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第443話 自転車移動の与える影響

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 湯田さんが持ってきてくれた資料を広げ、俺達はそれぞれの物件についての説明を聞く事になった。購入予算が上がったことで、交通の便が良い物件だったりかなり敷地面積が広い物件が並ぶ。 

 選択肢の幅が広がったと言えば良いのか、悩むポイントが増えたと言えば良いのか……。


「同じ価格でも、色々な物件がありますね」

「ええ。以前お伺いしていた条件を参考に、予算別に何件かずつ持ってきましたので」


 参考資料なので10件程度だと思っていたのだが、湯田さんが持ってきてくれた資料は50件近くあった。価格毎に2、3種類ずつあり、交通の便が良い物件だったり、すこし道路沿いから離れるが山丸々一つ分の物件、海に浮かぶ小島だったりとバラエティに富んだラインナップである。

 購入予算が増えると、こういった物件が出てくるんだな。


「へぇー、島なんかも売りに出てるんですね」

「日本には、小さな島が沢山あるからね。売りに出されている島とかも、結構あるんだよ」

「でも小さいと言っても、広めの球場くらいの大きさの島ですよコレ?」


 裕二が手に取った資料には、小島と言うには少し大きな島が載っていた。添付されている写真には、切り立った崖の上に木々が生えている孤島と言った感じの島が載っている。

 いわゆる、多くの人がイメージする海の真ん中に浮かぶ孤島だな。島の周囲が切り立った崖なので、上陸するのには一苦労しそうである。一応簡単な桟橋とハシゴが設置されているので、船を島に着けて上陸出来ないという事は無さそうだ。


「沖合という立地ですので、その値段なんですよ。島に向かうには自分で船を持っているか、近くの港から船を出して貰うしか有りませんからね。もっと海岸に近い立地ですと、レジャー用のゴムボートでも移動出来る島もありますから。まぁそうすると、お値段が何倍もしますが」

「移動に難ありという事は、海ですので天候が悪いと閉じ込められる可能性もありますよね?」

「ええ。沖合の立地ですので、波が高くなると船も港を出航出来ませんから、その可能性はあります。更に島に何か建物を建てようとするなら、先ずは桟橋の整備から始める必要がありますので、リゾート地として整備するには手間と資金が掛かる物件です」

「なるほど、それらを考慮した結果が、この価格という事なんですね」


 価格も購入予算枠内だし、島の広さや孤島という秘匿性が高い立地は魅力的だが、船という移動手段が少々問題かな? 自前の船を持つにしても、船舶免許自体は俺達でも取得出来るけど船の維持費を考えるとなぁ。

 海に浮かぶ孤島っていう響きにはロマンがあって魅力的ではあるけど、やっぱり陸地の方が何かと利便性が良いと思う。考え無しにロマンだけで買うと、後々苦しむ事になるだろうからな。


「ええ。諸々の事情を飲み込めるのでしたら、この物件はかなり良いモノですよ」

「確かに手間は掛かるでしょうが、開発出来れば良いリゾート地になるでしょうね。こういう難しい立地でも、行ってみたいと言うお客さんはいるでしょうからね」

「そうですね。最悪ヘリポートを設置し、秘境のお食事処といった感じにするのもありだと思います」


 たまにTV何かで紹介される、1日数組の会員限定高級お食事処とかあるしな。余人が近寄れない立地というのも、ある一定層のお客には魅力的なはずだ。

 ただ、自分達はその手の用途を考慮してないので移動手段がネックというのは微妙としか言えないんだけどさ。





 湯田さんが持ってきてくれた物件資料に一通り目を通した後、俺達は一先ず休憩を挟んだ。流石に沢山の資料に目を通した後だと、少し考える時間が欲しいからな。とはいえ、購入予定額が変わるだけで並ぶ物件の傾向が大きく変わった。安物買いの何とかでは無いが、そこそこ金額を出した方が確りした物件が出てくる。

 お茶を飲んで一休みしつつ、俺達は軽口のように湯田さんに物件について意見を交わす。


「色々と見せて貰いましたけど、コレだけ傾向が違うと迷いますね。ネックになっていた交通の便も、そこそこ良いモノも多いですし」

「物件の場所的に交通の便は、どうしても町中と比べると悪くなりますけどね。ローカル鉄道や路線バスが通っているだけでも、随分と移動が楽になりますよ」

「俺達が自家用車を使えるのなら話も変わるんでしょうけど、年齢的にまだ使えませんからね」


 基本的に山中の物件だが、思っていたより交通の便が良い。1時間に1、2本ではあるが、公共交通機関が通っているというのはやっぱり大きいな。俺達には自由に使える足が無いので、やはり公共交通機関が近くにあるというのは得がたい。

