第44話 襲撃犯を搬送す
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まずは通路のアチコチに倒れている探索者5人を、怪我に負担を与え無い様に注意しながら運び、一箇所に集め横にする。レベルアップで強化された身体能力によって力の抜けた人を運ぶのも大した作業ではないが、レベルアップしていなかったらこの作業だけでも重労働だったな……。
「さてと、まずは怪我の状態を調べないとな……」
検診なんて普通は出来ないが、俺にはそれを可能にするスキルがある。
俺は収納していた保冷バッグを取り出しながら、倒れている探索者達に鑑定解析をかけた。いま保冷バッグを取り出しておかないと、取り出すタイミングがなくなるからな。
宮野洋司 LV13 右肩部骨折、及び出血多量。
皆本芳樹 LV10 右大腿骨骨折、及び出血多量。
日向朱美 LV8 右腹部貫通、及び出血多量。
平野未久 LV9 右腕部骨折、及び左大腿骨骨折。
篠原雄太 LV23 頭蓋骨骨折、硬膜下血腫。
ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!
悠長に、保冷バッグを取り出しているだんじゃなかった!一人出血が少なかった男性探索者が、一番ヤバイ!硬膜下血腫とか、マジか!? って、良く見れば額が陥没してるしぃぃぃ!
他の4人は怪我を負った時のショックと出血で気絶しただけらしいから、取り敢えず治療は後回しだ! まずはこの篠原って人の治療を優先しないと……。
「ええっと……? 硬膜下血腫の治療となると、下級回復薬じゃ無理かな?」
俺は空間収納の中から、中級回復薬を取り出す。
下級回復薬で治療出来るのは基本的に、軽い外傷や骨折等の治癒促進だ。頭蓋骨の骨折や、脳内の欠損した血管の修復は促進出来ても、血腫の除去は行えない。血腫を除去し、健康状態への回復になると中級以上の回復薬が必要となる。負傷部分が脳以外等なら下級回復薬で良いのだろうが……。
「まぁ、後の事は後で考えよう。取り敢えず今は迅速に処置をしないと、後遺症が心配になる」
俺は中級回復薬の封を切り、篠原と言う探索者の頭部に振り掛ける。
回復薬を振り掛けて十数秒ほど待つと、篠原と言う探索者は薄らと目を開いた。
「……こ、ここは?」
「気が付きましたか? よかった、意識が戻ったみたいですね」
「俺は……確か……」
うわ言の様に呟いているが、まだ意識はハッキリしてないようだ。
「貴方は此処で、頭から血を流して倒れていました。見付けた俺が、貴方に治療を施したんですよ」
「そう・・か。ありが、とう」
「いいえ。それより、俺の手を見て貰えますか? 指、何本に見えます?」
素人所見だが、会話を認識出来て呂律もチャンとしている様なので、取り敢えず言語系に後遺症は無い様だ。俺は手を彼の目の前にかざし、指を1本だけ立てる。
「……1本」
「そうですか。じゃぁ、これは?」
俺は立てる指の数を変え、篠原という探索者に何回か繰り返し問う。俺の質問に不思議そうにしていたが、篠原と言う探索者は律儀に質問に答えてくれた。
そうこう確認テストを行っている内に、裕二と柊さんが犯人二人組を引き摺って戻ってきたので、回復薬を渡して他の倒れているヒト達の治療を頼む。
俺は篠原という探索者について、他にも色の付いた物を見せてたりなど確認作業を行った結果、彼は全問正解した。
「大丈夫そうですね」
「……君は何で、こんな事を俺に聞いたんだ?」
「ああ、理由を言ってませんでしたね。貴方が頭部を負傷して意識を失っていたので、脳内出血を疑ったんです。回復薬を使って治療を施しましたが、最低限の確認はしておかないと心配で……」
「な、なる程。君は……医者を目指しているのかな?」
「いいえ。医療系のTVで聞きかじった素人所見です。早めに専門の病院で検査を受ける事を、オススメします」
「……分かった、ありがとう」
篠原という探索者の顔色が急に悪くなったが、納得はしてくれた様だ。
「大樹、終わったか?」
「ああ。取り敢えずは大丈夫そうだ」
「そうか。コッチも今、全員が意識を取り戻した所だ」
周りを見て見ると、横たわっていた探索者が上半身を起こし床に座り込んでいた。
