第459話 ダンジョン探索の後には打ち上げを
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帰り道は移動行列を使った事で時間はかかったものの、特にモンスターと遭遇する事も無く順調に階層移動が出来た。ただまぁダンジョンの中だというのに、何時間も他の探索者パーティーの背中を見続ける光景というのには、少し辟易するけどな。
そして苦節?の末、俺達は4階層の階段前広場に到着した。
「良し、到着だな。予定通り、少し休憩していこう」
「賛成、やっぱり人の背中を見ながらただ移動するってのは疲れるからな」
「そうね。モンスターの襲撃も無く、代り映えしない景色が続くだけだしね」
移動行列から離れ休憩を宣言すると、裕二と柊さんは軽く背を伸ばしつつ愚痴を漏らす。俺達の場合、走れば15分もかからない道程だからな。それを延々と歩き続きというのは、結構ストレスが溜まるものだ。
「うーん、やっと休憩だ」
「結構時間かかったね」
美佳と沙織ちゃんも少し疲れた表情を浮かべながら、体を解す様に背を伸ばしている。移動行列は移動中の安全性は高いが、複数階をまたいで移動する場合精神的疲労が溜まりやすい。
特に30階層近くまで潜ってダンジョン探索をする探索者にとっては、移動時間そのものが活動する際のネックになっているからな。階層間の移動渋滞が無く、もっと早く移動できれば探索時間に割り振れて稼げるのに……と。
「とりあえず、10分くらい休憩を挟んでから出発しよう。ここで余り長居するより、外に出た方が良いしね」
「そうだな、残り4層だし本格的な休憩を取るなら外でとった方が良いだろう」
「そうね。この辺は危険が少ないとはいえ、ダンジョン内では気が抜けないもの」
ダンジョン内では体を休める休憩は出来るが、気を抜けるような場所はないからな。
そんな事を話していると、美佳がとある提案をしてくる。
「賛成。それと来る時に見たんだけど、ここってイートインが出来たみたいだよ?」
「あっそれ、私も見ました。壁にオープンって貼り紙が貼ってありましたよ」
言われて思い出してみると、そういえば簡単な喫茶スペースが出来るって話を聞いたな。何でもイザという時の事を考えると、ダンジョンの入り口があるココには民間企業の飲食店は入れられないので、沢山の飲食物を販売する自販機とイートインスペースを設置するとか何とか。
イメージとしては、昔のドライブイン?といった感じかな。
「そういえば、そんなのが出来るって言ってたな……」
「そういえば、言ってたな。何時も査定が終わったらすぐに帰るから、あまり気にしてなかったな……」
「私達、打ち上げをするにしても地元の駅まで戻ってしてたもんね。そういえば話には聞いてたけど、使った事なかったわ」
日帰り探索の場合、俺達は朝早くからダンジョンに潜って日帰り帰宅可能時間ギリギリに戻って来てたからな。余りココに長居すると帰る時間が遅くなるから、帰宅優先で話には聞いてたけど使った事が無い施設だ。
それに時間があるのなら、自販機で済ませるよりちゃんとしたお店でユックリと……って感じもするしな。タダでさえ気の抜けないダンジョン内で活動しているんだし、ユックリ出来る時は警戒を解いてゆっくりしたい。
「じゃぁ、行ってみようよ。どういう商品が並んでるのか、私も気になるしさ」
「ダンジョン限定の珍しい商品とか置いてあるんですかね? 味はどうか分かりませんけど、どんなのがあるかは気になります」
ココでなくとも観光地なんかにはだいたい、他の所では見かけないご当地商品なんてのがあるからな。地元で愛されてるご当地食材を使ったパンとか揚げ物とか……うん、そう考えるとすこし気になってきたな。
俺は裕二と柊さんに視線を向け意見を聞いてみると、2人とも軽く頷きOKを出してくれる。どうやら二人も興味が出て来たらしい。
「それじゃぁ、外に出たらそこに行ってみるか。使った事ないから少し興味あるしさ」
「うん!」
「はい!」
という訳で、ダンジョンから出たら自販機イートインコーナーに皆で行ってみる事が決まった。
