第43話 ダンジョンにて、襲撃される
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3月も終わり、4月に入った。春休み中と言う事もあり、俺達は行き付けのダンジョンでオーク狩りに勤しんでいる。最近オークが出る階層まで潜れる探索者の数も増え、以前ほどの数は狩れなくなり始めた。
しかし、逆に良い事でもある。最近はオーク素材の流通量も増え買取価格が低下しており、比例する様に市場価格も低下しているとの事だ。柊さん曰く、もう少し仕入れ値が下がれば赤字にはならなくなるらしい。もう少しの間は、オーク狩りをする必要があった。
オーク狩りを終えた帰り道、6階層に続く階段付近まで戻ってきた所で、辺りに妙な空気が流れている事に気がつく。モンスターが向けてくる敵意でも、トラップに近寄った時に感じる物とも違う。
気のせいかとも思ったが、妙な空気に気が付いたのは俺だけなく裕二と柊さんも同様に感じ取っていたようだった。
「……おい、大樹」
「ああ、うん。何か変だ」
「そうね。何と言えば良いのか分からないけど、変よ」
俺達は保冷バッグを空間収納にしまった後、各々武器を構え周辺警戒を行う。
が、俺の鑑定解析スキルにも柊さんの気配察知スキルにも、変な反応はない。
「近くに、隠蔽スキル持ちのモンスターが居る……と言う訳でもないみたいね」
「こっちも。隠蔽性の高いトラップなんかも、この周辺にはないみたい」
「……そうなると、何なんだこの変な空気は? 勘違い……って訳でもないみたいだし」
「皆が同じ様に、違和感を覚えているからね。まるっきり勘違い、って訳でもない筈だよ」
原因不明の妙な気配に俺達は更に警戒を強め慎重に階段を上る。6階に近付くと僅かに音が聞こえたので、上り切る前に伸縮棒付き鏡を先に出し6階の様子を窺う。
すると、妙な空気の原因が判明した。
「何なんだよ、コレ」
思わず、俺の口から呻き声が漏れる。
俺の視界に映った光景は、血塗れで倒れ呻いている探索者の姿だ。パッと見で、5人程倒れている姿を確認した。
「おい、どうした? 何が見えたんだ、大樹?」
「……人が、血塗れで倒れている」
「……はぁ!?」
「一人や二人じゃないぞ? 5人、倒れているんだ」
「なら、早く助けないと!」
怪我人の応急措置をしようと階段から飛び出そうとしていた柊さんを俺は手で押さえ、口の前に人差し指を立て大きな声を出さないようにと指示を出す。
そして、小声で柊さんに確認を取る。
「ちょっと待って、柊さん。確認だけど、モンスターはこの近くにはいないんだよね?」
「ええ、そうよ! 気配察知には、モンスターの反応はないわ!」
「と、なるとオカシイな……」
「ああ」
「何がオカシイのよ!? それより、早く手当しないと……」
けが人を早く手当しようと焦る柊さんに、俺と裕二は無言で手を突き出し待ったを掛けた。
「裕二。モンスターに襲われて、血塗れになる様な怪我を負っているのに、生きているって事はないよな?」
「ああ。撃退した後に倒れたってんなら話は変わるけど……モンスターにやられたって言うのなら、先ず止めを刺されてる筈だ」
「5人組の探索者チームが血塗れになって動け無くなる様な怪我を負って、ドロップアイテムが一つも落ていないって言う状況は?」
「……オカシイな」
「二人で何を言い合ってるのよ! 早く治療をしないと!」
俺と裕二の制止を振り切って飛び出そうとした柊さんの腕を掴み、動きを止める。
その行動に柊さんは非難する様な目を向けてくるが、俺は敢えて無視し裕二にとある推論を口にした。
「友釣り……かな?」
「可能性はあるな。 柊さん、モンスターの反応はないんだよね?」
「えっ? ええ」
「それなら、上で倒れている連中以外の人の反応は?」
「えっ? ひ、人? ちょ、ちょっと待って!」
俺と裕二の眼差しに気圧された柊さんは、動揺しながら気配察知のスキルを使用した。
そして数秒後、柊さんは小さく驚きの声を上げる。
「あっ、本当! 少し離れた所に、2人動かないで隠れて居るのが居るわ!」
「どの辺?」
「えっ? ちょ、ちょっと待って」
柊さんは胸ポケットからMAPを引き出し、反応があった6階の場所を確認する。
「ここね。30mぐらい離れた所の十字路の右角。ここに隠れているわ」
「なる程。ありがとう、柊さん」
「しっかし、こうなると本格的に怪しいな?」
「そうだね」
柊さんに隠れている人が居る事を教えて貰った御陰で、俺と裕二が立てた推論が疑惑に変わった。
