第471話 ロマンの香がする物件
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今回の検証工事で感じた使えそうなスキルの話を一通り終え、俺達はお茶を飲んで一息入れる事にした。色々と話を詰め込んだので、桐谷さん達にも考えを整理する時間が少しいるだろうしな。
ダンジョン探索だけでなく、工事などでも使えそうなスキル自体は沢山あるが、スキルを使いこなせそうな探索者を確保できるかは話が別だ。実際にどの程度使えるかはっきりしない現状では、採用するにしてもリスクを慎重に検討しないと。
「……なぁ、広瀬君。スキル持ちの探索者を採用はしたは良いが工事現場でのスキル使用が許可されない、と言った事にはならないかな? 人材を雇用した後に、工事許可が下りないとなるとかなりの損失を被る事になるからね」
「……さぁ、その辺はどうなんですかね? 現状、探索者が私有地でスキルを使用する場合、ダンジョン協会に許可申請を行い関係各所の承認が下りれば使用可能という事にはなっています。ただしこれは、スキルのダンジョン外での練習を前提に定められてる決まりですので、企業が工事現場でスキルを利用する場合を想定した規定ではないので……」
「許可が下りるかは分からない、と?」
「はい。探索者がスキルを用いた工事はある意味、既存の工法とは違う特殊な工法に当たるでしょうから、工法自体の安全性が保障されていませんからね。スキルを使用する工法を検証した上で、安全性が確保されているのなら国からの許可が下りるでしょうが……検証には数ヶ月から数年かかると思います。あっでも、もしかしたらすでに探索者のスキルを利用した工法を検証している企業や機関があるかもしれないので、許可が下りる時期は早まる可能性はありますね。なんだかんだ言っても、ダンジョンが出現して1年以上たっていますから。国内外問わず政府なり企業なり、ダンジョン関連のモノは詳しく研究されてるでしょう」
そんな中での研究成果の一つが、コアクリスタル発電だと思う。アレもコアクリスタルの性質を調べてなければ、開発できなかった代物だろうしな。そしてドロップアイテムの利用法が研究されている以上、スキルの利用研究がされていないという事はないはずだ。国内におけるダンジョン探索の最前線を担っているのは自衛隊のチームであり、毎年のように自然災害が多く災害救助で派遣される自衛隊において、災害復旧工事などにおいて利用できる探索者のスキルの利用法を研究しない筈はない。
そう考えると、既に国では表立ってこそいないがスキルを用いた工法の検証が進んでいる、と思っても良いはずだ。
「……伝手を使って、その辺を探ってみるとするか。スキルの事を知れば考える事は一緒だろうから、利用法の研究を進めている所は何処かしらあるだろう」
「教えてくれるか分かりませんが、自衛隊関係が有力だと思いますよ。国内ではあそこが一番、ダンジョン攻略を進めている組織ですし、スキルの利用法も色々研究していると思います」
「となると……アイツにカマをかけてみるか。何かしらかの反応は見れるだろう」
「桐谷さん、変に突かないでくださいね? 向こうは国の組織ですし、守秘義務が課せられてるかもしれませんよ。嫌ですからね、俺らが示唆したからだ……とか疑われるのは」
裕二が少し焦った表情を浮かべつつ、不穏な呟きを漏らす桐谷さんに苦言を呈す。検証をやっている可能性が高いと言いはしたが、桐谷さんのカマかけが原因で俺達にも自衛隊から疑いの目を向けられたら溜まったものではない。
公にこそされていないがスキルを知る探索者なら誰でも思いつく事でも、態々突いてくるところがあれば不審の目で見て調べないといけない組織だからね、あそこは。
「ん? ああ、そうだね。確かに、まずは無難な所から調べていくとしよう」
「お願いします」
裕二の提言を採用し、安全な伝手から調べると明言してくれた桐谷さんに一安心する。調べられたら困るものを抱えている俺達としては、俺達にも飛び火しそうな変な事はして欲しくないからな。
開拓検証に関する報告も一通り終わり、俺達はこれからの事について桐谷さん達と相談を始めた。今回の検証は、桐谷さん達が探索者を活用した開拓の基礎的な知見を得るためのモノであり、俺達に紹介する土地の条件絞りの為である。
これまでの内見のお陰で検証前からある程度は借地候補は絞れていたので、候補を絞る最後の一押しを今回得たという感じだ。
「今回の検証結果を踏まえ、皆さんにご紹介しようと考えている物件がコチラになります」