4階層の階段前広場での短い休憩を終えた俺達は、自販機イートインスペースへ行くという希望を持って再び延々と続く移動行列に加わった。安全性は高いが、やっぱりただ歩き続けるというのは精神的にくるものがあるな。
そして1時間程移動行列に従って歩き続けた結果、ようやく終わりが見えた。
「やっとここまで来たな、もう直ぐ外に出られる」
「長かったな。これでも夏休み期間中よりはマシっての……」
「いよいよ本格的に、移動行列が通る最短コースよりマシな回り道を模索した方が良いかも……難しいとは思うけど」
柊さんの言葉に思わず飛びつきたくなるが、それは難しいだろうと軽く頭を左右に振る。
移動中の混雑を避けるために新しい道を模索するというのは考えた事は以前にもあるのだが、上の方の数階層はどの道にも少し歩けば探索者がいるという状況が続いており、俺達のようなレベルが高い探索者が思いっきり走って移動するというのは困難だった。衝突した際の危険性を考えると、下手をすると出現するモンスターより危険だからな。
気苦労をしながら回り道を走って止まって歩いてを何度も繰り返すのなら、大人しく移動行列に乗って最短距離を移動する方が幾分精神的にマシというものである。それにそんな苦労を負った上で短縮できる時間も、せいぜい5分10分といったところだろうしな。
「根本的に人が多すぎるってのが問題なんだよね、特に入口近い数階層が。もう何か所かに入り口や階段が分散していれば、こんなに困る様な事も無かったんだろうけど……」
「確かに利用者の総数はともかく、一か所に人が集中するってのが問題だからな。複数個所から入退場や階層移動ができれば、ココまでの問題にはならなかったんだろうな」
「そうね。でも管理する方からすると、階層移動の為の階段はともかく、入り口が複数あったら管理コストが跳ね上がって頭を抱える事になるわ」
利用者視点で言えば便利だろうが、管理者視点で見ると安全確保の為の管理コストが増すからな。仮に入り口が一か所増えただけでも、ダンジョン入り口封鎖用の施設に警備要員の配置等、他も鼠算式に必要なコストや人員が増えていく。それが複数ヵ所ともなれば……うん、管理側からすると悪夢でしかないな。
そうなったら財政負担が酷い事になりそうだから、探索者特別課税とかが出来るんじゃないか?
「そうだね。でもまぁ、どうしようもない事を言ってても仕方ないか」
「そうだな」
「そうね」
俺達は延々と続く移動行列を眺めながら、溜息を漏らす。何かしらの解決策が出来るまで、もうしばらく人口過剰のこの混雑と付き合っていくしかないんだろうな。
そんな戯言を漏らしている間に、俺達は何時の間にかダンジョンの出入り口を通り過ぎていた。照明で燦燦と照らされる室内、入退場ゲートに並ぶ探索者達の姿。ダンジョンから出たのだと確認し、小さく安堵の息を漏らし張り詰めていた緊張を緩める。
「ふぅ、この後は着替えを済ませてから査定か」
「また並ぶことになるだろうけど、夏休み中よりはましだろうよ」
俺は退出手続きを進めながら、この後にも続く細々とした面倒事に思いを馳せる。査定窓口の増設などで大分待ち時間は短縮されてきたが、必要な事は理解しているが疲れた所に再び長時間の待機はキツイにはキツイ。
そしてダンジョンの入り口がある建物を出た俺達は、足早に移動し更衣室の前へと到着した。
「それじゃぁ、着替えを済ませたらまたココで」
「ええ、それじゃぁまた後で」
柊さん達と別れた俺と裕二は、更衣室へと入っていく。更衣室の中には俺達と同じ様に探索を終えたばかりの者、コレからダンジョンへ入ろうとしている者と様々だ。まぁ探索を終えた者は、更に2種類に分かれてるけどな。満足いく成果を得られたと思わしき満足げな表情を浮かべる者と、成果が得られなかったと思わしき気落ちした表情を浮かべる者に。
俺達? 普段のダンジョン探索の成果と比べたらしょっぱいが、とりあえず前者と言えるな。
「大樹、着替え終わったか?」
「うん、とりあえず。裕二は?」
「俺の方も終わったぞ」
手早く10分ほどで着替えを終えた俺と裕二は、忘れ物が無いかを確認してから更衣室を後にする。
予想通り柊さん達はまだ出てきていないので、俺と裕二は空いている待合席に腰を下ろし時間を潰す事にした。
