幕間六拾八話 文化祭の成果は
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色々な意味で忙しかった半月を乗り越えた俺は知り合い、担当している顧客さんに教えて貰った通っている高校で行われると言う文化祭に気分転換を兼ねて足を伸ばしてみた。本当に、この半月は忙しかったからな。まさかまさかの発見を発端に、関係各所へ許可取りと利害調整の為に方々に走り回る日々。発見したモノがモノだけに情報漏れを考え会社でも詳細を知り直接この件を担当する人員も最小限で回していた為、1人当たりの負担が凄いことになった。
提出する書類関係が終わらず、休日出勤が当たり前のように入ってたからな……。
「ココか、広瀬君達が通っている高校って言うのは」
彼等から通っていると聞いていた高校に、スマホの地図アプリ頼りでは有るが無事に到着した。既に文化祭の開始時間は過ぎているようで、俺の他にも続々と保護者や地域住民らしき外来のお客さんが正門の入場ゲートを潜り学校の中へと入っていく。
恐らく美術部辺りの学生が作ったのであろう、中々色鮮やかに彩られた見事な出来映えの入場ゲートである。随分と気合いが入った感じの出来なので、作るのにどれだけ時間が掛かったのやら……。
「ん?」
入場ゲートを眺めていると、校内から絶望を感じる暗い表情をしたスーツ姿の男性数名が、教師らしき迷惑気かつ厳しい表情を浮かべる男性達に先導され歩いてきていた。俺の他にも、その異様な雰囲気に気付き足を止め事の成り行きを眺めている。
彼等、何かやらかしたのか?
「では、今日の所はお帰り下さい。後日、それぞれの会社の方に連絡を入れさせて頂きます」
「「「……」」」
「よろしいですね?」
「「「はい。ご迷惑をお掛けしました」」」
どうやら本当に、何かをやらかした後らしい。
入場ゲートの内側で立ち止まった教師と思わしき男性達は、スーツ姿の男性達の姿が見えなくなるまで厳しい表情を浮かべたまま見送る。
あんな対応をされるだなんて、本当に一体何をしたんだ? 俺を含めて周りで様子を窺っていた他の人達も、少し唖然とした表情を浮かべながらその光景を見送るしか無かった。
「お騒がせしてすみません、ようこそ当校の文化祭へ。どうぞ本日は、生徒達の奮闘の成果を楽しんでいって下さい」
俺達が醸し出す心配と不安が入り交じった雰囲気を察したらしく、一番年上の教師の男性が和やかな笑みを浮かべながら歓迎の言葉を口にしお辞儀をする。
いや。流石にあの光景を見て直ぐだと、はいそうですかとは頷きがたいんですけど……。
「では、失礼させて頂きます」
俺の心の声が届いたのかは知らないが、仕事?を終えた教師達は校内へと戻っていった。
何か学校に入る前から凄いのを見せられたな……ココの文化祭、大丈夫かな?
いきなり凄い光景を見せられ少々不安だったが、中に入ってみると至って普通の文化祭だった。文化祭自体数年ぶりに見るので、随分と自分が学生だった頃と変わったなという印象を受ける。
特に文化祭で、探索者関係の出店があるというのに時代を感じる。
「コレだけダンジョンが世間に浸透している社会になると、それはそうだよな」
俺は中庭の屋台で買ったオーク肉を使ったという串焼きを食べ小腹を満たしつつ、貰った案内パンフレットに目を通していた。パッと見、模擬店の内容的には自分が学生だった時とそう大きく変わったという印象は受けないが、所々ダンジョン出現の影響がチラホラ見える。
もろにダンジョンだ探索者だという物を売りにしている所は少ないが、コレは影響を受けてるよなと思える模擬店が多数有る。
「広瀬君達の所に挨拶をしに行く前に、校内を少し見て回って話の種を集めるかな」
ここ暫く忙しかったので、軽く文化祭を見て回って少し気分転換をしてからの方がいいだろう。いきなり挨拶しに行くと、思わず愚痴ばかり漏らすかも知れないからな。
流石にこんな楽しいイベントの最中に、ひたすら愚痴を知り合いに漏らす人なんて迷惑でしか無い。そういう訳で、俺は取りあえず近場の模擬店から覗いて回ってみる事とした。
「さて、先ずはアソコの店から回ってみるかな」
軽く模擬店を見て回っている内に、そこそこ良い時間が過ぎていた。生き生きとした表情を浮かべ楽しげに模擬店を切り盛りする生徒達。友人達と模擬店を遊んで回り目一杯楽しむ生徒達。そんな生徒の姿を微笑まし気に横目で見ながら模擬店を楽しむ保護者らしき外来客。皆がそれぞれ、思い思いに文化祭というイベントを楽しんでいた。
そして俺もこの陽の雰囲気のお陰と言うべきか、ここ最近で溜まっていたストレスが抜けていったような気がする。今なら、愚痴を延々と漏らす迷惑な客にはならないと確信が持てるな。
「そろそろ、挨拶に行くとするかな」
俺は案内パンフレットの簡易地図を見ながら、広瀬君等から聞いていた部室に向かう事にした。彼等は文化系の部活が集まる校舎の一角で、研究発表という形の模擬店をやってるらしい。
特に派手な感じの発表では無いと言っていたので、少しなら他のお客さんの邪魔にならずに話をする時間は取れるかな?
