第465話 伐採はこうする?
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10分ほど経ち、ようやく宝田さん達がトンネル開通の衝撃から立ち直った。戸惑いと驚愕が入り混じった表情を浮かべ、申し訳なさそうな雰囲気を醸しながら軽く俺達に向かって頭を下げる。
「いやはや、申し訳ない。想像していなかった光景を目にして、思わず呆然自失になってしまったよ」
「あっ、いえ。お気になさらないでください、自分達でも、まさか貫通できるとは思ってもいませんでしたし……」
「ははっ。私達の予想としては貫通どころか、数メートルも掘れれば驚愕ものだと思ってたんだよ。色々な機械工具を使っているのならまだしも、高レベルの探索者とはいえ3人での手掘りだからね。それなのに、まさか貫通するとは……」
まだ衝撃を引きずっているらしい宝田さんは、俺達が掘り抜いたトンネルを遠い目をしながら眺めていた。ただ掘り抜いただけで安全性が確認されていないので実用性は皆無だが、きちんと手を入れれば人が通るのには使えると思う。俺達3人でという時点で一般的とは言えないが、十数人の中堅探索者を投入すれば似た様な事は可能だろうな。
現に色々アレな俺達の行動に慣れたらしい湯田さんは、未だ衝撃が抜けきれない専門家3人とは違い、探索者を土地開拓に活用できれば今まで到達困難地域とされていた土地の価値を変えられると皮算用している表情を浮かべている。湯田さんも逞しくなったな……。
「自分達としては、偶々上手くいったって感じなんですけどね。最初は慣れない作業なので苦戦しましたし、素人が力任せに適当に掘っただけなので安全性も確保できていません。トンネル壁面の補強なんかしてないので、何時崩れてもおかしくありませんから」
「いやいや、あの短い作業時間と少ない人数で人が通れるトンネルを掘れた事だけで凄い事なんだよ! 普通の手掘りだと、もっと大人数を動員して掘削機械を入れたとしても一日で数メートルも掘れたら良い方なんだ!」
「それは……確かにそれと比べたら俺達がやった事は驚異的な成果ですね」
如何に俺達が凄い事をやったのかと力説する宝田さんに、俺達は曖昧な笑みを浮かべながら返事をするしかない。元々の比較対象を知らないので、自分達がやった事に対する実感が沸いてこないとも言えるな。
とはいえ、専門家がこんな反応をするという事は本当に凄い事をしたのだろう。
「とはいえ、やっぱり素人仕事になるから実用性を考えると、掘削作業をする探索者には工法を覚えてもらう必要性があるね。このままだと何時壁面が崩壊するか分からないから、人が日常使いとして使うには安全性が確保できないな。ただでさえトンネルというモノは、利用者が不安を抱きやすい場所だからね」
宝田さんは少し残念気な表情を浮かべながら、俺達が掘り抜いたトンネルの壁面を見ながら感想を漏らしていた。俺達が掘ったトンネルの壁面は、出来るだけきれいに掘ったとは思うけど鶴嘴の削り跡やシャベルの削り跡がクッキリと刻まれている。確かにコレだけ壁面が凸凹してると、綺麗に壁面が舗装されたトンネルを知っている人からすると崩れてこないよな?といった不安が込み上げてくるだろうな。
若干申し訳ない気持ちになりながら宝田さんの評価を聞いていると、裕二が俺の肩を軽く突きながら小声で話しかけてくる。
「なぁ大樹、土魔法を使えばトンネルの表面を均す事って出来るんじゃないか?」
「どうなんだろ? “土魔法”のスキルは覚えたばかりだから、少なくとも今の熟練度ではむずかしいんじゃないかな? まぁ土を隆起出来るから壁面の平滑化は難しくは無いと思うけど……トンネルの壁面の範囲が広くて何回“土魔法”を使えば良いのか分かんないよ。スキル取得直後に効果を及ぼせる範囲って、そんなに広くはないしさ」
「まぁ、確かにそうかもな。でも、熟練度次第では出来るのか……」
「1人だと1日じゃ手が回らなくて無理だと思うけど、それなりの熟練度を持った“土魔法”スキル持ちの中堅探索者を何人か投入すれば出来るんじゃないかな?」
数人の掘削担当と土魔法持ちの数人の補強担当が1チームになって、トンネルを交代しながら掘っていくとかさ。そこにトンネル掘削の専門家を現場監督に据えれば、立派なトンネル掘削隊の完成である。
