第450話 夏休みの成果を
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購入計画から賃貸契約への切り替えに成功した俺達は、桐谷さん達とデータ取り協力の条件面についていくつか話し合った。データ取りに使う土地に関しては数年の賃貸契約が切れても原状回復はしなくても良いとかな。この決まりがないと、下手に土地開発なんてできない。元に戻して返せと言われても、更地に戻せばいいのなら兎も角、木々を切り倒し切り開いた場所などをどうやって戻せば良いのさ?
他にもどれくらいの頻度で桐谷不動産側の希望するデータ取りに協力するのか等、いくつもの取り決めをしていった。
「とりあえず、基本的な条件はこんな所ですかね。あとは追々応相談と言ったところで」
「そうですね、基本的な部分はこんなところで大丈夫だと思います。初めての試みですし、余りガチガチに決まり事を決めておくよりある程度の柔軟性を持たせておいた方が良いでしょう。基本は普通の賃貸契約ですし」
「そうですね。でも、1年交代で複数の場所で試してもらいたいという要望は、少し意外でしたよ」
「ははっ、まぁこちらとしても、出来るだけ多くの場所でのデータが欲しいモノですから。皆さんの利用法を考えますに、そこそこ利便性が良くプライバシーが守れ、思いっきり練習できる場所でしたら良いみたいですし。それならば、様々な環境の土地でのデータ取りもお願いできるのでは、と」
賃貸契約に切り替えた際、桐谷不動産側から出された条件の一つに、複数の土地での練習場開拓を試してみないかとお願いされた。確かに不動産会社からすれば一か所での長期利用データも必要だろうが、短期間で開拓し利用可能な状態に持っていくまでのデータも重要だ。他の客に土地を売る際に、探索者(中堅以上)が工事に参加すれば短期間で利用できる状態まで持っていけますよという実証データと売り文句は、利用困難と思われていた僻地の土地を買う際の決断の力強い後押しに出来る。
成功の先例が示されているかどうかというのは、買う事を悩む客にとって大きいからな。
「確かに、コチラとしては練習場さえ確保できれば問題ありませんからね。今のところ、別に別荘地が欲しいという訳でもないので」
「それを聞けて良かったです。皆さんの話を聞く限り、開発自体はそれ程広範囲でなく短期間で終わるみたいですしね。それならば、と思った次第です」
「人の手の入っていない自然も良い訓練道具になりますからね、最低限の所しか開発はしないつもりです」
桐谷不動産としてはデータが欲しいのに、余り短期間で開発が終了してしまうのは困るだろうからね。ならばと考え方を切り替えて、様々な環境の土地で最低限の開発を短期間で行う際のデータを取ろうという事になったのだろう。本格的に開発するまでの事前準備がどの程度で終わらせられるかのめどが付けば、買い手としても計画が立てやすくなるだろうからな。
僻地開発で一番困るのはやっぱり、開発予定地迄の物資運搬路の確保だろう。物を運べるしっかりとした経路が確保できるのなら、僻地とはいえ開発困難と言うほどではなくなる。その重要な経路を、探索者が工事に関われば短期間で作る事が出来るという実証データはダンジョン黎明期の今、土建分野では喉から手が出るほど欲しいモノだろう。
「ならばなおの事、この提案は皆さんにとってもそう悪いモノではないと思いますよ? 土地が変われば環境も変わるのですから、定期的に慣れない環境に身を置く事で良い訓練になると思います」
「慣れた所での訓練も大事でしょうが、ダンジョンは深い階層だと階をまたぐと環境が変わったりしますからね。桐谷さんが言う様に、定期的に訓練環境が変わるのは良いかもしれません」
「そう言って貰えると助かりますが、ダンジョンの中はそんな事になっているんですか?」
「ダンジョンの上の階層は洞窟地下道型ですが、下の方になってくると本当に地下か?と言いたくなってきますね」
そう考えると桐谷不動産の賃貸地代替という提案は、俺達にとっても悪いモノではない。まぁ代替地ごとに道路工事等をし直さないといけないというのは面倒ではあるが、慣れれば大した手間でも無くなるだろう。
土魔法による土木工事の効率化に期待だな。
「そんな事になっているんですね。テレビや雑誌などではあまりそういった話は聞かないので……」
「今のダンジョン探索の主流は洞窟地下道型階層ですからね、その手の話が出にくいんじゃないんですか?」
