第466話 効率的な伐採?
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想定通りと言えば想定通りの光景に黄昏れる新見さんを横に、柊さんの一太刀?で幹の半分ほどまで切られた木から小さく何かが弾けるような音が聞こえてくる。まだほんの小さな音なので、この音を聞き分けられているのは多分、俺達3人だけだろうな。
まぁ斧の刃渡りの関係で幹を切断するまでには至っていないので、このまま倒れるという事はなさそうだけどさ。
「……新見さん、こんな感じで良いですか?」
「……良いといえば良いんだけど、こう何と言ったらいいのか分からないね。斧でこんなに綺麗に切られる?とさ、もうこのまま切り倒せるんじゃないかな?と思っちゃうよ」
「出来なくはないと思いますけど、この斧だと刃渡りが幹に対して短いので切断はきついですね。位置を調整して水平方向に切れば、三角形の受け口は作れますよ?」
「刃渡りが長ければ一刀両断出来るって聞こえるけど……うん、君らなら出来るんだろうな」
新見さんは柊さんが持つ斧と深い切れ目が入った木を交互に眺めた後、どこか達観したような表情を浮かべながら納得するように何度か頭を縦に軽く振っていた。
そして数秒間を開けた後、新見さんは表情を引き締め直してから口を開く。
「まぁ君らなら出来るとは思うが、何の準備も無くソレはやらない様に。いきなり根本付近の支えを失うと、木がどの方向に倒れていくか分からなくなるからね。仮にソレをやるとしても、ロープなどを使って事前に倒したい方向に引っ張って力をかけてからするように」
新見さんの意見はもっともだと思う。事前に受け口を作る事で重心の傾き易さを整え木を切り倒す方向を制御している以上、一太刀で木を切断しては重心が傾く方向は木自身の重心バランスの傾きにゆだねる事になるからな。ロープで事前にテンションをかけておくなどの下準備をしていないと、一太刀で切断するのはどの方向に倒れるのか分からずギャンブル過ぎる。
なので柊さんは、問題を解決する為に手っ取り早い代案を新見さんに提示する。
「分かりました……けど、幹を切断した直後に木を倒したい方に向かって蹴り倒すのではダメですか? 事前にロープを用意するとなると一手間増えますし」
柊さんの提案に、俺と裕二も軽く頷き同意する。一々ロープを張るより、蹴りを一発入れるのが俺ら的には一番楽な解決策だからな。ロープや受け口作成などの下準備も要らず、即実行可能な効率的な方法だ。
そんな提案に新見さんは一瞬目を見開き呆気にとられたような表情を浮かべていたが、俺達が至って真面目に提案していることを察し右手を顔に当てながら天を仰ぎ見る。
「うん。流石にそんな方法は試した事ないから何とも言えないけど、それが出来るのならそれでもいいのかな……」
新見さんは何とか絞り出したような声で、可もなく不可もなくといった玉虫色な回答を口にした。まぁ新見さん本人が言う様に、そんな伐採方法はやった事ないからどう答えて良いか分からないだろうからな。
こればっかりは、実際にやってみるしか答えを出す方法は無いだろうな。
「じゃぁ、この後にやって見ても良いですか? 出来るのなら、そちらの方が作業効率は上がりますし」
「まぁ、物は試しにやって見るのは良いかもしれないな。ただし、安全確認は最優先で」
「分かりました。じゃとりあえず、この木は教わった手順で作業を続けますね」
根負けと言うか、もうどうにでもなれと言った雰囲気を感じるが、新見さんは柊さんの提案に頷いてくれた。自分の持っている常識が崩れていく真っ最中で、他に気を回す余裕が無いといった感じだろうな。
そして柊さんは新見さんに軽く作業続行を宣言した後、幹に刻まれた切れ目を確認してから少し立ち位置を変え、斧を斜めに軽く振り上げ一気に振り抜く。更に。
「次は水平にもう一回」
柊さんは木の幹に交差するように刻まれた2本の斜めに入った切り目を確認し、素早く水平に斧を構え振り抜く。そして仕上げとばかりに、斧の背の峰で切れ目の入った幹の一部を軽く叩くと……。
「……綺麗な断面の受け口だね」
大した抵抗を感じさせることも無く、綺麗な切断面が見受けられる三角形の木片が幹から取れ地面へ落ちた。新見さんが言う様に、先程新見さんが手本としてやって見せた時のガタガタに抉られた断面とは違い、柊さんが作った受け口はとても斧で作ったとは思えないほどきれいな平面で出来た受け口だった。
