第467話 開拓検証終了
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新見さんの常識をゴリゴリと削った伐採実習?は、少し広めの空間を作った段階で終了となった。俺と裕二も切ったので、合計で10本ぐらい伐採したかな。
枝打ちと運びやすい長さに分割する事を含め、30分もかからなかったけどさ。
「……取り合えず、今日の伐採はコレで終わりだ」
「「「お疲れ様です」」」
「いや本当……疲れたよ、精神的に」
新見さんは心底疲れたといった表情を浮かべながら、呆れと若干の虚ろ気が混じった眼差しで伐採し終えた場所と切り倒され並べられた木々を眺めていた。
なんか伐採を始める前と比べて、新見さんが2,3歳程年を取ったように感じるのは……気のせいだよな。
「何か上に建物を建てたり広場にするのなら伐根して平地にした方が良いんだろうが、流石に伐根は何の器具も無しにやるには難易度が高い。これぐらいの太さの木でも、チェーンブロックや油圧ショベルが必要になるからな。無論、根の周りの土を全て掘り起こしてって方法もあるけど、かなり広範囲に掘り起こす必要があるから時間が掛かる。それに、こういった山や森の場合、放置して自然に養分になるのを待つというのが一般的な方法だ。下手に抜くと、土砂災害の原因になったりするからな」
「根っこが山の地面を支えているというやつですね。人力では引き抜けないんですか?」
「根っこは目に見えてる範囲よりさらに広い範囲に張っている、こういった森などの木々が密接している場合は他の木の根っこと絡み合っている場合があるからな。するとより引き抜きづらい上、下手な抜き方をすると本来伐採する予定の無い木の根っこまで傷をつけて立ち枯れさせる可能性も出てくる」
「なるほど、了解しました」
裕二が新見さんにもう少し突っ込んで話を聞いてみると、どうやら一般的に林業では伐採までで伐根まではあまりやらないらしい。木々が成長し過ぎている場合は伐根するそうだが、土地が緩み土砂災害につながる要因になるので十分に検討したうえで行うとのこと。
まぁそういう訳で、今回は伐根しないで終了となった。
俺達は一旦休憩をとる為、車の所まで戻って来た。休憩をとるほど疲れてはいないのだが、宝田さんを始め専門家3人の精神的疲労で一杯一杯みたいだったからな。
どうやら俺達の作業風景は、衝撃映像の連続だったらしい。
「少し休憩を挟んでから、建築に関する簡単な基礎を学んで貰います」
「了解です。笹森さん、よろしくお願いしますね」
「ああ、うん、コチラこそよろしく」
湯田さんに休憩後の流れを説明されたので俺達が笹森さんに軽く会釈すると、笹森さんは軽く引きつった表情を浮かべつつどこか自信無さげな声で返事をしてきた。まぁコレまでの成果?を考えると、自分の教える時もとんでもない結果が出てくると思っているんだろうな。
そして休憩を終えた俺達は、木々が生えていない平地に移動した。
「それじゃぁ、建築の実習?を始めようか」
「「「よろしくお願いします」」」
休憩を挟んだことでどうにか立て直した笹森さんは、俺達を前にし教師と言った感じで話し始める。
「建物を建てる場合、まず初めにするのは建築確認申請を役所に届ける必要があるかどうかの確認だ」
「建築確認申請、ですか? ここ、人里離れた結構な山奥なんですが……」
「人里離れた山奥でも、建築確認申請が必要な場合は多いね。無論、建てる場所や規模、構造なんかによっては必要が無い場合もあるけど、勝手に建てた後に撤去命令なんか出されたら泣く泣く撤去しないといけなくなるよ?」
「それは……いやですね。苦労して作ったのに壊せと言われるのは」
俺達の脳裏に、完成すると同時に役所の職員さんが撤去命令と書かれた用紙を突き出してくる光景が浮かんだ。ついでに、八つ当たり気味に小屋に攻撃を放ち一分と掛からず瓦礫の山に変える俺達の姿も。
なので、事前に確認するだけでそんな未来を回避できるのなら、笹森さんの言う様に最初に確認はやっておくべきだろう。
「そういう訳だから、小屋を建てる場合はまず建築確認申請の提出が必要かどうか確認する様に」
「はい」
「じゃぁ申請が終わった後の話をしよう。建築確認申請が通ったら最初にやるのは基礎工事だ。ココがしっかりできていないと、せっかく建てた建物が傾いたり倒壊したりする危険が出てくるからな」
「基礎って、家を建てる時に作るコンクリートで作るヤツですよね? アレって大量にコンクリートが必要だから、こんな山奥じゃ難しいんじゃ……」
