第437話 心配していたことが……
お気に入り35310超、PV94750000超、ジャンル別日刊77位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
文化祭が無事に終わった週明けの月曜日、アレだけ熱気に満ちていた学校の雰囲気も一段落したといった様子でのんびりとした空気が漂っていた。足取り重そうに登校してくる生徒の姿からも、文化祭前の様な高揚感に満ちた覇気は感じず、燃え尽きたといった雰囲気が醸し出されている。
ただし一部の生徒達は何か悩み事があるらしく、数人で頭を抱えながら顔色の悪い表情を浮かべつつ重い足取りで登校していた。俺と美佳はそんな生徒たちに交じり、のんびりとした足取りで学校へ向かって歩みを進めていく。
「何と言うか、気が抜けたと言うか張り合いがなくなったと言うか……胸にぽっかり穴が空いた感じがするね」
「それは美佳が、それだけ本気で文化祭に取り組んでいたって証拠だろうな。適当にやっていたのなら、やっと面倒なイベントが終わったって感想しかないだろうからな……」
「……そうかもね」
お茶濁し企画に走ったウチのクラスに比べ、美佳達の所はかなり気合が入った出し物を用意していたからな。アレだけの数のカラクリ仕掛けを用意するとなると、かなりの時間と労力が必要だっただろうからな。
しかも根気強く調整をしなければ、カラクリが成功しないというオマケ付きだ。
「まぁ学生なんだし、学校行事を全力で楽しむのは良い事だと思うぞ? 実際、楽しかったんだろ?」
「まぁ、ね。1学期の間は色々あって皆鬱屈としてたから、今回の文化祭で大分憂さ晴らしが出来たって感じだったかな」
今年の一年生は後藤君らが面倒な問題を起こしてくれたおかげで、新入生達が思い描いていたであろう高校生活は送れていなかっただろうからな。1年生の出し物で色々ハッチャケていたのも、その反動もあったんだろう。
そして美佳と話しつつのんびり通学路を進んでいると、誰かが俺達に声を掛けてくる。
「「「おはようございます!」」」
「ん? ああ、おはよう沙織ちゃん。舘林さんに日野さんも」
「あっ皆、おはよう!」
俺達に声を掛けてきたのは、1年生の3人だ。どうやら俺達と会う前に合流したらしい。そして俺への挨拶を終えると、さっそく4人は文化祭を話題に楽しそうに話し始めた。
当然のことだが、俺は話の蚊帳の外に置かれている。
「昨日のクラスの打ち上げは盛り上がったね!」
「うん! クラスの皆でボーリングに行って、カラオケに行くなんて初めてだったよ」
「楽しかった!」
「またこうやって、皆で盛り上がりたいね……」
みんな楽し気な表情で、昨日行われた文化祭の打ち上げについて意見を口にする。俺のクラスも昨日、文化祭の打ち上げを焼肉食べ放題の店で行ったが、賑やかな食事会で終わったんだよな。まぁクラスの打ち上げ会が解散した後、2次会と称して少人数グループに分かれて遊びに行ったんだけどさ。
そして俺は美佳達の賑やかな会話に耳を傾けつつ、5人で学校への道のりを進んだ。
すっかり普段の姿を取り戻した正門を潜り、沢山の屋台があったという痕跡も残さない中庭を通り抜け、俺達5人は昇降口へとたどり着く。
どうやら文化祭の片付けは滞りなく終わったらしく、すっかり校内は普段通りに戻っているようだ。
「じゃぁ4人とも、放課後に部室でまた会おうな」
「「「「はい!(うん)」」」」
美佳達とは昇降口で別れ、俺は自分の教室へと足を進める。その道中、主に2,3年生と思わしき生徒達と多数すれ違ったのだが、少なくはない割合で彼等は酷く落ち込んだ表情を浮かべていた。
何と言うか……展望が見えずに頭を抱えている、と言った感じだろうか?
