第470話 スキル持ってても使いこなせないと……
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直ぐに探索者資格持ちの社員を採用するべきか否かは、要検討案件だなと桐谷さんは少し難しそうな表情を浮かべながら言葉を漏らしていた。リスク込みの先行策か、出遅れ覚悟での慎重策か……まぁそこら辺の方針は桐谷さん達が考え悩んで出すべき事なので、俺達がなにか口出しをする事ではないかな。
少々話が脱線しかけていたので、裕二は軽く咳ばらいを入れてから話を元の流れに戻し続ける事にする。
「その辺の相談は会社の皆さんとしてみてください。聞かれたらアドバイス程度でしたら俺達にもできますが、流石に会社の方針を決める様な事には口出しできませんので」
「ははっ、そうだね。この件はまた後日、会社の者達と相談してみる事にするよ。現状だと情報不足で、早々答えが出せる問題でもなさそうだしね」
「じゃぁ、話を戻しますね。【土魔法】の説明は終わりましたので、次は【風魔法】の方を説明しますね」
「ああ、頼むよ」
裕二はスキルの説明を続ける。
「【風魔法】は文字通り、風を操る魔法です。まぁトンネル工事に使うので、何となく使い道は分かると思いますが」
「トンネル工事で使うのなら、やはり換気にかな?」
「そうですね。今回俺達が検証で掘ったトンネルはさほど長くなかったので大丈夫でしたが、コレが何十メートルも掘削が続いた場合、作業者は酸欠になるでしょうから必要だと思います。それとスキル使用者の練度次第ですが、トンネル内の気流を操作し工事で出る塵を効率的に外へ排出する事とか」
「設備を設置せずとも、換気が可能というのは心強いですね。未開拓地ともなれば換気設備を動かすために発電機器を持ちこむ、これだけでも一苦労ですし、動かし続けるには定期的に発電機の為の燃料も大量に持ち込む必要がありますから」
そんな大変な場所でも、探索者なら最悪身一つで移動できるからな。設備を運び込むためのコスト、レンタルの設備ならレンタル代、設備を維持運営するためのコスト……僻地であれば僻地であるほど、スキル持ちの探索者を雇用する方がコストが安くなる、なんて場合も出てくるだろう。
無論、工事期間中この仕組みを機能させようと思えばスキル持ちの探索者を2人3人と雇う必要があるが……。
「ただ、やはりスキル持ちの力量次第という点がありますので、該当のスキルを持っていれば誰でも担える、という訳では無いのでご了承を」
「了解だ。まぁその辺は、普通の資格や免許と同じと考えた方が良いだろうな。仮に同じ運転免許を持っている者が2人いたとして、初心者マークの免許持ちと、数年運転している免許持ちでは技量や慣れに雲泥の差が出るだろうからね」
「ええ、そんな感じと思って貰った方が良いと思います。まぁスキル取得直後でも、直ぐに使いこなせるという者はいるでしょうが少数派でしょう。ある程度スキル取得から日が経っている者を採用する方が、無難な選択だと思いますよ」
「まぁそうなんだろうが、どこにでも天才肌というやつがいるからな……そういう有能な人材を見逃すというのも惜しい」
有能だが希少な一点モノか、平均的ながら量を選ぶか……悩むだろうな。ただ……。
「高レベル探索者ならスペックごり押しで短期間でスキルの熟練度を上げる事も出来るでしょうが、初心者から中堅前あたりの探索者じゃ日数をかけて熟練度を上げるしかないですね。でも今の探索者の平均レベルから考えると、取得からの日数=熟練度と考えて良いと思います。仮に低レベル探索者でスキルの熟練度や技量が突出していたとしても、スペック的に長期時間の使用は難しいかと」
低レベルという事は、低EPという事でもあるからな。就職と同時に探索者を辞めて、レベル上げも辞めたとなれば使える回数にも制限が出てくる。いくら高い技量を誇るとはいえ、工事期間中の少しにしか関与できないともなれば……採用するかは考え物だろう。
なので、スキル持ちの探索者を豊富に確保できる現場なら問題ないだろうが、探索者の能力を当てにして少人数短期間で終わらせるような現場では採用不可じゃないかな?
