第474話 想像以上に壮大な大空洞
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地下洞窟を歩き続けて辿り着いた先で、俺達はかなり広い空間があると感じた。明かりが足りず洞窟全体の全貌は見えないが、蹴り飛ばした小石が跳ねる音がかなり反響しているので相当広い空間がありそうだ。
つまりここが、湯田さんが言っていたリゾート開発計画を中止に追い込んだ大空洞がある場所という事だな。
「まずは【ライト】を全方位に出して、この空間の全容を確認しよう。全容が見えないと動きようもないしね」
「おう」
「ええ」
という訳で、俺達は手分けして【ライト】を空洞全体にばら撒き始めた。
そして【ライト】の数が増えるに従い、次第に洞窟全体の全容が見え始める。
「うわぁ……凄いな、コレ」
「そうだな……流石にココまでの代物だとは思ってもみなかったよ」
「これなら確かに、開発計画の見直しも検討されるわね……間に合わなかったみたいだけど」
【ライト】で照らし出された地下の大洞窟は、俺達が想像していた以上の大洞窟だった。俺達が湯田さんから話を聞いて想像していた大洞窟というのはアレだ……観光資源化されているこぢんまりとした地底湖が広がる感じの洞窟。それでも相当な規模の大洞窟ではあると思うけどな。
しかし、いま俺達の目の前にある大洞窟はアレだ、大自然の風景を記録し放送する系の番組が取り上げる感じの、壮大な……とか頭に付く系の大洞窟である。入り口からココまでの道のりは若干下り気味だったが、まさか天井まで2,30mはありそうな大洞窟が隠れているとは……。
「これ、リゾート施設を作らなくても、少し整備すれば十分に観光資源になるんじゃないかな?」
「そうだよな……リゾート施設は無くても、知る人ぞ知るって感じの名物スポットにはなれただろうな」
「そうね。観光スポットが一つあれば、それなりに周りも栄えるでしょうし……タイミングが悪かったとしか言えないのかもね」
大洞窟のせいでリゾートホテルの設計変更が迫られたのは悲劇だが、このクラスの大洞窟が観光資源化できていれば十分に計画の遅延も取り戻せていたはずだ。ただ、バブル崩壊のあおりで計画変更は間に合わず、リゾートホテルの建設を予定していた開発会社も倒産、推進していた地方自治体も撤退し存在も忘れさられた……タイミングが悪かったとしか言えないな。
せめて地方自治体が地域活性化の振興策として、ココを開発をすれば良かったのにな……まぁリゾート開発計画に失敗した瑕疵物件扱いされていたのかもしれないか。
「でも、コレだけの空間があるのなら色々と出来そうだね」
「そうだな。壁面の強化なんかは必要だろうが、これだけの広さの空間があればあまり派手な事でなければ色々出来そうだ。しかも地下だから、覗き見の心配も無いしな」
「そうね。洞窟の整備もスキルの練習を兼ねてやれば、そんなに時間かからないと思うわ。人の目を気にしなくて良いから、スキルも使い放題だし」
俺達は既に、この大洞窟をどう改造して使える空間に変えるかに考えが傾いていた。確かにこの規模の大洞窟が地下にあるとなると、地上にリゾートホテルなどの大型の建造物を建てるのは困難だろう。だが俺達はそんな大物を建てる予定など無いので、大型の建造物が建てられなくとも一切問題はない。
寧ろ、こんな僻地にそんな大きな建物を建てていたら悪目立ちして人目を引くので、折角の人気のない土地という利点がなくなってしまう。
「あっ、やっぱり海水が溜まってるね。海に繋がってる……よね?」
「まぁ海のそばの洞窟だからな……あっ、魚がいるな」
「という事は、潮の満ち引きで海水面がどれくらい変化するか調べておかないといけないわね。どこまで海水が上がってくるのか分からないと、ココの開発のしようが無いわ」
柊さんの心配も尤もだろう。近くの壁に目を向けて見てみると、今現在の水面より少し上のあたりまで藻が生えているので、潮の満ち引きで水面の高さが変化しているのは間違いないみたいだ。
まぁ平時の水位変化はそれ程激しくはなさそうだが、台風などが来た場合の水位がどれくらい変化するかだな。その辺がハッキリするまでは、洞窟内にはあまり物は置かない方が良さそうだ。
