第463話 賃貸候補地にて
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美佳達とのダンジョン探索を終えた翌週の土曜日、俺達は早速湯田さんが運転する車で桐谷不動産が所有する某山奥の土地に足をのばしていた。練習場購入計画を開拓検証データ供与ありの賃貸契約に切り替えたので、データ取りの方法を模索する為に関係者立ち合いの元、賃貸候補地で一度簡単な開拓を試してみようという話になったのだ。
という訳で俺達は今、桐谷不動産側が用意し現地合流した3人の専門家と顔合わせをしていた。
「学生で探索者をやっています広瀬と言います、今日はお忙しい所お集まりいただきありがとうございます。この手の開拓作業は初めてになりますので、ご指導のほどよろしくお願いします」
「九重です、よろしくお願いします」
「柊です、よろしくお願いします」
俺達は軽く会釈をしながら、今日のデータ取り及び作業工程指導をしてくれる専門家の人達に挨拶をする。
「宝田です、大学で土木工学関係の研究をしています。今回の桐谷不動産さんから提案されたデータ取りには大変興味があるので、よろしくお願いします」
「新見です、伐採から植林まで林業を営んでます。山を切り開くには木を切る必要がありますが、無闇矢鱈に切り開くと災害を招きますので気を付けてください」
「笹森です、工務店を営んでます。今回は桐谷不動産さんの方から、建築全般に関する簡単な指導をして欲しいとの事で派遣されてきました」
宝田さんは落ち着いた感じの初老の男性で、大学で教鞭を取りながら新工法について研究されている人らしい。探索者という存在が登場し作業員1人当たりのマンパワーが向上した事で、これまで機械を入れるのが困難だった土地の開発が可能になるかもしれない、という話を桐谷不動産から聞き足を運んでくれたそうだ。何でも、これまでにも桐谷不動産から土地開発について相談を受けていたらしい。
新見さんは30代後半の男性で、桐谷不動産が管理する山林の保守管理を請け負っている業者の所から俺達の指導の為に派遣されてきたそうだ。職人肌の人らしく、仕事とはいえ年若い俺達の事を若干訝しげに見ている。まぁ見るからに素人の俺達が山を切り開く等と言っていれば、プロからすると変な事をしないか不安で仕方がないだろう。桐谷不動産が仲介していなければ、まず指導の話を持っていった段階で断られていただろうな。
笹森さんは30代前半の男性で、これまで色々な現場を経験しているらしく、一般的な住宅の工法に関しては一通り精通しているそうだ。今回のような山奥の土地での工事経験もあるとの事で、専門的な指導は難しいが簡単な建築の指導は可能だとのこと。何でも趣味で友人とログハウスを建てた事もあるそうで、興味があるのなら作り方を教えてくれるそうだ。
「皆さん、今回は簡単な実地テストですので3,4時間の作業を予定しています。基礎的な開拓作業の参考資料にするため、今回は色々な作業を行って貰いたいと考えています。作業項目が複数ありますが、慌てて怪我をする事ないようにお願いします」
「「「はい」」」
「ええ」
「ああ」
「了解」
湯田さんの締め台詞で簡単な自己紹介を終えると、専門家3人が準備をしている間に俺達も車に戻り着替えをおこなう。手早く近くのホームセンターで購入してきた作業服に着替え、安全靴とヘルメットを装着する。真新しい作業服と安全靴なので、より開拓素人感が出るな。
そして着替えを終えた俺達は専門家3人に近付き、今日の作業項目について確認を始める。最初に何の作業をやるのか共通認識を確かめておかないと、流れが分からずグダグダになるからな。
「改めまして、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼むよ。こうやってレベルの高い探索者さんに協力して貰って研究できる機会はあまりないから、私も今回の試みは大変楽しみにしていてね。うちの学生に協力して貰って研究をしたこともあったんだけど、協力してくれたのが低レベルの学生ばかりで程々の結果しかでなくてね。レベルの差によって、どれくらい作業に差異が出るのか楽しみにしているんだよ」