「……そう言われると、確かに技量が高いだけでは採用しづらいですね。設備の代わりを担ってもらうのなら、最低でも作業時間中はスキルを使えるだけの持続力が欲しいですから。無論、実際に工事をするとなればスキル持ちの探索者は複数名揃えようとは思いますが、万が一事故が起きた場合は一人でもある程度の期間現場を支えられるのが望ましい」
「換気が停止するという事は現場の酸素がなくなるという事ですからね……人命に直結する問題ですから、その辺は慎重に検討される方が良いと思います」
「スキル持ちの探索者を採用する前には、何かしらかのテストを設けた方が良さそうですね」
何回使えるのか、どれくらい使い続けられるのか、どれくらいの技量を持っているのか……この辺りは把握しておいた方が良いだろうな。事前のスペック確認は、本人にとっても会社にとっても重要な事だ。
【風魔法】スキルの話がいち段落付いたところで、裕二は次のスキルについて説明をはじめる。
「じゃぁ次に、【洗浄】スキルについての説明ですが、これも文字通りスキル保有者が指定した対象を【洗浄】するスキルです。俺達もこのスキルを持っていますが、ダンジョン探索ではかなり重宝していますよ」
「【洗浄】か……どの辺の汚れまで洗浄できるんだい?」
「俺達が【洗浄】スキルを使うのはダンジョンでの使用が主ですので、一般的な汚れがどこまで落ちるのかはあまり検証していないので、知ってる範囲だけですけど良いですか?」
「勿論それで構わないよ、寧ろ使用者本人から使い勝手を聞けるいい機会だよ」
とは言われても、そのまま伝えても良いのかな……? 探索者がダンジョン内で【洗浄】を使う一番のタイミングといえば、結構アレなんだけど。
とはいえ、何も答えないわけにもいかないので、裕二は軽く息を吸って一般人にはドン引きされるだろうなと覚悟しつつ【洗浄】で落とした汚れの話を始める。
「そうですか。では一般的とは言えませんが、探索者がダンジョンで【洗浄】で落とす汚れで多いのは……モンスターの返り血や武器に付いた脂です」
「……はいっ?」
「ですから、モンスターの返り血や武器に付いた脂です」
「ええっと……」
裕二の【洗浄】で落とす汚れの説明に、桐谷さんと湯田さんがドン引きの表情を浮かべ絶句してた。まぁ一般的に思い浮かべる汚れ、ではないからな。
裕二は予想通りの反応に苦笑を浮かべつつ、汚れについて詳しく説明をする。説明が足りないと、変な誤解をされかねないからな。
「探索者がモンスターを倒して、ドロップアイテムを得ている職というのはご存知ですよね?」
「あっ、ああ、勿論」
「モンスターを倒す際、武器で攻撃するとよほどうまく倒さない限り返り血を浴びる事になります。基本的にモンスターは倒せば粒子化し消えますが、探索者や探索者が所有するモノに付着したモノに関しては消えませんので、下手な倒し方をすれば全身血塗れ状態ですね」
「「うわぁ……」」
裕二の説明を聞き、桐谷さんと湯田さんはその情景を想像し心底嫌そうな表情を浮かべていた。幸運な事に俺達は全身血塗れという状況にあった事は無いが、多くの探索者は1度か2度は経験した事あるかもしれないな。
「ですので、ダンジョン前の協会出張所には探索者が使えるシャワー室などの設備が整えられてます。民間開放初期の頃にも簡易的ですが、コインシャワー設備が設置されてましたからね」
「そう言えば、あの頃は全身血塗れの探索者をよく見たな……最近は如何にも新人さんて感じの探索者達がなっているのを偶に見るくらいかな?」
「最近は各モンスターの攻略法も研究されてるから、確り下調べをして準備を整えていれば全身血塗れ何て目には滅多にあわないわ。それに最近では協会が有料の【洗浄】サービスってのを始めたみたいだから、ダンジョン出てすぐ綺麗にして貰えるから、お金の無い新人さんでも無ければ全身血塗れの探索者を見る事は無くなったわね」
俺達3人は当時の状況を思い出し、微妙に嫌悪感を含む表情を歪めた。【洗浄】サービスとは、【洗浄】スキル持ちの人員を協会が用意して始めたサービスだ。何でも血塗れの探索者が施設内を練り歩く姿は不気味だと言われたり、特に街中にあるダンジョン近郊ではダンジョン帰りの探索者から凄い血の匂いがするという苦情が寄せられたとか。それに加え、血痕がついた協会設備の清掃も面倒だという事情もあり、導入されたサービスである。お陰でダンジョンを出た後、あまりに酷く血に汚れた姿で協会施設内を歩いていると、非難の眼差しが向けられるとか。
