第457話 剥ぎ取りナイフの存在を教える
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俺達が10階層の探索を開始し10分程が経って、ようやく最初のオークと遭遇する。遭遇したオークは単体で、手にした棍棒を俺達に見せつける様に掲げつつ威嚇する様に低い唸り声をあげていた。
オークにとって多対一という状況ではあるが、戦意に衰えはないらしい。
「ようやく遭遇できたな……1体だけだけど」
「まぁこの辺の階層なら、単体のオークと遭遇する事も珍しくは無いさ。寧ろ複数体と遭遇する方が珍しいだろ」
「そうね。もう少し下の階層に行けば複数体と遭遇するのが基本になるでしょうけど、出始めに当たるこの辺の階層ならまずは単体で遭遇する方が良いわ。オークとの戦闘経験が無い探索者だと、初めから複数体のオークとの戦闘は厳しいでしょうから」
俺達を牽制する様に威嚇を続けるオークを尻目に、俺達3人は少し残念気な眼差しをオークに向けていた。さんざん時間をかけ探し回った上で、1体しか出現しない現状はハズレと言っても良い状況だからだ。
幸い今回の探索では、すでに赤字にならない程度のドロップアイテムは得ているのでマシだが、残念だという気持ちがついつい漏れ出てしまう。
「それはそうとお兄ちゃん、相手のオークは一体だけど予定通り私と沙織ちゃんで相手をするの?」
威嚇を続けるオークを警戒しつつ、俺達の反応に少し戸惑う表情を浮かべながら美佳がこの後の行動について確認を取ってきた。
「ん? ああ、そうだな。1体だけっていうのは少しあれだが、予定通り美佳と沙織ちゃんの二人で相手をしてくれ。それと柊さんが少しする事があるって事だから、オークを倒し終えたら手を出させてもらうよ」
「うん、了解」
「分かりました」
当初の予定通り、まずオークの相手は美佳と沙織ちゃんにして貰う事にした。相手は1体だけなので、2人が連携を取って相手をすればまず怪我を負う事は無いだろう。
俺達は一歩下がり後方を警戒しつつ、オークと美佳達の戦いを見守る事にした。
「まず私が攻撃を仕掛けて気を引くから、沙織ちゃんが止めをお願い」
「まかせて美佳ちゃん、一撃で決めてみせるよ!」
「頼もしい返事だね。それじゃぁ相手も痺れを切らしてきたみたいだし、そろそろやろっか?」
美佳と沙織ちゃんは槍を構え、前傾姿勢を取り今にも全速で突撃してきそうなオークと対峙する。
そして美佳と沙織ちゃんを明確な敵として認識したオークは、2人を睨みつけながら雄叫びを上げながら突撃を開始した。
「来たよ沙織ちゃん! 予定通り私が牽制してオークの動きを止めるから、止めをお願い!」
「まかせて!」
突撃してくるオークに向かって、美佳は槍を構えながら小走り気味に間合いを詰めていく。オークも自身との間合いを詰めてくる美佳をより強く警戒したのか、沙織ちゃんから視線を外し注意を逸らした。
そしてオークの視線が自分に向き、沙織ちゃんから注意が外れたのを確認した美佳は足の進みを速め、間合いを一気に詰め自分に向いたオークの注意をさらに引く。この時点でオークの気を引き、沙織ちゃんから注意を逸らすという美佳の思惑は凡そ成功したといえる。その証拠に……。
「沙織ちゃん、後はよろしく!」
そう言って美佳はオークに間合いに入った瞬間、攻撃される前にサイドステップで大きく右に跳びオークの間合いから離れる。思いっきり飛んだのか、美佳の体は間合いを詰めていた時以上の速さで飛び去った。
オークはそんな美佳の動きに驚愕や困惑といった表情を浮かべつつ、間合いの直前で跳びさる美佳に視線を向け追ってしまう。それはとても大きな隙を作る行為であり、複数の敵と対峙している状況でやるべきでは無かった行動だった。
「エイッ!」
「グェッ!?」
間合いに踏み込んだ直後に行われた美佳の動きに目を取られた結果、一瞬とはいえオークは沙織ちゃんの存在を完全に失念した形になり、致命傷に至る首への一撃を無防備で受ける事となった。
沙織ちゃんが繰り出した槍は寸分の狂いも無く、美佳の陽動で無防備にさらされる事になったオークの首の中心を深々と貫く。更に追い打ちとして……。
「フッ!」
サイドステップでオークの間合いの外に退避していた美佳も沙織ちゃんの攻撃がオークを貫いたのを確認すると、ダメ押しとばかりに瞬時に間合いを詰め直し追撃を加えた。美佳が繰り出した槍による攻撃はオークの胸の中心に深々と突き刺さり、これも間違いなく致命傷にいたる一撃だ。
