第42話 探索者芸人による大運動会
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夕食後、俺は美佳と一緒にリビングでTVを見ていた。
番組タイトルは“探索者芸人による大運動会”。タイトル通りの探索者達が多数参加する、スポーツバラエティーだ。30人の探索者達が、紅白の2チームに分かれ競い合うらしい。
「こんな特番も作られるようになったんだな」
「そうだね。それにしても、芸能界にも結構探索者をやっている人っているんだ」
「そうだな。まぁ、良く売れる前にはバイトで食いつないでいたって言うし、探索者をやっている人がいても不思議じゃないよ。実益もあるし、こうしてアピールポイントにもなるんだしさ」
「ふーん、そっか」
美佳と話していると番組が始まった。
『さぁ、始まりました! 探索者芸人による大運動会!』
『始まりましたね~』
『ここ最近、各スポーツ大会で探索者による大幅な記録更新が続いており、各競技で参加者を分けようと言う動きがあります』
『結構な話題になっていますからね~。実際、探索者と非探索者の記録に、差がありすぎますからね~』
『はい。そこで今回、実際に探索者がどの程度動けるものなのかと言う疑問に答える為、副業で探索者をやっている芸人の皆様を集めて大運動会を開催される運びになりました! 因みに、今大会の会場は某陸上競技場を貸切にして行われております』
『お~、パチパチパチ』
広大な陸上競技場のトラックを背景に、ジャージ姿の元気の良い実況者と、緩い雰囲気の解説者によるオープニングで番組はスタートした。
『さて、早速競技種目の説明を行いましょう。今回の運動会で競われる競技は5つ、短距離100m走、長距離10000m走、走り高跳び、走り幅跳び、砲丸投げです!』
『陸上競技ばかりですね~。某番組のS〇S〇K〇見たいなアスレチックかと思ってましたよ』
『今大会の趣旨は、探索者の基礎能力の確認ですからね。出来るだけ分かり易い競技を選びました』
『なる程~』
『各競技にはポイントが設定されておりますので、最終的に合計ポイントが多い方のチームが勝利です』
『つまり点取り合戦ですね!』
『そうです。では“探索者芸人による大運動会”開幕です!』
そこで一旦、CMが入った。
「純粋な基礎能力争いか……となると、スキルや魔法の使用制限はあるのかな?」
「うーん、そこのあたりは何にも言ってなかったね。やっぱりスキルや魔法を使うと、変わるの?」
「まぁ、使う物の種類によるけどな」
美佳と話している間に、短いCMは終わり番組が再開した。
準備運動を終えた探索者芸人達は、紅白に分かれそれぞれの待機テントへ移動していた。
『では早速、第一競技を始めたいと思います。第一競技は、短距離100m走です。出場選手の方はスタート地点に移動してください!』
『ほら~、駆け足~』
緩い解説MCに急かされ、紅白のゼッケンをつけた出場予定の選手たちは、フィールドの端に設置してあるテントから駆け足気味にスタート地点へ移動する。
だがしかし……。
『は、速いですね』
思わずMCが呻く。
それもその筈。駆け足気味に移動する出場選手の移動速度が、短距離陸上選手並みに早かったのだ。
『こ、これはレースも期待出来そうですね……』
『いや、移動でこれだと、本番が怖いんですけど……』
『そ、そうかもしれませんね』
選手達がスタート地点に集まった。
『競技の説明を始めます。予選第1第2レースには、各チーム3人ずつ出場してもらいます』
『そして、各レースの上位3名には決勝レースに出場して貰います。その試合の1,2,3位にポイントが振り分けられます』
『では、そろそろ競技を始めましょう。第一レースに出場する方は、コースに入って下さい』
各チームから3人ずつ前に出て、自己紹介を受けながら各レーンに入る。
立ったままスタートに備える者、クラウチングスタートの体勢を取る者と様々だが、彼らは皆本気で1位を目指している事が分かる雰囲気を纏っていた。
『では準備も整ったようですね。では、位置について。よーい……スタート』
空砲がなると同時に、各選手たちが一斉に飛び出す。
しかしその瞬間、スタートの瞬間を撮ろうと選手にズームで寄っていたカメラの画角から、選手達の姿が消える。慌てて画面を全景映像に切り替えた頃には、既に選手達はコースの半ば辺りまで進んでいた。横一線のデッドヒートであったが、80m付近を超えた辺りから徐々に集団がバラけ始める。他の選手を引き離し走る先頭の選手が、ゴールラインまで残り3mと行った所で勝利を確信し手を挙げていると、最後尾に居た選手が不自然な加速をした。