「あっ!」
洞窟内を見学していると、懐から甲高い電子音を響かせながらスマホのタイマーが作動した。どうやら湯田さんと約束していた制限時間が迫っているらしい。それにしてもさすがは地下洞窟、音が凄く響くな。
そして俺はスマホのタイマーを切り、裕二と柊さんに声を掛ける。
「裕二、柊さん。約束の時間も近いし、そろそろ戻ろうか?」
「ああ、もうそんな時間か。夢中になっていて気が付かなかったよ」
「時間が経つのは早いわね……もう少し奥の方まで見学して見たかったわ。この洞窟、まだまだかなり先まで続いてそうよ?」
俺が時間がきた事を告げると裕二と柊さんは少し残念気な表情を浮かべているが、多分俺も同じような表情を浮かべていると思う。流石にこの短時間では、この大洞窟の全てを見て回る事は出来ないからな。
普段中々見る事が出来ない光景だからな、正直俺ももう少し……とは思うけど、湯田さんが心配して待っているだろうし約束の制限時間は厳守しておかないと。
「気になるのならまた来れば良いんだし、今日の所はココまでにして引き上げよう。湯田さんだって心配してるだろうしね」
「……そうだな」
「……そうね」
全員渋々といった感じだが、洞窟探索を終え湯田さんとの約束の時間までに戻る事にした。
残念だけど、本格的な洞窟探検はまた今度にしよう。
約束の時間に設定したタイマーが鳴る前に入り口まで戻った俺達は、心配げな表情から安堵の表情に変わった湯田さんに声を掛ける。
「ただいま戻りました。湯田さん、心配おかけしました」
「ああいや、約束の時間の前に戻って来てくれたし、皆の無事な姿が見れて安心したよ」
「ははっ、道中に罠があったり、モンスターが襲い掛かってくる訳でもないんですし、そうそうケガを負ったりしませんよ。それにしても、話に聞いていた以上に凄い大洞窟でしたよ。まさかこんな岬の下に、あんな大洞窟があるなんて思ってもみませんでした!」
裕二が少し興奮気味な様子で大洞窟の事を報告すると、湯田さんは少しうらやましげな表情を浮かべていた。
「そうか、無事に大洞窟まで辿り着けて良かった。俺は資料写真だけでしか見たことが無かったから、実物の洞窟がどれくらい広いのか分からなかったから」
「凄かったですよ、天井まで2,30mはありそうでしたし。そうですね……観光雑誌で特集されるくらいの大洞窟でしたよ」
ボロボロの簡易階段を間に挟んだまま裕二と湯田さんの会話は盛り上がっていたが、流石にずっとこのまま会話を続けるわけにもいかないので、俺は裕二の方を軽く叩きながら話しかける。
「裕二。話が盛り上がってるところ悪いんだけど、話の続きは上に戻ってからにしないか? 流石にこの状態で話を続けるのはさ……」
「ああ、すまない。そうだな、話をするなら先に上に上がってからの方が良いな。湯田さん、そういう訳ですので……」
「すまない、ウッカリしてた。入り口から退いておくから、戻って来てくれ。……何かロープの代わりになるのいる?」
「大丈夫です、勢い付けて飛び上がるので入り口の所から離れていてください」
裕二はコレからとる行動に対しての忠告をし、湯田さんも素直に忠告を受け入れ入り口から姿を消した。
「じゃぁまずは、俺から行くな」
「うん、飛び過ぎて頭ぶつけない様に気を付けて」
「そんなドジはしないって」
そう言うと裕二は軽く助走をつけ、入り口目がけて軽い足取りで飛び上がる。裕二の体は重力を感じさせない軽やかな放物線を描き、狙い通り入り口から外へと飛び出ていった。
おいおい裕二、そこは入り口の縁に頭をぶつけてアイタタタがお約束だろうに……。
「おお、本当にこの高さもひとっ飛びなのか……」
「このくらいの高さなら、それなりのレベルに達した探索者なら余裕ですよ。大樹、柊さん、次いいよ」
湯田さんの驚きの声と裕二の何の気なさと満更でもなさが混じった声が、入り口の向こうから聞こえてくる。まぁ5m……ビルの3階ぐらいにある窓まで人が飛び上がってきたら驚くよな。
さて、裕二が無事に成功したので俺達も後に続く事にしよう。
「柊さん、どっちが先に行く?」
「そうね、じゃぁ私が行くわ。良いかしら?」
