第45話 相棒の限界
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ダンジョン内で襲撃者と遭遇して数日が経った。
今俺が見ている朝のTVニュースで、ダンジョン内での探索者による強盗傷害事件が多発している事が報道されている。ダンジョン潜行で疲労困憊している探索者を計画的に襲撃し、ドロップアイテムを強奪すると言う手口だそうだ。全国のダンジョンで同様のドロップアイテムを目的とした強盗傷害事件が発生しており、どの犯行も似た様な手口で行われている事から、大規模な犯罪集団が裏に存在しているのではないかと言う疑いがかけられているとの事。幸い今の所、死亡者は出ていないそうだが……。
しかし、このままではいつ死亡者が発生しても不思議ではないので注意喚起と共に、警察とDPで合同捜査本部を設立し早急な事件解決を目指すとの事だ。
「お兄ちゃん……大丈夫?」
一緒に同じニュースを見ていた美佳が、心配そうに俺に話しかけてくる。確かにこんなニュースを聞けば、身内に探索者がいる家族としては不安にもなるか。
まぁ、もうこの犯行グループの一員と遭遇して、あっさり撃退しちゃってるけど。
「ん? このニュースの事か? ……まぁ、大丈夫じゃないか? 俺も来週から学校が始まるから、暫くはダンジョンにはいけないからな。その間に、事件も解決するんじゃないか?」
俺は安心させる様に、美佳に優しく話しかける。
この間とっ捕まえた襲撃犯をDPと警察が締め上げてるだろうから、もし繋がりがあればある程度犯行グループの情報が得られただろうしな。もしかしたら既に、犯行グループ確保も秒読み段階になっているのかも知れないと俺は物思いにふけた。
しかし、美佳には俺の言葉が些か無責任の様に聞こえたらしい。
「お兄ちゃん! もっと真剣に考えないとダメだよ! 犯人に襲われて助かったとしても、怪我をした状態でモンスターに襲われたら、死んじゃうかも知れないんだから!?」
「ああ、うん。そうだな……」
「そうだよ! この犯人グループが捕まっても、模倣犯とかが出て来たらどうするつもりなの!? 万が一の事も考えておかないと!?」
「ええっと……ごめん。そんなつもりで言ったじゃなかったんだけど……言い方が悪かったかな?」
凄い剣幕で怒る美佳に、俺はタジタジになりながら謝罪した。事態を軽く見ているつもりは無かったんだが……言葉って難しいな。
一度こんな犯行をするグループが出て周知されてしまった以上、模倣犯は必ず出てくる。これは断言しても良い。前例があると、不思議と人の理性のタガが外れやすく、良い事でも悪い事でも連鎖的に発生する事が良くある。
「ダンジョン協会だってこう言う事態は事前に想定しているだろうから、何らかの対策は施す筈だよ」
「……例えば?」
「そうだな……パーティー登録制度の導入とかかな?」
現在の所、ダンジョン探索の基本は探索者同士でパーティーを組んで行う物だ。ゲームではないので、ソロで探索出来る者などまず居ない。
何時、モンスターの襲撃やトラップが発動するのか分からない状況下で、多くの食料等の補給物資や戦闘毎に増加する荷物を抱えての長期間活動……単独活動には限界がある。故に、多くの探索者達はパーティーを組む。
「今でも、殆どの探索者達はパーティーを組んで探索しているんだ。パーティー登録をしないと、ダンジョンには入れないと言う事にすれば良い。今の状況を考えると協会がパーティー制度を導入しても、それ程大きな混乱は起きない筈だよ? 安全確保の為と言う大義名分をかざせば、殆どの探索者は反対しない筈だしね。普通にダンジョン探索をする探索者には、制度を導入しても殆ど不利益はないしね」
「そうかもしれないけど……それでも反対する人は出てくると思うよ?」
美佳の考える反対者って言うのは、俗に言う御一人様やパーティーを組む事が不利になると考える人達の事だな。
「万人受けする、“安全”と言う大義名分を掲げているんだ。反対だと言う輩には、何か拙い事をするつもりなのか?と投げかければ良い。そう聞かれて更に何か言うっていう事は、何かしらの企てをたてているって自己主張する様な物だ。マトモな意見以外の反対意見は、まず抑えられるよ」
「……確かにそうかも。でも、それがどうダンジョン内犯罪の抑止に繋がるの?」
「パーティー制度導入と共に、連帯責任制度を導入すれば良い」
「連帯責任?」
美佳は俺が言う連帯責任制度導入の意味がイマイチ意味が分からないのか、首を傾げる。
