第441話 手土産持参でいざ
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生徒会から頼まれたお仕事も終わり、俺達が作成協力した探索者に関わる税金問題のプリントが終業のHRで全校生徒に向けて配られた。プリントが起こした波紋は盛大なもので、上を下への阿鼻叫喚と言えるような騒ぎになった。学校のアチラコチラから、悲鳴のような響めきが聞こえたからな。
一応文化祭の折に、俺達が事前に保護者?向けに配布していた事で、一部の生徒は眉を顰め真剣な眼差しでプリントを見ていた。多分、文化祭後に家族会議が開かれた生徒達だったんだろうな。
「結構な騒ぎになったな」
「まぁ、税金の事なんて気にしてた層は殆ど居なかっただろうからな。稼いだ分は全部自分の小遣い、って感覚だったんだろうさ」
「そこに、こんな税金がありますよって言われたら、慌てふためくでしょうね。沢山稼いでたのに、一杯使っちゃってる人は特に」
お金を使いまくったせいで、税金を払うお金が無いって人は結構居そうだな。ダンジョン探索は当たりを引けば簡単に稼げる分、使い方も派手になるだろうから。
その上、探索者はダンジョンでモンスターを倒せばレベルが上がって身体強化などの恩恵を受ける分、同レベル帯のモンスター相手なら長く探索者をやるだけ簡単に稼げる様になるからな。また稼げばいいやと軽い気持ちでお金を使いやすくなり、金銭収支の心理的ハードルが低くなりやすいと思う。
「今は9月……の終わりだけど、税金支払い分を稼ごうと思えば出来なくは無いかな?」
「出来なくは無いだろうけど、中には使う事をせずに溜め込むしかないってヤツも居るだろうな。それまで贅沢三昧?してたヤツが、そこまでの節制生活が出来るかどうか……」
「お金の切れ目が縁の切れ目、とばかりに仲が良かった人が離れていく事例が増えるかも知れないわね。結構なストレスになるでしょうから、荒れる人が出るかも知れないわ」
思わず溜息が漏れる。
ダンジョン探索で収入を得た探索者学生が派手に遊ぶ……まぁカラオケや食事会の回数が多いくらいが主だろうが。遊ぶ機会が増えること自体は問題無いのだろうが、探索者学生の中にはダンジョン探索で得た収入を背景に人を集め、奢りまくって人気を集めているヤツもいる。それが税金支払いの為に節制し回数が減れば……うん、まぁそうなるだろうね。
「それなりに稼げる実力がある探索者が、人離れによるストレスを溜めて暴れるかも知れない、か……」
「今まで散々奢ってやったのに、って逆上するかもな。近くに取り押さえられるヤツが居れば良いけど、居なかったら大惨事だぞ」
「穏便に解決出来れば良いんだけど……」
税金のことを知らなければ大変だが、知ったら知ったで大変なことになりそうだ。ヤッパリ未成年者限定でも、資格取得時にダンジョン協会は税金関連の講習会を開いた方が良いんじゃないか? 出席は任意でも、こういうモノがありますよといった感じで広報はしておいた方が良い。
でもまぁ役所だからな、知れる場は作ってるから相談されたら教えるよってスタイルかもな。
「それはそうと、お前等は大丈夫なのか? このプリントの制作協力した連中がアウトだったとかってなったら、単なるギャグだぞ?」
プリントで捲き起こった波紋に対する懸念を話し合っていると、微妙に他人事のような様子でプリント片手に俺達に話し掛けてくる重盛。まぁ探索者資格を持っていない重盛からすると、探索者学生達が起こしている阿鼻叫喚な光景も本当に他人事なんだろうけどさ。
とはいえ、重盛の心配も当然と言えば当然だな。
「勿論、大丈夫だぞ。探索者関連の収支は、確り帳簿を付けて管理してるよ」
「そもそも俺達、個人事業主って形で経済的には家から独立してるからな。このプリントに書いてあるような、扶養の範囲云々は関係ないぞ」
「私達はダンジョン探索で得た収支を税務署で確定申告をする組よ」
「……そうか、扶養自体ハズレてたんだな」
俺達の場合、収入が収入なのでアルバイトやちょっとしたお小遣い稼ぎ感覚って訳にはいかないからな。装備の購入費やダンジョンまでの交通費などが経費処理出来るので、個人事業主になる方が何かと都合が良かった。
