第446話 欲深くも程々に
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湯田さんの運転する桐谷不動産所有の営業車に乗り、俺達は今回紹介される物件へと向かって移動していた。桐谷さんは俺達が内見をしている間に、他にも良さげな物件を探しておくと言ってくれていたので、事務所に残っている。
ただ、俺達が出かける時に向けてきた桐谷さんが浮かべていた何とも言えない不安げな表情が、申し訳ないといった気持ちと共に脳裏にこびり付いてるけどな。未発見ダンジョンが見つかるなんて事は、もう無いと思いますよ……多分。
「こうして皆と内見に行くのも、かなり久しぶりな気がするね」
「まぁ、前回の内見の時に色々ありましたからね」
「そうなんだよね。アレがダンジョンだって分かった時は、まさか!って感じだったよ」
「それは俺達もですよ。まさか物件を見に行った先で、ダンジョンを見つけるなんて思っても見ませんでしたからね」
車内では、前回の内見で見つけたダンジョンの話題で盛り上がっていた。ドコで誰が聞き耳を立てているか分からないので、中々外で話すわけにはいかない話題だが、移動中の車内なら問題無い。
まぁ移動中の話題というか、主に湯田さんの愚痴聞きタイムなんだけどさ。
「それにしても本当、何であんなに関係各所に提出する書類ってのは多いんだろうね? 似たような内容の書類を、アッチコッチの役所に何度も提出させられたよ」
「はははっ、それは災難でしたね。それって、ドラマとかで良くあるアレじゃ無いですか? アチラとは担当部署が違いますので、ってヤツですよ」
「いやホント、その通りって感じだったよ。今回の件が有るまでは俺も、ドラマとかだけの誇張表現かと思ってたけどさ。事が大きくなればなるほど、関わる部署が増えれば増えるほど提出書類が増える地獄だったよ。不動産屋としての通常業務もあるから、この件に関われる人数もそんなに多くなかったから余計にさ」
「事が事ですし、未発見ダンジョンの事を知る人は無闇に増やせませんからね」
心底疲れたと言いたげな表情を浮かべる湯田さんに、俺達は思わず申し訳ないと言った表情を浮かべた。俺達の場合、発見報告と簡単な状況説明を行っただけで解放され、面倒な書類の提出などは求められなかったからな。未発見ダンジョンに関する拘束時間という意味では、湯田さん達と比べると実質的にはゼロに等しい。
オマケに、マジックバッグに関する口止め料という形で結構な額を貰っている。
「そうなんですよ。一応同じ会社の人なので、会社の管理する物件で未発見ダンジョンが見つかったっていう情報は共有していますが、深く関わっているのは自分と社長を含めて数人。その数人で関係各所へ提出する書類を作成して提出、しかも早く提出しろと役所からは催促される日々。更に、ダンジョンが見つかった周辺の土地を持つ地主さんとの交渉まであるんですよ? 猫の手も借りたい程の忙しさです」
「それは……大変でしたね」
「ええ、本当に! 特に何が一番大変だったかっていうと、それは周辺の土地を持つ地主さんとの交渉ですよ。ダンジョンが見つかったと知らせるまでは、まだ山は売れないのかって文句を言っていたのに、ダンジョンが見つかったと知らせたら一転して売らないとか言い出したんですから」
「ああ、まぁ……そういう事もあるでしょうね」
今まで二束三文にもならない、寧ろ税金分だけ損するような土地だったのに、ダンジョンが見つかったことで一気に高値が付きそうな土地になった。取らぬ狸の皮算用とばかりに目先の利益に目が眩み、手の平返しをする地主が出てきてもおかしな話では無い。
まぁ所詮は皮算用なので、上手くいくかは分からない試みだけどな。
「ええ、想定される事態ではありました。ですが、この修羅場と言える忙しい時に実際にされると腹が立ちます。まぁ今まで損をしていた地主さんの気持ちも分かるので、表立って非難は口にしませんけど」
「儲けられる時に儲けておきたい、ってのは普通の感情ですからね。今まで損をしていた分、せめて損失分を補填したいって感じなんじゃ無いですか?」
「多分そうですね、売らないと言い出した大部分の地主さんはそうだと思います。ただ、今回のような特殊案件ですと悪手になる可能性も高いんですけどね」
「悪手……と言うのは?」
俺達が発見した未発見ダンジョンが一般公開ダンジョンになれば、探索者も集まり地域経済の発展に寄与する。それに伴いダンジョン周辺には城下町とも言える場所が出来たりと、周辺の土地が値上がりすると思うんだけど……違うのかな?