「連帯責任……つまり、パーティー登録したメンバーの誰かが、ダンジョン内で犯罪行為を犯した場合には、同じパーティーの属するメンバーにも何らかのペナルティーが発生するって事だよ」
「それは分かるんだけど……」
「連帯責任制度の主な目的としては、ダンジョン内での犯罪行動に対する心理障壁の作成かな? 何らかの犯罪行為を行った場合、仲間にも迷惑がかかるって考えれば、行動を起こす前に躊躇して一回立ち止まって考えるからね。そうなれば、安易に犯罪行為に走るのを踏みとどまる人が増える筈だよ」
「……未成年者が飲酒を躊躇うみたいに?」
「そっ。止める事は出来ないかも知れないけど、止まる切っ掛けにはなる」
飽く迄も、心理的抑止が目的だからな。
今のダンジョン内は、日本の常識に法った一定の秩序はあれど、無法地帯に等しい状況だ。治安組織の抑止力が無いぶん、非日常と言う意味で箍が外れ易い場所と言える。
「他にも、犯罪行動に走ろうとするメンバーを、パーティーの仲間達が止めるって言う効果も期待出来る。連帯責任と言うハッキリとした御題目があれば、メンバーも止めに動きやすいしな」
「……そうだね。お兄ちゃんの言う通り、単に仲間って言うだけだと止めるのに躊躇して、手遅れになるかもしれないね」
「何か明確な御題目がないと、色々なシガラミを考えて行動しないからな……」
ドロップアイテムの分け前だの、今後のメンバーとの対人関係だのと、揉めようと思えば揉めるネタは幾らでも有るからな。
しかし、安全と犯罪行為と言う御題目があれば大多数の者は止めに動くようになり、ダンジョン内の治安改善にもつながる。
「勿論、パーティーが丸ごと犯罪集団になるって言う事も考えられるけど、そうなったらそうなったで別に対処するしかないけどね」
こう言うのは基本、イタチごっこだからな。終わりは無い。
美佳との話し合い後、俺は裕二の家で重蔵さんの稽古を受けていた。 何時ものごとく、重蔵さんに斬りかかり掌で転がされているけど。
はぁ……マトモに一本入れられるようになるのは何時の事やら……。
2時間程の稽古を終え、道場で重蔵さんとお茶を飲んでいると、重蔵さんがふいに俺達に右手を差し出す。
「ほれ。持って来る様に言っておいた、お主らの得物を見せてみい?」
俺達は重蔵さんに言われ、持参した不知火らを移動用バッグから取り出し手渡す。
重蔵さんは手渡された俺達の得物を吟味し、全て見終わった後で溜息を吐く。
「丁寧に手入れされてはおるが……良くこの状態で今まで折れんかったのう?」
「「「……えっ?」」」
唐突な重蔵さんの言葉に、俺達は間の抜けた声を上げた。
行き成り良く折れなかったな、と言われれば誰だってこうなる。
「なんじゃ? お主ら、気が付いておらんかったのか? こいつらはもう、限界じゃよ」
重蔵さんが呆れ気味に、限界と言った理由を話してくれた。
重蔵さん曰く、不知火達もダンジョンでレベルアップを果たしているが、対象に刃が垂直には入っていない事が原因で俺達の力に耐え切れず疲労が蓄積しており、何時折れても不思議ではないとの事だ。
「まぁ、なんじゃ。名残り惜しいじゃろうが、このままコイツ等を使い続けるのは危険じゃ。新しい得物に交換する事を、ワシは勧めるぞ?」
「はぁ……でも」
確かに重蔵さんの言う通り、何時折れるとも知れない獲物を持ってダンジョンへ行くのは危険だ。新しい獲物に交換した方が良いのだろうが……一つ問題がある。
「今から、レベルアップしていない武器を使うのか……」
「そうね」
「ふむ」
レベルアップと共に、装備品もレベルアップしていくので、このタイミングでの武器交換は、かなり痛い状況だ。下手をすれば、使い捨ての様に、ダンジョンへ行く毎に、新しい武器を持っていく必要が出てくる。
出費の面で考えると、かなり痛い。
「このまま使う事は、出来ないんですよね?」
「出来ん事はないが……オススメはせんな。観賞用に取っておくのなら何も言わんが、実用品としてはもう限界じゃよ。そんな物を持って戦いに行くなど、死にに行くような物じゃ」
「そうですよね……はぁ」
一応確認に聞いては見たが、重蔵さんに使うなと釘を刺される。
本格的に困った状況になってきた。
「どうする? 新しい武器を調達するか?」
「今更、新しい得物って言われてもな……」
「そうね。レベルアップの件がなければ直ぐに賛成するんだけど……」
「「「う~ん」」」
俺達が武器について頭を悩ませていると、重蔵さんが助け舟?にある提案をする。
「……そうじゃ、お主ら。武器の打ち直しをしてみんか?」
「「「打ち直し?」」」
「そうじゃ。お主らの武器を一度溶かし、新しい獲物として打ち直すんじゃよ」
「えっ……と?」
それは……どうなのだろう?