そう言うと桐谷さんは、物件情報が書かれている書類の束から2枚の書類を取り出し、俺達の前に提示した。そして俺達がテーブルの上に置かれた2枚の書類に目を向けると、桐谷さんが軽く2つの物件の概要を説明してくれる。
「1つ目の物件は、山の中の物件になります。便数が少ない路線ですが、物件近くに駅がありますのでアクセスの方もそこまで悪くないと思います。また近くに小さいですが町があり、ホームセンターもありますので開拓物資の調達も比較的容易かと」
「……ウチの町からも、そこまで離れてはいないみたいですね。頑張れば自転車移動も出来そうです」
「皆さんの様な探索者の方なら、自転車での移動も可能だと思いますが……自家用車とかがあるとより良いと思います」
「それは、免許が取れる年齢になったら考える事にしますよ」
家から物件までは地図上で数十キロ離れているので、普通は自転車移動は考慮しない距離だよね。桐谷さん達もこれまで俺達の探索者基準の物件探しに付き合ってきたので、探索者ならまぁ何とかなるんじゃ?といった感覚になってる。少し返事に困ったような表情を浮かべているものの、驚いたり引き攣ったりといった表情はもう浮かべていない。
慣れたというべきか擦れたというべきか……桐谷さん達の常識も大分壊れてきているね。
「それで桐谷さん、そのホームセンターは購入した商品を配達ってしてくれるんですか?」
「軽く調べてみた所、配送料は掛かりますが届けてくれるみたいです。ただ……」
「山奥過ぎる所には配達できない……ですよね?」
「ええ。流石に未開地……最低でも車両が通れる程度の道がある所でないと届けてもらうのは難しいと思います」
配達してくれるとしても、開拓現場の手前までといった所だろう。開拓現場近くの道沿いに物資集積場、あるいは荷下ろし場を整備しないといけないな。借地が道路に接地していればいいが、そうでなければカモフラージュの為に、別に荷下ろし場の土地を借りないといけないかもしれない。
その点を裕二も疑問に思ったのか、桐谷さんに借地の立地について尋ねていた。
「桐谷さん、この借地は車が通れる道路に接していますか?」
「ええっと……大丈夫そうです。接してる幅は狭いですが、土地の一部が道路に接地していますね。借地に入る入り口にもなっていますので、切り開いて物資搬入路を作る事は可能だと思います」
「そうですか……じゃぁ物資の搬入には支障なさそうですね」
「大丈夫だと思います」
表だった物資搬入に支障が無いのなら、多少怪しさは出るだろうが開拓作業はかなり楽になる。作業スピード自体は探索者だからである程度誤魔化せるだろうけど、大量の物をどこからどうやって運び込んだ?という問題は誤魔化しきれないからな。
怪しまれずに作業できるというのは、メリットと言える。
「それと、この借地に隣接する道路の人通りはどの程度なんですか?」
「町から町へ移動する主要道路ではありませんし、近くに大きな工場や有名な観光名所も無いので、通る人も車もまずいないかと」
「ほとんど人目は無いと思って良さそうですね」
コレまで何件も内見を続けてきたおかげか、俺達が希望している要望のほとんど満たされている物件である。まぁ実地を見てみないと分からない事もあるが、書類で話を聞いた時点ではかなり好印象な物件だ。
広さもかなりあるので、練習場として申し分なさそうだしさ。
「そうですか。中々良さそうな物件ですね、実地を見てみたいですね」
「そうですね、書類だけでは分からない部分もありますので、実際に赴いて自分の目で確認するというのは大切ですよ」
俺達の色良い反応に、桐谷さん達も満足げな表情を浮かべていた。これまでの内見で苦労した分、普通の客が求める物件に対する要望と異なる俺達の要望にようやく応えられたという手応えを感じているのだろう。
特に湯田さんは俺達の内見に同行していた分、満足感はひとしおだろうな。
1件目の手応えから自信に満ちた表情を浮かべる桐谷さんは、意気揚々といった様子で2枚目の書類に記載された物件についての説明を始める。
「2件目の物件ですが、コチラは海岸沿いの岬の土地になります」
「岬ってあの、海に突き出してる地形の岬ですか?」
「はい、その岬です。最寄りの交通機関からは少し離れていますが、お陰で近くに商店も民家もありません。道も近くまでは通っていますが、行き止まりになっているので車も滅多に来ませんね」
「つまりこの物件は、岬丸ごと借地という事ですか?」
桐谷さんの説明を聞き、俺達は思わず2件目の書類を凝視する。
岬丸ごと?