「そんなものですかね……」
「そんなものだと思いますよ」
桐谷さんは微妙そうな表情を浮かべつつ、裕二もそんなものだと言った表情を浮かべていた。
地形効果が発揮される階層は30階層以降だからな。30階層と言えば今現在は企業系探索者チームか民間の上位グループぐらいしか到達していないので、まだ話題の主流になる様な話でもないか。
「では、今回変更された条件を加味しつつ、幾つか物件をリストアップさせていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
「今回の内見で皆さんの目指す物件像が大体見えたので、良い物がお見せできると思いますよ」
「それはそれは、楽しみにしています」
無事に話が終わったので、俺達は桐谷不動産を後にした。
桐谷不動産での話し合いを終えた翌日、俺達は久しぶりにダンジョンへと足をのばしていた。未発見ダンジョンの発見や文化祭だのとイベントが続いたので、ダンジョン探索を目的としてダンジョンへ来るのはおよそ一か月ぶりになる。本当に久しぶりといった感じがした。
ゴタゴタが片付いたので来れた、って感じだな。
「ここに来るのも久しぶりだね」
「最近はイベントが続いてたからな」
「そうね」
俺達はダンジョン併設の協会施設を前にし、若干の懐かしさと感慨深さが混じった眼差しを向けた。探索者でにぎわいを見せる、この建物を見るのも本当に久しぶりだ。
そして今回のダンジョン探索には、いつもの3人とは別にお供がいる。
「ここに来るのも久しぶりだね、前に泊りで来た時以来かな?」
「そうだね。私達って普段は、家から近場のダンジョンに行ってるから」
今回のダンジョン探索には、美佳と沙織ちゃんが同行していた。俺達がダンジョンへ行くと聞き、二人が同行を申し出たのだ。
なんでも、夏休みのダンジョン探索で鍛えた成果を見せるとの事らしい。
「確かにこうして美佳達とダンジョンに来るのも久しぶりだな」
「大樹はたまに一緒に行ってると聞くけど、俺と柊さんは本当に久しぶりだからな」
「そうね。今日は、あれから二人がどれくらい成長したのか、しっかり見させて貰うわね?」
「「はい!」」
柊さんの期待の籠った眼差しに、美佳と沙織ちゃんは元気よく返事をした。
美佳と沙織ちゃんが、裕二と柊さんと一緒にダンジョン探索するのは久しぶりだからな。気合も入るか。
「じゃぁ、さっさと手続きと着替えを済ませようか。余りユックリしてると、ダンジョン探索する時間が無くなるからね」
「そうだな。相変わらずと言うか、夏休み明けで新しい学生探索者の数が増えたかな?」
「夏休みに探索者デビューした子達よ、一気に数が増えたわね」
俺達3人はまた人が増えたと少しウンザリとした表情を浮かべていたが、美佳と沙織ちゃんは違う反応をしている。
「私達も少し前までは、あんな感じだったな……」
「ドキドキとワクワク、期待と不安が入り混じって、いてもたってもいられなかったって感じだね」
少し前の自分達の事を思い出しているらしく、彼等に感慨深げな表情と眼差しを向けていた。デビューしたての探索者達の初々しい姿に、懐かしさを感じているのだろう。
まぁ彼等もすぐに、挫折するかこなれた探索者になるんだろうけどさ。
「はいはいそこまで、本当に時間が無くなるから受付に行くぞ」
「「了解」」
「「はい」」
強引に話を区切り、俺達は入ダン手続きを行う為に協会施設へと足を向ける。
探索者が増えた分、手続きの待ち時間も長くなりそうだからな。
「うーん、コレは30分ぐらいかかるか?」
「皆受付も慣れて来てるだろうし、もう少し早いんじゃないか?」
「でも新人さんも増えてるから、今までと余り変わらないんじゃないかしら?」
受付の前には長蛇の列が出来ており、手続きを行うのにも時間が掛かりそうである。夏休み期間は受付の数を増やして対応していたが、夏休み期間も終わり受付が減っているので並んでいる人数が少ないとはいえ時間が掛かりそうである。
とはいえ、結局は待つしかないので大人しく列へと並ぶ。そして……。
「お待たせしました。本日はダンジョン探索でご利用ですか?」
「はい」
列の進みは少し早かったものの、20分ほど待って俺達に受付順が回ってきた。全員の探索者カードを提出しつつ、慣れた様子で受付を済ませていく。受付で聞かれることは決まっているので、慣れた者なら受付手続き自体は3分もかかってないんじゃないかな?