まだハッキリと、頭が動いていないようだ。出血の影響もあるのだろう。
取り敢えず、自己紹介と事情説明を終えた俺達は、この後どうするのか話し合う。
「と言う訳なので、彼等に関してはDPに引き渡すつもりなので、不満でしょうが手は出さないで下さいね?」
「……今直ぐにでも袋叩きにしてやりたいが、命の恩人の君達の提案だ。納得しよう」
被害者達は不満ありありと行った様子で、犯人を殺気に満ちた眼差しで見ていた。俺達が抑える様に言っていなかったら、間違い無く犯人は袋叩きにあっていただろう。
「勿論、彼らが仕出かした事は許して良い物ではありません。DPに引き渡した後、彼等をどうするかは貴方達にお任せします。俺達が口出しする様な事ではありませんからね」
「……良いのか?」
「ええ。知り合いと言う訳ではありませんし、俺達が彼等を庇う理由はありませんよ」
「そうか」
要するに、DPに引き渡した後に彼等を刑事告訴しようが民事で損害賠償請求しようが、俺達は関与しないので好きにしてくれと言う事だ。
実際、俺達も襲われたので擁護する気はない。
「まぁ、そう言う訳なので、犯人は拘束したままDPに引き渡すと言う事で良いですよね?」
「ああ。それで良い」
被害者達を代表して、篠原さんが了承を口にする。他の被害者達も、渋々と言った様子で頭を縦に振るう。俺はその様子に安堵の息を吐きつつ、足元で未だ気絶している二人組に軽蔑の視線を送った。
「そう言えば、俺達の治療に使ってくれた回復薬の事なんだが……」
「ああ、その件ですか……」
「今手元には回復薬がないんだ。現金で回復薬の代金を払おうと思っているんだが……いくら出せば良い?」
「えっと……」
篠原さんが、少し不安げな様子で治療費について聞いてくる。
今現在の回復薬の相場は、最下級の回復薬が1本1万円前後で、下級回復薬は1本20万円前後だ。篠原さん以外は、傷の治療に1人当たり1本ずつ下級回復薬を使用して居るので……。
「篠原さん以外の方は、1人20万円程ですね」
「……俺以外は?」
「ええ。篠原さん以外の方の治療には、下級回復薬を1本ずつ使用しましたのでその位かと」
「なる程。下級回復薬の平均価格相場を考えれば、そんな物だな」
篠原さん以外の人達も俺の請求額と理由に納得したのか、特に不満を口にする事はない。
「で、俺の治療費は?」
「えっと、その……篠原さんの治療費ですが」
「治療費は?」
俺が目線を逸らし口篭ったのが不安になったのか、追及の声がか細い。
「……100万円ほどです」
「……はぁ!?」
俺が意を決し治療費の額を口にすると、篠原さんは大きな声を上げ驚き他の人達も目を丸くした。
篠原さんが口をパクパクとして絶句しているので、俺は高額治療費の理由を説明する。
「俺が篠原さんを見付けた時、篠原さんは頭から血を流していました」
「それは聞いている! だけど何で、そんなに高額なんだよ!?」
「……見付けた時の篠原さんは、額が割れ頭蓋骨が陥没していたんです」
「……えっ?」
「血の出血量こそ他の人より少なかったですけど、明らかに一番重症でした。脳内出血の可能性は勿論、脳と言う重要器官の事を考えれば早急な治療が必要だと判断しました」
「……」
篠原さんは唖然としながら自分の額に手を当て、俺の言葉を噛み締めていた。
「そして、俺は持っていた中級回復薬を使用しました。それが、篠原さんの治療費が高額である理由です」
「……そうか」
中級回復薬の相場は、1本当たり100万円前後だ。外傷を直し健康状態に回復させる効能を考えると、決して高いとは言えない金額だろう。
篠原さんは暫く顔を伏せ黙り込んだ後、こう切り出した。
「……分割払い、で良いかな? 今月、チョッと懐が厳しいんだ」
「……ええ、良いですよ」
「そ、そうか。すまない。助けて貰った上、こんな事を言って」
「突然の出費ですからね、仕方ありませんよ」
「本当、すまない」
篠原さんがオレに向かって、深々と頭を下げる。
……本当に懐事情が厳しいらしい。
「こいつ等から慰謝料か示談金をふんだくったら、直ぐに払う」
篠原さんは、忌々し気に転がっている犯人二人組を睨みつけた。
示談交渉するにしても、かなりの額をふんだくられるのが決定したな。にしてもこいつ等、金持ってるのか?