「おはよう」
「「「おはよう」」」
そんな思い悩む生徒達の間を潜り抜け目的地にたどり着いた俺は、特に気兼ねする事もなく自分のクラスの教室の扉を開けて声を掛けた。
すでに半分ほどのクラスメイト達が登校してきており、俺の声に反応し返事をしてくれる。皆晴れ晴れとした達成感に満ちた表情を浮かべており、先程迄廊下ですれ違っていた生徒達とは大違いだ。
「よっ九重、おはよう」
「おはよう重盛、早いな」
「別に早くないぞ、普段通りだよ普段通り」
「そうか?」
通学バッグを自分の机の上に置いた俺は、すでに登校してきていた重盛に話しかける。朝のHRが始まるまでは、まだまだ時間はあるし暇潰しだな。
それに少し気になる事もあるし、重盛に何か知っていないか聞いてみる事にした。
「それはそうと重盛、ちょっと聞きたい事があるんだけど良いか?」
「聞きたい事? 何が聞きたいんだ?」
「教室に来るまでに見たんだけどさ、何かめちゃくちゃ落ち込んでる人が一杯いただろ? あれって何でか知ってるか?」
「ん? まぁ、噂話レベルだけど知ってると言えば知ってるな……お前は心当たりはないのか?」
重盛は俺の質問に、何とも言えない表情を浮かべながら逆に質問を投げかけてくる。何でそんな事を聞いてくるんだ?と内心で思いつつ、俺は重盛の言う心当たりについて悩み始めた。
そして暫し悩んだ結果、一つの可能性に思い至る。
「もしかして、俺達の部活で配ってたアレか?」
「俺が聞きかじった噂によると、落ち込んでる生徒の全部が全部というわけじゃ無いけど、その可能性が高いっぽい。文化祭の最後にウチのクラスでも配ってた時、かなりの反響?があっただろ? お前等の話では結構な枚数を客……保護者?に配ったらしいし、探索者をやってる生徒の家ではそこそこの騒動になってたみたいだぜ?」
「……確かに、帰る前に配った時の騒ぎが学校全体の家庭で起きてたとなると、それなりの数の生徒がやらかしていて、親に説教され落ち込んでるってのは、あり得なくも無いか」
ウチのクラスでもそれなりの数の生徒がやらかしてたみたいだし、学校全体でともなれば結構な数の生徒がやらかしていたんだろうな。さらに、夏休み明けっていうタイミングも拙かったのかもしれない。学校が休みで自由に探索出来る時間が増える分、がっつり稼いだ上に遊興費に多額の資金を回してたのかも知れないな。
懐が温かくなって気が大きくなるってのは、あるあるだからな。その結果、後になって無駄な出費に後悔するまでがワンセットだけど。
「チラッと聞いた話によると、夏休みでかなり稼いでたのに大半を使っちゃったってのも居たらしいぞ? そのせいで、親にかなり怒られたとか……」
「一応ダンジョン探索の稼ぎも正当な労働?の対価なんだから、稼いだ分を本人が使う事自体には問題無いとは思うけどな。まぁ後先考えずに使いすぎるってのは、問題なんだろうけどさ。親としては、子供が無茶な金遣いをしてたら心配になるのも当然だろう」
「まぁ、お前等の所が配ってたプリントを見た限りだと、控除の範囲を超えたとしても学生が普通に探索者をやって居る分には、親の方の手続き変更するだけで取りあえず凌げるっぽいしな」
「ああ。余計に多く税金を持っていかれるだろうけど、手続きさえしておけば脱税疑惑を掛けられるって事にはならないだろうからな。尤も、その余分な出費を抑えたいのなら面倒な手続きがいるけどさ」
今後はその辺も、探索者資格を習得する際に説明してくれるようになれば良いんだけどな。最初の段階で、こんな感じの手続きをして置いた方がお得になりますよと一言言っておいて貰えれば、多くの学生探索者達も税金関係の話に関心を持っていたんだろうしさ。1度でも社会人を経験していれば、説明をされずとも税金関係周りのことは調べるだろうから省略されたんだと思うけど、社会人経験の無い学生には酷な話だよ。
ウチの学校は俺達がこの時期に指摘したからギリギリ対策は間に合うかも知れないけど、こんな状況が全国の学生探索者規模で起きれば協会としても大問題になるんじゃないかな?
