第449話 賃貸契約に切り替え成功
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俺達の提案に驚きの表情を浮かべていた桐谷さんと湯田さんは、数秒呆気にとられたが直ぐに持ち直し提案の真意を探りに来た。
結構突拍子の無い提案だったのに、二人とも立ち直り早いな。
「ええっと、それはどういうことでしょうか?」
「はい。先ほども言いましたが、現時点での俺達は成人と比べ年齢や学生という立場などあり、色々と枷が多い状態です。数年も経てば解消できる問題ばかりですが、現時点では解決が難しい問題でもあります」
「そうですね。年齢が制限になっている問題は、時間経過でしか解決できませんからね」
「はい。ですが時間経過でしか解決しないとはいえ、無為に浪費するには勿体無い代物です。有効に使える案があるのなら、有効に使いたいと思っています。そしてそれは、桐谷さんも同じだと思いますが?」
ダンジョン時代の黎明期と言える今、1,2年の初動の出遅れで生じる損失はあまりにも惜しい。桐谷不動産が俺達のような子供相手にココまで真摯に対応してくれる裏には、探索者のデータを欲しているという思惑がある筈だろうからな。
それならば今の制限がある状態で焦って購入するより、データ提供という条件と引き換えに物件を借りる方が良い。練習場の確保自体はしたいので、購入・賃貸計画の中止は無いしな。
「そうですね。私どもとしても探索者の方々は、運動能力が高いだけの普通のお客さんという認識でした。色々とテレビなどで紹介されていますので、一部の探索者が一般人とは比べ物にならない身体能力を発揮できるとは知っていましたが、皆さんの行動を見るまではここまで違いがあるものだという認識はありませんでしたね」
「俺達の場合、平均的な探索者よりレベルが高いので顕著な差が出ていますが、時間が経つにつれて探索者の平均レベルも上がってくると思います。そうなれば、今回俺達が見せた動きは多くの探索者が取れるようになっていくと思いますよ」
「アレを、探索者なら誰でも出来る様になる世の中ですか……少し想像しがたいですね」
「ですが、このままダンジョン関連の事情が推移するなら、そうなる日も遠くないと予想できると思いますよ」
今の俺達の世代、10代探索者数は増加の一途をたどっていると聞く。2,3年の間はまだ探索者という存在は珍しい存在であるかもしれないが、10年20年と時間が経てば世代交代が起きるはずだ。
IT技術関連の発展具合を考えると、利益になる、生活に便利と判断されれば一気に社会進出が進行するのが目に見える。
「……そうだね、確かにこの流れは変わらないだろうね」
「はい。そして世間が探索者という存在に適応し変わっていくという事は、今求められている事と今後求められるモノは変わっていくという事でもあります。社会制度にしたって、探索者の存在を加味し今後変わっていくでしょうしね。ですので、今の段階で購入というのは控え賃貸という形で練習場を確保したいと思ったんです」
「なるほど、皆さんのご意見は分かりました。確かに今後の社会の動きを考えるのなら、今急いで購入するより賃貸という形にしておいた方が良いかもしれませんね」
「ありがとうございます」
一応、こちらの主張には理解を示して貰えたようだ。
とはいえ、元々購入という事で話を進めていたのに、急に賃貸という形に変えるのだ。今後の為にも桐谷不動産側に悪印象を持たれない様に、俺達なりのメリットを提供しておいた方が良いだろうな。土地売買という取引で得られる筈だった利益が消えたのだ、賃貸契約に代わる事で減った利益を何かしらかの形で穴埋めした方が今後の付き合いの為にも良いに決まっている。
購入契約から賃貸契約への切り替え話が纏まったので、互いに軽くお茶を飲んで一息入れてから話を再開する。
「では改めて、提案にあったデータの提供というのは具体的にどのような事をお考えで?」
「基本的に、今まで内見で行ってきたような事を考えています。これまで困難だと思われていた山間部への移動、そこそこの探索者なら多少険しい程度で移動できるという立証データは不動産屋としては有用でしたでしょう?」
