第468話 反省会は盛り上がる?
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山を後にした俺達は最寄りのファミレスで遅めの昼食を済ませた後、桐谷不動産へと戻って来た。今日の開拓検証会で得たデータをもとに、候補地の条件選定の為だ。
折角得たデータを有効活用しないと、ただ穴掘りと伐採をしただけの一日になって話にならないからな。
「皆さん、お疲れ様でした。今日は普段やらないような事を沢山やりましたし、大変じゃありませんでしたか?」
「肉体的疲労って意味ではそれほど消耗はしませんでしたけど、やっぱり普段やらないような新しい事をするというのは緊張で気疲れしますね。でも、普段やらない事をやれて楽しかったですよ」
「でもまさか、トンネルを掘る事になるとは思っても見ませんでしたよ。盛大に埃塗れになっちゃいましたしね」
「私も木の伐採なんて初めてしましたけど、アレって意外と面白かったです」
湯田さんは雑談を交えつつ、俺達をお店の応接セットに案内する。
「ははっ、そう言って貰えるなら幸いです。では、私はこれから社長を呼びに行ってきますので、少々お待ちください」
「はい」
そう言うと湯田さんは軽く会釈をした後、お店から出ていき上の階の事務所へと向かった。
入り口の扉が閉まり、湯田さんが駆け足気味に階段を上がっていく足音を聞き、俺達は軽く息を吐きつつ緊張を解いた。
「ふぅ。開拓検証って事で、どうなるかと思ったけどまぁ予想通りの結果になったかな?」
「そうだな。宝田さん達には少し悪かったけど、どのくらい動けるのか確認するのは大切だからな。いざ土地を買って開拓ってなった段階で、どうやるんだ?となったら目も当てられないからな」
「そうね。一度実際に体験してみるというのは大切よね。生木をそのまま使うとまともな建材に出来ない、なんて話初めて聞いたから事前にそんな話を聞けてなかったら、折角建物を作ったのに原因不明の倒壊が起きた、なんてことになりかねなかったわ」
途中で無我夢中……淡々と作業的に掘削し続けたらまさかトンネルを作る事になるとは思わなかったけど、やろうと思えば出来るかな?と思っていたことが本当に出来るというのを実証できたというのはかなり大きい。それもスキルを使わずに、だ。
スキルと併用すれば、今回以上の開拓ができるだろうな。
「そうだね。……借りる練習場の土地が決まったら、私有地でのスキル利用申請や建築確認申請の作り方を勉強しないと」
「そうだな。一言で山の開拓と言っても、好き勝手に切り開いたり出来なくて、色々な申請を届け出ないといけないってのが分かったのが今回の検証で得られた一番の成果かもな」
「そうね。自分達の土地だからって好き勝手に開拓した後に、無届けなので撤去や原状回復してください……とかって事態になってたかもしれないもの。事前にこうやって知る事が出来て本当に良かったわ」
色々な作業に申請が必要なモノがあるという事を知らずに開拓をやっていたら、柊さんの言う様に役所と侃侃諤諤のやり取りをする事になっていたかもしれないな。最終的には負ける事になるんだろうけど、気持ち的に反発の一つもしたくなるだろうし。
とはいえ、事前に知る事が出来たのなら規定通りの書類を揃えて提出すれば済むだけの話だ。
「まぁ今回の検証は自分達にも得られることが沢山あった、って事だね」
「そうだな、勉強不足を実感するよ」
「でも知らない事を知れたなら、改善する事が出来るわ。違法建築だ無許可開発だと言われない様に頑張りましょう」
俺達は軽く開拓検証会の反省会をしつつ、湯田さんが戻ってくるのを待った。
暫く応接セットに腰を下ろし待っていると、桐谷さんといくつかの資料と人数分のお茶を持った湯田さんがお店に戻って来た。桐谷さんの表情が、少し引き攣っている様な感じが見え隠れしているのは気のせいだと思いたい。
恐らく、湯田さんから今回の開拓検証会の簡単な説明を受けた結果なのだろう。ココに来るまでに頭を切り替えたのだろうが、俺達を前にし僅かに隠しきれずに漏れ出してしまったという感じかな?
