第445話 この物件は広すぎない?
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今回加えた交通の便はほぼ条件に沿っているが、山が丸々杉山というのが引っ掛かった。山丸ごとともなれば、かなりの数の杉の木が生えている。その木々が一斉に花粉を放出するようになれば、1、2ヶ月はまともに利用出来なくなる期間が出来てしまう。現時点で俺達は花粉症では無いが、そんな大量の花粉を浴びるようになれば、いつ花粉症を発症してもおかしくは無い。アレルギー物質が蓄積して、花粉症が発病するって聞くしな。
高いお金を出して、花粉症になるリスクを抱えた山を買うってのはな……。
「金額は予算内ですけど、杉山というのが少しネックですね」
「ええ、まぁ。花粉が飛び始める時期になりますと、周囲の植林された山々と一緒に盛大に花粉が舞うらしいです。私は話でしか聞いていませんが、その時期になると辺り一面の空が花粉で霞んで見えると」
「……うぁ、それはちょっと」
湯田さんが言う、空を霞ませる程に花粉を振りまく杉山の姿を想像し、俺達は思わず嫌悪と困惑が入り交じった表情を浮かべてしまった。空が霞むほどの花粉って、一体どんな量だよ。もしかして元々の持ち主だという農家さんに後継者がいなかったっていうのは、その花粉が舞い散る周辺環境が嫌で後継者がいなかったのでは? 花粉症は重症になると呼吸困難を伴う等、最悪命に関わる可能性もあるからな。
そうで無くとも、空を霞ませるほどに花粉が舞い散る光景を目にすれば誰でも躊躇するか。
「そういう訳でして、この立地条件に広さですと本来ならもう少し売値もお高くなるのですが、周辺環境を加味しお安くさせて頂いてます」
「年に1、2ヶ月の間は花粉で困るでしょうけど、その時期を離れていれば……って、農地だとそうはいきませんね。春野菜を作り始めるのなら、時期的に丁度ですし」
「ええ、そんな感じですね。元の持ち主の農家さんも花粉が舞う時期の作業は避けるように、生育時期をずらせる野菜を選んで育てていたそうです」
「そこまでするとなると、本当に凄い状況になるんでしょうね」
元の持ち主さえ避けるように作業するって、相当ヤバい状況だな。そこまで周辺に被害が出るのなら、適正数まで杉山の木を切れば良いのにとは思うが、周辺の杉山も含めたら相当な木を伐採しなければならない。その伐採費用を考えれば、周辺の山の持ち主の意見を纏めて伐採をと言うのは中々に難しいだろうな。その上、そんな大規模な伐採ともなれば役所への届け出や許可取りが必要になってくるはずだから、更に難しい問題に発展するだろう。
流石に花粉が迷惑だからと、周辺の山々を無作為にハゲ山にする訳にはいかないだろうからな。
「この物件の場所は良いと思うんですけど、流石にその話を聞くと……。確かに花粉が舞う期間自体は短いですけど、1ヶ月近く使えないというか近付くのも憚られるっていうのは」
「まぁ、そうですね。山に生える杉の木を減らせるのなら花粉の飛散も減らせるのでしょうが、今現在においてこの物件及び周辺の山において大規模な伐採計画はありません。仮に大規模伐採を行うにしても、今度は土砂崩れ対策の為に別途工事が必要になってきますね」
「その対策工事費用ってのは、その山の持ち主が手出しする必要があるんですよね?」
「はい。場所によっては公的な補助金がでるかも知れませんが、基本的に工事費の半分以上は持ち主の手出しになると思います」
花粉症になりかねない程に大量の花粉が舞い、改善しようと思えば周辺の山の持ち主と意見を調整する必要があり、伐採及び土砂崩れ対策に高額の費用も掛かる……うん、無いかな。交通事情やらは俺達の提示した条件に合うし、花粉が舞う期間さえ避けて利用すれば問題の無い物件ではあるが、流石にコレは遠慮したいなという気持ちが出てくる。
俺と同じ気持ちらしく、裕二も柊さんも微妙な表情を浮かべていた。
「そう、ですか。湯田さん、申し訳ありませんけどこの物件は無しの方向でお願いします。短期間とはいえ、活動が困難になる物件というのは流石に……改善も困難そうですし」
「ははっ、そうですね。分かりました」