そして口では褒めているが、新見さんが頭痛そうに目頭を揉んでいるのは気にしないでおこう。
「あとは反対側に切り目を入れれば?」
「ああ、それで木は倒れていくはずだ。上手く倒れて行かなかったら、受け口の反対の切り目にクサビを打ち込んだりするんだが……まずは切れ目を作ってからだな」
確認を終えた柊さんは幹に出来た受け口の反対側に回り、斧を水平に構え受け口の真ん中に切り目が出来る様に狙いを定め……一気に振り抜いた。
だが。
「……新見さん、木、倒れませんよ?」
「そうだね、微動だにしないな。上の方の枝が引っかかってるのか?」
切り目が入った幹のあたりから小さく弾け裂ける様な音は聞こえるのだが、木全体としては微動だにしていないように見える。もしかしたら、このまま放置すればいずれ時間経過とともに倒れるかもしれないが、流石にそんなに悠長に待つわけにもいかない、
なので……。
「新見さん、この木を蹴っても良いですか? クサビを打ち込むより、蹴り倒した方が早そうなので」
「この木は少し幹が太いから結構重い方だ、もし上の方で枝が絡んでいるのなら人間が蹴っても中々倒れないぞ? 足を痛めない様に、クサビを打ち込むかロープで引っ張った方が良いと思うが……」
「物は試しとも言いますし、一度やらせてみてください。受け口を作っているのに倒れないようなら、先ほど言った事は出来ないでしょうし」
「……まぁそうだな、じゃぁやって見てくれ」
「はい!」
渋々だが新見さんの了承も得られたので、中々倒れ始めない木を柊さんが蹴り倒す事になった。柊さんは斧を新見さんに手渡し木を倒す方向を確認した後、軽く地面の状態を確認してから呼吸を整え……斧で入れた切り目より上の位置に勢いよく蹴りを叩き込んだ。
柊さんが繰り出した蹴りは大きく鈍い衝突音と共に木に衝突し、蹴られた木は切り目から盛大な破裂音を発しながら破断し幹は数m程吹き飛んで移動する。
「あっ、強すぎた」
「えっ、あっ、ちょ!?」
「「「ええっ!?」」」
「「ちょっ、柊さん!」」
柊さんはしまったといった表情を浮かべながら吹き飛ぶ木を眺め、間近で木が吹き飛ぶ衝撃の光景を目にした新見さんは混乱、宝田さん笹森さん湯田さんの3人は想像していなかった光景に目を見開き、俺と裕二は柊さんのやらかしに驚きの声を上げる。
そして想像通り、吹き飛んだ木は大きな音を立てながら予定外の方向に倒れ始めた。
「っ! 新見さん逃げますよ!」
「なっ!?」
自分達がいる方に向かって木が倒れ始めた事を察し、柊さんは唖然と立ち尽くす新見さんの腕を掴むと急いで倒木の被害範囲から離脱する。俺と裕二も唖然としている3人の腕を引っ張り、影響範囲から距離を取った。
そして柊さん達が被害範囲から離れた数秒後、木は大きな音と盛大な土埃をたてながら地面に倒れる。
盛大にやらかした柊さんは、呆れを含んだ苦笑いといった表情を浮かべる新見さんに叱られていた。まぁ、一歩間違えばケガ人が出ていたかもしれない出来事だったので仕方が無いと言えば仕方が無いが……柊さんが繰り出したあの蹴り、そこまで強くは蹴っていなかったと思うんだけどな。
「すみません、力加減を間違えました」
「あっ、いや。許可したこっちとしても、まさかあんなことになるとは思ってもみなかったからな。もう少し考えて許可を出せばよかったよ」
互いに反省するべき点があるという事で、互いに軽く頭を下げながら謝罪する事でこの件については手打ちとなった。幸いけが人も出なかったので、同じ過ちを繰り返さなければいいだけだしな。何時までも尾を引くような問題でもない。
そして場が落ち着いたので、伐採についてに反省会を開く事にした。
「まず一番の反省点としては、探索者の能力を見誤っていたという事ですね。まさかココまで出来るなんて……」
「その件ですが、あくまでも俺達の場合という前提を考慮してください。コレが一般的な探索者の平均値……という訳ではありませんから」
「それはつまり、君達は探索者の中では上位に位置していると?」
「民間の探索者、という分類では上位に位置していると思います」
俺達を基準に探索者全体の平均を変に誤解されても困るので、言うべきことは言っておかないと。探索者でないのなら、凄いの一括りで上位層と中間層の細かい差は良く分からないだろうしな。平均より俺達の能力は高い、そう認識して貰えれば問題ない。