 ただ、公共交通機関が近くにあるということは、少なくない人の往来があるという事でもある。交通の利便性と情報の秘匿、中々バランスが難しいものだ。


「後1、2年もすれば解決する問題なんでしょうけど、現状では大きな問題ですからね」

「ええ。一応学校の規定でも免許の取得は兎も角、在学中に学生が車を所有し運転するのは余り褒められた事ではないといった感じですからね。万が一在校生が事故を起こした際のことを考えれば、学校の考えも納得は出来るんですけどね」

「学生が在学中に死亡事故を起こしたら、学校で謝罪会見をしたりしますからね。新入生獲得に影響する悪評を気にする学校としては、事故の大元の原因になる運転自体を禁止したいと考えるのも当然でしょう。特に私立ともなれば、悪評が広まり新入生が減ったら学校運営自体が傾きかねませんし」

「車の運転は禁止しても免許の取得自体は禁止していないのが、学校としてはの妥協点って所でしょう」


 運転免許の取得自体それなりに時間は掛かるので、夏休みや冬休みなどの長期休み等を利用し学生のウチに取得するっていうのはありだろうとは思う。社会人になると、中々時間が取れないと聞くしね。

 とはいえ、事故リスクがある以上、在学中の学生に運転はさせたくないというのも本音だろうな。一応今の年齢でも自動二輪の免許は取得出来るけど、コッチも学校ではあまり利用は推奨はされていない。当然だが、バイク通学は禁止されている。


「そんなわけで、俺達が恒常的に使える移動手段は公共交通機関か自転車だけですね。自転車でもそれなりの距離は稼げますけど、結局は自転車ですからね。高速道路なんかは使えませんし、何より車並みの高速走行を前提にしてないので壊れます」

「自転車が壊れるほどの速度が出せるというのも驚きですが、確かに無茶な使い方はやめておいた方が無難でしょうね」

「自転車メーカーさんとかが、探索者向けの頑強な自転車とか作って貰えると良いんですけどね。まぁ出来たら出来たで、直ぐに規制が掛かるようになるんでしょうけど」

「自動車並の速度で走られるとなれば、規制の一つでも掛けなければ危険ですからね」


 裕二の自転車事情の暴露に湯田さんは驚いた表情を浮かべつつ、桐谷さんに何か言いたげな視線を送る。すると桐谷さんは少し悩んだ表情を浮かべた後、確認するように裕二に話し掛けてきた。


「今の話、もう少し詳しく聞いても良いかな?」

「今の話というと、自転車のことですか?」

「ああ、探索者というのはそんなに自転車でスピードが出せるのかい? 以前聞いたけど、中堅の探索者なら山越えも短時間で越えられるとは言っていたが……」

「ええ、自転車の強度的に限界はありますけど、それなりにレベルを上げた探索者なら原チャ並の速度は軽く出せると思いますよ。自転車さえ持つのなら、100kmぐらいは楽に乗り続けられると思います」


 具体的な数字で考えてみると、探索者に自転車の組み合わせは相当な革命だよな。あれだ、競輪選手が最高速度を維持したまま山手線を3周走るようなモノだ。自転車が保つのなら、探索者に自動車はいらないかもな。

 そんなことをボンヤリ考えている俺達に対し、桐谷さんと湯田さんは戦慄したような表情を浮かべている。


「どうしました?」

「いや、その、想像以上に凄くて少し、ね?」

「えっと、そのだね? いわゆる自転車通勤をする社会人なんかの意見を聞いてみると、平均的な自転車通勤距離というのが大体10km位なんだよ。時間にすると、だいたい30、40分位だね」

「へぇー、ってあっ!」

「気付いたかな?」


 裕二が思わず驚きの声を上げ、俺と柊さんもハッとする。桐谷さん達が何に驚き、何を言いたいのかが分かった。

 確かに今の話、不動産屋さん視点で見ると結構な衝撃的な情報である。

 

「一般人にとって一番身近な移動手段である自転車による通勤範囲が変わるという事は、生活範囲も変わるという事ですね?」

「いずれは、そうなると思う。今は探索者の数が労働人口全体からすると少ないが、年を重ねる毎に増えていくのは確実だろう。若い世代では探索者を経験して当然、といった考えが主流になるかも知れないね。そうなると専業の探索者にならず社会に出る者も多くなり、若手世代の内、自転車通勤をする者の多くは生活圏が変わるかもしれん」

