第464話 反復作業あるある
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湯田さんから保護具などの道具を受け取った俺達は、まず初めに専門家の先生たちと共に岩壁の様子を確認し始めた。変な所から無作為に掘り始めると、崖自体が崩落する危険性があるからな。折角専門家がいる事だし、どこをどんな風に掘るのが安全かを確認してから掘削し始めるのが良いに決まっている。流石に岩壁全体が崩れてきたら、俺達でも耐えきれないだろうからな。
まぁ掘り始めの浅い位置なら、岩壁が崩落する前に離脱出来そうだけど。
「ええっと。ヘルメットに保護メガネ、防塵マスク……コレは?」
「簡易式のプロテクター……革製のエプロンですね。掘削する時に跳ねてきた岩石から体を保護するモノですよ」
「それと、イヤーマフとゴーグルに手袋……防振手袋ですよね?」
「はい。専門家の皆さんの意見を聞いて、ホームセンターで入手できるものを一通り買い揃えててきました。皆さんのサイズが分からなかったので、少し大きさが合わないかもしれませんが……」
「用意して貰えているだけ助かります。私達もウッカリしていて、こういうモノを用意してこなかったので」
ちょっとエプロンがサイズが大きかったり手袋が小さかったりするモノの、特に支障は無いのでありがたく使わせてもらう事にした。紐を締めたりしてサイズ調整をすれば済むだけだしな。
そして俺達が一通り保護具の装着を終えた頃には、専門家の先生達による掘削候補地の選定が終了していた。一緒に下見はしているものの、素人の俺達ではどこが良いかなんてわからないので殆どお任せである。
「ココが良いんじゃないかな? 掘削自体は少し苦労しそうだけど、変な亀裂も入ってないから素人が多少荒っぽく掘削しても壊れそうにないし」
「そうですね。上の方にも簡単に落ちてきそうな岩や木々は無さそうですし、掘削の振動で岩肌が大きく崩れるという事も無いと思います」
「掘った土砂を除けて置く場所もありますし、私もココで良いと思いますよ」
3人の専門家のお墨付きもでたので、俺達にも特に反対意見は無いので掘削場所はココに決まった。一言で言えば垂直に切り立った岩壁、本当にココに穴を掘るのかと疑いたくなる。
そして掘削場所が決まった以上、俺達は鶴嘴やシャベルを手に持ち岩壁の前に意を決し立つ。
俺達は切り立つ岩壁を前にし、少し途方に暮れた様な表情を浮かべる。岩肌を掘るという事は決まっているのだが、まず最初の一歩をどの様に出せば良いのか分からないからだ。俺が持つ鶴嘴を突き立てれば良いのか、裕二と柊さんが持つシャベルを突き立てれば良いのかも良く分からない。
そんな戸惑う俺達の様子に、宝田さんが少し苦笑を浮かべながらアドバイスをくれる。
「深く考えずに、普通に穴を掘るように掘って貰って大丈夫ですよ。通常の手掘り工法だと、最初の方は鶴嘴で岩壁を砕きシャベルで土砂を取り除き、徐々に岩肌を整えながら奥へ掘り進める……と言った感じですね。最初に岩肌に傷を付け、ある程度穴の大きさの下書きしておいた方が掘りやすいですよ」
「なるほど……ありがとうございます、その手順で掘り進めてみます」
「あくまで一例なので、皆さんが掘りやすいやり方で大丈夫ですよ。では安全には気を付けて」
「はい。最初は力加減が良く分からないので、石が跳ねたり危ないので皆さんは少し離れていてください」
湯田さんと専門家3人が十分に離れたのを確認し、俺は鶴嘴で岩肌に人が2人程入れそうな大きさ……ドア2枚分程の大きさで穴の下書きを刻む。
コレで掘削前の準備は終わったかな。
「じゃあまずは、教えて貰ったように鶴嘴で砕いていこう」
「大樹、最初は余り力を入れるなよ? 正直にいって、力加減ってモノがまるで分らない状況だ。下手に力を籠めすぎたら、岩壁の前にその鶴嘴を壊しかねないからな」
「分かってるって、様子を見ながら徐々に掘り進めてくよ」
俺は裕二の忠告に返事をしつつ鶴嘴を軽く頭に上まで振りかぶり、下書きした穴の中心点に向かって普段の様に剣を振るう要領で軽く息を吐き出しつつ鶴嘴を振り下ろした。振り下ろした鶴嘴の嘴?は狙い違わず下書きの中心に突き刺さり、一切の抵抗を感じさせない動きで嘴の大部分が岩肌に減り込んだ。
あれ? 柔らかい畑じゃないんだぞ、コレ岩壁だよな?