俺はもう一度、伸縮棒付きの鏡を突き出し倒れている探索者達の様子を観察する。
そして、見つけた。
「あったぞ、裕二。黒く塗装されていて見づらいけど、パチンコ玉だ」
「パチンコ玉……と言う事は、スリングショットか」
「多分ね」
「ちょっと、私にも分かる様に説明して!」
俺と裕二が互いに納得し頷き合っていると、柊さんが説明を求めてきた。
まぁ、断片断片の言葉だけじゃ、事前知識がないと理解出来無いか。
「えっと、じゃぁ説明するね。多分この状況は、友釣りって呼ばれる状況だと思う」
「……友釣り?」
「狙撃戦の用語?で、質の悪いトラップ戦法の事だよ。対象に致命傷にならない攻撃を加えて、敢えて止めを刺さずに放置して、救助に来た者を仕留めるって言う戦法。あの怪我人を助けようと飛び出せば、姿を隠しているって言う二人組に攻撃されるよ」
「……」
「で、さっきも言ったけど、倒れている探索者の周りに黒く塗られたパチンコ玉が落ちていた事を考えると、二人組の攻撃方法はスリングショットを使った狙撃だと思う」
「だから、何の対策も立てないまま出て行くのは避けた方が良い」
俺と裕二が先程確認し合っていた話の内容を説明すると、柊さんは黙りこんだまま階段上を睨みつけていた。
柊さんは階段上をしばらく睨み付けていたが、ポツリと漏らす。
「何で、こんな事を……」
「倒れている連中が生きている所を見ると、PKが目的って言う訳じゃないな。多分、探索者が持っているドロップアイテムを狙っているんじゃないか?」
「そうだろうね。倒れている人達の恰好と年齢から見て、全員が一緒のチームって言う訳じゃないぽいね。助けに階段から上がってくる探索者達を、無差別に襲ってるって感じかな?」
「で、倒れてる連中を助けようと油断している所を、ズドンってか?」
物取り……いや、この場合は強盗傷害かな?
まぁ、どちらにしろ質の悪い連中である事に変わりはない。
「そんな……。じゃぁ、どうすれば良いのよ……」
柊さんは青い顔をしているが、そこまで深刻に悩む必要はないかな?
「まぁまぁ、柊さん。この状況を切り抜けるだけなら、実はそこまで深刻に考える必要はないんだよ」
「えっ……そうなの?」
「大樹の言う通りだな。俺達の防御力から言えば、拳銃で打たれても大したダメージにはならないさ。多分、威力を増す為の改造は施しているだろうけど、改造スリングショットから打たれるパチンコ玉程度の威力では、俺達に有効打を与える事は出来ないだろうな」
「だから、犯人からの攻撃自体は気にしなくても大丈夫だよ。問題はその後かな?」
「……この事態を引き起こした、隠れている2人組への処遇ね?」
そう。問題はそこだ。こんな事をする様な連中だ、放置しておくと色々と面倒が出てくる。
「とっ捕まえるのはそこまで難しくはないと思うが、捕まえた後どうするかだな」
「駐留しているDPに引き渡すにしても、基本的にダンジョン内での出来事には直接干渉はしない組織だからね。かと言って、このまま放置する訳にも行かないし……」
「だからと言って、犯人の処遇を倒れている連中に任せると私刑されるだろうな。流石にそんな展開だと、後味が悪過ぎる」
「そう……ね。確かにそうだわ」
「かと言って、俺達の手で……って言うのは御免被りたいからな?」
俺だって、そんな事態は御免被りたい。
となると……。
「犯人を捕縛して、倒れている連中を回復させた後、危害を加えさせない様に見張りつつ一緒にDPに引き渡すかな?」
「……そうだな。それで良いと思うぞ?」
「……そうね。引き渡した後の事は、当事者同士で解決してもらいましょう」
無難な案で話は決まった。
俺達は頭を突き合わせ、捕縛作戦の会議を開始する。
「大樹。回復薬は今、何個ストックしてある?」
「低級回復薬は数百本。後で幾つか渡すよ」
「じゃ、治療に使う分は問題ないな」
「ああ。で、犯人はどうやって捕まえる?」
隠れている2人組が犯人である可能性が極めて濃厚だが、状況証拠だけで犯人である確証はまだ無い。
問答無用で制圧するには、今一つ証拠が足りないな。
「……柊さん」
「何かしら?」
「気配隠蔽スキルを使って、犯人達の後ろに回る事は出来る?」
「……この一直線の通路を通ってよね?」
「うん。確かこの間、スキルがランクアップしたって言ってたよね?」
「ええ。確かに、気配遮断はランクアップしたわ。……モンスターには通用したけど、重蔵さん相手には全く通用しなかった代物だけど」
「ええっと……?」
反応に困る。