「柊さん達が出てくるのには、まだ時間が掛かりそうだな」
「まぁまぁ裕二。そこまで急いでいる訳じゃないから、のんびり待とうよ。それよりさ、一つ確認したい事があるんだけど良いかな?」
「ん? 何だ?」
「裕二ってさ、今手持ちどれくらい持ってる?」
これからの予定を考えつつ、俺は財布の中身を思い出しながら裕二に少々ぶしつけではあるがお財布事情について質問する。
「はっ、手持ち?」
「いやほら、査定が終わったら自販機イートインに行くっていってたじゃないか? ダンジョンにあるご当地商品といったら、ダンジョン食材を使ったモノになるだろうから……」
「……成る程、大樹の言いたい事が分かったよ。そんなモノを使ってたら、自販機の商品とはいっても、価格が可笑しな事になってるんじゃないかって事だろ?」
「うん。大体こういうお食事系自販機メニューの定番と言ったら、ハンバーガーとかホットドッグとかじゃん? もしその肉の部分にオーク肉だミノ肉だのを使ってたら……」
テーマパーク価格等が適用されていた場合、楽に千円二千円は超えるだろうな。そんなモノを物珍しさで複数買ったら……。
そんな俺の懸念を理解した裕二は、少し思案の表情を浮かべてから先程の質問の答えを口にする。
「そう考えると、少し心もとないかもな。帰りの電車賃……下のコンビニでおろすとして、バス代を除いたら五千円が良い所だろうな。大樹は?」
「俺も裕二と同じぐらいだね。ダンジョンに来るだけと思ってたから、そんなに手持ちはないよ」
「ココ、ATMは設置されて無いからな」
「基本的に現金払いのみだからね、ココ」
町中にあるダンジョンが併設されていない協会支部等は除き、ダンジョン協会出張所と言えるココではキャッシュレスカードといった後払い方式の決済方法は基本使えない。何故なら後払い方式は決済方法が基本的に銀行口座などに紐づけされている為、出張所で買い物をした直後にダンジョンに潜った結果、契約者本人が決済が出来なくなる事態に遭遇する可能性もあるからだ。
実際他国の事ではあるが、ダンジョン発見初期の頃にこの手の問題が多々発生していた。その反省を生かして、協会支部はともかく、出張所の方では現金のやり取りのみという規定が出来たそうだ。まぁ前払い方式のカードなどは解禁しては良いのでは?という声は今は上がっているらしいけどな。
「まぁ軽い食事なら問題ないさ」
「だと良いんだけどね。今日の儲けはそこそこになるだろうから、美佳と沙織ちゃんがはしゃいで散財し過ぎないか少し心配だよ。最悪、走って下山する事にならないかな……って」
「心配し過ぎだろ、2人だってそんな無茶な買い方はしないって」
査定額って、その日の頑張りの数字だからな。上手く行った時の高揚感で財布の中身を考えず……ってのは無くも無いと思うけどな。特に新人探索者が陥りやすく、偶にバス停の前なんかでバツの悪そうな表情を浮かべている者がいるしさ。
まぁ裕二の心配し過ぎというのも分かるから、ご当地商品以外も置いてるだろうし心配するのは実際の商品の値段を見てからでも遅くは無いか。
「お待たせ……って、どうしたの二人とも? なんだか深刻そうな表情を浮かべてるけど?」
「ああ柊さん、早かったね。いや、ちょっとした問題に思い至ってね。裕二とどうしようかって話し合ってたんだよ」
「何よ問題って?」
「大した事ないよ、この後行く自販機イートインについてね。どんな商品が置いてあるんだろ……ってさ」
お財布事情の話を誤魔化しつつ、着替えを終え更衣室から出てきた柊さん達3人を俺と裕二は出迎えた。
「それじゃぁ、ドロップ品を査定に持って行こうか? さっさとこの大荷物を片付けて、イートインスペースで打ち上げをしよう」
「賛成! ここのイートインスペースにどんなのが置いてあるか気になってたんだよね!」
「どんなご当地商品があるんでしょうね」
「以前覗いた物販スペースにも色んなモノが置かれてたから、それなりの品揃えが期待できると思うよ。でもまぁ、余り過剰な期待はしない方が良いだろうけどね」
「それでも期待するのはタダだし、期待しておくよ」
美佳と沙織ちゃんは期待に心躍ると言いたげな表情を浮かべながら、俺達に早く査定にいこうと促した。