つまり美佳達と対峙したオークは、瞬く間に致命打を2つも受けた事になる。如何にゴブリン等に比べ体格が大きく分厚い肉に覆われているとはいえ、この後に迎える結果は明確だ。
「「……」」
美佳と沙織ちゃんはオークから槍を引き抜き、間合いの外へと下がりオークがとる次の動きを警戒する。だが当然、致命打を2つも受けたオークが取る……取れる動きは一つだけだ。オークは膝から力が抜けるように崩れ落ち、顔面から打ち付ける体勢で地面へと大きな音を立てながら倒れた。
そして血を流しながら倒れ伏すオークを警戒する美佳と沙織ちゃんを眺めながら、俺達は次なる行動の準備を始める。
「……うん、大丈夫そうね」
「まぁアレだけ致命傷級の攻撃を受けたら、ひとたまりも無いだろうね」
「そうね、じゃ行ってくるわ」
ちゃんと倒しきっているのなら、ココからはある意味時間との勝負になるからな。柊さんはユックリとした足取りで、警戒を続ける美佳と沙織ちゃんの元へと向かう。
そして柊さんが美佳達の元へとたどり着く頃には、オークを倒しきった証拠である粒子化が始まっていた。
オークの粒子化が始まったのを確認し、美佳と沙織ちゃんが小さく息を吐き緊張を解いていた。粒子化が始まるという事は、モンスターを倒しきった証拠だからな。
そして柊さんは労いの言葉を口にしながら、美佳と沙織ちゃんの脇を通り抜けていく。
「お疲れ様、二人とも。早速だけど時間が無いから、事前にいっておいた用事の方を先に済まさせてもらうわね」
柊さんは腰に吊るしていた革製の鞘に入った一本のナイフを引き抜きつつ、粒子化をしているオークへと歩み寄っていく。
そしてオークの傍に寄った柊さんは、手にしたナイフをこれ見よがしに大きく振りかぶり……。
「エイッ」
すこし気の抜けた軽い調子の掛け声と共に、粒子化しているオークの体に突き刺した。すると徐々に粒子化を始めていたオークの体が、突き刺さったナイフを起点にし一気に粒子化が加速していく。
そして通常なら十数秒かかる粒子化が数秒で終了し、オークの体があった跡地には1つのドロップアイテムが転がっていた。
「うん、成功ね」
「あの雪乃さん、それは……」
「今回のドロップ品、オークのお肉よ」
「あっ、いや、そうじゃなくて……」
何の気なしにドロップのお肉を拾い上げる柊さんに、目の前で起きた不思議な現象に少し困惑する美佳が躊躇しつつ問いかけていた。知らない現象が目の前で起きれば、まぁこの反応も無理は無いかな。
沙織ちゃんも美佳の横で、困惑した表情を浮かべつつ柊さんが持っているナイフとお肉を凝視してる。
「分かってるわ、コレの事よね?」
そういうと柊さんは、手に持っていたナイフを美佳達に見える様に掲げて見せる。
「コレは剥ぎ取りナイフと呼ばれる、マジックアイテムよ。コレの効果は見て貰ったように、粒子化を始めているモンスターに突き立てるとお肉……食材アイテムが確定ドロップするわ」
「食材アイテムが確定ドロップする……ですか」
「ええ。採取依頼や収集ノルマなんかで食材アイテムをドロップさせたい探索者からすると、是非とも一本は確保しておきたい垂涎の一品ね。デメリットとしては、コレを使うと食材アイテムしかドロップし無くなる事よ。スキルスクロールやマジックアイテムなんかのレアドロップ狙いの場合は、コレを使うと確実にハズレを引く事になるから気を付けて」
「はい。でも、そんな便利なマジックアイテムもあるんですね」
美佳と沙織ちゃんは柊さんが持つナイフを凝視しつつ、興味津々と言った表情を浮かべながら感嘆の声を上げる。モンスターから何であれ、アイテムがドロップするかどうかは絶対じゃないからな。食材アイテム限定とはいえ、確定ドロップするのは破格の効果だ。
だが直ぐに怪訝気な表情を浮かべながら、美佳は思い浮かんだ疑問を口にする。
「でも雪乃さん、私そんなアイテムがあるって話は聞いた事ないですよ? コレだけの効果があるのなら、現物は手に入らないにしても探索者の間で噂ぐらいは聞こえてくると思うんですけど……」
「確かにこれだけの効果があるのなら、大きな噂になっていないのは不思議に思うわよね。当然の疑問だと思うわ。でも勿論、それには理由があるのよ」
美佳の疑問に柊さんはその通りだと同意しつつ、剥ぎ取りナイフの噂が広まっていない理由を話し始める。
「前提として、剝ぎ取りナイフはマジックアイテムの部類よ。当然マジックアイテムである以上、ドロップ率自体が低いわ。その上、ドロップするマジックアイテム自体にも幾つも種類があるから、狙って剝ぎ取りナイフを……と言うのも難しい話よね」