そして、ゴールラインまで後50cmと言った所で、先頭に躍り出てそのまま1位でゴールする。
『ゴ、ゴール! 大、どんでん返し! 1位でゴールしたのは第3レーン、紅組の三田選手!』
『……いま、変な加速をしませんでしたか?』
『ええ、確かに。っと、先程のレースのタイムが出るようです』
会場の電光掲示板に、順位とそれぞれのタイムが表示された。
タイムは5.94秒。時速に換算して、凡そ60km。ぶっちぎりで、世界記録更新である。
因みに、他の選手も全員6秒台をマークしていた。
『5、5.94……』
『ははっ、凄いタイムが出ましたね~』
『ちょっと待って下さい。えっと、時速に換算すると……』
頭をひねるMCの姿と一緒に、画面の下に換算式のテロップが表示される。
『自動車並みの速度で走ってたって事ですか?』
『みたいですよ。カメラマンも予想以上に選手が速くて、姿を追いきれなかったみたいですし』
『ははっ……はぁ』
MCは疲れたように溜息を吐いた後、1位の選手にインタビューを行う為、移動を開始した。
「うーん。今のは最後に、回避系か素早さ向上系のスキルを使ったな」
「最下位の人が先頭の人を追い抜いた、アレ?」
「ああ。加速が変だっただろ? 身体能力向上系のパッシブスキルや、一時的に能力を向上させる補助魔法なら、レースが始まる最初っから速いはずだからな。最後の最後で使ったと言う事は、スキルだと思うよ」
「そうなんだ。でも、それならあの人反則負けになるんじゃないの?基礎能力を見るのが大会の趣旨だって言ってたし……」
美佳の言う通り、三田選手はアクティブスキルの使用がバレて失格。
しかし、彼は大きなオーバーリアクションで悔しんでいるようだったが、心底悔しんでいる様にはみえなかった。
「……芸人だね」
「そうだな。あの人、何にも目立たず最下位になるより、スキルを使って目立った後に失格になる事を選んだみたいだよ」
俺と美佳は、三田選手の芸人根性に感心する。
同じチームの仲間から手荒いお仕置きをされているが、お仕置きしている方も上手くやったなコイツと言う様子の戯れあいに見えた。
失格と言うトラブルはあったが、順調にレースは進み決勝戦が行われる。
『さぁ、決勝戦です。各選手とも用意が整った様です』
『上位者同士のレースなので、接戦が予想されますね。楽しみです~』
『ですね。では、位置について。よーい、スタート!』
空砲がなり、各選手が一斉に飛び出す。予選以上のスピードで駆ける彼らは横一線のまま、あっと言う間にコースを駆け抜けゴールラインをくぐり抜けた。
『ゴール! 1位は白組! 2位と3位は紅組と言う結果です!』
『速いですね。全員、予選では力を抜いていたんですね……』
『そうですね。さぁ、タイムが出る様です』
電光掲示板に、決勝戦の結果が表示された。
1位、5.46秒。2位、5.49秒。3位、5.55秒。
『コレはまた、凄い記録が出ました!』
『……本当に人が走った記録ですか、これ? ちょっとネットで調べてみたんですけど、犬最速のグレイハウンドに匹敵するみたいですよ、彼ら』
興奮気味の実況と、少し唖然としている解説。対照的なMCの様子を映し出したまま、画面はCMに切り替わった。まぁこの場合、解説者の反応が正しいんだろうか?
俺は首をかしげながら、グレイハウンドと言う単語が出たのでネット検索してみる。するとドッグレースと言う動画が出てきた。横から俺のスマホを覗き込んでくる美佳と一緒に、動画を再生してみると先ほどのレースの犬版とでも言うような動画だ。確かに解説者が言った様に、彼らは犬最速に匹敵していたようだ。
人の事は言えないけど。
運動会は短距離100m走の後、走り高跳び、走り幅跳び、砲丸投げと続き、驚異的な記録の数々が生まれる。
走り高跳びでは平均10.3m、最高12.5mと言う記録がでて、走り高飛び用の機材では高さが足りず、急遽棒高跳び用の機材が用意されると言う事態になった。
走り幅跳びの時も、平均20m、最高23mと言う記録が飛び出すが砂場の長さが足らず、三段飛びの踏切位置から踏み切るという措置がとられた。
こうなると砲丸投げも広さが足りないのではないか?と警戒され、トラックの端から投げる事となった……のだが。結果は平均83m、最高88mと言うフィールドギリギリの記録だった。
『さて、ここまで驚きの結果が続いていおりますが、いよいよ最後の種目。長距離10000m走です!』
『これまで驚く様な記録が続いていますから、この10000m走でも驚異の記録が出るんでしょうね~』
『恐らくそうでしょうね。さて、今回の10000m走ですが、12人全員が一斉にスタートし、400mのトラックを25周する事になります』