「ええっと、地図だとこの校舎だな」
文化系部の集まっている校舎と言うだけあり、一般の教室とは違った飾り付けに趣がある。それと、文化系部活こそ文化祭の主役だとばかりの気合いを感じるな。
特に校舎の一階ではその傾向が強く現れており、様々な部の部員と思わしき学生さんが積極的に客引きをしている。
「いらっしゃいませ、美術部です! どうですか、少し覗いていきませんか!?」
「書道部です! 今、大筆でのパフォーマンスをやっています!」
「料理研究部です、お菓子の試食会をやってますよ!」
「吹奏楽部です! この後、もう少ししたら演奏会が始まります!」
彼等は手製のプラカードを掲げ、道行く人に手当たり次第と言った感じで声を掛けまくっていた。興味をそそられる呼び込みではあるが、先ずは彼等への挨拶をすませてから回らせて貰うとしよう。
俺は呼び込みをしている学生の群れをあしらい潜り抜け、階段を上り目的の部屋を目指す。
「……はぁ?」
そして、俺はその光景を目にする。
目的の部室に続くと思わしき、10人以上が並ぶ妙な雰囲気を醸し出す大行列を。
「間違って……無いよな」
見間違えではないのかと疑いつつ部室の扉を確認して見るが、間違いなく彼等の部活の模擬店から伸びている行列だった。階段を上る途中で他の部室の模擬店も見てみたが、これ程の大行列が出来ている所は殆ど無かったと思う。
軽く話が出来る程度には暇だろうと言ったのだが、当初の思惑と掛け離れた光景が広がっていた。
「コレは……並ぶしか無いよな」
流石にこの大行列を無視して模擬店の中に入るのは、色々な意味で難しそうだ。並んでいるお客さん達が醸し出している雰囲気からすると、行列を無視して中に入ろうとすれば面倒事に発展しそうな気配を感じるしな。
ココは大人しく行列に並ぶのが無難な選択肢だろうな、時間は掛かるだろうけど。
「……」
妙な雰囲気を漂わせる行列に少々肩身が狭い思いをしながら並ぶこと15分、漸く俺の順番が回ってきた。部屋に入るとお客さんの殆どが真剣な眼差しでパーテーションや壁に貼られた資料を真剣な眼差しで眺め、資料についての疑問点を部員の生徒さん達に聞いている。
中には頭が痛そうに額を押さえているお客さんもいて、何と言うか想像していたより部屋の中の雰囲気が重苦しい。
「あっ、湯田さん?」
「こんにちは広瀬君。お誘いを受けてたから、少し覗きに来させて貰ったよ」
部屋の中の雰囲気に飲まれ唖然としていたが、店番をしていた広瀬君が俺の入室に気付き声を掛けてきてくれたお陰で俺は我を取り戻し挨拶を返す事が出来た。
「それにしても、凄く繁盛してるね。まさか、こんな大行列が出来ているとは思っても見なかったよ?」
「ははっ、それは俺達も同感です。まさかココまでお客さんが見に来てくれるとは、俺達も思っても見なかったですね」
「それだけ君達の研究発表が素晴らしい、って事なんじゃないかな? この部の発表の評判が良くなければ、コレだけのお客さんが来てくれることは無いんだしさ」
「そういう事だとありがたいんですけどね。俺達としてはありきたりの資料を集めて編集しただけなのにって気がしていて、少し心苦しい感じがするんですよ」
広瀬君は謙遜するような笑みを浮かべながら、大した事はしていないのだけどと口にする。まだ掲示されている資料は見せて貰ってないが、資料の善し悪しというのは集められた情報の質と、見る者が理解しやすい編集の巧みさだ。
「いやいや謙遜することは無いんじゃないかな? コレだけ沢山のお客さんが見に来てくれるんだ、皆が理解しやすい資料作りも立派な君達の成果だよ」
「そう……ですかね?」
「そんな物だよ。それじゃぁ、自分も見学させて貰うとするかな」
「そうですね、ゆっくり見ていって下さい」