「それは……そうですね。特定のマジックアイテムを狙って、何てのはまず出来ません。私達の短い探索者歴でも、それがどれだけ困難な事なのかっての何となくわかります」
「ええ、だからそもそもの剝ぎ取りナイフの絶対数自体がそれほど多くないのよ。なんだかんだ言っても、ダンジョンが出現してからまだ1年ちょっとしか経っていないから。時間が経てば剝ぎ取りナイフの数自体も増えていくでしょうけど、現状では潜在的な需要を満たせるとはいえないわ。そうなるとコレの効果も相まって、知る人ぞ知る、出来れば競争相手を増やしたくない、必要数を満たすまでは大きな話題になって欲しく無い……と言った思惑が広まるのも無理はないでしょうね」
「確かに需要を満たすような数が揃わないってなると、そんな流れになるかも? でも、噂ぐらい聞こえてきても良いと思うんですけど……」
食材アイテムを確定ドロップさせるマジックアイテム、流行や趣味の延長線上で探索者をやっている学生探索者なんかは別にしても、仕事として探索者をやっている者にとっては収入を安定させる為に是非とも押さえておきたい品だ。
剝ぎ取りナイフの効果を知れば、欲しいと思う探索者は大勢出てくるだろうからな。
「そこら辺は噂だけど、大手のダンジョン食品取扱会社が手を組んで話が広まらない様にしつつ、剝ぎ取りナイフの確保に動いてるって聞くわ。他にも、剥ぎ取りナイフを所有している探索者相手に買取交渉をしているなんて話も聞くしね」
「ええっ、そんな事になっていたんですか?」
美佳と沙織ちゃんは柊さんに話を聞き、思わず嫌悪感に満ちた表情を浮かべていた。大手企業が手を組んで、他の探索者が得られたかもしれない利益を不当に独占していると感じたのかもしれないな。
そんな二人の反応に柊さんは苦笑を浮かべつつ、剝ぎ取りナイフを取り巻く現状に対するフォローを始める。
「でもほら、その結果として最近はスーパーとかに並ぶダンジョン食材なんかも、徐々に供給量が増えて来て価格が下がってきているって話があるでしょ? 努力?の結果、多くの剥ぎ取りナイフが大手の食品会社にわたったおかげで、効率的に食材アイテムの大量確保に成功したからよ。美味しいダンジョン食材が安価で出回り始める様になった結果、供給者である探索者に対する印象もかなり良い物になってるわ」
「そう言われると、悪い話でもないのかな……」
「それに話が広まらないようにっていうのも、剝ぎ取りナイフが査定に出された際に割増しで買い取りたいと言っている相手がいるって話を持ち掛ける様に協会にお願いしているだけみたいだし、所有者への買取交渉も無理強いはしないって話よ?」
「それなら……まぁギリギリセーフ、かな?」
見た目では実力が判定しにくい探索者相手に、無理強い交渉なんてまずまともな企業ならやらないだろうからな。相手を舐めて交渉した結果、ダンジョン内のアイテム収集チームが謎の妨害工作を受け収集作業に失敗、対策に手を拱いている間に会社の業績が大幅に悪化して……なんて可能性も出てくるかもしれない。
ある程度以上の実力がある探索者が理性より感情を優先し、後先考えずに動けば出来なくも無いだろうからな。
「まぁ企業関係の話は置いておくとして、今回は二人が剥ぎ取りナイフの存在をまだ知らないかもと思って実践して見せたのよ。コレを使えば、安定的にモンスターのお肉を確保できるようになるからね」
「そうなんですか……でも、何で剝ぎ取りナイフの事をもう少し早めに教えてくれなかったんです? 知っているだけでも、大分変わってくると思うんですけど」
「食品アイテムを探索者としての稼ぎの軸にするなら、遭遇回数が多く買取単価が高くなるオーク肉を集められる程度の実力が無いと成立しないからね。そこまでの実力が無いのなら今まで通り、ドロップは運任せの方が回復薬やスキルスクロールなんかの大当たりが偶に出る分、収入的には多少はマシになると思うわ」
数をこなせるのなら低階層帯でも成立する稼ぎ方とは思うが、いまだ低階層帯は探索者の数が多くモンスターと遭遇できる回数自体が少ないからな。数をこなすことが困難なので、剝ぎ取りナイフを利用し食品アイテムを収入の軸にするのは難しい状況と言える。スキルスクロールやマジックアイテム程高額で取引されないが、まだ高い頻度でドロップする回復薬を目標にした方が買い取り単価が高いので採算性はマシだろうな。
そして美佳と沙織ちゃんは柊さんの説明を聞き、まだ気になっている部分はある物の一応は納得したというような表情を見せた。