そして手続きを終えた俺達は、提出した探索者カードと更衣室のロッカーのカギを受け取りながら受付の前を後にした。
「じゃぁ皆、着替えを済ませたらそこの待合コーナーに集合という事で」
「「了解」」
「「はい」」
という訳で、俺達は男性陣と女性陣に別れ更衣室へと入っていく。更衣室の中には手際よく着替えを済ませ防具などを装着していく探索者と、四苦八苦しながら複数人がかりで防具を装備している探索者がいた。あの四苦八苦している同世代の探索者達は、夏休みにデビューしたばかりの新人さんかな?
俺と裕二はそんな新人さんの奮闘?を眺めつつ、柊さん達を待たせる訳にも行かないので手早く着替えを進める。
「良し、着替え終わりっと。裕二の方は?」
「こっちも終わったぞ」
手際よく着替えを済ませた俺と裕二は、必要なモノを持って更衣室を出ていく。ただ、後から着替え始めた俺達が着替え終わっても、新人組が未だに四苦八苦しているのは大丈夫なのか少し心配になった。あんなに手間取っていたら、ダンジョン内で着替えたり装備の手直しする時に苦労するだろうな。
その間にモンスターに襲われて、ケガをしたりしないと良いんだけど。
「3人は……まだみたいだな」
「まぁ、直ぐに出て来るさ。向こうで待っていようぜ」
更衣室を出て辺りを見回してみるモノの柊さん達の姿は見えないので、俺と裕二は待合コーナーに移動する事にした。更衣室の前に立ったまま待つのは他の利用客の邪魔になるからな。
そして移動した俺と裕二は、ソファーに腰を下ろし柊さん達を待つ事にした。
「初々しい感じの学生探索者グループが一気に増えたね」
「そうだな。まぁもう1ヶ月もすれば、初々しい感じの探索者も減ると思うぞ? 夏休みデビューしたとは言っても、2,3ヶ月もあれば慣れるだろうしな」
「そういえば美佳達も俺達が手を貸しているとはいえ、今では結構探索者姿も板についてる感じだしな」
美佳達はデビューしてから1,2ヶ月で、結構しっかりと探索者をできるようになったからな。重蔵さんの指導も受けてるし、戦闘能力という意味では下手な中堅探索者並みかもしれない。
とはいえ、そこまでのモノになるのは少数だろうけど。
「二人ともお待たせ」
「お待たせ」
「お待たせしました」
初々しい新人探索者グループを眺めながら待っていると、着替えを済ませた柊さん達3人が近寄ってきた。美佳と沙織ちゃんの防具の表面に、前に見た時より少し傷が付いているように見えるが、極浅く小さな傷なのでモンスターの攻撃を避け損ねてギリギリ掠らせてしまったというあたりかな?
前に敵の攻撃は出来るだけギリギリ、最小限の動きで避けた方が体勢を崩さずに次の攻撃に繋げやすいと教えたので、実際にモンスター相手に試してみたのかもしれない。
「何というか、二人とも探索者っぽい風格が出て来たな……」
「お兄ちゃん、いきなり探索者っぽいって何?」
「いや、少し前まであそこの彼等みたいに装備に着られていた美佳達が、今では装備を着こなして熟練感が出てきたというかなんというかさ?」
2人に何ともいえない眼差しを向けていると、美佳と沙織ちゃんは苦笑と共に少し呆れた様な表情を浮かべていた。
「私達に探索者としての風格が出てるっていうのは、厳しい先輩の指導の成果じゃないのかな?」
「そうですね。学校で探索者をやってる子の話を聞くと、先輩達みたいに丁寧に指導してくれる人ってほとんどいないみたいですよ? 行きあたりばったりの手探り状態で探索者をやっている子達と比べると、先輩達のような経験豊富な先達の指導を受けられてる私達じゃ、同じ期間でも探索者としての熟練度には大きな差が出ると思います」
二人の主張に裕二と柊さんも少し感心しつつ、俺に少し呆れた様な表情を向けて来る。いや、そんな目を向けないで欲しい。
俺は誤魔化す様に咳ばらいをしつつソファーから立ち上がり、移動を促す。
「さて、皆揃った事だしダンジョンへ行こう。この混雑具合だと、早く行かないと入場するまで時間かかるだろうしね」
「……まぁそうだな、行くか」
苦笑を漏らしつつも裕二が続いてくれたことで、何ともいえない空気が流れたものの何とか場を誤魔化し移動する事は出来た。