ココへ来るまでの道のりを思い出しながら、俺達は渋面を浮かべる。コンクリートで基礎を作るとなると、規模によってはミキサー車が何台も必要になるだろう。だがここへ来るまでの道のりは、とてもでは無いが大型車が通れるような幅の道ではない。もしミキサー車を通そうと思えば、基礎工事の為に道幅の拡張工事が必要になるレベルだ。
流石にそこまでの大規模工事をしたいとは思わないな……。
「確かに全面的にコンクリートを大量に使う基礎もあるが、独立基礎という柱一つに対し一つの基礎というやり方もある。こちらの方が比較的手間が減るやり方なので、こういった山奥ではこちらの方が良いだろうな」
「独立基礎……古い神社の柱が大石の上に乗ってるやつの事ですか?」
「そうそう、それ。今時だと、コンクリートブロックを独立基礎として使ってたりする場合もあるね。ただしコレは建築確認申請の届け出が必要な場合、法律的に使用がダメな場合があるから気を付けないといけないよ」
建築確認申請が要らない、雨風を凌げる程度の緊急避難的小さな建物や、開拓道具を仕舞う物置的なモノしか作れないって事か。住居的な建物の建築は難しそうだな。
つまり本格的に建物を建てたり開拓するのなら、まずは道幅拡張工事から始めなければならないって事だな。山奥を開拓するためには、まず大規模工事から……いくらかかるんだって話だよ。
「分かりましたけど……色々と規制がありますね」
「建物自体の安全性確保と、その建物を使う人の命を守る為の規制ですからね。素人が適当な作り方で建物を粗製乱造し、倒壊の危険がある建物を大量に作られても困りますから」
「なるほど」
笹森さんが言う事はもっともである。大量に作られた危険な建物……無人家屋が放置され倒壊の危険がってニュースを見た事あるな。素人が何の規制も無く適当に建物を作ったら、それと同じ類か。
確かに困る問題でしかない。
「とはいえ、物置小屋程度の小さな建物なら独立基礎も使って問題ないかな。何LDKの平屋とか、何階建てのとか言い出さなければ」
「今の所、山の中に住む気は無いのでそんな建物はいりませんよ。建てるとしても物置小屋や、雨宿りが出来る避難所ぐらいですかね」
「それが良いよ」
余り大物は作るなと忠告をくれる笹森さんに、裕二は苦笑を浮かべながら顔を左右に振りつつ返事をした。俺達が欲しいのはあくまでも練習場なので、別荘地を作る予定はない。
まぁ練習場が不要になって土地を転売する時なら、付加価値として数LDKの建物が建てられる様に開拓しておいた方が良いかもな。
「さて、基礎の話はここまでにして建材の話をしよう。君達が手に入れられる建材は大きく分けて2つ、自分達で木を伐採して建材を作る、もう一つは材木屋やホームセンターで購入するかだね。無論、ログハウスのキットやプレハブを購入して使うのもありだけど……」
「折角開拓しようって話ですし、作るのなら自分達で材料調達から……ってのが良いですね。勿論、自力調達が難しいモノは購入しようとは思いますけど」
「それが良いね。ただ、自分達で木を伐採してから建材として使える様にするまでには結構な時間が掛かるから、急ぎたい場合は建材として製品化されたものの購入を検討した方が良いかもしれないよ。モノによっては、伐採から建材として使える様に乾燥させるだけで半年以上かかるものもあるからさ」
「半年以上ですか……」
笹森さんの説明に俺達は驚きつつ、流石に半年も使えないというのは考えてもみなかった。今回の実験から考えて、俺達の開拓スピードであれば半年の空白期間は長すぎる。半年も伐採と掘削に専念していたら、山はハゲ山になった上、坑道で穴ぼこだらけになってしまう。掘削した廃土を捨てる場所があるのなら、小山なら更地に出来るかもしれないな……。
「木の中に水分が多く残っていると、建材に加工しても反ったり曲がったりするからね。ホゾと継ぎ手を使って作るのなら、加工しても誤差が大きいと上手く組み立てられなくて使い物にならないんだよ。床や壁に使ったとしても、自然に板と板との間に隙間が空いたり反り返ったりとかね」
「それは……流石に使えないですね」
組み合わせた木と木の接合部分が外れたり、壁に隙間が空いて雨や隙間風が入り込んだりするのは嫌だな。せっかく作った小屋なのに、倒壊の危険性が完成と同時に付きまとう欠陥建築とかさ。
「自分としても、生木の建材使用はお勧めしないね。反りと反りが悪い方向で合致したら、簡単に倒壊するような建物になるからさ」
「ですよね。でも半年か……」
半年待つ位なら、材木屋さんからの購入かな?