それに現在のメイン活動階層のアイテム相場的にも、スキルスクロールやマジックアイテムを換金したら、扶養控除範囲なんて1回のダンジョン探索で越えてしまう。どのみち、俺達が探索者を続けるのなら扶養から外れるしかなかった。
「まぁ、ね。ダンジョン探索で偶々当たりを引いた時に、それなりの額の査定額が出されてさ。親と相談して、探索者を続けるのなら税金なんか的に個人事業主としてやった方が良いって助言されてさ」
「そして皆で話し合った結果、個人事業主として手続きを進めたんだよ」
「帳簿付けなんかが少し面倒だけど、実生活的にはそこまで変わりないんだけどね」
個人事業主になって経済的に独立しているとは言え、住んでるのは実家だし学校も今まで通り通っている。何かしら契約をするにしても、未成年者である俺達には保証人という名の親の同意が必要なままだしな。コレが成人している大学生にでもなってればまた話も変わっているのだろうが、未成年の高校生でしか無い俺達ではそうそう生活が変わるという事も無い。
まぁ月々貰っていたお小遣いは無くなったというか、自分からいらないと断ったけどさ。
「そういうモノなのか。それにしても帳簿付けに確定申告か……面倒くさそうだな」
「面倒は面倒だけど、ちゃんとやれば自分の利になるモノだぞ? 税金を払い過ぎてたら、還付金とかもでるしな」
「他にも色々と考慮されるしな、ちゃんと形式を整えた方が良いぞ。面倒ではあるけど」
「小遣い稼ぎって言うにはかなり稼げるから、法に則った形式に従うのは大切よ。面倒だけど」
決まりに従って帳簿を付けると利があるのは分かるんだけど、一々領収書を保存したり収支を記帳したりと面倒というのが本音だ。最近では電子帳簿ソフト等が有るので、手順を守れば素人でも何とか出来るけど。もし簡単にできる手段が無かったら、領収書の束を税理士さんに丸投げにしてたな。
「さてと、そろそろこの光景も見飽きたし帰ろうか?」
「おいおい九重、何て言い草だよ。これ、お前等の所も関わった事で起きた騒ぎだぞ? 見飽きたって……」
「いや、でもさ? 規模は小さいけど、文化祭の後にも見たし……」
「……そういえばそうだな」
まぁ学校中から嘆きの声が多数聞こえてくるけど、基本的に自業自得だしな。それに今回の件の後始末は、生徒会が全面的に引き受けてくれることになっているので、俺達が直接解決に出向くことは無い。まぁ部活の活動内容的に相談に来る生徒はいるかも知れないけど、来週からは中間考査前の部活休止期間に入る。今週だけでも逃げ切っておけば、相談者件数もグッと減るだろうからな。
生徒会への協力を決めた後、皆と相談して今週いっぱいは部室には近寄らないことにしている。約束通り、面倒事は生徒会の方で処理して下さい。
「というわけで、取り囲まれる前に帰ろう」
「そうだな」
重盛も納得したようなので、俺達は未だ混乱しているクラスメイト達に気付かれないように教室を後にした。
時々声を掛けてくる探索者をやっているという同学年の生徒の相談に乗りながら、何とか無事に週末まで乗り切った。想定通り、税金問題に悩む探索者生徒の相談者達の殆どは、生徒会室へと駆け込む事態が発生した。ヤッパリ、ウチの名前が前面に出なくて良かったよ。どうやら、結構使い込んだ生徒が多かったらしい。少々青い顔をしながら、今年のダンジョンで得た収入を書き記したと思わしきメモ帳を握りしめていたしな。
それはそうとして、俺達は桐谷不動産へと足を伸ばしていた。未発見ダンジョンの件がその後どうなったとか、練習場の条件変更などについて話をしにさ。
「さてと、そろそろ約束の時間だしお店の方に行くか」
「そうだね、余り遅れると悪いし。でも、本当に大丈夫なの? お店の方に行っても?」
「ちゃんと来店予約は取ってるよ。それに文化祭の時に湯田さんが来てて、取りあえず一段落したって言ってたから多分大丈夫だ」
「湯田さん、ウチの文化祭に来てたんだ」
一応文化祭があるのは教えてたけど、未発見ダンジョンの後始末の件で忙しくて来れないだろうなと思っていた。更に詳しく当時の話を聞いてみると、湯田さんは少し疲れ気味だったらしい。