「そうですね。あの内見映像のお陰で、これまで山奥過ぎて利用の当てが無かった管理地の活用法が出てきました。道路を通そうにも工事機材を入れるだけで一苦労な土地柄ですからね、なかなか手を出そうという方はいませんでした。しかし、探索者が土地開発に協力するという前提があれば、これらの土地に価値が出てきます」
「それは良かった。ではそこに、探索者の開拓能力がどの程度あるのか?といったデータは欲しくありませんか? あくまでも俺達の様な少人数グループが行った場合、といった条件付きですが」
裕二の提案に、桐谷さんと湯田さんが反応を示す。
ダンジョン時代の黎明期である今、少人数グループの例とはいえ俺達のような高レベル帯の探索者の開拓能力が知れる機会などそうそうに無いだろうからな。桐谷不動産としては、探索者に対し物件を案内する時に有利に働く興味深いデータだろう。凡その基準があれば、購入者側としても工事期間の目安が立てやすいからな。
「ほほう、それはつまり皆さんが業者を入れずに自分の手で開拓を行うと?」
「ええ、土地を借り開拓を行うのならそのつもりです。スキルの練習にもなりますので」
「スキル、ですか? 失礼ですがお聞きしても?」
「ここだけの話にして下さいよ。自分達もまだ詳細までは把握しきれてないんですが、土系統のスキルを得る機会がありまして、今回の練習場購入計画もスキルを練習するための場を求めてという一面があります。無論、ダンジョン内で練習する事も出来るのですが、何時モンスターが出てくるか分からず、どれくらい使用すると限界が来るのか分からないスキルですので、出来るだけ安全な場所で練習したいと思っているんです。ダンジョン外で公的に練習するには、協会が用意している練習場か使用許可が下りている私有地でしか使えませんからね。習熟具合によっては大規模な事も出来そうなスキルですので、家の庭でというわけには……」
土魔法のスキルを得たが、全然練習していないので現段階ではほとんど使えていない。そもそも、ダンジョン外で練習する場所自体が無いからな。近くの公園で練習した結果、大穴と小山が公園に出来た結果とっ捕まったとか笑い話にもならない。
折角得た土魔法だ、ちゃんと練習して使えるモノにしておきたい。
「土系統のスキルですか……それはテレビなどで偶に紹介されるダンジョン由来の魔法というやつですか?」
「はい。といっても全く習熟が進んでいないので、桐谷さんが想像されたような事は出来ませんよ」
「ですが逆に言うと、習熟度合いによっては大規模な事も出来る様になるかもしれないと?」
「可能性はあります。個人的には歩く道の平坦化やトンネル等が作れるように成れば有用なスキルになるなと思っています」
俺達の場合、攻撃面は既に充実しているので、サポート面に生かせる能力になるとありがたい。壁やテーブル等が作れるように成れば、嵩張っている偽装用に持って行ってるテントなどの荷物がなくせるようになるからな。土魔法があるから要らないんですよと言えば、空間収納を誤魔化す言い訳に出来る。
だがそんな思惑とは別に、湯田さんと桐谷さんは土魔法に別の使い方……本来の使い方に目を輝かせ始めた。
「魔法を使うとそのような事が出来るように成れば、これまで利用困難だった土地にとんでもない価値が出ますよ! これまで多大な時間と予算、人間を投入していた土地開発が、探索者だと少人数のグループで可能になるなんて!」
「たとえ開発を全部しなくとも、開発予定地域までの道を少人数グループだけで作る事が出来るだけでも劇的な変革が起きます!」
「ええ。ですが、習熟が進んでいないのでそこまでの事が出来るのかどうかも分からないスキルです。ですので、桐谷さん達が考えている様な事が出来るとは言い切れません。もしかすると、石礫を飛ばすだけで終わる魔法かもしれませんよ?」
桐谷さんと湯田さんに、変な期待を持たせてしまったかもしれない。何度も言うが、まだ全く練習していないスキルなので、どの程度の事が出来るか不明なんだけどな……。