「成る程な。そう言えば、お前等はその辺やってるのか?」
「勿論。去年の収入を考えて、早い内に親と相談して手続きを進めておいたよ。だから今の俺達は、個人事業主……経済的には独り立ちしてる感じになってるよ」
「高校生で個人事業主、ね。まぁこれから先、ダンジョンが浸透して学生が探索者をやるのが普通になれば、そういったことも増えていくんだろうけど……」
「まぁ現状の税制ではそうなってるけど、その内ダンジョンありきで法律が改正されるかもしれないけどな?」
前提条件が異なれば対応も変わってくるだろうからな、その時その時で対応していくしか無い。現状で正しいと思われる対応が、後々では割に合っていないというのは良くある事だからな。
そして重盛と話している内に時間は過ぎ、登校してきた裕二が俺達に声を掛けてくる。
「おはよう、随分話が盛り上がってるな? 何か面白いネタでもあったのか?」
「ああ、おはよう裕二。面白いネタかどうかと聞かれると、そこまで面白いネタとは言えないかな?」
「そうだな、余り愉快なネタでは無いかもしれないな。まぁ当事者と言うか震源地であるお前等としては、避けて通れないネタなんだろうけどさ」
「俺達が当事者のネタ? 一体どんな話をしてたんだよ、お前等は?」
少し憂い顔で質問に答える俺と重盛の姿に、裕二は怪訝な表情を浮かべながら少し引き気味の様子で話の先を促してくる。
正直余り深く関わりたくないネタ話ではあるが、最低限の動きは知っておかないと後々面倒なことになるかも知れないからな。学校全体を混乱の渦に叩き込んだ元凶として、逆恨みで叩かれるかもしれないとかね。
「文化祭で配ったプリントに関するアレコレの話だよ。アレが色んな所に影響を出してるみたいでさ」
「登校してくる途中で、暗い雰囲気の生徒を見なかったか? そいつら関係の話だよ」
「ああ、アイツらか。なるほど、確かに俺達が無関係とは言えないな」
俺と重盛の返事で色々察したらしく、裕二は小さく溜息を吐きつつ納得といった表情を浮かべた。
既にクラスメイト達は全員登校し終え、友達と雑談をしながらHRの時間を待っていた。
しかし、チャイムが鳴り本来HRが始まる時間を過ぎても、先生が教室に入ってくる気配が無かった。
「先生遅いな……」
「何かあったのか?」
先生が中々教室に来ないことで不安が広がり、何かあったのかとざわめく。
そしてHR開始予定時間から5分ほど過ぎた頃、漸く先生が教室に入ってきた。しかし、教室に入ってきた先生の顔には眉間に深いしわが寄った厳しい表情が浮かび、何とも言えないやるせなさを感じさせる雰囲気を漂わせていた。俺達は先生のそんな姿に驚き緊張し、本格的に何事かがあったという事を悟る。
「……」
「起立、礼」
「「「おはようございます」」」
無言で教壇に立つ先生の姿に日直の生徒が緊張した声で号令を掛け、俺達も神妙な表情で起立し不安に満ちた声で挨拶を口にする。
そして先生は視線を巡らせ俺達が着席したことを確認し、重苦しそうに口を開き話し始めた。
「おはよう。ウチのクラスの生徒が全員登校している姿が見れて嬉しく思うよ」
どことなく安堵したような口調で語りかける先生の言いように、俺達は一層不安が募る。
「さて、先ずは先生のせいでHRが遅れた事を謝罪する。何故遅れたのかは、今から説明させてもらうとしよう」
先生はそこで一旦言葉を切り、再度俺達の顔をユックリと一瞥してから口を開く。
「先週、文化祭の終わりに先生がお願いしたことは覚えているかな? 文化祭の打ち上げをするのは良いが、節度を持って行うようにと言ったヤツだ」
先生はドコか力無く悲しさを感じさせる表情を浮かべ、俺達に語りかけてきた。
「残念ながら、その約束を守ることが出来なかったクラスが出てな……今朝の職員会議で処分が決定した」
はぁ、クラス? 生徒では無くクラス単位での処分って……。
「ドコのクラスかはココでは言わないが、打ち上げの食事会にアルコール飲料をオフザケで持ち込んだ生徒がおり、流れで打ち上げに参加した全員が飲酒を行ったそうだ。結果、慣れない飲酒で前後不覚に陥った生徒が暴れ、芋づる式にクラス単位での飲酒が発覚した」
おいおい、何やってんだ? 未成年が飲酒した上に暴れるって……。
俺達はそのクラスのヤラカシに呆れたと言う感想を抱いたが、先生が苦々し気な表情を浮かべていることに気付き、この話が終わっていない事を悟る。
「更に悪いことに、その酒に酔って暴れた生徒というのが探索者をやっていてな? 怪我人こそいなかったが、周りの生徒が取り押さえるまでに色々と店のモノを壊したそうだ。お店の方とは壊した物品を賠償する事で警察沙汰にしないと話はついたが、学校として何も無かったと言ってお咎め無しにとは行かなくてな……」
「「「……」」」
疲れたと言いたげな先生の表情に、俺達は知らない所で相当面倒な事態が起きていたのだなと悟った。多分事態収拾の為に、先生達は休日返上で走り回ったんだろうな。こんな事が起きないようにと学校の方から色々と忠告されていたのに、随分と派手にやったモノである。
文化祭という大きなイベントが成功に終わり、喜びから気が大きくなるのは分かるが流石にコレは無いだろう。




