第447話 好感触な物件
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ガードレールの隙間を通り、下り斜面に出来た細い土道を俺達は歩いて行く。斜面と言ってもそこまでキツい傾斜では無いのだが、乾燥した未舗装という事もあり少々滑りやすくなっている。お店を訪問した流れで内見に来ているのでスニーカーのため、滑らないように少々足下に注意を払う必要がある。
登山靴とまで言わないが、今後の為にも着脱式の滑り止めスパイクくらい用意しておくべきかな?
「湯田さん、この辺も物件の土地になるんですよね?」
「ええ、ガードレールの外側……斜面を降り始めてからは全て今回の物件の敷地内になります」
「という事は、購入後に俺達がこの道を舗装……整地するのは問題無いって事ですよね?」
「ええ。ただし、道を作る為の整地が原因で土砂崩れなどが発生し、上の国道が崩壊などしたら地権者の責任になる可能性がありますので気を付けて下さい」
確かに私道の舗装工事が原因で、既存の国道が崩壊しでもしたら修理代を出せと言われるのは当たり前のことだよな。更に崩壊が原因で被害者等でも出たら、刑事事件に発展して法的罰則を受ける可能性もあるって事だ。
湯田さんが言うように私有地だからといって適当な、整地の為だろうと工事は良く良く考えてから行わないといけないって事だな。
「皆さん、そろそろ傾斜が緩やかな場所に出ますよ。物置などの簡単な建物を建てる場合の、候補地の第1ポイントといった所ですね」
「湯田さん、そこってどの位の広さになりますか?」
「そうですね、大体10m四方ぐらいですかね? 小屋を建てなくとも、入り口から運んできた開拓資材の一時集積場としては丁度良いと思いますよ」
「確かに上の国道からだと、一気に谷底にまで持って降りるのは一苦労ですからね。近場に資材集積場は作って置いた方が便利でしょう」
斜面を下り始めて3分ほどで、湯田さんの言う資材置き場に出来そうな切り開かれた傾斜の緩やかな平地?にでた。確かに広さとしてはそこまで広くは無いが、物を置くには困らなそうな場所である。
ただし、傾斜が緩やかとはいえ斜面なので、資材集積場にするのなら少々整地する必要がありそうだ。変な荷物の積み方をしたせいで資材が谷底まで転落していった、では困るからな。
「それなりの広さがありますね。確かにコレなら、十分に資材置き場として活用出来そうです」
「ええ。重機などの持ち込みは困難でしょうが、資材置き場兼作業場に出来ると思います」
「俺達のような探索者なら、それなりの道具があれば重機の代わりは一応可能ですからね。資材がおけて、それなりに広い作業場を確保出来れば人力の開拓は可能だと思います」
「そうですか。ここは傾斜地ですので、重機を運び込むのも一苦労なんですよ。工事の為の工事が必要、と言えば分かって貰えるかと」
確かにこの傾斜地が広がる土地を開発しようと思えば、先ずは重機を運び込む場所や道の確保から始めないといけないだろうからな。開拓の本工事を始めるまでの下準備に、1年ぐらい掛かっても不思議じゃ無さそうな場所だ。
それを考えると、身一つ簡単な道具を用意するだけで重機を必要とする大工事を行えるってのは、土地を開拓しようとする探索者にとってかなりのメリットとしか言えない。開拓費用や時間をどれだけ節約出来るんだろうな?
