第453話 肩慣らしも終わって
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レッドボアの群れを見つけた俺達は、事前に決めていた通りに素早く戦闘陣形を整える。とはいえ、美佳と沙織ちゃんが俺達の前面に出て、レッドボア達と対峙しているだけなんだけどな。
美佳達がどれくらい夏休みで成長したのか、この階層以降での戦闘に備えた肩慣らしという意味がある。
「レッドボアの数は3体か……いけるか?」
「大丈夫だよ。これくらいの数の敵となら、何回も戦った事もあるしね」
「大丈夫です。ただ先輩達の方を狙っていくボアもいるかもしれませんから、通さないつもりですけど気を付けてください」
「了解、今日の初戦闘なんだから気を付けてね」
レッドボアに武器を構え対峙する美佳と沙織ちゃんに一声かけてから、俺達は一歩後ろに下がって周囲を警戒しつつ事の成り行きを見守る事にした。危なくなったら、直ぐに援護に入れる体制を整えつつな。
そして緊張で体に無駄な力は入ってはいないが油断なく相手の動きを観察し武器を構える姿に、美佳と沙織ちゃんの探索者としての成長を感じる。ある程度モンスターとの戦闘に慣れ始めた中堅手前レベルの探索者でも、その日初めての戦闘となれば緊張で体が強張るものだからな。その観点で見ると、美佳と沙織ちゃんの二人は中堅レベルに届いていると考えて良いだろう。
「さて、お手並み拝見といくか」
「ええ。でもまぁ、今の二人の佇まいを見るだけでも成長は十分に見て取れるけどね」
裕二と柊さんも、美佳と沙織ちゃんの佇まいに感心しつつ、戦闘の行方を興味深げな眼差しで見守っていた。まぁ戦闘態勢に入ったモンスターを前にし、あの佇まいが出来るのなら戦闘面も大丈夫だろうからな。後はどれだけ上手く敵をさばけるか、だ。
そんな俺達が見守る前で、美佳と沙織ちゃんはレッドボアとの戦闘に入った。
「沙織ちゃん、私がまず右端のヤツを倒すね」
「分かった。じゃぁ私が中央と左端の足止めをするよ」
「お願い。右端のヤツを倒し終えたらすぐに中央のヤツを倒しに行くから、沙織ちゃんは左端のヤツを倒して」
「うん、頑張ろう」
2人は手短なやり取りで、作戦と相手をする敵の割り振りを決めたらしい。
複数の敵を一度に絡めとれる広範囲制圧の手段が無いのであれば、彼我に数の差があるので無難な作戦と言える。無理に敵全てを1度の接触で倒そうとし、1撃で仕留めそこなうリスクを負うより手堅い作戦だ。数的不利にあるモンスターとの戦闘においては、1撃で仕留めるか致命傷を負わせないと、手負いの敵を抱えるというのは厄介な事になるからな。手負いの敵は行動パターンが読みにくくなるので、思わぬ怪我を負うリスクが増加する。
「来るよ!」
美佳のその言葉を切っ掛けに、レッドボア達が美佳と沙織ちゃんを目掛けて突撃を開始した。レッドボア達は一斉に突撃を開始したが、横一線にとはならず中央のレッドボアを先頭にVの字、いわゆる鶴翼の陣形で突っ込んでくる。レッドボアが集団で戦闘をする際に、割と良く使う陣形だ。
そして敵が良く使う陣形という事は、それだけ相手の出方が予想しやすく対処する手段が取りやすいという事である。
「沙織ちゃん!」
「任せて!」
沙織ちゃんはレッドボアが動くと素早く間合いを詰め、中央と左端のレッドボアに向かって牽制の攻撃を仕掛ける。相手の足止めを目的にした、槍による素早い連撃を繰り出しレッドボア達の注意を引く。
その牽制効果は抜群で、沙織ちゃんの牽制攻撃を受けたレッドボア達は驚き思わず足を止め、右端のレッドボアだけが突出する形になった。その上、突出してしまったレッドボアは仲間の動きに気を取られ、もう一人いる対峙していた敵から注意を逸らしてしまった。つまり……。
「ヤッ!」
気を逸らしてしまったレッドボアは美佳が繰り出した攻撃を避ける事が出来ず、首筋に槍による一撃を受け致命傷を負った。攻撃を受けたレッドボアは惰性で1,2歩動いたが足から力が抜けるように頭から地面に倒れ込み動かなくなった。倒れたレッドボアの死亡確認はまだだが、少なくとも即時復帰は不可能な状態と言えるだろうな。