溶かした時点で、不知火のレベルアップの効果が消えるのだろうか?それとも、新しい武器にもレベルアップの効果は引き継がれるのだろうか?聞いた事もない話なので、全くの未知数だ。
「打ち直しは、知り合いの刀匠に頼めばやってくれるじゃろう」
「……どうする?」
俺は重蔵さんの提案に乗るか、裕二と柊さんに確認する。
二人共、俺と同様に困惑した表情を浮かべていたが何度か話し合った結果、重蔵さんの提案に乗ってみる事にした。仮にレベルアップ効果が引き継がれていなかったとしても、新しい武器は手に入るのだからと。
「お願いします」
「うむ。早速、連絡を取ってみよう」
俺達は重蔵さんにお願いして、刀匠の人を紹介して貰う事にした。
重蔵さんが電話で席を外している間に、俺は武器に鑑定解析をかけてみた。
不知火+31・五十鈴+42・時雨+46・村雨+46
銘の後の+が、それぞれのレベルアップした回数だ。オーク狩りなどを頑張った結果、かなり成長している。
このレベルアップ効果が全て無くなるかも知れないと思うと……憂鬱だ。
「打ち直し……上手くいくと思うか?」
「どうだろうな? 誰かがやってみたっていう話は聞かないから、実際にやってみるまでは分からないぞ」
裕二の言うとおり、やってみないとわからない。はぁ……先行きが不安でしょうがない。武器のレベルアップ効果が消えたら、最悪素手で殴るかな?
そんな事を考えていると、電話を終えた重蔵さんが戻ってきた。
「待たせたの、お主ら」
お茶を一口啜った後、重蔵さんが口を開いたが表情が芳しくない。
「一応話はしてみたのじゃが、ここ半年で作刀依頼が多数舞い込んだらしくての? 数年は待って貰わねばならんとの事じゃ」
「数年……」
「元々あいつら刀工には、年に24本しか作刀してはいかんと言う決まりがあるからの。作刀依頼が多く入っとるのなら、数年待ちも仕方あるまい」
これも……ダンジョン熱の影響だろうか?
オーダーメイド品が欲しい探索者達が、作刀依頼を出したと言う事かな?
「アイツも、それなりに名が知られとる奴だからの。前はワシが頼めば引き受けてくれたんじゃが……忙しくて合間仕事を請ける時間がないらしい」
「そう、ですか」
となると、本格的にどうしよう?
打ち直しが望めないと知り、俺達が武器をどうしようかと悩んでいると、重蔵さんが含み笑いをしながら話を続ける。
「しかし、まぁ、方法がない訳じゃない」
「「「はぁ?」」」
「アイツの工房には、最近刀工になった新人がおるらしくての?そ奴の手なら空いておるから、そ奴に作らせるのならば良いとの事じゃ」
「はぁ」
新人……つまり賞などは取った事がまだ無い無名の人物と言う事だろうか?
「腕は確かじゃと言うアイツのお墨付きも出とるから、任せても大丈夫だとは思うが……どうする?」
重蔵さんの問いに、俺達は互の顔を見合わせる。数秒目を見つめ合った後、タイミングを合わせたかの様に同時に頷く。
「「「お願いします」」」
「うむ。それなら連絡を取ってみよう。アイツの紹介なら、話は直ぐに通るじゃろう」
その後、重蔵さんと刀匠の人との話はトントン拍子で進んで翌日、俺達は件の刀工の人と顔合わせする事になった。
疲労蓄積による使用限界で、得物の打ち直しです。
使用中に折れたら、事ですからね。




