幕間六拾七話 文化祭実行委員会の奮闘 その3
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会議室に戻ってきた私は心配げな表情を浮かべる皆に、平穏無事に問題が解決したことを報告する。事の顛末を話すと皆、何とも言えない表情を浮かべながら、トラブル対応に出動した私に労りの言葉をかけてくれた。
まぁ大きなトラブルに発展しなかったのは良かったのだけど、こうも振り回されるとね?
「お疲れ様です星野実行委員長、空振りで大変でしたね」
「トラブルにならなかったのは良かったんだけどね……もう少し皆仲良くして欲しいな」
「ははっ、皆文化祭で気分が高揚してるからですよ。普段だったら気にもしないことに、過敏に反応してるって感じなんですよ」
「そうかもね。一触即発って聞いてたのに、結局は皆で仲良くお昼御飯だったんですから……」
周りの人から証言を聞き、あの光景を見た時の脱力具合ったら無かったわ。
「それはそうと、新たにトラブル報告もありませんし、星野実行委員長もお昼をとったらどうですか? 新しいトラブルが舞い込んでくる前に食べておかないと、午後からが持ちませんよ」
「そうね、お言葉に甘えさせて貰うとしようか」
私は中野君の言葉に甘え、昼食をとる事にした。と言っても、家から持ってきたお弁当を食べるだけなんだけど。本当は私も中庭で売られているような焼きそばか何かを買ってお祭り気分を味わいたいのだが、文化祭実行委員の中で委員長という責任ある立場なので、お昼時で混みに混んでいて戻ってくるのに時間が掛かる出店での買い食いは無理そうだ。
責任者が長時間離席していて実行委員の素早い行動が不能という事態は、些細なトラブルが大きくなる原因だからね。昨今の事情を考えると、トラブルの芽は小さいウチに潰すに限る。残念だけど、今回は我慢するしか無いかな。
「じゃぁ、頂きます」
普段と変わらぬお弁当の味を噛みしめて、私は取り敢えず無事?に文化祭の前半戦が終わったのだと実感が持てた。この調子で午後からも頑張ろう。
後半戦に入ってからも細々としたトラブル報告は続き、私達文化祭実行委員は方々を走り回りトラブル対処に当たっていた。
本当にちょっとしたトラブルから、あわや一触即発に発展しかねなかったトラブルまで様々だ。文化祭の空気になれてきたからって、皆テンションが高くなりすぎてるのかな?
「はぁ、午前中より大分忙しいよ」
「そうですね。終了までまだ2時間もあるのに、既に午前中とほぼ同量のトラブルが起きてますから」
「何でこんなに、トラブルが急増したのかな……」
「午後になってから、外部からのお客さんがたくさん来てますからね。報告に上がってきたトラブルの原因の多くに、外来のお客さんが関わってます」
中野君に渡されたトラブル原因を纏めた手書き資料を見てみると、確かにトラブルの原因には外来のお客さんと店員である生徒との間でのトラブルが関わっていた。
「接客態度に納得出来ない……か」
「店員をやっている生徒の全員が全員、専門の教育を受けてるわけでは無いので仕方が無い部分はあると思いますが……聞き取り調査をした所によると、忙しさにかまけてかなり適当な接客をしてたみたいです。文化祭の模擬店とはいえ、最低限の接客はして貰いたい物です」
「そうね。お客さんの方からするとお金を払ってるのだから、学校のイベントでというのを引いても最低限の接客というのも必要よね」
「ええ。お客さんも学校イベントというのは理解してるでしょうから、最低限の接客マナーを守っていればこの手の問題は起きないでしょう」
一体どんな接客をしたのか気にはなるが、こうしたトラブルを記録しておき来年の文化祭の時には注意喚起してもらっておいた方が良いでしょうね。
今年はもう手遅れだけど。
「接客マナーの向上については来年の課題として、今年は問題が大きくならないように素早く対応しましょう。それしかないわ」
「そうですね。接客マナーが原因になってトラブルになっている可能性が高いと、他の実行委員にも周知しておきます。原因究明が早くなれば、仲裁も多少は楽になるでしょうから」
「そうね、お願いするわ中野君。後もう少しで文化祭も終わるし、大きなトラブルに発展しないように頑張りましょう」
「はい」
多数の外来客が興味を持ってウチに来てくれるのは嬉しいのだが、こういった問題が頻発するのは本当に止めて貰いたい。ヤッパリそろそろ、ウチの学校でもチケット制を導入した方が良いのかな?