そして美佳はレッドボアが倒れたのを確認すると、素早く沙織ちゃんがヒットアンドアウェイで牽制を繰り返し足止めをしているレッドボアに攻撃を仕掛ける。
「お待たせ沙織ちゃん、ヤッ!」
「じゃぁ私ももう良いね、エイッ!」
右端のレッドボアを仕留めたと思わしき美佳が駆けつけたのを確認し、牽制攻撃を繰り返し足止めをしていた沙織ちゃんは動きを変え、一気に左端に居たレッドボアとの間合いを詰め、槍を首筋目掛けて繰り出した。
そして突如動きを変えた沙織ちゃんの動きに対応できず、レッドボアは繰り出された槍を避け切る事が出来ずに僅かに打突点をズラしたものの首を槍で貫かれていた。沙織ちゃんもレッドボアが避けるのに合わせて打突点を微妙にズラしていたから、アレは避け切れないだろうな。
「「……」」
美佳と沙織ちゃんは攻撃を受け地面に倒れたレッドボアから距離を取ると、援軍が無いか周辺警戒をしつつレッドボアを観察していた。死体の粒子化が始まるまでは再び立ち上がり、攻撃を仕掛けてくる可能性が残るからな。モンスターとの戦闘は最後まで気は抜けない。
そして十数秒後、倒れ伏すレッドボア達の粒子化が始まり、ようやく美佳と沙織ちゃんは軽く息を吐きつつ戦闘体制を解除した。
「ふぅー、お疲れ様沙織ちゃん。2体の足止め、ありがとう」
「ううん、美佳ちゃんもお疲れ様。美佳ちゃんこそ、私が1体仕留める間に2体も倒してくれたじゃない」
レッドボアとの戦闘を終えた美佳と沙織ちゃんの二人は、互いの健闘をたたえつつレッドボアの死体の消えた跡地に視線を向けていた。ドロップ品の確認までが、探索者の戦闘における仕事だからな。
そして3体のレッドボアの粒子化が終えると、跡地に2つのドロップアイテムが出現していた。
「あっ、2つも出た」
「幸先が良いね」
「うん、そうだね。それで今回のドロップアイテムは……」
「コアクリスタルとお肉だね」
どうやら今回の戦闘でドロップしたアイテムは、コアクリスタルとボア肉だったらしい。ボア肉はまだしも、コアクリスタルは最近買取価格が下降気味でかなりしょっぱいからな。
美佳も沙織ちゃんも空振りよりはマシだがといった、微妙な表情を浮かべている。
「あ~あ、スキルスクロールとかが出てくれると最高なんだけどな……」
「それはそうだけど、中々出ないからレア物なんだよ」
美佳と沙織ちゃんが若干の不満を漏らしつつもドロップ回収を終え、今回の初戦闘であるレッドボアとの戦闘は終了した。
とりあえず、二人に怪我が無く終わって良かったよ。
レッドボアとの戦闘が終わり、俺達は移動行列に戻る道程で今回の戦闘についての講評を行っていた。肩慣らしという目的が終わった以上、これ以上6階層で時間を消費する理由も無いしな。
そして講評は基本的に、2人の探索者としての成長を誉める物だった。
「まず戦闘面に関しては、特に指摘するところはないかな? 作戦を決めてからの役割の割り振りもスムーズだったし、沙織ちゃんの牽制も美佳の相手の隙を見逃さず攻撃した手際も見事なモノだったよ。夏休みの間に、随分と成長したね」
俺は短めに戦闘全体の流れを評価し、よくやったと美佳と沙織ちゃんを誉める。美佳も沙織ちゃんも俺の評価を聞き、嬉しそうに表情を綻ばせる。
「迷わず相手の急所に攻撃を叩き込んだのも見事だったぞ。特に沙織ちゃんの方は、攻撃を避けようとする相手に合わせて打突点を調整しながら攻撃を叩き込んだのも見事だった。強いて言うのなら、多少打突点が急所の中心から外されていたから、もう少し相手の動きを予測する力を付けた方が良いだろうな。レッドボアより反応が早く動きが素早いモンスターが相手だと、急所の範囲を外される可能性があるからさ。そうだな、ネットの動画なんかで4足歩行動物の動きを勉強してみるのも良いかもしれないな。出来れば何らかの事態に遭遇し、普段の動きと異なる動作をしている奴なんかが勉強になると思うぞ」
裕二は二人の戦闘の評価をしつつ、更に向上させた方が良い改善点を指摘する。しかし相手の動きの予測精度を高めるとなると、戦闘経験を重ねて覚えるしかない分野じゃないかな?
