第448話 賃貸をお願いしてみる
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寄り道をしつつ事務所に戻った俺達は、湯田さんが桐谷さんを呼んでくるまで今回内見した物件について俺達だけで話し合う事にした。事務所に戻ってくるまでの車中でも湯田さんを交えて話し合いはしていたが、やはり他の人がいると喋れない本音と言うモノはあるしな。
湯田さん達がまだ戻ってこないことを確認し、応接のソファーに腰を下ろした俺達は小声で話し合いを始める。
「で、正直な所どうする? 俺は中々良さそうな物件だったと思うぞ?」
「良さそうな物件ていうのには同意するよ。傾斜地って言うから谷底まで一気に滑落しそうになるほどの傾斜があるのかと思ってたけど、思ってたよりなだらかな傾斜だったから利用はし易そうだと思う」
「私も良かったと思うわ。敷地の広さも十分だったし、私達が出していた条件にも大部分は合致していたと思うしね」
「2人にとっても、今回見た物件は好感触だったと考えて良さそうだな」
裕二の確認の言葉に、俺と柊さんは肯定の意を示す様に頷く。今回見た物件は、これまで見てきた物件の中では少々問題点はあるモノの、一番自分達の希望に合致している物件ともいえた。
流石に現段階でココに決まりだとはまだ言えないが、今回で明確な基準が得られたといった感じである。
「とはいえ、問題点が無かったって訳じゃないけどな」
「帰り道にホームセンターに寄ってもらって商品配送が可能かどうか聞いたけど、流石にあそこは山奥で遠すぎるって言われたしね。まだ一軒しか聞いてないから全部の店が無理とは言えないけど、資材調達が難しいってのは難点と言えるよ。どこで開拓の為の大量の資材を仕入れたのかってのがハッキリしないってのは、かなり怪しいからね」
「そうね。資材を店舗から配達して貰えば、購入履歴も残って怪しまれる可能性も減らせるのに……。まぁ配送は無理と言われたけど、自分達で運ぶのなら店舗の車両を貸し出せるとも言われたのは光明でしょうね。問題は、誰も免許を持っていないって事なんだけど」
「免許を持ってる誰かに運転代行をして貰えば解決する問題だけど……」
資材の搬入搬出は俺達がやるから問題はないとして、一日仕事になるだろうからな。俺達の知り合いで、免許を持っており気軽に頼めそうな人……あれ?
うん。町の便利屋さんか何かに、運搬のお仕事としてお願いする方向の方が無難かな。
「資材運搬は、引っ越し業者とかの業者に頼めないか調べてみるか」
「運搬を外注するという事? まぁ確かに、それもありかな」
「変に知り合いにコソコソ頼むより、俺達と直接的な関係のない第3者に仕事として頼む方が資材の運搬歴が残るし、大量の開拓資材の出所で変な勘繰りをされないで済むかもしれない」
「購入歴運搬歴が第三者の所に残っていれば、確かに変な勘繰りはされないかもね。でも、俺達のような学生の依頼を受けてくれる業者さんているかな……?」
「ちゃんと身元を証明して依頼料を出せば、資材運搬依頼ぐらい受けてくれる業者はいるって。俺達のような学生だって、イベント事で荷物を頼む例だってあるだろうしな」
確かに言われてみれば、そういった依頼を受ける事もあるだろうから、俺達が頼むのもありかもな。この間の文化祭でだって、どこかのクラスはその手の業者さんに運搬を頼んでいたのかもしれない。
よくよく考えてみれば、大会に参加する部活の使用機材を運ぶときとかにその手の業者が使われてたかもしれないと考えれば、学生だからと頭から拒否される事は無いか。それを考慮すると、資材運搬面での問題点は無くなると考えて良いのかな?