「賃貸物件の条件には、通学通勤が便利という条件が必ずと言って良いほど入るからね。駅近やバス停近く、職場に近いとかさ。でも今の話を聞くに、この条件も数年後には変わるかもしれない」

「多くの若い世代の者が自転車を使えば、短時間で数十kmの移動が可能になる社会。通学や通勤の利便性を考え高い賃料を払い中心街近くの物件に入居する世代が減る、コレは不動産業界にとって衝撃的な情報だよ」


 言われてみると、確かに衝撃的な情報になるだろうな。街の中心街近くの物件を多く抱える不動産屋にとってみたら、顧客の全体数が年々減るという事だ。若い世代、特に住居費などの生活費を圧縮したい者にとっては中心街の高い賃料を払って狭い部屋を借りるより、郊外の安くて広い部屋を借りる方が多くなるかも知れない。ネックになる通勤通学距離も、それなりにレベルを上げた探索者なら簡単に解決出来る問題でしか無くなる。誰も借りない維持管理費用の掛かる物件を多く抱え続ければ、どうなるかは明らかだからな。

 桐谷さん達に限らず、数年先に起きるかも知れない顧客需要状況の変化を今の内から知っていれば、大損をする前に動こうとするのは当たり前だ。


「ああ、すまない。コレは君らには関わりの無い話だったね」

「いえいえ、コチラが振った話ですし。興味深い話でしたから。確かによく考えてみると、移動の安易化によって、行動圏や生活圏が変わるというのは当たり前のことでしたからね。自分達では単に遠くまで楽に移動出来るとしか感じませんが、違う視点で見ると社会構造が変わるような変化になるかも知れない……考えてもみませんでした」

「いや、当然のことだよ。たまたま私達の商売に関する情報だったから詳しく聞いて気付けたけれど、コレが日常で自転車で早く遠くに行けると聞いただけだったら聞き流していたよ」

「確かに自転車での移動なんて当たり前すぎて、注視するようなものではありませんからね」


 桐谷さんは良く気付けたものだと少し安堵したような表情を浮かべながら、少し悩ましげな雰囲気を醸し出していた。今はまだ探索者という存在が社会に浸透し始めた黎明期とも言える時期であり、コレから変わっていく社会にどう適応していくのか難しい問題に直面したからだろうな。

 この間のように所有物件から未発見ダンジョンが見付かるなどの事はあっても、直接本業に探索者事情の波が関わってくるとは思ってなかったのかもな。しかし今回俺達がもたらした情報によって、本業の経営方針にさえ影響を及ぼしかねない事態になり始めた。まぁ、頭抱えるよな。


「この話はまた今度聞かせて貰えると助かるんだが……」

「良いですよ、桐谷さん達には色々とお世話になっていますからね。出来る範囲で良いのなら協力しますよ」

「それは助かる。君達とこうした雑談をするだけでも、色々と為になる情報が得られるからね。幸か不幸かウチの会社には探索者をやっている者が居なくてね、探索者事情と言うべき物に少し疎いんだ。君達の話を聞いていると、中堅探索者になるとかなり事情が大きく変わってくるって感じだね」

「中堅レベルまでになると、スキルなど無くとも目に見える形で恩恵が感じられるようになりますからね」


 今はまだ数が少ないが、中堅レベルの探索者が増えてきたら桐谷さん達の懸念が表面化してくるだろうな。今の内に情報を集め、何かしらかの対策を講じる必要があるだろう。

 色々とご迷惑を掛けていることだし、こういった形で迷惑料代わりに協力するのも良いだろうな。桐谷不動産とは、練習場関連で長いお付き合いになるかも知れないし。
















移動手段の変化で、生活圏や商業圏が変化するってのはあるあるですからね。


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挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 探索者自転車を車道走らせてもブレーキランプくらいつけないとめちゃくちゃ追突事故起こしそうだから絶対専用自転車が義務化されますねw
[一言] 自転車の移動速度 高校の頃通学していた15Km先の学校まで川沿い都市部で30分ぐらいでしたね。 ちなみに車で通勤時間帯では1時間ぐらい深夜の空いた時間帯で20分ぐらいでした。 車での移動は高…
[気になる点] 昨今の自転車による暴虐無人を見てると 探究者の自転車とか怖すぎる 自転車は歩行者じゃない バイクと同じ軽車両なのに平気で交差点を飛び出す 歩行者蹴散らす、ぶつかっても逃げる 怖いのは園…
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