そして理解したか理解していないかは分からないが、新見さんは納得したように頷いていた。
「今は君達がそういうモノだと思っておくとして、君達が提案した伐採のやり方は少し危険性が高いな。斧の扱いについては何とも言えないが、蹴り倒すのはやめた方が良い。どう倒れるかが予測できない」
「そうですね。今回の様に倒れる前に直ぐに逃げられるような平地での伐採なら兎も角、傾斜地で今回の様な事になれば倒れてくる木に押し潰されるか斜面から滑落かって2択をする事になるかもしれませんから」
俺達ならたとえ傾斜地だったとしても、木が倒れる前に逃げられない事も無いが一般的な探索者に同じことが出来るかと聞かれたら難しいだろうな。そんな可能性がある以上、危ない方法を探索者が伐採をするときの一般的な方法とされるのは望ましくない。
そんな結論を出そうとしていた時、黙って話を聞いていた宝田さんが意見を出す。
「少し良いかな? 少しやり方を変えれば、彼等の提案を採用できるのでは?」
「やり方を変える……ですか?」
「ああ、先程彼女がやったのは木を蹴り飛ばす。つまり瞬間的に大きな力が加わった事で木が吹き飛ぶという結果になったが、ユックリと大きな力を掛ける事が出来るのならそれ即ち、ロープやワイヤーで引っ張っているのと変わらない。蹴りであの威力を出せるのなら、君達なら手を使い木を倒す程度の力をゆっくりと加える事も出来るのでは?」
「えっ? ああ、多分出来ると思います」
宝田さんの質問に、少し考えつつ裕二が出来ると答えた。踏ん張りの効く地面があれば、力を加え続ける事は難しくない。
そして裕二の応えに宝田さんは我が意を得たとばかりに満足げに頷くと、新見さんにもう一度伐採を試してみようと提案をした。
「確かに、その方法なら大丈夫そうですが……」
「物は試しと言いますし、今日は探索者がどれだけやれるかという確認の集まりですからやってみましょう」
「そう、ですね。やり方自体は基本とそう変わりませんしやってみましょう。ただし、今度こそ安全第一で……そういう訳で柊さん、もう一度お願いしても良いかな?」
「はい、大丈夫です!」
汚名返上の機会を得たとばかりに、柊さんは嬉しそうに再度の伐採を了承していた。変に気合入り過ぎないと良いんだけど。
そして新見さんに伐採する木を選んでもらった後、俺達は木がどの方向に倒れても大丈夫なように新見さんを含め安全圏まで退避した。既に一度やっているので手順は把握しているし、柊さん一人なら即座に離脱できるからな。
「じゃぁ始めますよ!」
「気を付けて!」
柊さんの作業開始を告げる声に新見さんが返事をすると、柊さんは早速斧を軽く振りかぶり伐採を始めた。先程伐採した木より幹が少し太いが、柊さんにとっては大差ない誤差の範囲だな。
「えいっ!」
軽い調子の掛け声とともに、柊さんの斧が素早く振り降ろされる。多分新見さん達には柊さんが斧を1度振るっただけに見えるだろうが、実際には3度振るわれており受け口が切り出されていた。
そのせいで柊さんは構えを解き木の反対側に移動し始めたのを目にし、新見さん達は怪訝気な表情を浮かべている。なので説明が必要だと思い、裕二が苦笑交じりに新見さん達に声を掛けた。
「もう受け口側は切り終えてますよ。コレから柊さんは反対側にいって、切り目を入れて木を押し倒します」
「はっ? もう切り終えてるって、彼女1度しか斧を振ってないじゃないか!」
「いえ、素早く3度振ってます。その証拠にほら、アレ……」
柊さんが既に受け口を切り終えている事を教えると、新見さん達は驚愕の表情を浮かべていた。
そして驚愕冷めやらないままに裕二が指さす方向に視線を向けると、そこには柊さんが木を押している姿があった。
「倒れますよ!」
その声と共に柊さんの前に聳え立っていた木は、大きな音と盛大な土埃をたてながら受け口を作った方向の地面に横倒しに倒れた。宝田さんの言う通り、ユックリ力を加えるやり方なら大丈夫そうだ。ここまでの作業時間は30秒と掛かっていないが、幹より刃渡りの長い刃物を使えたらもう10秒は短縮できそうだな。
お陰で新見さん達は先程とは別の意味で驚愕の表情を浮かべているが……慣れてくださいとしか言えない。