俺達は湯田さんの悪手と言う言葉の意味が分からず首を捻っていると、湯田さんが説明してくれた。
「悪手というのは、地主さんが売らないと返事をすると、それならいらないと国に言われ土地の買取を断られる可能性があるんです。今回の立地の場合」
「……断られるんですか?」
「可能性はあります。今回のダンジョンがある立地の場合、ダンジョン周辺……そうですね、島周囲の湿地帯や近くの国道までの通り道は安全確保の為に買い取られると思いますが、それ以外の周辺の土地まで購入されるかと言われると……。元々ダンジョンがある立地が人里離れた山奥なので、甚大な人的被害は発生しないと判断され買い取られない可能性もあるかと。そんな条件下で、周辺の土地を持つ地主さんが売らないと言えば、買い取られない可能性が出て来ます。国にしても、ダンジョン用地の購入予算限度枠はあるでしょうから」
「確かに用地買収予算に制限があるのなら、売らないという土地まで買おうとはしないかも知れませんね。現状ですと、ダンジョンからモンスターが出てきたという話は聞いたことがありませんので、予算を無視してまで無闇矢鱈広範囲の土地を買ったりはしないのかな?」
世界の何処かのダンジョンでダンジョンからモンスターが溢れ出てくるような事態が発生すれば、その対策として現状の数倍の土地が防衛陣地用地として買われるようになるかも知れない。しかし、現状では過度な用地購入は避けられる可能性が高い。
確かにそう考えると、ダンジョン周辺の土地を持つ地主さん達の売り渡し拒否姿勢は悪手と言えるかもしれない。
「可能性は低くないと思います。国としても予算枠内で安価に周辺の土地を購入出来るのなら購入するでしょうが、予算枠を越えてまで購入はしないでしょうから。ですので、この機会を逃せばこの先売れないかも知れないと地主さんには説明してるんですけど……」
「拒めば高く売れるかも、の方に掛けてる地主さんが多いと?」
「ええ。一応今も説得を続けては居るのですが、中々早期売却に同意してくれる方がおらず……」
「「「……」」」
湯田さんは頭が痛いとばかりに額に手を当て、重い溜息を漏らした。
もし周辺の土地を持つ地主さんの説得中に国が用地買収の話を打ち切ったら、国に売れなかったのが湯田さん達のせいだと責められるかも知れないからな。理不尽な言いがかりだとしても、損した人間はえてして自分以外に問題があったんだと責任転嫁しやすい。特に責任を転嫁しやすい相手が近くにいれば、なおのことだ。
「出来るだけお客さんの要望には応える心づもりですが、今回の件は土地を買いたいと言う相手が有っての件ですから……」
「相手が買わないと言えば立ち消えになる話、って事ですね?」
「ええ。相手がその決断をする前に、地主さんには売却に同意して貰わないといけません」
「売りたい人と買いたい人がいてこその、売買ですからね」
少々呆れた響きの混じる裕二の言葉に、湯田さんはその通りだと力強く頷いていた。
買い手がいないからこそ、今まで売れないと地主さん達も困っていたんだ。多少安価にはなるかも知れないが、売れる時に売っておいた方が良いと俺も思うんだけどな。
「まぁ相手が痺れを切らす前に、何とか説得してみるつもりです」
「その……俺達が原因を持ち込んだ案件なのに力になれずすみません」
「ああ、いえ。今回見つけられずとも、いずれ発覚していたはずの問題です。早いか遅いかだけの違いだけでしか無いので、皆さんが気にされる必要はありませんよ」
「……そう、ですね。じゃぁ、頑張って下さいとだけ」
湯田さんはその言葉に、疲れた様な表情を浮かべながら小さく頷いていた。
いやホント、頑張って下さい。
暫く山道を走ると、俺達は今回紹介された物件に到着した。とは言っても、見渡す限り木々が生い茂る山中なんだけどさ。まぁこんな山中だ、舗装された道路が走っているだけでも十分整備されてる方だよな。
俺達は路側帯の車1台分ほどの待避所に車を止め、物件見学を始めた。