と言った事を考えつつ裕二と小声で相談していると、俺達の様子に気づいた宝田さんが話しかけてきた。
「おや、何か解決策があるのかい?」
「あっ。ええっと、俺達は持ってないんですけど、探索者が取得可能なスキルの中に“土魔法”ってのがあるんですよ。それを使えば掘削する時に出来るガタガタになった壁面も平滑化出来るんじゃないかな……って話していたんです。“土魔法”は地面を隆起させられるって話ですし、トンネルの表面を整えるくらいは出来るかなと」
今から実践してみてくれと言われても面倒なので、“土魔法”スキルは現在未修得という事にさせて貰う。
「! ほぉ、そんな便利なスキルが?」
「出来るかも、です。俺達は持ってないので、どこまで出来るかは分かりませんよ。まぁ噂話を聞く限り、壁面を平滑にする前に直接トンネルを通す事も出来るみたいですけど」
「そんなスキルが……そのスキルを持っている人にも実験の協力を頼んでみるべきか?」
宝田さんは裕二から“土魔法”の事を聞き、興味を持ったらしく少し考えこむような仕草をした。確かにスキルの土木工事への活用実験と言うのはした方がいいのだろうが、果たして実験に協力してくれる探索者はどれだけいるんだろう?魔法スキル持ちともなれば、それなりに活躍している探索者か企業の紐付きだろうからな。実験協力の要請は出せるだろうが、協力費と言う名の人件費は捻出出来るんだろうか?
今回の実験は俺達と桐谷不動産双方の利害が一致しているから実施できているが、俺達クラスの上級探索者を実験の為にと雇えばかなり高額の依頼料が必要になってくるだろうな。
「宝田さん、魔法スキル持ちを雇うとなると結構難しいと思いますよ? 基本的に魔法スキル持ちの人というと、中堅以上の探索者か運良く偶然手に入れた初心者になりますから」
「うん? どうして難しいんだい? 探索者をしている学生の子達はアルバイトとして協力してくれたよ?」
「ええっと、そのアルバイトの人達は多分、目的のスキルを持っていないか、持っていてもスキルを十分には使えないと思いますよ?」
魔法スキルを活用できるレベルの探索者なら学校のアルバイトするよりダンジョンに潜ってた方が稼げるだろうし、学校のアルバイトをするレベルの探索者学生はおそらくゴブリンが倒せないなど適性が無く探索者として稼げないタイプの探索者だろうな。仮に魔法スキルを持っていたとしても、1日に数回使えば打ち止めといったところだろう。単位をタテにし、魔法スキル持ちの中級学生探索者を雇うという方法もあるかもしれないが、恨みを買い遺恨が残る恐れがあるので良策とは言えない。
正規の料金を支払って実験に協力して貰うのが一番いいのだろうが、探索者学生を雇うお金を研究費から捻出できるかが問題になる。魔法スキル持ちの探索者学生ともなれば、だいたいの学生探査者パーティーの主力だろうからな。主力が抜けるともなればパーティーによる探索は中止、その間の休業補償ともなればいかほどになる事やら。
「そうなのかい?」
「はい。運良く休養期間とタイミングが合えば協力してくれる学生もいるかもしれませんが、かなり運が良くないと難しいと思いますよ? 宝田さんが以前やったという実験に協力してくれた学生さんも、たぶん初心者レベルの探索者の方ばかりだったと思います。探索者でない一般人よりは身体能力は上でしょうが、中堅以上の探索者と比べたら顕著な差が出ますからね。現に今日だって俺達が土嚢袋を作っている時やトンネルを開通させた時の驚き様を見るに、宝田さんは中堅クラス以上の探索者の身体能力を見るのは今日が初めてなんじゃないですか?」
「……言われてみると、確かに君達が見せる様な能力を示した学生はいなかったような」
裕二の指摘に宝田さんは眉間にしわを寄せながら少し考えこみ、裕二の言い分が正しいと理解を示す。魔法スキル持ちの中堅探索者なら、同じ時間で学生バイトの数倍の収入を得られるからな、態々参加はしないだろう。
まぁ一般人と初心者探索者の差を見るという意味では、意味のある実験だったと思うけどな。
「うん。要検討、といったところだね。もう少し探索者業界の情報を集めてから、また実験をしないと」
色々と前提条件を整える為に、宝田さんによる実験は一時保留となった。