「それが本当なら、今回の物件で問題になっている運搬問題が解決するね」
「ああ。まぁまずはその手の依頼を受けてくれる業者がいるかどうか探すところから始めないといけないけどな。いてくれると良いんだけど……」
「まぁそこは後で探してみよう、今は桐谷さん達との話し合いが優先だ」
「そうだね」
「そうね」
店の外から近寄ってくる人の気配を察知し、俺達は視線を入り口に向ける。
俺達の読み通り応接室に入ってきた桐谷さんと湯田さんは、にこやかな笑みを浮かべつつ俺達の前のソファーに腰を下ろしていた。多分湯田さんから今回の内見で、俺達がかなり好印象を持っているという事を聞いているからだろう。
もしくは、何の問題も起きずに俺達が帰ってきたのが嬉しかったのか……。
「いやいや、まずは何事も無く戻ってこれて良かったよ」
どうやら桐谷さんは、後者の理由で喜んでいたらしい。まぁ前回の内見に行った際に、あんな発見をしでかしちゃったからな。俺達の責任ではないとはいえ、桐谷不動産に多大な苦労を掛けたのは事実だ。
もしかしたら俺達が内見に行っている間、また提出書類の製作地獄に陥るのかと戦々恐々としていたのかもしれないな。
「その、何かすみません。前回の内見では、変なものを見つけてしまって」
「いやいや、アレは純然たる事故だよ。それにアレがあったのはウチの管轄物件内、君達が見つけなくとも何れ見つかっていただろう物だからね。寧ろ私達の方こそ、物件の管理不足で君達に迷惑をかけてしまった。本来なら去年、ダンジョンが出現した際にウチの管理する物件を総点検しておくべきだった。そうすれば、君達に迷惑をかける事も無かったのだしね」
「ははっ、流石にソレは難しいですよ。桐谷さんの所がどれくらいの物件を管理しているかは分かりませんが、ダンジョンが出現し社会が混乱していたあの時期に総点検するような時間も人も足りなかったでしょうしね。前回の件は、俺達の運が悪かったり良かったりした結果ですよ」
「運が悪かったり良かったり、か」
実際ダンジョンを見つけたせいで面倒事に巻き込まれてしまった事は運が悪かったと言えるが、口止め料という名目ではあるが、表立って使える多額の金銭を手に入れられたのは運が良かったと言える。
俺達の場合、現状では換金できないアイテムばかり増えてるからな……。
「はい。ですので、面倒ではありましたが迷惑だとは思っていません」
「そうか……」
桐谷さんは目を瞑り軽く深呼吸をし気持ちを落ち着かせた後、憂いを帯びていた色が消えた真っ直ぐな眼差しで俺達を見てくる。どうやら桐谷さんは、完全に気持ちを商売人モードに切り替えたらしい。
俺達も気合を入れなおし、姿勢を正し真っ直ぐな眼差しを桐谷さんに向け返し交渉に備えた。
「では……今回の内見に行かれた物件の方はどうでしたか? 湯田君に聞いた話では、中々の好感触を得て頂けたと聞いていますが?」
「はい。実際に物件を現地で確認させていただいたところ、かなり自分達の希望に適う物件だと感じました。いくつか問題点と言うか心配な点はありますが、かなり好感を感じる物件でしたね」
「それは良かった。では、その心配な点と言うのを教えて貰う事は出来ますか? 物件探しというモノは、お客さんの心配事を一つ一つ潰し理想の物件を探していくものですからね」
「はい。では今回の内見で見えた心配な件ですが……」
裕二は内見で出た問題点を、桐谷さんと湯田さんに説明し始めた。俺と柊さんも時々意見を挟みつつ、内見の感想を語っていいく。
そして15分程かけ、俺達は桐谷さんと湯田さんに内見の結果を報告し終えた。
「なるほど、分かりました。皆さんの心配も当然と言えば当然のモノばかりですね」
「いえ。ある意味通常の使い方をするのなら、まず起きないような心配事ばかりですから」
「とはいえ、これも探索者由来の心配事となれば私達にとっても貴重な意見ですからね」
「探索者全般に適合する心配事、という訳ではないとは思いますけどね」
裕二は苦笑を漏らしつつ、桐谷さん達に探索者について過剰評価しないで欲しいと注意をしていた。一応の参考にはなるだろうが、俺達のような例外を基準に探索者の事を考えられたらコトだからな。
俺達を基準にしたら、少なくとも警察や自衛隊所属の国内トップ勢の探索者が相手になってしまう。一般的なダンジョン系企業所属の探索者を相手にするなら不適切とも言えるな。
「まぁ、その辺は他の探索者さんに協力して貰いつつ、時間をかけて色々とデータを収集していくしかないですね。いわゆる、ノウハウって奴ですよ」
「そう言って貰えると安心します。俺達のデータだけで探索者が求めるものとなったら、色々と齟齬が生まれるでしょうからね。自分達で言うのは何ですが、俺達は民間の探索者としては上澄み層の探索者だと思います。ですので、平均的な探索者とは言い難い立ち位置にいるかなと」