「あっ!」
最初の一撃目の結果に、俺は思わず声を上げてしまう。鶴嘴の一撃で岩肌が砕けるモノと思っていたら、砕く前に減り込むとは……って、ここからどうすれば良いんだ?
岩肌に深く突き刺さった鶴嘴を前に、次の一手が分からない俺は動きを止めた。
「ものの見事に突き刺さったな……どうすんだ、コレ?」
「無駄な破壊の影響を出さない見事な一撃だけど……コレはね?」
「どうしよ?」
普段剣を使う様に振り下ろしたのがまずかったのか、シャフトを手放しても岩肌に突き刺さったままになっている鶴嘴を前に、俺達はどうしたモノかと困惑の表情を浮かべた。
そんな俺達の様子を不思議に思ったらしく、湯田さんと宝田さん達が歩み寄ってきて岩肌に突き刺さった鶴嘴を目にして驚愕の声を上げる。
「うわっ、凄い様だねコレは……」
「どうやったら鶴嘴がこんな風に刺さるんだ?」
「えっと……凄い光景ですね」
「……流石と言えば流石なんですかね、コレは?」
4人は岩肌に突き刺さる鶴嘴を凝視しつつ、若干引き攣った何とも言え無さそうな表情を浮かべていた。まぁ、普通は見ない光景だろうからな、振り下ろした鶴嘴が余分な破壊跡を残さずに岩肌に突き刺さっている光景なんてさ。
「すみません、ちょっと力加減?を間違ったみたいで……」
「力加減を間違えたからといって、こうはならないと思うんだけどね。これって、それなりにレベルを上げた探索者なら誰にでも出来る事なのかな?」
「さぁ、どうなんでしょうね? 鶴嘴を岩肌に突き刺せる力を出せるかと言う意味でしたら、出来る人は沢山いると思います。中堅以上の探索者なら出来ると思いますよ。ですが、大樹がやったように技量だけで余計な破壊跡を残さずに突き刺せるかと聞かれているのなら、出来る探索者は限られていると思います。スキル込みで良いのなら、それなりにいると思いますけど」
疑念と感嘆の入り混じった表情を浮かべている宝田さんの質問に、裕二は少し考える様な素振りをしながらそれなりにいるのでは?と答えを返していた。
確かにいくら探索者とはいえ、技量だけでコレを再現できるのはそれなり以上に武術を嗜んでいる者じゃないと難しいだろうな。まぁスキル込みで言えば、それなりの数の探索者が再現出来るだろう。
「いるんだ、コレが出来る探索者が他にも……」
「しかも、それなりにいるんだ……」
「……探索者って凄い人達なんですね」
専門家の3人は裕二の返事に、達観した様な表情を浮かべながら目を細めつつ遠い眼差しをしていた。
とはいえ、何時までもこうやってるわけにもいかないので、俺は軽く咳ばらいをして場の空気を切り替えつつ話を進める事にした。
「ゴホッ。すません、この場合どうすれば良いんですかね? 鶴嘴をそのまま抜けばいいんですか?それとも岩肌を崩す様に鶴嘴を捻れば?」
「うーん、そうだね。抜けるのなら一旦抜いた方がいいかな? 多分この状態で無理やり捻るようにしたら、鶴嘴のシャフトが折れるかもしれない。深々と綺麗に減り込んでるからね」
「分かりました、一旦真っ直ぐ引き抜きますね」
宝田さんの忠告に従い、鶴嘴が折れない様に木製のシャフトでは無く金属部分のヘッドを掴んで岩肌から引き抜く。多少の抵抗感はあったものの、鶴嘴はすんなりと引き抜けた。
そして鶴嘴を引き抜いた跡を確認してみると、穴の周りに多少ひび割れが走っているが大きな損傷はない。岩壁を砕くという意味では失敗だよな、コレ。
「何とも言い難いんだけど、もう少しこう無駄に力を周りに発散?させられる様に鶴嘴を振るえないかな? コレだと、穴を掘るのにちょっとね?」
「発破掘削するのなら、爆薬を詰める穴をあける手間が省けるんだろうがな」
「今回の様な手掘りだと、見事過ぎるというかね?」
専門家3人の言いたい事は分かるので、俺も今度は力を拡散?させるようなやり方で掘削に再挑戦する事にした。つまり、力を一点集中させるのではなく、衝撃が対象内で伝播する様にそこそこの強さで鶴嘴を振り下ろせばいいって事だよな?