「価格や物件の方向性は問題なかったんですけどね」
「分かりました。この方向性で、別の物件を探してみますね」
検討の結果、1件目の物件は断ることになった。湯田さんも残念そうではあるが、俺達が断るのにも納得しているといった表情を浮かべている。短い利用困難期間がある件を除けば悪い物件では無かったが、練習場という利用目的として通年利用出来ないというのはやはり欠点と言えば欠点だからな。
残念ではあるが、気持ちを切り替え2件目の物件を見てみるとしよう。
お茶を飲んで短い休憩を挟んだ後、湯田さんによる2件目のプレゼンという説明が始まる。2件目の物件は、近くにローカル鉄道の駅がある山間の一角だ。
土地の広さだけで見ると、1件目よりかなり広い。
「この物件は、山間部の一角にある土地になります。近くにはローカル鉄道の駅があり、皆さんの街にある電車駅からですと1回乗り換えて貰う事にはなりますが、1時間から1時間半ほどで辿り着けると思います」
「乗り換えがあるんですか……その1時間から1時間半という時間は、乗り換え電車の待ち時間込みですか?」
「ネット検索で出た時間を参考にしていますので、乗り換え時間込みと思って頂いて問題無いです。ただ検索した時間が朝と昼と夕と3パターンですので、それ以外の時間帯で利用する場合はローカル鉄道の運行数も減るので、乗り換えにはもう少し時間が掛かると思って頂いていた方が良いと思います」
「ありがとうございます。では一応、電車での移動時間は1時間から1時間半ほどだと考えておきます」
ローカル鉄道に乗り換え込みで1時間半ほどで到着出来るのなら、そんなに交通の便が悪いという事は無いかな? まぁローカル線は便数が少ないらしいので、往来のタイミングは考えないといけないんだろうけど。
でも最寄りって事は、物件自体は更に先にあるって事だよな?
「はい。そして物件そのものは、駅を降りて10kmほど国道を道沿いに進んだ山道の先にあります。一応路線バスも走ってはいますがかなり便数が少ないので、バスを待つぐらいなら皆さんなら走った方が早いと思います」
「10kmですか……俺達の足なら駆け足で30分ほどですね」
「はい。皆さんに聞いた話の通りだと、それ位だと思います。山道にはなりますが、それほどきつい勾配の坂道にはなっていません」
「山道なのに勾配がそこまでキツくないという事は、電車の駅自体がそれなりの高さの所にあるって感じですか?」
山岳鉄道とまでは言わないが、緩い傾斜で山の中を走るタイプのローカル線って事かな? 俺達からすると山道も大した障害にはならないけど、急勾配が無い移動は楽なので助かる。
「そんな感じですね。以前皆さんと一緒にアレを見付けた際に昇った山と比べたら、ほぼ平坦な傾斜の道ですよ。山道も2車線道路で舗装されていますので、走り具合も悪くは無いと思います。歩道はありませんけど、広めの路側帯がありますので」
「なるほど、バスでも徒歩でも問題無く目的地まで行けそうですね」
「ええ。基本的に山道なので、車両も人も少なく皆さんが走って移動しても邪魔にはならないと思います。ただ街路灯がほぼ無いので、暗くなると視認性が極端に低くなります。夜間ジョギング用の携行ライトなど、自分の位置を知らせる道具を用意する必要があると思います」
湯田さんの助言は尤もだと思い、俺達は力強く頷く。夜の山道を車並の速度で走る人間が突然出現する……ドコの怪談話だよって話だしな。自分の安全も含め、遭遇する人の精神安定性の為にも必須の装備である。
こういった細かい注意点を指摘してくれるのは助かる、こういうのは指摘されるまで意外と気付きにくいからな。
「では、物件の説明に入ります。物件は山間部の一角、広さは15.8ヘクタールになりまります」
「15.8……400m四方といった所ですね」
「敷地の形的には長方形になりますけどね。とはいえ、大型のショッピングモール並の広さはあります」
「大型ショッピングモール並の広さですか……」
数字だけ聞くと実感が余り湧かないが、身近な物で例えられると何となく想像が付く。アレ丸々1つ分の広さの土地か……ちょっとデカ過ぎないか?
