので、皆さんはコチラの応接椅子の方に座ってお待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
事務所に戻って来たので、湯田さんは口調をお客様対応にして話しかけてくる。まぁ他の社員さんがいる場所では、お客様に気軽な口調で受け答えしていたら後で怒られるだろうからな。
そして湯田さんは軽く一礼した後、桐谷さんを呼びに上の事務所へと向かった。
「場所は気に入ったけど、後は条件次第って感じだね……」
「そうだな、程良い条件だと助かるんだけど……」
「曰く付きとはいえ、場所的には良い物件だものね」
俺達は湯田さんに促された通り応接椅子に腰を下ろし、湯田さんが桐谷さんを連れてくるまで今回内見した物件の契約内容について話しあう。 物件としてはかなり気に入ってるが、条件次第では諦める必要があるからな……。
一応、使える予算についても話している上で紹介された物件だ、そこまで酷い条件にはならないとは思うけど、内見した物件が物件なだけに不安である。
「誰も手をつけなかった塩漬けされた曰く付きの土地……割引してくれるかな?」
「すでに割引された状態だから、俺達に紹介できた物件なのかもしれないぞ。元はリゾート開発されるくらいの土地なんだしさ」
確かに裕二の言う様に、場所が良くなければ元々リゾート開発計画なんてものが持ち出される事も無いよな。良い場所だからこそ、リゾート開発をしようという話が持ち上がるんだしさ。そこを曰く付きとはいえ、格安で貸してくれるかは……どうなんだろ?
そんな風に不安と期待が入り混じった相談をしていると、事務所の扉の方から足音が聞こえて来る。どうやら桐谷さんと湯田さんが降りて来たようだ。
「お待たせしたね、どうだったかな内見は?」
「あっ、えっと、中々良かったです。まさか、あんな壮大なモノが見れるとは思ってもいませんでしたけど……」
「湯田君から聞いたよ、3人で中に入ったんだって? 私もあそこは資料写真でしか知らなくてね、一度自分の目で見てみたいとは思っていたんだよ。でも、入り口がアレだろ? 流石に興味本位で下に降りるのはね……」
「階段が大分ボロボロでしたからね……下手に足を踏み入れなくて良かったと思いますよ。あの階段に体重をかけていたら、間違いなく倒壊していたでしょうから」
裕二が出した洞窟の話題で桐谷さんが少しうらやましげな表情を浮かべているので、どうやら前々から洞窟の存在はかなり気にはなっていたらしい。確かにああいった物は、写真で見るのと実際に見るのとでは大違いだ。おそらく桐谷さんはあの土地を押し付……任されたときに関係者から話だけ聞かされていたんじゃないかな。そして実際に洞窟を確認しにいこうとしたら、既に階段がボロボロで降りるのは不可能。階段を設置しなおそうとしたらそれなり以上のコストがかかり、押し付……任された土地に更にコストを掛ける事を良しとせず未見で終わった、といった流れかな?
「資料写真は素人が撮ったかなり写りが悪い代物でね、ピントも少しぼやけてて何となく洞窟の中?といった感じの写真だったんだよ。洞窟があるとは聞いていたが、そんな資料写真しかなくて、どれくらいの規模の地下洞窟なのかが今一つかめてなくてね」
「そうですか……中々凄かったですよ、何であそこが今まで放置されていたのか不思議なくらいに」
「そうか……行政がかかわった開発だったが悪い方向に傾いた結果だね。当初の計画を厳守し遂行しようとして、といった感じでね。最終的には、計画が白紙になった後は完全に放置になってしまったけど」
「その辺の事情は、湯田さんから軽く聞きました。開発が成功していれば、結構な名所になっていたと思いますよ、地下洞窟を含めて」
風光明媚な岬に壮大な地下洞窟があるリゾートホテル……開発が上手く行っていたら今頃有名観光スポットとなっていただろう。周辺の土地も押さえていたみたいだし、ゴルフ場とかアミューズメント施設の併設も計画されていたかもしれないな。
「そうだろうね。だからこそ、あそこにリゾート開発の計画が持ち上がったんだろう。まぁ結局は色々な要因が重なって、計画は頓挫してしまったんだ……残念な事に」
「そうですね。でもそのお陰とはいえませんが、本来なら到底手が届かないようないい物件が俺達に回ってきた、という訳です」
「ええ。物件に問題はありませんが、曰く付きの土地ですけどね」
「俺達の利用目的には問題の無い曰くですので気にしませんよ」
俺達的には全く問題の無い土地ではあるが、桐谷さん達的には押し付け……任せられた塩漬けされた土地だからな。俺達はそれを欲し、桐谷さん達は早く手放したい……利害は一致していると考えて良いだろう。
これならそう厳しい契約内容にはならない……と良いな。
「そうですか……それで湯田君から聞いた話では、今回内見した物件はかなり好感触だったとか? 賃貸契約の詳細を確認したいと聞いたのですが」
「はい。今回内見させて頂いた物件、3人ともにかなり好印象を持ちました。こちらが出した条件に合致していますので、前向きに検討させて頂きたいと思っています」
「それは良かった。今回ご紹介させていただいた物件はかなり自信がありましたので、皆さんに気に入っていただけると思っていましたよ」
「そうなると自分達は見事に、桐谷さん達のお膳立てにまんまと乗せられたという事ですね。さすが不動産のプロフェッショナルですね、お見事です」
裕二は軽くお道化る様な素振りで小さく両手を上げながら、桐谷不動産の物件紹介手腕を称賛した。
実は自分達で選んでいるようで選ばされた……いや、自分達が欲するものを見事に用意してくれたと受け取る方が良いだろうな。