「了解、じゃぁ柊さんが入り口を超えたら俺もすぐ後に続くから」
「じゃぁ私は着地したら、ぶつからない様にそのまま少し走りぬけるわね」
扉を潜る順番が決まり、柊さんは先程の裕二と同じ様に軽く助走を付けてから跳び上がった。そして俺も柊さんが扉を潜り抜けたのを確認し、扉目掛けて飛び上がる。
「ふぅ、無事に出られたな」
扉を潜り抜けると、少し離れた場所から3人が俺が出てくるのを少し残念気な眼差しで眺めていた。
「大樹、そこはほらさ? 大トリを飾るんだから、飛距離が足りずにとか、扉の縁にぶつかってとかないのか?」
「いや、そんなベタなお約束はいらないって……えっ? それを期待してたの、皆で?」
俺に向けられていた眼差しの意味に気づき、先程俺が裕二に向けていたものと同じような期待が向けられていたのかと気付いた。うん、どっちもどっちだな。
「それで皆、とりあえず地下の大空洞見学はこれで終わりで良いかな?」
「あっ、はい。勿論です、貴重な経験をさせて貰ってありがとうございます。確かにあんな大空洞が下にあったら、とても上にホテルなんかの建物を建てようとは思いませんね。最初から地下に空洞がある前提で設計していたのなら兎も角、普通に建てたら常に空洞が崩壊して倒壊する危険と隣り合わせのリスクを背負う事になりますから」
「俺もそう思います。あの大洞窟なら中をある程度整備して、観光資源にしておいた方が良かったんじゃないんですかね? 大人気とはいかないでしょうけど、通年で観光客の入りが期待できると思いますよ」
「私も観光雑誌とか旅行テレビ番組に載せて貰えれば、旅行代理店に見学ツアーとかに組み込んでもらえると思います。あの壮大な光景は、中々お目に掛かれないですし」
俺達が地下大空洞の誉め言葉を口にすると、湯田さんは軽い無念気な溜息を漏らしつつ俺達の意見に同意の声を上げる。
「やっぱり君達もそう思うよな。確かに発見当初は地下の大空洞を観光資源にという声もあったんだけど、行政がかかわる開発というのは当初の計画ありきというのが前提でね。余程の事が無い限り、当初の計画が推し進められる傾向にあるんだよ。ココの開発もそんな感じでね、リゾートホテル開発計画が設計変更で延期にはなっても、当初の計画通りにって動いてたんだ。そのせいで地下の大洞窟は埋めてしまえって意見も上がってたんだけど、この規模の大空洞を埋めるとなるとコストも凄い事になるって概算が出てた上、バブル崩壊で開発会社が倒産……継続不可となって計画自体が白紙に戻され、地下の大空洞も忘れ去られちゃったんだよ。大赤字を叩き出した不良債権物件だ、って後の世代に伝わっている形でね」
「それは……確かにそんな噂が残っている土地に手を出そうとする業者はまずいないか。行政だって昔失敗した開発計画を再開するなんて事も考えないかもしれませんね」
なぜ観光資源に出来そうな地下大洞窟が放置されているのか不思議だったが、それだけ手を出しにくい状況になっていれば放置されるよな。触らぬ神に祟りなし、といった感じで。
ココで利益を出そうとしている人達にとっては、だけど。
「でもそういう状況でしたら、俺達にとっては渡りに船といった感じですね。開発困難で縁起が悪い土地、他の人達にとっては手を出しづらいとなれば……」
「俺達の様な若者が購入……賃貸しても文句が出る事はなさそうですね。誰も手を出さない土地なんですし」
「それに洞窟を埋める計画があったというのなら、私達が中を多少弄っても文句は出なさそうですね。無論、大規模にやる時には許可は取りますけど」
俺達の言葉を聞き、湯田さんは何かを察したらしく小さく笑みを浮かべる。
そして軽く姿勢を正し、営業マンらしい口調で俺達に語り掛ける。
「それは良かったです。本日ご紹介させていただいた、当社ご紹介の物件、皆様のお気に召されたようですね?」
「はい。中々興味深い物件でした。是非この物件について詳しい説明をお聞きしたいですね」
「そうですか。では一旦事務所の方に戻り、詳しいご説明をさせて頂きたいと思います」
「よろしくお願いします」
裕二と湯田さんは互いにニヤリと笑みを浮かべつつ、握手を交わしていた。
うん、後は条件次第だけど良い物件が見つかったな。