「皆さん、今日はお疲れ様です。湯田君から軽く説明を受けましたけど、大暴れだったそうで……」
桐谷さんは笑顔を浮かべ直した後、俺達に冗談交じりに慰労の声を掛けてくれる。
すると裕二が苦笑を浮かべつつ、穏やかな口調で返事をする。
「大暴れって……まぁ確かに大暴れしましたかね。自分達としても、まさかトンネルを作る事になるだなんて、思っても見ませんでしたね」
「私も湯田君にトンネルの話を聞いた時はまさかと思いましたけど、証拠の映像を見せられましたからね。正直、我が目を疑いましたよ?」
「俺達だってそうですよ、無心になって穴を掘っていたら掘り抜いた時は……はぁ?って気持ちになりましたからね」
「暗闇に差し込む一筋の光が……って、やつですね」
どこか心ここにに在らずといった感じの裕二の話を聞き、桐谷さんは軽く頬を引きつらせながら感想を口にする。
どこの映画のワンシーンだ、と声を出したい事態だったねアレは。アレには、無心に作業していた俺達も衝撃で正気に戻ったしさ。
「ええ、中々体験できない貴重な経験をさせて貰いました」
「そう、でしょうね」
「ですがお陰で、やる気を出せば出来ない事は無いと思えましたよ」
「いや……流石に普通こんな短時間でトンネルを掘る事は出来ないと思いますよ?」
前向き?な裕二の言葉に、桐谷さんはどう返して良いか少し呆れた様な表情を浮かべながら苦笑を漏らしていた。
そして桐谷さんと湯田さんが応接セットに腰を下ろし、全員にお茶を配り終えたところで本格的に反省会が始まる。
「ではまず、今回の開拓検証会の流れの方から改めて確認させていただきます。今回の検証会では広瀬さん達探索者の方々の力を、どの程度開拓作業に生かせるかを確認する為に行われました。最初に行ったのは運搬可能な荷重量の検証です。コレは用意していた土嚢袋が足りなくなり、最大荷重量の検証は出来ませんでしたが、1トンは確実に運搬可能かと」
「……ちゃんとした数字にしてみると、我が事ながら凄いですね。単位がキロからトンに代わってますし」
「乗用車は分かりませんが、この数字だと軽自動車なら背負っての運搬も可能ですからね。そこそこ重量があるという程度の開拓機材であれば、皆さんなら問題なく運び込めますよ。発電機とか建材加工用の電動工具とか」
「それだけの開拓用の荷物が運搬可能なら、道なき道の先の土地でも開拓できそうだな。未開拓地を開拓する場合、開拓資材をいかにして運び込むかが最初の問題だ。ヘリなどで空輸などという方法もあるが、コストの問題や着陸場所の確保の問題で最初の拠点確保は人力というのが殆どだしな。探索者を雇う事で、その問題が大幅に改善し解決するなら、今まで敬遠されていた到達困難地の開発も可能になるかもしれない」
桐谷さんは検証結果を聞き、広がる新しい商売の可能性に野心的な表情を浮かべていた。開拓コスト問題が解決できるのなら、これまで有効活用が出来ないとされ二束三文の価値が無かったり塩漬けにされていた土地に商品価値が出てくる。
即ち、探索者の土地開拓への活用が本格化する前に商品価値が無いとされる土地を抑えて置けば、大儲け出来るという事だからな。これまでは俺達の証言を根拠に少々あいまいな部分もあったが、明確な数字で根拠が示されれば商売として動き出す切っ掛けにはなる。
「はい。運搬能力だけを取ってみても、探索者では無い一般的作業者とでは文字通り桁が変わってきます。運搬作業の回数が減るだけでも人件費を抑える事が出来ますし、大量の作業道具を運搬できるのなら作業効率も上がり工期を圧縮する効果も期待できるかと」
「短期間低コストで開拓が可能となれば、今まで見向きもされなかった土地にも価値が出てくる。うん、この結果だけでも十分に先が見込めるな」
桐谷さんは小さく口元を緩めた笑みを浮かべ、小さく何度か頷きながら考えを巡らせていた。
捕らぬ狸の皮算用にならないと良いんだけど……と思っていると、裕二が釘を刺す様に意見を口にする。
「桐谷さん、この結果はあくまでも俺達の場合です。探索者の平均値とは言えないので、複数人からデータを取ってから結論を出した方が良いですよ。高レベル探索者の場合、開拓地で荷運びをするよりダンジョンに潜った方が儲かるので、開拓に参加してくれそうな探索者は低~中レベル帯の探索者が主力になると思います。そのレベル帯の探索者のデータを取らずに動き出すと、思っていた能力より低い!って事になるかもしれません」
「うん!ああ、そうだね。確かに今の段階だとデータ不足だ、結論を出すのは時期尚早か。ありがとう、少し先走って舞い上がっていたかもしれない」
検証結果に驚きつつも将来性に高揚し先走りかけていた桐谷さんは、裕二の指摘で冷静さを取り戻し湯田さんが示すデータを改めて精査し始めた。
「広瀬君、このデータにある様な数字を新人……中堅の探索者は出せるかな?」
「新人は難しいと思いますが、中堅レベルに足を踏み入れている探索者なら半分位の数字はいけると思います。以前探索者関係のイベントで新人を抜け出した位の探索者が、大型のバイクを一人で持ち上げたと聞いた事があるので」
俺が以前教えたイベントで見た話を裕二が証言すると、桐谷さんは半分かと少し残念気な表情を浮かべていた。そんな桐谷さんの姿に、俺達は軽く頬を引きつらせつつ少し気まずい表情を浮かべる。
いや桐谷さん、半分と言っても500キロはありますから。俺達と関わったせいで若干常識が麻痺してますけど、一般人と比べたら十分すぎる数字ですからね?