他のお客さんが質問したそうにしているので、挨拶に一区切り付いた所で資料の見学に向かう。俺一人があまり長い時間、広瀬君を引き留めるのは拙そうだからな。
そして彼等が作ったという資料を流し見してみると、確かにコレは保護者?と思わしき外来客の皆さんが目の色を変えて見学に来るかもと納得した。個人にしろ会社にしろ、税金関係を軽視すると後々面倒なことになるからな。
「……」
思わず周囲に視線を巡らせ他のお客さんの様子を観察してみると、ホッとした表情を浮かべる保護者?眉を顰め厳しい表情を浮かべる保護者?必死な様子で広瀬君達に質問を投げ掛ける保護者?といった感じで部屋の中の雰囲気は混沌としていた。
コレは、余り内容と関係ない俺はさっさと退出した方が良さそうだな。俺はそう思い、広瀬君に挨拶をしてから、帰ることにした。
「広瀬君、そろそろお暇させて貰うよ」
「あっ、はい。今日は来て頂きありがとうございました」
「いやいや、せっかくお誘いを受けてたことだし、丁度良い気晴らしになってるよ」
「そうですか、それなら良かったんですが。あっ、そうだ。文化祭が終わったら、近い内にお店の方に顔を出しに行かせて貰いたいと思ってますので……例の件についても色々と認識を擦り合わせをしたいですし」
確かにあの件に関しては、互いの認識に齟齬を生まない為にも擦り合わせする時間をとった方が良いだろうな。認識の違いを放っておくと、下手をすると大変なことになる案件だからね。
「了解したよ。事前に連絡を入れて貰えれば、色々と用意しておくね」
「はい、よろしくお願いします」
「それじゃぁ、この後も文化祭頑張ってね」
「頑張ります」
俺は軽く広瀬君に会釈をした後、部屋を後にした。
さて、後は文化祭を楽しませて貰うかな。
一通り文化祭を楽しんだ後、俺は学校を後にし帰路へとつく。最初は気分転換になれば良いかといった感じだったが、中々どうして楽しい時間を過ごすことが出来た。社会人になってからは仕事を覚える為に日々忙しく過ごしていた上、特にコレといった縁も無かったので文化祭は縁遠いものだ。
そして、たまたま縁があり参加した文化祭では、ダンジョンが出来て以来初めての文化祭という事もあり、自分の学生時代とは色々違いがあった。
「探索者の活躍の場が体育会系方面ばかりと思っていたけど、文化系の方面でも色々と活用され始めていたな」
探索者の能力として注目されやすいのは、まずはレベルアップの恩恵で顕著になる身体能力強化だろう。常人を遙かに超える運動能力を発揮し、プロスポーツ等で記録が大幅に更新されたというのは記憶に新しい。次に挙げられるのは、スキルと呼ばれる特殊能力だろう。種類は少ないが、漫画やアニメなどで用いられる力が画面や紙面から飛び出してきたようなものだからな。ロマン性で言えば、身体能力の強化よりコチラが遙かに上だ。
そして……。
「身体能力強化に付随し身体制御能力が強化された結果、器用さが上がって職人技とされる工芸分野での活躍も見込める、か」
書道部のパフォーマンスの一環として行われていた、お米に俳句を書くという技。アレを見た時は心底驚いたな、まさか5分と掛からず完成させるとは。虫眼鏡を使って字を確認して見たが、字がブレているという事も無く書道部らしい綺麗な字だった。
今回は字をお米に書くというパフォーマンスで、もしコレをお医者さんが会得していたら? 難手術と言われている精密作業が要求される手術等の成功率も上がり、救われる命も増えるかもしれないという可能性を感じさせられた。
「もしかしたら、コレからはこういった場所から革命的な発見や発展が起きるようになる時代が来るのかもな」
俺はコレから訪れるであろう時代の変化に、期待と不安が入り交じったモノを今回の文化祭で胸に抱いた。