保護者や親しい知り合いに外来客を限定すれば、この手のトラブルも減らせるだろうし……。
「失礼します」
中野君と雑談という名の愚痴を漏らしあっていると、会議室の扉が開き一人の少し不機嫌そうな表情を浮かべた男子生徒が入ってきた。
どうやらトラブル発生のようだ。
「どうしました?」
トラブルの多さにウンザリしつつ、私は気付かれないように小さく息を漏らしながら、努めて真面目そうな表情を浮かべ男子生徒に問い掛けた。
中野君も真面目な表情を浮かべながら私の隣に立って、視線で話を促している。
「あっ、その、少し困っていまして……」
「困り事……というのは文化祭関連の話ですよね? 何かお客さんとのトラブルでも起きましたか?」
私の問い掛けに、男子生徒は軽く息をすって一拍間を置いてから話し始めた。
「その……近くの部活の模擬店に行列が出来ていて、その行列が長すぎて少し迷惑と言いますか……」
「えっ、行列ですか?」
「はい。常時10人以上の外来客が並んでいて威圧感と言いますか、他のお客さんが近寄りがたい雰囲気になっているらしく、在校生が寄りつかなくなっている感じで……」
長い行列が出来てると言うのは珍しく無いが、常時10人以上というのは珍しい。それも部活の模擬店でとなると、どのような展示をしているのか些か興味がそそられる。
「そうですか。でも行列が長いというのは、その部の努力の成果が認められた結果なので、行列自体を解散させることは出来ませんよ? 出来るとしたら……行列の整理を行って貰って他の所に迷惑が掛からないようにして貰うくらいですね」
言い方はアレだけど、他の部の模擬店の繁盛具合に嫉妬し私達に訴えているだけなら、聞く耳を持つ気は無い。寧ろ、嫉妬してる暇があるならお客さんに自分達の店をアピールしなさいと言うわね。
だけど男子生徒の反応から、単なる嫉妬からきただけの物では無いらしい。
「確かにそうですね。あの雰囲気を解消して貰えさえすれば、自分達も行列を解散させろとは言いません」
「そうですか、ではウチの方から行列整理の要請を出しておきます。ただ、アナタの訴えにある雰囲気の解消ですが、行列を整理させたからと言って雰囲気が解消されるとは限りません。その辺は予め承知しておいて下さい」
「分かりました。多少でもマシになれば、在校生の往来もしやすくなると思います。よろしくお願いします」
男子生徒の訴えを聞き終わり、私は取りあえず訴えがあった部活の模擬店に赴くことにした。雰囲気という曖昧なモノを改善してくれという訴えなので解消出来るか分からないが、取りあえず長い行列が邪魔になっているという所は改善させよう。
そして私は訴えがあった部活の模擬店の前に来て、思わず目を見開いた。
「話には聞いていたけど、確かにこの雰囲気の中には入りづらいわね」
私の眼前には、ドコか焦ったような雰囲気を漂わせる外来客……多分ウチの生徒の保護者が大半なのだろうが、10人以上行列を作っていた。皆一様に待ちくたびれたような、焦れったいような雰囲気を出しており、その相乗効果で在校生が近付きづらい雰囲気で廊下が満たされていた。
「それにしても、今日は縁があるわねココ」
私は行列の先にある問題の部活の模擬店を見て、小さく溜息を漏らす。
この部の生徒が悪いわけでは無いのだろうが、つくづくトラブルに巻き込まれやすいらしい。
「先ずは、彼等に話を通しておきましょう」
そして私が並んでいる人達に軽く会釈をし文化祭実行員である事を説明しつつ部屋に入ろうとしていると、部屋の中から聞き捨てならない話し声が聞こえてきた。
午前中にもこの部に訪れる原因になった、スカウトマンの声だ。
「……はぁ」
どうやらこの部、本当にトラブルに愛されてるらしい。
私は溜息を漏らしつつ、聞き耳を立て部屋の中の様子を窺う。
「上手く捌いて居るみたいだけど、後始末をするのは私よね……」
部屋の中で一騒動あった後、一人の男性が慌てた様子で飛び出してきた。彼の脅し文句が効いたらしく急いでこの場を離れようとしているが、午前中の対応もありそのまま見逃すわけには行かない。
そして私は部屋を飛び出してきたスカウトマンの男性の後を追い、階段の踊り場で立ち止まった男性に話し掛ける。