「……成る程、確かに色々なレベル帯の探索者に協力して貰いデータを取った方が良さそうだ」
「是非そうして下さい。もし開拓事業をするなら、人材の募集要項に何レベル以上という採用基準を設けた方が良いと思います。探索者のレベル自体は、ダンジョン協会の方で計測出来ますから」
「探索者作業員の質を揃えるのなら、そういう採用基準を設けるのが有効でしょうね……」
「はい。探索者を引退した人が再就職を考えた場合、前職で得たスキル?を活かせたらと思うでしょうから集まりは悪くないと思います」
コレから探索者は年々増えるだろうし、それに比例して怪我や実力不足が原因のドロップアウト組も増えるだろうから、別分野で前職のスキル?が生かせる仕事があるなら応募する探索者は少なくないと思う。
殺伐としたダンジョン生活に嫌気がさした元探索者が、田舎でのんびり開拓生活……あれ?意外と人気が出そうな気がするぞ。
「現役探索者の引き抜きが出来ない以上は、その辺の人材を確保するしかないからね……それなら転職を前提に引退時期を見定める探索者の為にも、採用レベルを定めるのは悪くないかもしれない」
「採用レベルの線引きが明確なら、そのレベルまでは頑張って転職しようと考える探索者が多く出るかもしれません。もしかしたら就職に有効な一つの資格として取得する為に探索者になる……といった人達も出てくるかもしれませんね」
再就職の際に前職の経験やスキルは役に立たないので不要ですと言われると、それまでの努力を否定された気になりやる気も失せるだろうからな。それなら採用に必要な資格?の基準が明確であれば、求められる力が自分にはあるので力になれると感じやる気を出して貰う方が良いに決まっている。
やる気が削がれた元探索者より、やる気がある元探索者の方が良いよな。
「なるほど、まずは基準作りに力を入れた方が良いかもしれないね」
「自分もその方が良いと思いますよ。こう言っては何ですが、自分達のデータは採用を考えるレベル帯の探索者の基準としては使えないと思います」
「……そうなんだろうね」
裕二の意見を聞き、桐谷さんは軽い溜息を漏らしつつ湯田さんに次の話題に進めてくれと視線で促した。
そしてそんな指示を受けた湯田さんも、少し表情を引き締めつつ口を開いく。
「はい。次に行われた検証は岩壁を利用した掘削力の検証です。コレは開拓に必要な道を通す際に、障害物となる山や岸壁を掘削し通す事が出来るかの検証の為に行われました。結果は……短時間で岩塊を貫徹し人が通るには十分なトンネルが開通しました」
「……コレと同じ事を、新人探索者がやれる訳ないか」
「新人どころか、中堅探索者でも身体能力のみでは無理だと思います。今回検証に使った土地はスキルの使用申請が許可された土地では無かったので、俺達もスキルは使用しませんでしたけど。まぁ、適したスキルを使えるのなら新人や中堅レベルの探索者でもより短時間で同じ事が出来ると思いますよ」
短時間で同じ真似は無理だろうが、新人や中堅レベルの探索者でも時間を掛ければスキル無しでも出来ると思う。
そんな裕二の意見を聞き、桐谷さんと湯田さんは信じられないといった表情を浮かべる。
「スキルを使えば、新人や中堅レベルの探索者でも同じことが可能なのか?」
「出来ると思いますよ。魔法スキルを使えば、モノによっては一瞬で短いトンネルとかは作れるんじゃないんですかね?」
「「……」」
桐谷さんと湯田さんは唖然とした表情を浮かべながら、暫しの間凍り付いたように動きを止めた。
まぁそんな魔法が使える新人探索者なんてまずいないだろうから、あまり考慮に入れる必要はないと思うけどね。