コレは後で3人で相談の上、要検討だな。
「使用する材木については、後で皆と相談してみます」
「よく検討してみると良いよ、2x4材木とかはホームセンターとかでも売ってるしさ」
「はい」
この後笹森さんに加え新見さんも参加し、どういった材質の木材が建材として適しているかを教えて貰った。ついでに新見さんに今回伐採した木の乾燥について話を聞いたところ、最低でも建材として使用可能な状態にするまで、自然乾燥の場合は最低でも3,4か月はかかるだろうとの事。
うん、やっぱり建材は購入するのが素人としては無難な選択かもな。
一通り建築に関する基礎知識と木材加工の実習を経て、笹森さんによる講習は終了した。持ってこれた材料も少なかったので、本格的な建築をとはならなかったが基本的な知識と技術は教えて貰えたかな?
後でハウツー本というか、建築の流れを纏めたテキストをくれるとの事なので自分達で調べ試してみるしかない。
「お疲れ様です皆さん、コレで今日の予定は一通り終了です。広瀬君達も慣れない作業の連続で疲れたでしょうが、皆さんの協力のお陰で良いデータを得る事が出来ました」
「ああ、いえ。普段経験できない事が経験出来て楽しかったです」
「それは良かった」
「楽しかったのか……」
裕二と湯田さんのやり取りを聞いていた宝田さんが、思わずと言った感じで少々呆れの色が含まれた言葉を小声で漏らしていた。まぁ宝田さん達からすると、今まで持っていた常識がガラガラと音を立てて崩れていく日だったろうからな。
それを実行した者が楽しかったの一言で済ませたら、それは愚痴の一つも漏らしたくなるか。
「宝田さん、新見さん、笹森さん、本日は当社の探索者による開拓検証にご協力いただき誠にありがとうございました。皆さんのご協力のお陰で、スムーズにデータを収集する事が出来ました」
「あっ、いや……こちらとしても貴重な経験が出来たよ」
「私もそうですね、今後について考えさせられる1日になりましたよ」
「ははっ、常識というモノは日々変わっていく物だと実感させられましたね」
湯田さんのお礼の言葉に、専門家3人は愛想笑いを浮かべながら言葉を交わしていた。彼等からは疲れ切ったという雰囲気がにじみ出ており、早く帰って寝てしまいたいという考えが見て取れる。
まぁ散々常識を壊される経験をしたのだ、気持ちを整理する為にも一晩ぐっすりと寝てしまうというのも良いだろうな。
「皆さんにはまたご協力をお願いする事もあると思いますので、その時はよろしくお願いします」
「ははっ、スケジュールが合えば是非」
「そうですね、またのお声がけがされる時をお待ちしていますよ」
「楽しみにしていますね」
「ありとうございます」
専門家3人は軽く引きつった表情を浮かべて返事をしているので、明らかに社交辞令と分かるが湯田さんは嫌な顔一つ浮かべずに定型文的挨拶を返していた。
……うん、まさに大人の会話だね。
「それでは本日はこれで解散となります、皆さん本日はお疲れ様でした!」
「「「「「「お疲れ様でした」」」」」」
湯田さんの締めの言葉を合図に、大幅に予定時間を短縮し探索者による開拓検証は終了した。
そして俺達は専門家3人の車が出発したのを見送った後、湯田さんが運転する車に乗って桐谷不動産の事務所へと向かう。事務所に帰ったら今日の反省会だが、まずは遅めの昼飯からだな。