ちゃんと管理し、活用しきれるのか不安になってくる広さだ。
「この物件ですが、山間部の一角となっていますが、実際は国道と山中を流れる小川のお陰でほぼ独立した形の土地になっています」
「それは、国道と小川が土地の境界線になっていると思っても?」
「ええ、その認識で間違い有りません。そしてこの土地に生えている木々はいわゆる雑木林でして、先程ご紹介した物件と違い植林された山ではありません。ですので……」
「花粉に悩む心配は少ない、と?」
裕二の確認の問いに、湯田さんは軽く頷き肯定する。
「はい。勿論完全に無視出来るといった物ではありませんが、深刻な健康被害を気にする問題は無いレベルかと」
「それは良かった、先程の物件の話を聞いてからその点は結構気にしていたので」
「ですね。説明を続けます。この土地は先程も申した通り、国道と小川で独立した地形になっています。国道から小川へ緩やかに下る傾斜地になっており、小川の側は広い河川敷として平地が広がっています。ただし、大雨などで川が増水した際には河川敷を覆うように水嵩が増えますので、この河川敷に建物等を建てるのはオススメ出来ません。万一増水の際に建物が流れた場合、下流で流れをせき止め土石流の原因になる可能性もありますから」
「確かにそれは危険ですね。天災も困りますが、人災なんてのは以ての外です」
ニュースなんかでも大雨災害が起きた時、土石流が発生し下流まで押し寄せ街が壊されたって話は良く耳にする。万一自分達が忠告を無視し作った建物が原因で土石流が発生して、建物被害や人的被害を出したとなったら目も当てられない。
湯田さんの忠告通り、河川敷に不要な物は設置しない方が良いだろう。
「でもそうすると、建物を建てる際は傾斜地に?」
「そうですね。その方が無難だと思います。平地でこそ有りませんが傾斜が緩やかな地点は何ヶ所もありますので、建物等を建てる際はソチラを整地し使用する方が良いかと」
「その傾斜の緩やかな地というのは、建物が建てられる程の広さが?」
「多少の整地は必要ですが、小さなロッジを建てる程度の広さは確保出来ると思います」
休憩場所は十分に確保出来るといった所だな。俺達の場合、利用目的に土地の大部分が傾斜地だったとしてもそこまで問題にはならない。
多少の整地というのも、俺達なら人力で対応出来る範囲かな?
「中々良さそうな感じの物件ですね。」
「土地の大部分が傾斜地というネックはありますが、皆さんの利用目的からすると問題ないと思われます」
「広さも俺達が暴れ回るにしても、十分な広さだと思います。それで、この土地はお幾らぐらいする物なんですか?」
裕二が物件の金額を聞くと、湯田さんは書類の一角を指差しながら告げる。
「諸経費を省きまして、およそ2500万円になります」
「2500万円ですか……1件目の物件に比べて随分とお安い感じになりましたね」
「人里離れた山間部の一角という事もありまして、このお値段になります。更に土地の大部分が傾斜地という事もあり、産業利用するのが難しい土地というのもありますね」
「確かに傾斜地だと、大規模な建造物を建てようと思えば平地より余計に費用が増えますからね。温泉や景観名所なんかの観光の目玉になる様なモノがあればまた話も変わるんでしょうけど、それ系の物は……」
湯田さんは残念そうな表情を浮かべながら、それ系の物は無いと返事をしてきた。近くに観光名所になるような物が無いと、山中で商売をするのは厳しいだろうからな。
「そうですか。湯田さん達にしたら残念なのでしょうが、俺達からすると人が集まる観光名所が無いというのは人目を避けるという点ではメリットですね」
「ははっ、残念ながらその通りですね。その点も、この物件を紹介した理由の一つです。人目が余りない山中の一角、皆さんが希望される条件にぴったりの物件かなと」
「ありがとうございます」
どうやらこの物件、お値段的にも条件的にも結構良さげな感じだ。この物件、内見してみたいかも。
そんな俺達の反応を見取ったのか、湯田さんから提案が出される。
「どうでしょう、これから実際に内見に行ってみますか? 電車だと1時間半ほどですが、車を使えば1時間も掛からず現地に行けますよ」
「えっ、良いんですか?」
「皆さん興味があるようでしたので、実際に御覧頂いた方が良いかなと」
湯田さんの問い掛けに、俺達は顔を見合わせ軽く頷き合うと裕二が代表し返事をする。
「是非お願いします。聞いた感じだと結構良い感じなので、実物の物件を見てみたいです」
「分かりました。では、内見の方に行きましょう」
という訳で、俺達は湯田さんと一緒に2件目の物件の内見へと行く事になった。
その際桐谷さんが不安げな表情を浮かべていたが、そう何度もレアな発見があるわけでも無いので心配しないで貰いたい。