「ははっ、それはそれは張り切らせてもらいますよ」
宝田さんは研究者然といった感じの好奇心に満ちた眼差しを俺達に向けてきており、早く始めようと言いたげな雰囲気を醸し出していた。これには裕二も思わず苦笑を漏らしつつ、社交辞令的だが意欲的な返事をしている。
それにしてもこの先生、既に自分の所の学生さんに協力して貰ってデータ取り自体はしていたんだな。まぁ学生さんのバイトになるから、それなりに稼げる中堅辺りの探索者学生は協力してくれなかったみたいだけど。ある程度実力があれば、学校紹介のバイトするよりダンジョンに潜った方が稼げるからな。
「それじゃぁ早速だけど、今日の最初の確認作業は運搬能力のテストからだね。どれだけの重量物を1度に運べるのかは、土木作業の一つの基準になるからね」
「どれくらいの荷物を一度に運べるかで、その作業に何人必要なのか、何時間必要なのかが変わってきますからね」
「その通り。なので私達が一番初めに確認したいのは、時間当たりの運搬能力なんだよ。素手のみの運搬、一輪車や背負子などの運搬補助具を使った場合、複数人で運搬する場合などなど色々な角度からデータを取りたいと考えている」
「分かりました、それでは早速始めましょう」
宝田さんの希望もあり、俺達はさっそく運搬確認作業を始める事になった。まずは素手から始める事になり、車に乗せてきた土嚢袋に土を詰め重しの用意する。
「……凄い速さだね」
「? どうしました?」
「いや、なに。君達が凄い勢いで地面を掘っていくので、思わず感心してね」
「……ああ、これ位ならそんな苦労はしませんから」
土嚢を作る手を止めこちらを凝視している宝田さん達は、俺達が凄い速さで土嚢を量産していく姿を少し唖然とした表情を浮かべていた。それなりに固い土の地面を砂糖菓子のごとく掘り抜く姿は、確かに探索者ではない一般人からしたら奇異な光景だろうからな。全員同じ鉄製のシャベルを使っているのに、宝田さん達が少しずつ削るように地面を掘っているのに対し、俺達3人は小型のユンボを使っているかの如く豪快に地面に大穴をつくっている。
同じものを使って同じ作業をしているのかと、我が目を疑うというのは当然の反応だろう。
「ははっ、準備の段階でこれとは……思ってもみなかったね。確かにこれなら、小型重機の代わりぐらいなら楽に務まりそうだ」
「まぁ自分達としても、探索者を始めてからかなり常人離れした自覚はありますからね。レベルが低い時は少し力が強くなったかな?くらいでしたけど、中堅探索者と呼ばれる様なレベル帯になってくると明確な差が出てきますから」
「なるほど。そして中堅レベルと呼ばれる探索者になるとダンジョン通いの時間が増えるから、明確な差異が出てくるという中堅レベル以上の探索者は表舞台にはあまり出てこなくなる、と」
「余程自己顕示欲が強くないのなら、表だって自分達が持っている力を誇示したりしないと思いますよ。身体能力がレベルアップで強化されているのは生活する上で便利ではありますが、過ぎたる力は何とやらですよ。例えるなら、クマやライオンが遊びでじゃれ付いているつもりでも、一般人には身の危機を感じる脅威的な行動になりますからね」
探索者と一般人の身体能力の差を説明する裕二の言葉に宝田さん達は納得の表情を浮かべつつ、微妙に戦々恐々とした眼差しを向けて来る。いやいや、自覚あるから悪ふざけはしませんって。
そして10分程かけ、用意してきていた土嚢袋50袋に土を詰めおえた。8割方、俺達3人で詰めたんだけどな。
「これで用意されてる土嚢袋は全部詰め終わりましたね。コレで大体どれくらいの重さになるもんなんですか?」
「土嚢は1袋で20~30㎏と言われているから、全部で1トン前後だね」
「へぇ、1トンも……」
俺達の目線の先には、土嚢で出来た小山と掘り起こした大穴が出来ていた。後で埋め戻さないといけないよな、この大穴。
「さて、重りの準備も出来た事だし、さっそく計測をはじめよう」
「はい」
と言う訳で、もう待ちきれないといった感じの宝田さんの要望もあり俺達は計測を開始する事にした。