この辺も民間開放されてから時間が経った事で、改善に取り組んだ末にマナーが整い始めたといった所だな。
「……な、なるほど。確かにそんな状況であれば、【洗浄】スキルは重宝されるでしょうね」
「ええ、今では1チームに1人は【洗浄】スキル持ちが欲しいといった感じですね。まぁスキル自体が貴重品なので、高確率でスキル持っているのはだいたい活動資金に余裕が出る中堅以上からですけど。運が良いと初心者でも持ってるのはいると思います」
「なるほど……中堅以上の探索者なら持っている可能性は高いと。それで【洗浄】スキルは、血痕以外だとどの程度の【洗浄】力が? 出来れば一般的な汚れで教えて貰えると助かります」
「一般的な汚れですと、服にこぼした食べ物や飲み物の汚れ、汗染みに塵なんかも綺麗に落ちます。ただ、工事現場で良く付くという、燃料系や機械油系の汚れなんかは試した事が無いので分かりませんね」
機械系の汚れは一度つくと中々落ちないし、落とせたとしても大変手間のかかる汚れだ。幸か不幸か今の所その手の汚れに悩まされた事は無いので、【洗浄】スキルが効果あるのか不明である。
「工事に使うとなると、寧ろそれらの汚れが落ちるのかどうかの情報こそ欲しいですね。清掃や洗濯というのは、結構な時間やコストがかかりますから。それらが【洗浄】スキルを使える探索者がいれば解決する問題になれば、かなりの時間やコストの圧縮ができるようになります」
「それじゃぁ、近い内に試してみ……あっでも、もしかしたらもう他の探索者が試してネットに情報が上がってるかもしれませんよ? このスキル、特別隠すような貴重なスキルという訳では無いので」
「ああ、そう言えばそうですね。協会でも公開され利用されているスキルですし、落とせる汚れの情報がのってるかもしれません」
「自分で試す前に、まず調べてみましょうか。情報がのっているのなら、2度手間になりますし」
色々な汚れモノを集めるの手間だし時間も掛かる、誰かが試した結果が分かるのならそれで十分だ。余程特殊な汚れでないのなら、既に情報が出回ってそうだしな。
という訳で、どこまでの汚れなら落ちるかネット検索を掛けてみると……。
「【洗浄】スキルを使うと、大体の汚れは落ちるみたいだな。まさか歯に付いた歯垢も落ちてホワイトニングに使えるとか……ホントか、コレ?」
「さぁ? あっでも、カビ汚れの黒ずみ何かは無理って出てるね。微生物だから無理って感じなのかな?」
「意外に効果範囲が広いスキルだったわね、ダンジョンでの汚れ落とし位にしか使ってなかったのがもったいないスキルだわ。もちろん、効果や効果範囲が熟練度次第って問題はあるけど」
俺達はこれまで見落としていた【洗浄】スキルの意外な応用に、目から鱗が落ちる思いがした。どんなスキルでも、発想次第で化けるものだと改めて感心する。
そして調べた結果により、桐谷さんは俄然【洗浄】スキルの有用性に興味を示す。
「探索者を採用して工事をするなら、このスキルを持っている探索者を現場に1人は配置したいですね。1人いるだけで、手間のかかる清掃関係が全て省ける」
「でも桐谷さん。やっぱりスキルを使う関係上、それなりのレベルの探索者じゃないと回数は熟せませんよ。もし一人で作業現場の清掃関係を担うのなら、少なくとも中堅レベルの探索者じゃないと厳しいと思います」
「……そうなると、スキルを使う探索者を採用する場合は、中堅レベルの探索者に採用を絞った方が良いかもしれませんね。良いスキルを持っていても、仕事を熟せないのでは意味がありませんから」
「低レベル探索者を採用する場合に比べると雇用コストは上がるでしょうが、スキルメインで働いてもらうのならその方が良いかもしれませんね。無論、スキル持ちの低レベル探索者を採用し育て上げるのならば可能性はありますけど……」
まぁ低レベルで探索者を引退し就職しようとする者だと、就職後に必要だからといってもレベル上げに掛ける意欲は低いだろうな。意欲が低いのに会社の命令で仕方なく……うん、事故るか辞めるか訴えるかの結果に落ち着くだろうな。
スキルメインで働いてもらうのなら、素直に中堅レベルの探索者を雇う方が無難かもしれない。