重蔵さん……アンタ、ドンだけだよ。
「でも多分、九重君の提案は実行可能の筈よ?」
「そう? じゃぁ、一応これを渡しておくよ」
「これは……九重君が使っていたカメラ?」
柊さんに渡したカメラは、美佳に見せる映像を撮る時に使っていたアクションカムだ。
「そう。俺と裕二で犯人の注意を引く囮をやるから、柊さんはそれで犯人達の行動を記録してくれないかな?」
「記録?」
「犯人が俺達に明確な敵意を持って攻撃する瞬間を押さえれば、これ以上ない証拠になるからね。まぁ、保険だね。気配遮断スキルを持っている、柊さんにしか頼めないんだ」
「……分かったわ」
「お願い。ああ勿論、犯人が攻撃をするまでは柊さんは手を出さないでね?」
「……分かってるわよ」
俺は柊さんに、カメラの使い方をレクチャーした。レクチャーを終えた柊さんは、気配遮断スキルを起動し階段を登り通路の奥へと進んでいく。
そして、俺と裕二は柊さんが階段を出た30秒後、如何にも何も知らずに階段を登って来た探索者を装い、血塗れで倒れる探索者に駆け寄った。
通路の影から全身真っ黒の青年が顔を出し、合図を送る。
青年の合図を受けた全身真っ黒い服装の少年は、地面を這いながら通路の中央まで出て行く。
「また獲物が来たみたいだぞ?」
「全く……こう何人も続けてだと、アイテムを回収する暇が無いな」
「まぁ、その御陰で俺達は儲かってるんだから文句を言うな。良く狙えよ? 下手な所に当てて、死人が出たら面倒事になるんだからな?」
「分かってるよ」
地面に横たわっている少年は鉄球が入った箱を傍に置き、左腕に装着したスプリング機構が付いたスリングショットを取り出し応急措置をしているふたりの少年に向ける。
「ん? おい急げ。アイツ等、回復薬を取り出したぞ。アレも結構な金になるんだから、消費される前に仕留めろよ」
壁越しに階段周辺を覗いていた青年が、ふたりの少年が治療に使う回復薬を背中のバッグから取り出しているのを見つけ、少し慌てた様子でスリングショットを用意している少年に指示を出す。
「了~解。一発で仕留めてやるよ」
少年はスリングショットに鉄球をセットし、ゴムを引く。ゴムを引くと左右のスプリングも共に伸び、ギリギリと軋む音がする。目一杯ゴムとスプリングを引いた少年は、手前で治療作業をしている少年に照準を合わせた。
そして、軽く息を吸った後息を止め……ゴムを引いていた指を離す。ゴムとスプリングが一気に縮み、鉄球が勢い良く打ち出された。鉄球は僅かな風きり音を立てながら狙い違わず治療をしている少年に向かって飛翔し、1秒と掛からず治療をしていた少年との距離を詰め……。
「なっ!?」
「えっ!?」
青年と少年は隠れている事も忘れ、大きな驚愕の声を思わず上げる。何故なら、高速で飛翔する鉄球を治療していた少年が、素手で無造作に掴み取ったからだ。
そして……。
「っ!? やばい、見付かった!」
「に、逃げるぞ!」
青年と少年が、慌てて逃げ出そうとする。
何故なら、視線の先には鉄球を受け止めた少年が、少年と青年に向かって掴み取った鉄球を見せ付けていたからだ。
しかし……。
「残念だけど、逃がさないわよ?」
「「えっ!? ぎ、ぎゃぁぁぁぁ!?」」
二人が振り向いた先に待機していた少女が、逃走しようとしていた2人の顔目掛けて催涙スプレーを吹き付けた。鉄球を受け止めた少年に気を取られ少女の行動に対応が遅れた二人は、モロに催涙ガスを浴び目や口等に激しい痛みを覚え悶絶する。顔を押さえ床を無茶苦茶に転がり、腹の底から絶叫をあげた。
「はい、五月蝿いわよ」
「ぐふっ!」
「がはっ!」
雪乃は床を転がり続ける2人の鳩尾に足を振り下ろし、意識を飛ばし気絶させる。
二人が気絶した事を確認した少女は、自分の方を見ている2人の少年に向かって、頭の上に腕で丸を作り犯人の制圧完了を伝えた。
柊さんの合図を確認した俺と裕二は、ホッと胸をなで下ろす。
「終わったな」
「ああ、何事も無く制圧出来て良かったよ。……裕二、柊さんの所に行って、犯人を回収して来てくれない? その間に俺は、怪我人達に回復薬を飲ませておくから」
「分かった。 じゃぁ、任せるな」
「任せて。そっちもよろしく」
裕二は摘んでいた鉄球を其の辺に投げ捨て立ち上がり、柊さんの元へと移動していった。
「はぁ……。さてと、じゃぁ治療を始めますか?」
俺は周囲を見渡した後、空間収納から倒れている人数分の回復薬を取り出した。
ついに、ドロップアイテム狙いの賊が出現、改造スリングショットを使った遠距離狙撃です。