一通りの運搬重量の計測を終えると、湯田さんは流石だと言いたげな感心した表情を浮かべ、宝田さん達3人は信じられないと言いたげに唖然とした表情を浮かべていた。
「流石ですね皆さん、重しが足りなくなるとは思っても見ませんでしたよ、もっと持ってくれば良かったですね」
「いやいや湯田さん、素手ではあれ以上の土嚢は抱えきれませんし、補助具の方は強度不足で先に壊れちゃいましたからね。土嚢が今以上にあっても、意味がありませんよ」
「はは、そう言われるとそうですね。……どこかの鉄工場で鉄塊でも借りますかね」
「借りなくていいですよ、鉄塊なんて。山中で物を運ぶのに問題はでない、と言うだけで良いですよ」
多分今の俺達なら、ビルの建設現場とかでクレーンで吊り上げられる大きなH鋼とかでも普通に持ち運べるだろうな。そう考えると、探索者って建設現場でも何人分もの活躍ができそうだ。
その内そう言った現場の採用項目に、探索者資格所有者レベル何以上で優遇、とかって条件が普通に記載されるようになるかもしれないな。例え2人分の賃金を出しても3人分以上の仕事をしてくれれば元は取れるしな。もしくは人件費や経費を圧縮したい肉体労働の現場とか。
「予想を大きく超える結果が出て驚きました。レベルを高めた探索者と言うのは、一般常識では考えられない身体能力を発揮するんですね」
「探索者すべてに当てはまるとは限りませんが、それなりにレベルを高めた探索者なら似た様な事は出来ると思いますよ」
「そうですか……以前協力してくれた学生達の事を考えると、探索者と一括りにするのは止めておいた方が良いかもしれませんね」
「最低限の基準だけ設けて、それ以上の事は考えない方が良いと思いますよ」
探索者はレベルによって身体能力の差異が凄いからな、ある程度採用する人材の質を均一にしたいのであれば、平均で揃えるより下で揃える方が良いと思う。
宝田さんも少し悩んだ後、納得したように軽く頷いていた。
「確かにそうですね。最低限の条件さえ満たしてくれれば、作業見積もりは立てられます」
「それが良いと思います」
宝田さんの基本的な運搬能力計測の後、今度は掘削能力のテストを行う。とはいっても、土嚢の準備段階ですでにある程度の掘削能力は測れているので簡単な計測だけで終わらせることになった。
まぁ10分足らずで土嚢を作りながら大穴を作れるだけの掘削能力だ、小型重機クラスの掘削能力があるのははっきりしているからな。
「元々は地質ごとの掘削作業能力をと思っていたけど、土嚢を作っているのを見ればユンボいらずな事が分かるからね。少し移動して岩石地帯の掘削能力を見せてもらうよ」
「岩石地帯の掘削と言うのは、トンネルを掘るという事ですか?」
「険しい山中だと、掘削用の大型機材を持ち込めないという現場もあるからね。探索者を活用するとどれくらい手掘りでもいけるのか、と言うデータは是非とも欲しい。国土の多くの部分に山々が存在する我が国としては、細い道でも山々をトンネルでくり貫き直線的に通せるのなら、利便性が大きく向上するからね。交通の便が悪く過疎化する土地の価値が、道一本通るだけでも大きく変わってくる」
「なるほど……確かに見渡せば山ばかりですからね」
トンネル掘りか……前にダンジョンで土魔法のスキルスクロールを見つけたから、練習すれば土魔法と手掘りの併用が出来るかもしれないな。掘削ヵ所の岩石が軟化出来れば、手掘りでも掘削効率は上がる。
慣れたら秘密基地建設とかにも手を出してみたいな、ロマンがあるし。
「さて、到着だ。ここは石灰岩の岩壁だから比較的掘削はしやすい……と思う。まぁ掘りやすいとは言っても岩だからね。普通なら電動ハンマーとかで掘るんだけど、今回は探索者の能力を測る意味で昔ながらの手掘りスタイルで掘ってもらうよ」
少し移動すると、白っぽい20mほどの岩壁が俺達の目の前に聳え立っていた。
そして俺達が石灰岩の岩壁を見上げていると、湯田さんが掘削作業中の注意点を教えてくれる。
「掘削中は埃が大量に舞いますので、防塵マスクなどはしっかり着用してくださいね。頑張ってください」
湯田さんは励ましの言葉と共に、俺達に持ってきたマスク等の保護具を渡してくれた。
そうか、今からコレを掘るのか……鶴嘴やシャベルで。