宝田さん達が完全に復旧したのでトンネルの埋め戻しについて尋ねると、軽く確認してみたら簡単に崩れる心配はないというお言葉を貰った。急いで埋め戻しをする必要はないが、いずれ壁面を補強するか埋め戻した方が良いとの事だ。
俺達はいずれ埋め戻すのなら今から埋め戻そうかと思ったが、他にも確認したい項目があるので後日という事になった。
「と言う訳で、次の検証を始めたいと思います」
崖から場所を移した湯田さんはそう宣言し、林業の専門家である新見さんに席を譲る。新見さんは少し気遅れする様子を見せながら俺達の前に進み、何か悟ったような表情を浮かべつつ話し始めた。
まだ何もやっていないのに、すでに大分お疲れの様子である。
「これから伐採について教えるので、怪我に気を付けて実践してくれ」
「「「はい」」」
「……まずは木の伐採から始めよう」
新見さんは斧を手に持ち、30㎝程の太さの木の前に立った。
「木を切り倒す場合、まずは木を倒したい方に受けと呼ばれる切り口を作る。まずはこうやって……」
新見さんは斧を振りかぶり、斜めになるように斧の刃を木に打ち込んだ。木の幹には斧の刃が甲高い音と共に食い込み、大きく樹皮がささくれ中身も抉られた。
そして新見さんは斧を木から引き抜くと、次に斧が地面と水平になるようにし木に打ち込む。
「こうやって、木の一部を三角形に切り取る様な感じで斧を打ち込んでいく。大体半分程抉り取る感じだな」
新見さんは説明している間も斧を斜めに横にと交互に振るい、木を三角形になるように抉っていく。
そして2、3分程かけ、木の幹に三角形の受け口を作り出した。
「ふぅ、こんな感じだ。この時に受け口が木を倒したい方に向かって作れていないと変な方向に木が倒れる事になるので、受け口の調整はしっかりとしておいた方が良い」
「分かりました」
「じゃぁ次の行程だが、受け口が出来たら木の反対に回り切り込みを入れていく。切り込みを入れていくと木が倒れる事になるが、この際に思わぬ挙動を取る事もあるので気を抜かない様に」
「思わぬ挙動と言うのは?」
裕二が質問をすると、新見さんはいくつか実体験を交えつつ教えてくれた。
「俺が経験したものだと……思い通りの方向に木が倒れなかった、切り倒した木が他の木に引っかかり他の木を圧し折った、木は倒れたが途中で他の木に先端が引っかかり切り口の方が大暴れし危うくケガ人を出しそうになった、とかだな」
「なるほど……気を付けます」
「どういう事になってもすぐに動けるように、周囲の足場確認と近くの作業者への注意喚起は忘れずにな。じゃぁ実際に木を切り倒すぞ」
新見さんはそう言うと、受け口の反対の幹に斧を打ち込み始めた。
そして新見さんが数発ほど斧を幹に打ち込んだ頃、木が大きな破裂音を立てながら倒れ始める。
「倒れるぞ!」
新見さんが注意喚起の声を上げた数秒後、振動と大きな音を立てながら地面に横倒しになった。
「切り倒した木はこの後、枝を落とし運搬のし易さや使う用途ごとに幹を丁度良い長さに切る。伐採の流れとしてはこんな感じだ。じゃぁ早速、皆には実践をやってもらうとしよう」
一通り木の伐採に関する流れを説明し終えると、新見さんは早速俺達に実践を勧めてきた。流れとしては簡単だったので、実践も難しくはなさそうだ。
問題は誰からやるかという事なのだが……何となく新見さんが差し出した斧が柊さんの方を向いていたので、柊さんからやる事になった。
「ええっと、それじゃぁ私からやりますね」
「怪我をしないように。日常生活で斧を使う機会なんてまず無いだろうから、まずは斧を振るう事に慣れる所からだ。威力より狙った所に当てる事を重視して、軽く振るうと良い」
「軽く振るう……分かりました、軽くですね」
新見さんから斧を受け取った柊さんは、先程新見さんが切り倒した木と同じくらいの太さの木の前に立ち、斧を斜めに軽く振りかぶり……軽く深呼吸をしてから一気に振り下ろした。
柊さんが振り下ろした斧は音も無く、木の樹皮を荒らすこともなく幹を大きく斜めに切り裂いた。
「……うん、やっぱりそうなるよな」
柊さんの伐採?を眺めていた新見さんは、悟ったような表情を浮かべつつ達観した声色で心情を漏らしていた。
何か……ごめんなさい。