「私達も湯田君の撮ってきた内見映像は見てますから、言わんとする事は理解できます。皆さんの能力がテレビなどで紹介される一般的な探索者の方とは、かなり違うなと」
「桐谷さんが見たことがあるという探索者は多分、中堅レベルの探索者だと思います。できればその人達の能力を基準に考える方が、商売相手としては無難だと思いますよ。中堅レベルになるとドロップ収入も安定し余裕が出てきますし、さらなる向上をと思えば俺達と同じ様にダンジョンの外に訓練場を持ちたいと思うでしょうから」
ダンジョン内でただただ実戦を繰り返すという方法もあるが、安全にレベルアップ補正や新スキルの能力確認、パーティーメンバーとの連携練習をしたいとなれば、ダンジョン外に専用の場所を持ちたくなる。ダンジョン内でモンスター相手になると、少しの油断で怪我や装備破損を負うリスクが増えるからな。回復薬で治せる軽い怪我が1回や2回なら兎も角、50回も100回もと増えて行けば出費は甚大だ。回復薬は安くても1つ1万円はするからな、数人でパーティーを組んでいた場合は人数分だけ増えていくしさ。
それなら最初からダンジョンの外に練習場を、と考えるパーティーや企業は少なくないと思う。
「一応ダンジョン協会が提供している練習場もありますけど、時間制限付きの上に予約殺到していますからね。自由に使える練習場というのは、上を目指す探索者には魅力的に見えると思いますよ」
「なるほど、それは良い事を聞きましたね。その手の練習場不足に困っている人向けに、協会窓口に広告チラシを設置するのを検討して見るのも良いかもしれません。ウチの事を認知してもらえれば、練習場探しに訪ねて来てくれる人が増えるかもしれません」
「それは良い考えだと思います。あっそうだ、ついでにダンジョン協会への練習場認定の代理申請も請け負って貰えるのなら、練習場を購入しようと考える探索者も増えるかもしれませんよ? 申請手続き関係が面倒臭いからと忌避する人はいますから」
「書類申請は慣れてないと、アレが無いコレが無いと二度手間三度手間となりやすいですからね。ですが一度テンプレート化すれば、大した手間はかからない事なので問題ない提案です。そうですね、代理申請も承りますというのは売り文句に出来ますね」
桐谷さんは良い商売のタネを聞いたといった笑みを浮かべているが、隣で話を聞いていた湯田さんは思わず嫌そうな表情を浮かべたが直ぐに消していた。指示を出す桐谷さんと、実務を担当する湯田さんの立場の違いが如実に表れた瞬間と言える。
代理申請をするという事は、面倒な仕事が増えるという事だからな。
内見の報告を一通りした後、一休み入れてから内見している間に3人で相談していた話を切り出す。
少々言い出し辛い内容の話ではあるが、言わないでおくには影響が大きな話だからな。
「桐谷さん、一つ相談と言うかお願いがあるんですがいいですか?」
「お願いですか? 何でしょうか?」
「ええ、これまで何件か内見に行かせてもらった事で物件に求める条件自体の構想は固まったんですが、別の面で不安と言うか懸念が出てきたと言いますか……」
「不安に懸念、ですか……」
俺達が少し申し訳なさげな表情を浮かべている様に、桐谷さんと湯田さんも怪訝な表情を浮かべ話の先を促してくる。
そして裕二が代表し、意を決しお願いを口にする。
「はい。現状の俺達の立場では自動車の運転免許を始め、色々と制限があるのをハッキリと体感しました。山間部を開拓し練習場を作る上では、かなりの枷になっていると思います」
「確かに資材運搬等で車が使えないと言うのは、開拓を行う時に問題になりますね」
「移動手段にしてもなんですが、探索者が自転車で移動するというのは原チャを使うのとあまり変わりありません。学生探索者が増えている昨今、交通安全の為にといつ免許制の導入や利用制限が掛かるか分かりませんしね。ですので、暫く様子見をしたいと思うんです」
「確かに話を聞く限り、その可能性はありますね。ではお願いと言うのは、購入を中止したいという事ですか?」
俺達の主張に理解を示しつつも、桐谷さんは残念気な表情を浮かべる。購入予算が増え大口の商いになると思っていたところに取引中止を言われると思ったのだろう。
しかし、俺達がお願いしたいのは土地の購入の中止ではない。
「いえ。購入の中止では無く、数年間土地を借りれないかと相談したいんです。俺達もあと数年もすれば成人し、現状感じている枷の大半は無くなりますので。そうすれば選択の自由度も予算も、今以上に幅が広がりますから。それに土地を俺達に貸し出している期間は、探索者による山間地開拓のテストケースとして、出来る限りデータ収集に協力させて貰いたいと思っています」
思ってもいなかったであろう裕二の提案に、桐谷さんと湯田さんは驚きの表情を浮かべていた。