『因みに、現在の世界記録は26分17秒です。この後どんな記録が出るのか、楽しみですね』
『そうですね。あっ、準備が整ったようです』
トラックのスタート地点には、紅白のゼッケンを付けた選手達がスタートを今か今かと待っている。
『それでは最終競技、長距離10000m走。位置について、よーい……スタート』
空砲がなると同時に、選手達はフォーミュラーカーの如きスタートダッシュを決めた。第1コーナーを巡り、熾烈なインコース争いが起きる。そして、第1コーナーを制したのは白組の3人。3人は横に広がってインコースを塞ぎ、集団の先頭をブロックし抑えた。紅組は何とか3人のブロックを突破し先頭に躍り出ようとしているが、白組3人集のブロックは固く中々抜けない。仕方なく紅組は隙を待つ事にし、ピタリと先頭に張り付きプレッシャーをかけ続けた。
そのまま選手達はトラックを周回し続けたが、周回数が全体の3分の2を終えた所で紅組が仕掛けた。紅組の3人が大きくアウトコースに膨らみ、大外から先頭を狙ったのだ。この動きに釣られ動揺した、白組の三人衆のブロックに綻びが生じた。その綻びを突き、気配を消しインコース側に控えていた3人が一気に動き出す。ほころびが生じた隙間に体を捩じ込み、一気に白組三人衆の前に出た。
そして、一気にレースを決めるべく、先頭に飛び出した紅組の選手は、ラストスパートを開始する。釣られた白組もラストスパートを掛けたので、レースは一気に動き出す。抜きつ抜かれつのデッドヒートが繰り返された末、ついに決着がつく。
ゴールライン1m手前まで白組紅組共に争い続けたが、鼻の差で勝負を制したのは白組だった。
『ゴール! 1位は白組、宮園選手! 残念ながら僅差で2位となったのは紅組、大谷選手! そして3位は紅組、野中選手です!』
『最後の最後まで勝負がもつれましたね』
『ええ。おおっと、レースのタイムが出るようです』
電光掲示板に、順位とタイムが表示される。
1位、9分37秒54。2位、9分37秒56。3位、9分38秒32。
トップと最下位でゴールした選手達とのタイム差は、5秒となかった。
『凄まじい戦いでしたね』
『ええ、競走馬のレースを見ている様でしたよ』
『そうですね。さて、これで“探索者芸人による大運動会”の全競技が終了しました。この後は、閉会式と結果発表です』
そこで一旦、画面がCMに切り替わった。
「……凄かったね。お兄ちゃん、探索者って皆あれ位の事が出来るの?」
「ん? まぁ、レベル次第と言った所だけど、出来ない事は無いかな?」
「お兄ちゃんは?」
「出来ると言えば、出来るな」
見た所、TVに出ている芸人達のレベルは20~30と言った所だろう。あの程度の動きなら俺は勿論、裕二や柊さんでも軽々と可能だ。
フィールドの中央に、紅組白組の選手達が集まっていた。
『さて、皆様お疲れ様でした。閉会式を始めます。全競技が終了し、各競技のポイント集計も終了しましたので、結果発表を行いたいと思います。電光掲示板をご覧下さい』
選手達の視線が、電光掲示板に集中する。
『では、結果を発表します。 お願いします』
電光掲示板に、各チームのポイントが表示された。
紅組……14ポイント。白組……16ポイント。
紅組の選手達から溜息が漏れ、白組の選手達は歓喜に沸く。
『紅組、14ポイント! 白組、16ポイント! よって、今大会の勝者は白組です!』
MCの勝利宣言を聞き、白組の選手は万歳や胴上げをし始めた。
紅組の選手達も不承不承といった様子ではあるが、拍手を白組の選手達に送る。
『それでは、コレを持ちまして“探索者芸人による大運動会”を終了します!』
『皆様、本日はお疲れ様でした!』
MCの締めの挨拶と共に、エンドロールが流れ始め番組は終了した。
「あっ、終わったね」
「ああ。色物と言っちゃ色物だけど、結構面白かったな」
「うん。でもこの結果だと、番組の最初でMCの人が言ってた様に、スポーツ大会とかで、探索者経験がある人とない人で、分けられるようになるのかな?」
「そうだな。技量差があったとしても、基礎能力と言う面で違いがありすぎるから勝負にならないだろうからな……」
まぁ、重蔵さんの様な超級人種の人は除くけど。
そこそこの技量程度では、探索者との基礎身体能力の差を覆すのは難しい……と言うか無理だろう。
「まぁ実際に、スポーツ大会で参加者を分けるかどうかは主催者側の判断だからな。余り気にしても仕方ないさ」
「そうだけど……」
でもまぁ、最終的には分けられるだろうな……。
俺はそんな事を思いつつ、始まった次のTV番組を美佳と一緒に眺めた。
とんでもスポーツ番組です。
日本のバラエティー番組なら、こう言う企画も出てくるかなと。