「人里離れた山奥ですからね、ココ。でも専門の知識と技術を持つ探索者を集められれば、こんな山奥でも大規模開発は可能じゃないですか?」
「……それは、考えてもみなかったな。確かに広瀬君の言うように、探索者で構成された工務店なんてのがあったら、それも可能かも知れない」
「中級者以上って但し書きは付きますけど、もしかしたらいずれは出来る様になると思いますよ。例えば土木系の学校を卒業した探索者学生を採用するゼネコンや工務店が出てくれば……そうか、学生期間中の探索者歴が就職活動で有利に働く様になる時代が来るかもしれないのか」
裕二は自分で言っていて気付いたらしく、ハッとしたような表情を浮かべていた。それは俺と柊さんも同じだけどな。
言われてみると、現状での学生探索者という肩書きが有利に働くのは、主にドロップアイテムを取り扱うダンジョン系企業に就職する時ぐらいだと思い込んでいた。だが、良く良く考えてみると、探索者としての能力を活かせる場というのは、ダンジョン系企業だけに制限されるモノでは無い。既存の職業とも上手く付き合っていけるのなら、探索者学生が採れる進路の幅は想像以上に広いのだろう。
「学生時代にどんなことを頑張りましたか?って質問を、私も就活中に何度も面接官に聞かれた覚えがありますからね。そっか、今後の探索者学生はあんな感じで活動歴を聞かれるようになるのか」
「学生時代はダンジョンの○階層まで潜って活動していました!とかって、面接官に答えるようになるんですかね……」
「もしくは、○○っていうモンスターを倒して回ってました、とかかな?」
中々面白そうな就活になりそうである。頑張りによっては、良い意味で面接官達の顔を引き攣らせられるようになるかも知れないな。
面接内容が漏れたら、上司からのパワハラとか減るかもしれないな……。
「そうですね。まぁ、まだ何年か先の話でしょうけど」
「そうだね。でも、何年か先には来る話でもある。コレは内見を終えて帰ったら、社長と相談しておいた方が良さそうな話題だね」
「桐谷不動産でも、探索者の試用を考えてるって事ですか?」
「この先の探索者需要を考えると、社内でも要望を検証精査出来る人材を確保して置いた方が良いのでは?って話だよ。お客さんの要望に叶う物件を紹介するのがウチの仕事だからね。そういう意味では、君達の物件探しはうちにとっても良い経験になってるよ」
そう言って貰えると助かる。俺達の物件探しって内見後にコロコロと条件を変えているので、迷惑になって居ないか心配だった。実際に現地を探索者視点で確かめてみないと何とも言えないので、内見後に条件が変わってしまうからな。実際に行ってみると難物件扱いの山奥の場所でも、現地に向かうまでの移動時間さえどうにかなれば、探索者スペックのゴリ押しでどうとでも出来る事に気付いた事も内見の成果の一つだ。
なので俺達との内見は湯田さん達にとっても、探索者のゴリ押しがきく範囲を確かめる良い機会になっていたらしい。この手のことは、百聞は一見にしかずって言うしな。
「なるほど、じゃぁ桐谷不動産にとって良い参考データを提供出来るように頑張らないとですね」
「ははっ、既に十分良い経験はさせて貰ってるんだけどね」
湯田さんは裕二の冗談に軽く笑みを浮かべながら、内見を続けようと更に谷底へと続く細い道へと歩み始めた。
幾つかの建築候補地の平地を経由して谷底まで下ってきた俺達は、石が敷き詰められた河原へと到着する。事前に説明されていた通り谷底には、斜面の裾から川まで50m程の幅で河原として広がっていた。
幾つもの小石が転がっているので足場は悪いが、歩けないという程の事でも無い。河原は周りに燃えそうなモノも無いので、バーベキュー等をするには持って来いだな。
「ココが谷底です。向こうに見える川から、さっき降りてきた国道で囲われてる範囲が今回の物件になります」
「谷底に降りてくるまで、結構掛かりましたね。谷底から国道までの高さって、70、80mはありませんか?」
「一番高低差が大きい所で、大体70mちょっと位ですね。ビルで言うと22、3階ほどです」
「結構高低差がありますね……新興住宅地が丸々入るくらいかな?」
傾斜地なので平面的に建物を建てることは出来ないが、傾斜を利用し段違いで建てれば平均的な一戸建てなら100戸ぐらい建てられそうだな。
まぁ、こんな交通の便も悪い山奥に建つ家を買おうという需要があるか分からないけど。
「入るか入らないかで言うと入るでしょうが、ココは宅地には向かない土地ですね。見て貰って分かる様に、ココの河原は向こうに流れる川と比べ倍ほどに幅が広いです。つまり大雨などで川が増水した時には、河原が見える一帯まで水嵩が増えるという事です。ココは碌な護岸工事もされていませんので、最悪の場合は建てた家の足下の山肌が抉られて倒壊する可能性もあります」