「はい。この物件は雑木林に覆われた切り立った崖といったモノでして、利用が難しいとして手付かずの土地になっています」
「雑木林に覆われた切り立った崖の上……小さな小屋とか建てられる平地はありますか?」
「ありますよ。崖と言っても海沿いの場所が崖になっているだけで、大半は雑木林……切り開けば建物を建てる土地は確保できると思います」
「なるほど……と言っても、実際に現地を見てみないと何とも言えませんね。書類上では先程の物件より広くはなっていますが、ちょっとイメージが出来ないというか……」
俺も裕二と同様に、物件のイメージがわかず少し首を傾げる。岬と聞くと、突端に灯台がそびえ立つ岬……といった観光地になりそうなものが思い浮かぶが、流石にそんな所が紹介されるとは思ってはいない。海沿いの切り立つ崖……刑事サスペンスドラマのラストに出てくるような場所だろうか?
いよいよもって、紹介されている物件のイメージが分からなくなってきた。
「それじゃぁ、実際に見にいってみたらどうかな? この後はまだ時間あるよね?」
「えっ? ああ、はい。今日は1日開拓検証のつもりでしたので、時間の方は大丈夫です」
「じゃぁ湯田君に、この物件の内見に連れて行って貰うと良い。車で向かえばそれほど時間はかからないだろうから、イメージが分からないというのなら実際に見てくる方が良い。百聞は一見に如かず、というしね。湯田君、大丈夫だよね?」
「ああ、はい。大丈夫です。ココでしたら……内見する時間を含めて2,3時間で戻ってこれると思います」
物件に対するイメージがわかず困惑する俺達に、桐谷さんは内見してくれば良いと助け舟を出してくれた。確かに話を聞いて分からない以上、実際に物件を見てみるしかない。1件目の物件の方はこれまで内見してきた物件の延長線上の物なのでイメージは容易に浮かぶが、2件目の物件は……うん、見てみる方が早いな。
今日2度目の運転をお願いする事になった湯田さんに、俺達は申し訳ないといった表情を浮かべながら軽く頭を下げる。
「では湯田君、皆さんを内見に連れて行ってくれるかな。その間に私は、今日の開拓検証の映像資料の方を確認させてもらうよ。先程の報告でおおよその結果は把握できたが、実際にトンネルを掘る時の映像で見てみたい」
「分かりました。映像資料の方は未編集ですので見づらい部分もあるでしょうが、社長の机に撮影機材ごと提出しておきます」
「分かった。では湯田君、早速内見に出発してくれ」
「了解です。では皆さん、出発の準備をしてきますので少々お待ちください」
そう言うと湯田さんと桐谷さんは俺達に軽く会釈をしてから、内見へ向かう準備をする為に部屋を後にした。残された俺達は、紹介された物件の書類を眺めながら雑談をしつつ湯田さんが戻ってくるのを待つ事にした。
「岬か……実際、どんな物件なんだ? 全くイメージがわかないんだけど」
「観光パンフに乗っている様な綺麗な所じゃないだろうけど、雑木林があるという事はガレ場みたいな場所ではなさそうだしな。俺もイメージがわかないな」
「私もそうね。でも、桐谷さんが態々紹介してくれるという事は、そうそう変な物件と言う事は無いでしょう。コレから見にいくんだし、見てから判断しましょう」
実際に見てみないと分からない、そう俺達は結論を出し湯田さんが戻ってくるのを残りのお茶を飲みつつ待つ事にした。
さて、一体どんな物件なんだろうな?