やっぱり後始末は、大変だったんだろうな。
「ああ。それで文化祭が終わった後に、今日来店出来るか聞いてみたんだよ。そうしたらOKだって言われてな、そのまま予約を入れた。色々と確認と相談もしたかったからな」
「購入費増額の件、それも相談しないと行けないからね」
「青天井って訳にはいかないからな、良さげなカタログ見せて貰いながら応相談って感じだろ」
「臨時収入があったからね」
マジックバッグの存在のお陰で、俺達がそれなりの額を提示しても違和感は無いだろうしな。それなりの額を提示しても、口止め料かと納得して貰いやすい状況だ。
良い物件があると良いんだけど。
「まぁ後は、実際にお店に行ってからの話だな。それはそうと詫びの品……いや手土産忘れてないよな?」
「偶然とはいえ、苦労させちゃったから。ちゃんと持ってきてるよ。社員さんがどれだけ居るのか分からないから、多めに買って来てるよ」
「苦労を掛けるだけ掛けて、何も持って行かないってのは流石にアレだからな」
「まぁ、そうだよね……」
俺は事前に購入しておいた詫びの品……お土産品を入れた紙袋を小さく掲げて見せる。駅前のデパ地下のお菓子屋で買っておいた焼き菓子の詰め合わせだ。余り高すぎても安すぎてもいけないと聞いたので、お店一番人気というヤツを2箱買ってきた。一箱5千円ほどしたが、口止め料の値段を考えたら安い価格だよな。まぁ高校生が持ってくる手土産としては、かなりの高級品だけど。
そして暫く歩くと、桐谷不動産の看板が目に入る。
「良し、行こう」
俺達は階段を上り、桐谷不動産のドアをノックする。
ノックに反応し中から返事が聞こえ、暫く待っているとドアが開き、湯田さんが顔を見せる。
「いらっしゃいませ、お待ちしてました」
「お久しぶりです、湯田さん」
「いえいえ。さぁココで話すのも何ですし、中へどうぞ」
湯田さんに入室を促され、俺達は店舗の中へと足を踏み入れる。
「どうぞコチラへ、お飲み物をお持ちしますが何がよろしいですか?」
「ありがとうございます、では麦茶でお願いします」
「分かりました、ではコチラで少々お待ち下さい」
「はい。あっ、それとこちらをどうぞ」
俺は湯田さんが飲み物を取りにさがろうとした所を呼び止め、持ってきていた手土産の品を差し出す。
「コレはコレは、態々ありがとうございます」
「いえいえ、何時もお世話になっているんですから当然ですよ。お店の皆さんでお召し上がり下さい」
「お心遣いありがとうございます、皆喜ぶと思います」
「そう言って貰えると、一安心ですね」
手土産品の受け渡しを終えると、軽く会釈をしてお店から出て行く湯田さんを俺達は見送った。
そして俺達は軽く安堵の息を吐きつつ、応接セットのソファーに腰を下ろし湯田さんが帰ってくるのを待つ事にした。
「事務所の方は落ち着いてる感じだね」
「アレから半月近く過ぎてるからな、一番忙しい時期は過ぎたって事なんだろうさ。湯田さんも、文化祭に見た時より、疲労が抜けて顔色も良いしな」
「……疲労が見て取れる顔ってなると、相当忙しかったんだろうね」
「だろうな。協会や行政とのやり取りが終わっても、不動産会社としての仕事も残っていたんだろう」
裕二の感想を聞き、俺は思わず天井を仰ぎ見て、口には出さずに謝罪の言葉を思い浮かべる。俺達のせいでは無いが、未発見ダンジョンなんてモノを見付け苦労を掛けてしまってすみません、と。
少なくとも、俺達が軽く調べた範囲で未発見ダンジョンが見付かったというニュースは目にしていない。公表する態勢が整っていないという事は、まだ後始末が終わっていないという事と同義だからな。
「俺達って桐谷不動産側からすると、厄介事を持ち込む迷惑な客って感じになってるのかな?」
「高校生っていう身の上で七面倒な条件の物件探しをさせた上、中々決めないしな」
「その上、厄介なモノまで見付けてくるとなると……そう思われても仕方が無いかもね」
コレまでのことを思い返してみると、俺達が迷惑客扱いされていても仕方ないかもと思えてくる。
そんな風に落ち込んでいると、湯田さんが事務所から飲み物を持って降りてきた。何か、色々と済みません。