篠原さん以外の貧血気味でふらついた足取りの探索者達を護衛しつつ、俺達は犯人を護送しながら地上を目指していた。因みに、犯人達は途中一度目を覚ましたが、激しく暴れ五月蝿く騒ぎ立てたので、もう一度気絶して貰っている。
「後2階上がれば、地上に出るな。皆、大丈夫?」
先頭を歩く俺は後ろを振り返り、後ろに続く篠原さん以下負傷していた探索者達の調子を聞く。
「ああ、大丈夫だ。君達の護衛の御陰で、モンスターにも襲われなく快適だよ」
「それは良かった。もう少しで地上に出るから、それまで頑張って」
「分かった」
集団の前方を俺が固め、左右後方を裕二と柊さんで固めた二等辺三角形状の隊形を取ったまま、俺達は通路を進んでいく。三角形中央部の先頭は犯人ふたりを脇に抱えた篠原さんで、その後に他のふらつく探索者が必死についていた。
「それにしても、君達は随分と強いな。ハウンドドッグやホーンラビットが、鎧袖一触か……」
「これでも、結構余裕はないんですよ? 大人数を護衛しながら、ダンジョンに挑んだ経験はありませんから……」
「と言うと、何時もは君達だけで潜っているって事?」
「ええ。一緒に試験に合格して以来ですね」
モンスター撃退や雑談を交わしながら通路を進んでいくと、ついに俺達は地上へと出た。
入口のゲートに到着した俺達は、ゲート傍にいる係員に頼んでDPを呼んで貰う。その際、ゲートで順番待ちをしていた探索者達の視線が、血塗れ姿の篠原さん達と篠原さんの脇に抱えられている2人の犯人に集中した。
待つ事数分、到着したDPに未だ気絶している2人の犯人を引き渡す時に篠原さんが口にした、ドロップアイテム強奪犯と言う単語が、その場にいた探索者達にさざ波の様に広がり大きな騒ぎへと発展。駐留していたDPが、騒ぎの収拾に総動員される事態となった。
「本当にコイツ等が、君たちを襲ったのか?」
「ええ。この改造スリングショットを使って、階段を上がった所を襲撃されました。他にも、襲撃された被害者を救護しようとした人も、治療に気を取られている時に襲われ負傷しています。幸い、彼らが事態に気付き対処してくれた御陰で、俺達も死なずに済みました」
篠原さんが、襲撃犯が使っていたスリングショットを責任者らしき壮年のDP隊員に渡しながら説明をする。
受け取ったDP隊員は、何度かゴムを引いてスリングショットの具合を確認しながら、俺達に視線を少しだけ向けてきた。
「……確かに、コレで弾を打ち出せば相当な威力が出るだろうな」
「ええ、御陰で私は頭蓋骨陥没、脳挫傷で危うく死ぬ所でしたよ」
「……本当か? その割には外傷も無く、シッカリした足取りの様だが……」
「彼等が持っていた中級回復薬を、即決で使ってくれた御蔭ですよ。……本当に、彼らが事態に対処してくれて良かった」
篠原さんが心底良かったと胸をなで下ろすのに合わせ、他の被害者達も同意する様に首を深く縦に振る。
それを見たDPも、取り敢えず俺達の話を信じる事にした様だ。
「取り敢えず、調書をとるから事務所まで来てくれるか? 流石に、ここでこれ以上話を聞くのもアレだしな」