「すみません、少しお話を聞かせて貰えますか?」
私が声を掛けると男性は一瞬体を震わせ驚いた後、焦った表情を浮かべながら私の顔をドコか怯えたような眼差しで見て来た。
そして私は男性が何か口を開く前に、畳みかけるように自己紹介を行う。
「文化祭実行員会の者です。聞きたいお話というのは、先程の当校生徒に対するスカウト行為についてです。本日の来校及びスカウト行為、学校の方に許可は取られていますか?」
「……」
私の質問に男性は無言のまま、表情が徐々に青ざめ血の気を失っていく。
そして質問から10秒ほど間を置いても男性から何の発言も無いので、私は態とコレ見よがしに大きな溜息をつく。
「どうやらそのご様子では、無許可によるスカウト行為だったみたいですね」
「……」
「ご同行頂けますか? 今回の件は私達の手に余りますので、学校責任者の方に判断して貰います」
私の学校への引き渡し宣言に、スカウトマンの男性は完全に血の気が失せた表情を浮かべ力無く項垂れた。変に抵抗されても困るが、ココまで無気力を体現したような姿を見せられると、私の方が悪いことをしているように感じてくる。
悪いことをしたのはこの人なんだけど……不思議だな。
「では、ご同行を」
私は項垂れるスカウトマンの男性を引き連れ、職員室へと歩き出した。
はぁ、行列整理の件は他の人に行って貰うしかないわね。
スカウトマン男性の学校への引き渡しも終わり、会議室に戻ってきた私は溜息を漏らしつつ行列整理の件を交代した実行委員から報告を聞く。
そして報告を聞き、如何して行列に並んでいた保護者?達が妙に焦っていたのか理由に気付く。
「そうですか、探索者に関わる税金の話が模擬店の内容だったんですね。だから……」
「はい。彼等が配布していたプリントを貰ってきましたが、確かにこの内容が広まっているのだとすると、行列を作っていた保護者?の方達が焦っていたのも当然ですね」
「扶養者控除の限度額、ですか。確かにこんな物、普通の高校生は意識しませんからね。そして意識しなかった結果、年末につけが回ってきますよ……か」
「探索者学生を子に持つ親なら、関わる関わらないは別に取りあえず話を聞いておこうと思うでしょう。その結果が、あの妙な雰囲気漂う大行列でした」
話を聞く限り、行列の整理自体は出来たとのことだが、雰囲気の改善は無理だったとの事。まぁこの内容を考えると、雰囲気の改善は無理でしょうね。
寧ろ、このプリントを探索者をやっている生徒に配布しておいた方が良いんじゃないかしら? 文化祭の発表用に簡単に纏めているとは書いてあるけど、探索者をやっている学生はコレを切っ掛けに自分で税務署なり税理士なりに相談するように動いた方が良いわ。
「取りあえず、また彼が雰囲気が改善されていないと苦情を言いに来たら、このプリントを見せながら説明しましょう。恐らく、あの雰囲気の原因に理解を示してくれると思うわ」
「だと良いんですけどね。尤も、私達では改善のしようが無い問題ですし……」
「そうね……「はぁ」」
彼が持ち帰ってきたプリントは既に文化祭実行委員会の中で回し読みされており、探索者をやっている実行委員は青い顔をしながら今年に入り自分達が探索者として稼いできた金額を思い出していた。知らなかったの?と言いたげな眼差しを浮かべる実行委員、控除範囲内でホッとした表情を浮かべている実行委員もいれば、青い顔で天を仰いでいる実行委員もいる。
まさに、阿鼻叫喚と言っても良い光景だ。そして恐らく今日明日にでも、当校生徒が各家庭で相対する光景でもあった。
「最後の最後で特大のトラブルが起きたわね、文化祭自体には余り関係ないけど」
「そうですね、流石にコレは予想外でした」
「予想出来ないわよ、こんなの」
「……それはそうと星野実行委員長、そろそろ終了の時間です」
「そうね……じゃぁ放送室に移動しましょうか」
私と中野君は悲喜こもごもな会議室を後にし、文化祭終了宣言を出す為に放送室へと向かった。
そして時計の針が16時を回ったことを確認し、私は文化祭終了宣言を行う。最後の最後で締まらない感が出てしまったが、全校生徒を挙げて行った文化祭は幕を下ろした。