現に指摘された美佳と沙織ちゃんも、どうやって改善しようかと少し困ったような表情を浮かべている。アドバイスは貰えているけど、それはそれで時間が掛かる方法だからな。
「そうね、私からも戦闘面については特に言う事はないわ。強いて言うのなら、同じ槍使いとして指摘しておくわ。モンスターに突き刺した槍が抜けなかった場合、その後の動きを念頭に置いておいて動いた方が良いわね。レッドボア位の体格なら問題ないけど相手が大型モンスターだったら、急所を槍で貫いた時に体の奥深くまで穂の大部分が入り込んだら抜けなくなる場合があるわ。もしくは外皮が硬く貫くのに力がいるけど、外皮の下の脂肪が柔らかく槍の穂が根元までめり込んだ、といった場合とかね? しぶといモンスターだとたとえ急所を貫かれて致命傷を負ったとしても、絶命する寸前でも反撃のカウンターを繰り出してきたりもするわ。そんなモンスターを相手にしている時に、突き刺さって抜けない槍を何とか取り戻そうと考えていたらカウンター攻撃でケガをするわよ? だから、もし突き刺した槍が抜けなかったら? という事は頭の片隅に置いておきなさい。その上で相手の動きをよく観察し、武器の回収を優先するのか、相手の間合いから離脱するのを優先するのか、最適な動きを取らないと駄目よ?」
優しげな表情で改善点を指摘する柊さんに、美佳と沙織ちゃんは難しげな表情を浮かべながら頭を抱える。確かに柊さんが言う様にレッドボアぐらいの体格なら問題ないが、より大型のオークやミノタウロス、あるいはビッグベアーなんかを相手にする場合、そういった危険性も考慮しておかないと危険だよな。
例えば心臓を貫いたとしても、分厚い筋肉や分厚い脂肪を纏っているので槍が抜けなくなる危険は大いにある。その上、アイツらなら普通にカウンターを繰り出してきそうだしな。俺達の場合、相手が反応する前に首を落としたり貫いて離脱しているので、まずカウンターは食らわないが、これが万人が出来る普通の戦法だとは思っていない。まぁ、トップレベルの上級探索者なら出来そうだけどな。
「「あっ、はい。気を付けます」」
俺が褒めた時とは異なり、美佳と沙織ちゃんは意気消沈したような表情を浮かべていた。因みに裕二と柊さんの講評を聞いた後、二人が俺に向かって強いてあげれば……と言い出さないかと警戒する様な眼差しを向けて来るが、言わないから安心してくれ。
そして講評を続けていると、前方に移動行列を形成する探索者達の姿が見えたので話を終わる事にした。その際、美佳と沙織ちゃんが心底安堵したような表情を浮かべていたのは少々心外だったがな。
「さてと、それじゃまた行列に乗って下の階に移動するけど、次の階層は7階層、ゴブリンが出てくる階層だけど……いけるか?」
気を取り直し、俺は真剣な表情を浮かべながら、美佳と沙織ちゃんに次の階層に出てくる相手と戦えるかと問う。ゴブリンと戦えるか否かは、新人探索者が通る一つの関門だからな。ここで足踏みと言うか、足を止める探索者も少なくない。
すると、美佳と沙織ちゃんは真剣な表情を浮かべながら、力強く頭を縦に振って頷いた。
「大丈夫だよ、ゴブリンとは夏休みの間に何度も戦ったから」
「大丈夫です」
俺の問いに大丈夫だと答える美佳と沙織ちゃんの表情は、見栄を張って強がっているようには見えない。体が緊張で強張っている様子も見られないので、本当に大丈夫という事なのだろう。
そして視線を美佳と沙織ちゃんから裕二と柊さんの方に向け、二人の視点から見て美佳達が強がっていないかの確認を取る。すると二人も大丈夫だろうと軽く表情を緩めながら頭を縦に振って頷いた。
「分かった、それじゃこのまま行列に乗って下の階層に移動するとしよう」
「うん!」
「はい!」
裕二と柊さんの確認も終え、大丈夫だと判断した俺は美佳と沙織ちゃんに7階層行きを告げる。すると美佳と沙織ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべながら気合十分といった元気のいい返事をしてきた。
そして2人の意思確認を終えた俺達は、探索者達の作る行列に乗って7階層へと移動を開始する。