「到着しましたよ、ココが今回の目的地の物件です」
「車だと、大体一時間位って所ですね」
「そうですね。公共交通機関を使うと少し遠回りになりますので、もう少し時間が掛かると思います」
「ですね。結構山道を走りましたけど、信号が無い分スムーズでしたし。あのくらいの勾配の道なら、俺達の様な探索者なら自転車で十分に移動可能ですね」
裕二の言う様に移動自体は可能だろうが、自転車に加わる負荷やブレーキ性能を考えると、一時間以上掛かることを想定した方が良いかもしれないな。公共の乗り物を使うのと余り時間的差は無いが、移動後の自由度を考えると自転車移動出来るのは大きいかな。
ただ……。
「ホームセンター何かが近くに無いのは、ココを購入した後に開拓する際に少し困りそうですね。街で開拓資材を買ってから持ってくるにしても、1度に運べる量には制限がありますから」
「確かに、この近辺にはホームセンターに類するお店はありません。小さな金物店が麓の村にあったと思いますけど……1からココを開拓するには少し心許ないですね」
「やっぱりそうですか。お店が近くにあるのなら、リヤカーなんかを使えば1度に運べる量も増えるんですけど……お店自体が近くに無いのは少し困りますね」
「皆さんが車の運転免許を持っているのなら、さほど難しくない問題ではあるんですけどね」
俺のスキルを使えば解決出来る問題ではあるけど、流石にダンジョン内での利用ならまだしも、大規模開拓では使えない方法だ。どうやってコレだけの資材を運び込んだんだ?と聞かれたら、答えに窮する事になる。
更に拙いことに俺達は秘匿こそされているが、マジックバッグの発見者だ。下手な疑惑を残すと、マジックバッグがもう一つ出ていたのに隠匿したのでは無いか?と協会にいらぬ腹を探られかねない。厄介な秘密を抱えている身としては、目を付けられる様な事は出来るだけ避けたいものである。
「自転車での物資運搬は難しいですからね。平地ならリヤカーを繋いで誤魔化すことも出来ますけど、山道をリヤカー付き自転車っていうのは」
「止めて下さい、積載過多の自転車で山道の登り下りなんて事故に繋がりかねません」
「ははっ、そうですよね。そうなると、ますます物資の運搬が問題になりますね。……近々この近辺にホームセンターが出来る予定なんてのは」
「残念ながら、私の知る範囲ではありませんね」
まぁ、そう都合良くはいかないよな。ココって、ホームセンターの配達可能圏内かな?
それならまだ、怪しまれずに資材調達が可能になるんだけど……。
「まぁ物資運搬問題はまた後で解決策を考えるとして、先ずは今回の物件を見て回りませんか? 物件自体が気に入らなければ、今の段階で先のことを考えても仕方ありませんからね」
「そう、ですね。確かに物資運搬問題よりも先ずは、物件自体の内見からしないといけませんね。すみません、少し先走りましたね」
「いえいえ、今の段階で先々の事に気が回り始めるという事は、初見では今回の物件に好印象を持って頂けているという証拠ですから。寧ろコチラとしては、ありがたいことですよ」
「そう言って貰えると助かります。確かに湯田さんの言うように、ココまでの道中はコレまで見てきた物件の中ではかなり印象が良いですね」
裕二の返事に、湯田さんは嬉しそうな笑みを浮かべた。まぁ今までの物件は俺達が希望した物とはいえ、道なき道を進んだ更に先にといった物件ばかりだったからな。ここも木々が生い茂る山中とはいえ、舗装された道路を降りたら直ぐ到着する物件の第一印象が悪いはずも無い。
とはいえ、まだ舗装道路の直ぐ側に有る物件という部分しか見えていないんだけどな。
「ありがたい評価ですね。それでは皆さん、早速内見を始めさせて貰います。物件への入り口は、そこのガードレールが途切れた部分からになります。直ぐに土が剥き出しの下り斜面となっていますので、足を滑らさないように気を付けて下さい」
「「「はい」」」
こうして湯田さんに先導される形で、俺達は本格的に内見を開始した。