「ああ、そうか。河原が広がっているという事は、そういう事ですからね。確かに宅地にするには、ちょっと向かない土地ですね」
「ええ。もし皆さんが建物を建てるのでしたら、山肌が崩れにくく国道と谷底の中間地点より上の方にした方が良いと思います」
川が増水する事を考えると、湯田さんの言うように何か建物を建てる場所は中腹以上にしていた方が無難だな。増水前提で、どこぞのリゾートにあるような高床式住居をとも思わなくも無いが、別荘を作るわけでも無いのだから態々難易度を上げる必要も無いだろうし。
そして湯田さんの説明を聞きつつ、俺達は川に近付く。
「この川は普段は見ての通り、そこまで水量も多くなく穏やかなモノです。もっと上流の方に、小規模ですがダムが造られていますから」
「なるほど、ダムがあるんですね」
「ええ、それと幾つか注意点があります。梅雨前や台風前なんかには多めに放水され増水するので、川に入るのでしたら流されないように気を付けて下さい。後こういう場所ですので、ダムの放水を知らせるブザー等は設置されていないので、川の水嵩が急に変化しはじめたらダムが緊急放水を行っている可能性があると思い退避して下さい」
「了解しました」
湯田さんから川についての注意点を聞き、俺達は真剣な表情で頷く。川での水難事故っていうのは、毎年のように報告されているからな。どれだけ穏やかそうに見える川だとしても、油断して良いモノでは無いって事だ。
「それじゃぁ、川沿いに歩いて敷地の確認を行いましょう。この川と上の国道に囲われた範囲が、今回紹介する物件になりますので」
「分かりました、よろしくお願いします」
というわけで、俺達は敷地を確認する為に境界線になって居る川沿い伝いに歩き始めた。
俺達は湯田さんの説明を聞きつつ、10分ほど掛けて川沿いをユックリ歩いて敷地を確認していった。
川と国道で隔離されている形なので、ちょっとした陸の孤島といった感じである。
「対岸の土地に行くには、こちら側から川を渡るか、上流の橋を渡って山道を通って大回りして行くしか無いので、まず人目はないと思います」
「国道の上から覗かれるといった事は無いですかね?」
「上の国道には特に看板などの目標物も無いので、車や自転車を止めていなければ大抵はココに気付きもせずに通り過ぎると思います。基本的に、似たような山道が続く場所ですからね」
「確かに何か興味を引くモノが無ければ、只の通り道にしか思わないでしょうからね」
ココまで来る時に通った道を思い出すと、確かに何の変哲も無い山道が続くばかりだった。確かにそんな場所では、何か目に付く目標物が無ければスルーして通り過ぎるよな。
まったく人目に付かないという事は無いだろうが、そこまで人目を気にする必要も無さそうではある。
「それらを考えると……ココ、中々良さそうですね」
「うん。交通の便もそこまで悪くないのが良いね。というより、人目を避けるという条件を考えれば、公共交通機関でも自転車でも来れるココはかなり良い方だと思うよ」
「もう少し見て回りたいからまだハッキリとは言えないけど、私もココは中々良いと思うわ」
コレまで内見して来た物件を思い出すと、ココは中々好感触の物件だ。交通の便や立地条件は許容範囲であるし、広さも訓練で使うのなら十分である。
柊さんが言うように、もう少し見て回ってみたい物件だと初めて思えた。
「そうですか、皆さんに好印象を持って頂けたようで幸いです。では、もう少し見て回りましょう。ドコか気になる場所があったのなら教えて下さい」
「……ドコが気になるというか、山中を含め一通り物件の敷地内の確認作業をしておきたいといった感じです。前回の物件の時のようなことがあると困りますので」
「ああ、確かにそうですね」
「そう連続して起きることだとは思いませんが、念の為に確認はしておきたくて」
柊さんの確認作業の要望に、湯田さんは少し引き攣ったような表情を浮かべつつ了承する。前回の内見後に訪れた、事後処理の悪夢を思い出したんだろうな。ここに来るまでに湯田さんの口から漏れ出した愚痴の数々を思えば、当然の反応と言える。
ただし、コチラとしても柊さんの言うように確認を怠り購入後にダンジョンを発見……という事態は避けたいことでもある。
「分かりました、では内見を続けましょう」
こうして俺達は物件内を一通り見て回り、ダンジョンらしきモノが無い事を確認してから内見を終了。桐谷不動産の事務所へと戻る事になった。