「ええ、分かりました。あっ、でもその前に着替えとシャワーを良いですか? 流石に血塗れのままだと気持ちが……」
「ええ、良いですよ。ですが念の為、DPを一人付けるのは了承して貰います」
「それって……俺達の事を疑っているって事ですか?」
「すみません、規則ですので。我々が現行犯逮捕したのでない以上は、調書を取って犯人と被害者が確定するまでは証拠隠滅や口裏合わせ等が行われない様にする為に、両方に監視を付けさせて貰っています。勿論、皆さんの事を疑っていると言うわけではありませんので、気を悪くしないで下さい」
「悪くするなと言うのは無理ですが……分かりました」
篠原さん達は心外だなと言う表情を浮かべていたが、DPの意図は理解出来るので渋々了承する。
篠原さん達の同意を得たDPは、特に汚れていない俺達3人に視線を向けて来た。
「君達はどうする? 特に血汚れがある様には見えないので、出来れば先に調書取りをお願いしたいのだが……」
俺は裕二と柊さんに、DPの要請を受けて良いか?と言うアイコンタクトを送る。すると、直ぐに二人共受けて良いと言うアイコンタクトを送り返してきた。
「良いですよ。特に汚れている訳ではないので、調書取りが先で」
「そうか、それはありがたい。我々も出来るだけ早く、事件の詳細を把握したいからね」
俺達が調書取りを素直に了承した事に安堵し、近くに居た年若い男女のDP隊員を呼び寄せる。
「お前達、彼等に同行してくれ。俺は、彼等から事件の話を聞く」
「「了解しました」」
「頼む。では、彼等に付いて更衣室の方へどうぞ」
「分かりました。九重君、広瀬君、柊さん。君達のおかげて本当に助かった。このお礼は必ず」
「いえ、困った時はお互い様ですよ。今回の事は、大事に至らなくて本当に良かったです」
「ああ、そうだな」
挨拶を交わし更衣室へ行く篠原さん達を見送った後、俺達はDP隊員に先導され事務所へ移動した。事務所で俺達がそれぞれ調書取りを行っていると、調書の途中で犯人達が気が付く。目を覚ました場所がDP事務所の留置場である事を知った犯人達は観念したのか、素直に自分達が行った犯行を自白しだした。
犯行理由は2名とも、お金に困っての犯行との事。探索者になって直ぐ、高額換金可能なマジックスクロールを手に入れ気が大きくなったそうだ。スクロールやドロップアイテムの換金で得たお金は全て友人達との遊興費に使い込み、既に手元にはロクに残っていないとの事。しかし、見栄を張って友人達を豪遊に連れて行くと大風呂敷を広げていた為、今更引っ込みがつかなくて資金繰りに困っていたそうだ。そんな折、たまたま同じ境遇の者と出会った事で意気投合、手早く遊興費を得る為に今回の犯行に走ったそうだ。
全くもって、身勝手な理由である。
犯人が自白した事で事実関係も明らかとなった事もあり、俺達への調書取りは1時間ほどで終了。後日、呼び出しがあるかもしれないと言われた後に、俺達は解放された。
はぁ、何でこんな面倒事に巻き込まれるんだか……。
頭部に被弾すれば、コレくらいの傷になりますよね?