裕二は興奮する桐谷さんと湯田さんを宥めつつ、提供できそうなデータについて話を進める。
「失礼しました、お見苦しい所をお見せしました」
「いえ、気になさらないでください。それでなんですが、俺達が提供できるデータとしましては、山間部物件の移動に関するモノや土地開拓の進行状況報告ぐらいです。開拓の方は学校や本職のダンジョン探索なんかがあるので、毎日ではなく月一ぐらいの報告になると思います」
「まぁそうなりますよね。これまでコチラで把握している皆さんの行動パターンですと、その位の頻度に落ち着くと思いますが……その頻度で土地開拓は進みますか?」
「どこまでの事をやるかにもよりますが、大規模開発をやるのでも無い限り問題ないと思います。俺達レベルの探索者なら、開拓資材さえそろっていれば一人でも重機の代わりぐらい務められると思いますので」
多分俺達レベルの探索者なら、スコップ一本あれば小型……中型のショベルカーにも負けない働きが出来ると思う。その上、土魔法の様な工事に適するスキルを持っていれば、大型ショベルカーやダンプカーの組み合わせにもまさる成果を出せるかもしれない。
探索者による一人土建屋か……やれるかもしれないな。
「それを考えると……少人数の開拓も短期間でいけるのかもしれませんね」
「規模にもよりますけど、小さめの畑や小屋ならクオリティをあまり問わないのならば1日で出来ると思います。流石にその辺の専門知識は無いので、詳しく調べたり専門家のアドバイス無しだと素人建築になると思いますが」
「その辺は仕方ないと思いますよ。私達も不動産屋ではありますが、家を扱っているのなら家を建てろと言われても見様見真似以上のモノは出来ないでしょうからね。その辺のデータが欲しい場合は、コチラで専門のアドバイザーを手配しますよ」
「それは助かります。事前に開拓方法については勉強はしようと思っていますが、専門家の指導を受けられるのなら安全性とクオリティ向上の為にも受けたいですから」
建築や開拓の経験等ないから、データ取りの為とはいえ指導を受けられるというのは素直にありがたい。本を読んだだけの知ったかぶり知識で適当に作業した結果、倒壊や災害を引き起こしたら話にならないからな。
後年、土地を購入し本格的に開拓を始める際に活かせるようになりたいものだ。
「分かりました。聞いた限り皆さんの開拓能力に問題なさそうですが、余り開拓ばかりに時間は割けなさそうですのでデータの提出は応相談としましょう。こちらが欲しいデータ取りを要請した際には、出来る限り受けていただけると助かります」
「分かりました、出来るだけお応えできるようにしたいと思います。ただ、自分達で行う開拓の最低限の範囲は練習場の整備と往来路の整備になりますので……」
「探索者による小屋作成などのデータ取りを行う際は、皆さんに依頼して作ってもらう事になりそうですね……」
裕二の申し訳なさそうな申し出に、桐谷さんも仕方ないといった表情で納得していた。俺達としては練習場が欲しい訳で、別荘地を作ろうとしている訳では無いので開拓する範囲というのは最低限のモノになる。基本的に俺達が使う訓練道具は危険物になるので保管管理の問題上、無人になりがちな練習場に建物を建てるという訳にはいかないからな。基本的に訓練道具は持ち帰りだ。そうなると、態々建物を建てる必要はないからな。雨避け兼日除けのタープでも立てて置けば問題なくなる。
そう考えると、桐谷不動産が欲するような開拓データは桐谷不動産側から依頼されない限り、俺達が自主的に収集する事は無いかもしれないな。
「分かりました。こちらとしても、これからの事を考えれば探索者である皆さんのデータは是非とも欲しいものです。皆さんが協力して下さるのなら、有意義なデータが取れると思いますのでよろしくお願いします」
「こちらも出来る限り協力の方はさせて頂くつもりですので、よろしくお願いします」
こうしてデータ取りの話は、どうにか無事にまとまった。
桐谷不動産側は協力を得にくい高レベル探索者のデータが得られ、俺達も後の開拓に活かせる知識と技術を得られる機会を得たので、ウィンウィンの取引になったと言えるな。