安全の為に4人に再度離れて貰い、俺は鶴嘴を振るった。
「えいっ!」
「「おお!」」
今度は上手くいった。近くで待機してた裕二と柊さんが鶴嘴を振り下ろした場所を確認し、感嘆の声を上げる。俺が鶴嘴を下ろした場所を中心に、岩肌には放射状に大きく蜘蛛の巣状のひび割れが走っていた。
最初に岩肌に刻んだ下書きの穴より少し大きくひび割れが走っているが、まぁ下書きは下書きなので今から変更すれば問題ないだろう……多分。
「……今度はまた、凄い事に」
「鶴嘴って、こんな事が出来る道具だったかな?」
「さっきの穴に爆薬でも詰めてましたっけ?」
「流石ですね、一発で失敗を修正するなんて」
安全の為に離れて待機していた専門家3人は何度も目を擦りつつ唖然とした表情を浮かべているのとは対照的に、湯田さんは当然の事だといった表情を浮かべていた。
まぁ4人の反応は少し気になるが、穴を掘る目途も立ったので作業を続けるとしよう。
「それじゃこの調子で岩を砕いて行くから、裕二と柊さんは崩れた岩を取り除いてくれるかな」
「おう、任せろ。最初の方は大樹に岩を砕いて貰って俺達が排出、ある程度掘り進めたら俺か柊さんが側面の岩肌を整えるって感じだな。柊さんもそれで良いかな?」
「その手順で問題ないと思うわ。さぁ、作業を始めましょう」
掘削の手順を確認し終えると、俺達は岩肌の掘削作業を開始した。
岩壁の掘削作業を始め1時間ほど経ち、予定時刻が過ぎた事を知らせる湯田さんの声が響き渡った。俺達は作業の手を止め、服に付いた埃を軽く叩き落としつつ離れた所で俺達の掘削作業を見守っていた4人の元へと移動する。
最初は慣れない掘削作業に戸惑い上手く動けていなかったが、作業を始め5分もすればある程度慣れ、10分も経つ頃には作業もルーチン化し効率的に掘削が進んだ。お陰で掘削作業は一気に加速し終了の声が掛かる頃には……。
「お疲れ様でした皆さん、まさか岩壁を貫通させてしまうとは思っても見ませんでしたよ……」
「ははっ、それは俺達もですよ」
俺達にねぎらいの言葉を湯田さんがかけてくれるが、浮かべている表情はどことなく呆れと諦めが入り混じった表情である。調子に乗った俺達は無我夢中で作業を続けた結果、岩壁をくり貫き反対側へと到達してしまったのだ。単純作業の繰り返しって、気付いた時には凄い事をしていたって事あるよね……。
結果として、俺達は20m程にも及ぶトンネルを掘り抜いた。
「トンネルの壁面もある程度整えたので、通路としても使えない事は無いと思いますよ。素人仕事なので、安全性は保障できませんけど」
「今回は皆さんの掘削能力の検証の為だけに掘って貰っただけなので、普段使いで使うというような事は無いと思いますので安心してください」
「そうですか。岩壁の崩落の危険とか考えると、あとで埋め戻しとかした方が良いですかね?」
「普段は人とかが来ない場所ですけどね。崖が崩壊した影響で2次被害等の発生の危険を考えると……先生、やっぱり埋め戻して……先生?」
湯田さんが宝田さん達専門家達に後始末についての意見を聞こうと話しかけるが、3人から返事がくる事はなかった。
心配になり俺達が宝田さん達の様子を窺うと、3人とも虚ろな眼差しで俺達を透き通った表情を浮かべながら見返してくる。どこか夢うつつな雰囲気を漂わせており、目の前の光景を現実と認識できていない様子だ。
「えっと、あの……皆さん、大丈夫ですか?」
「「「……」」」
返事が無い。湯田さんは3人の様子に少し拙いと感じたらしく、慌てて持ってきていたクーラーボックスからペットボトルのお茶を取り出し飲むように勧めていた。本来の予定では掘削作業後に、休憩を取りつつ作業内容についての評価を聞く筈だったのだが、宝田さん達がこの様子では暫く話を聞くのは無理そうである。
俺達は掘削作業で埃塗れだという事を理由に、宝田さん達の介護?を湯田さんに任せる事にした。
「湯田さん、俺達もお茶貰いますね」
「あっ、はい、どうぞ! ちょっと手が離せなさそうなので好きな物をご自由に!」
「分かりました、すみませんがそちらの方はよろしくお願いします」
「はい、ユックリしててください!」
と言う訳で、俺達はクーラーボックスからそれぞれお茶を貰い、湯田さん達から少し離れた所で休憩を取る事にした。無論、“洗浄”のスキルを使えばすぐにでも埃を落とし身綺麗になる事は出来るが……うん、まぁそういう事だね。埃っぽいのは勘弁してほしいが、もう少し待ってから“洗浄”スキルは使うとしよう。




