幕間六拾五話 文化祭実行委員会の奮闘記
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放送室から文化祭開催宣言の放送を終えた私は、マイクのスイッチを切りつつ安堵の息を吐く。夏休み直後から文化祭の準備が本格化し、忙しい日々に追われる一月でしたが、いよいよその成果が出る日を迎えました。少し思い返すだけで、今日に至るまでの苦労が走馬灯のように思い出せます。
後は今日一日、無事に文化祭が終わることを祈るばかりですね。まぁ、難しいことなんでしょうが。
「お疲れ様でした星野委員長、素晴らしい開幕宣言でしたよ」
開幕宣言を終えた私に、文化祭実行委員会副委員長の中野君が労りの声を掛けてくれた。この忙しい一月を共に戦った仲間だ。
そんな彼の瞳にはヤル気に満ちた輝きがあるが、表情には若干疲労の色が見え隠れしている。色々な許可取りの為に、今日まで校内外を走り回ってたからな。
「ありがとう、中野君。でも文化祭はまだ始まったばかり、本当に忙しいのはコレからよ?」
「ははっ、そうですね。大きなトラブルとかが起きないと良いんですけど……」
「私もそう思うわ」
自分達としては事前に出来る準備は万全に整えたつもりではあるが、多くの人が集まるイベント故に大小様々なトラブルが起きるのは容易に予想出来る。
ホント、大きなトラブルだけはやめて貰いたいなぁ。
「それじゃぁ星野委員長、軽く予定通り学校内の見回りに行ってきますね。始まって早々、トラブルは起きないと思いますけど……」
「ええ、よろしく頼むわね。それともしかしたら、まだ開店準備が終わってない所も有るかも知れないわ。そんな所には、無茶な事はしないように注意しておいて。そろそろ外来のお客さんも入ってくるだろうから、学校内も結構混雑するようになると思うから。事故が起きてからだと遅いものね」
「分かりました、そういう所には注意しておきます。事故は怖いですからね」
ダンジョン出現以来、最近学生の間では探索者になってダンジョンへ行く事がブームになっている。その影響で探索者はレベルにもよるが、一般人を大きく超える身体能力を持っており、小柄な女子生徒でも大きな荷物を持ち運ぶことが可能になっていた。実際、文化祭前日の準備でもその手の光景を良く目にしていたので、今では見慣れてしまっている感すら有る。
しかし文化祭開幕となった今、そんな光景が繰り広げられては困る。ココからは外来客が大勢入ってくるので、校内の人口密度が一気に増していく一方。そこに開店が間に合わず焦って大荷物を運搬した結果、人とぶつかって大怪我をさせたとなると大問題だ。
「では」
「行ってらっしゃい」
中野君が見回りに行くのを見送った後、私もお手伝いをしてくれた放送部員にお礼を言い放送室を後にする。この後は文化祭実行委員会に割り当てられた会議室で待機し、何かトラブルがあれば随時対処していく予定だ。
見回りなどもあるので、一日会議室に缶詰というわけではないが中々退屈な役回りかな。
会議室で他の文化祭実行委員と雑談をしながら待機していると、開始早々にトラブルが発生した。何でも複数の外来客が、探索者生徒に強引なスカウトをしているとの通報。通報を受けた最初はスカウト?と思ったが、被害に遭っているという生徒……部活の名前を聞き納得してしまった。
確かに体育祭でアレだけの活躍?をした人達だと、スカウトの声が掛かるというのも分からなくはない話である。ただし文化祭で、それをして良いという話ではないのだけど。
「そうですか。それは今も?」
「はい。沢山のスカウトさん?に囲まれて、とても困ってそうでした」
「分かりました、通報ありがとうございます。後は此方の方で対処します」
「よろしくお願いします」
通報してくれた生徒が軽く頭を下げながら会議室を出て行くのを見送った後、私は素早く指示を出していく。こういう問題は早め早めで対処していかないと、ドンドン問題が大きくなっていくからね。
「では、現場には私と数名の実行委員で向かいます。複数のスカウトが居るとのことなので、コチラもある程度数を揃えていかないと拙いでしょう。それと中野君、直ぐに職員室の方へ向かって、事実確認をとって来てくれるかな。学校の方で文化祭開催中のスカウト許可を出したかどうかって。それと多分許可は出してないと思うから、先生を何人か連れて現場にきてちょうだい」
「了解。確かに学校側もこのタイミングでは許可なんか出さないだろうから、無断でやってるんだろうね。事情を話せば、先生の同行は可能だと思うよ」
「お願いするね。私達は先に行って時間稼ぎをしておくから、スカウトさん達への対処自体は先生達に任せるから、出来れば校長先生や教頭先生何かの外来客の対応に決定権のある人を一人は連れてきて」
「何とか頑張ってみるよ」
生徒同士のトラブルなら兎も角、外来客の絡む問題だと学校が表に出て対処して貰わないと対処しきれない。下手をすると、文化祭以降も問題になる案件だからね。外部にも開かれたイベント中とはいえ、校内へ無許可で侵入し学校側の許可も取らずに在校生への強引な勧誘。
こんな面倒な問題、コチラでは対処しきれないわ。
「じゃぁ貴方達二人は、留守番に残って下さい。他の人は私と一緒に現場へ向かいます」
「「「分かりました」」」
「残る二人には、他にトラブルが持ち込まれた際の対処を任せます。もし手が足りない場合は、私達に連絡を入れて下さい」
「「了解」」
一通りの指示を出し終えると、私達文化祭実行委員はトラブル解決の為に動き出す。大きなトラブルは起きて欲しくないと思っていた開催直後に、外来客を巻き込んでのトラブルが起きるなんて……この先が不安で仕方が無い出だしだ。
そして少々重い足取りで問題の現場に辿り着くと、名刺を差し出している数名の外来客……通報によるとスカウトマンらしいが、困った表情を浮かべる二人の女子生徒を前に互いに牽制合戦をしていた。何をしてるんだろう、アレは?
「是非ともウチに来て下さい。給与も応相談で……」
「いやいや、ウチに来て頂けるのなら高額報酬を……」
「ウチでしたら、装備品や消耗品は全て会社持ちで……」
どうやら好条件を餌に、彼女達の気を引こうとしているらしい。字面だけで考えると好条件ではあるが、学校の許可も当人とのアポも取らずにこんな所まで押しかけてくるスカウトの話など疑わしい限りである。
まともな所のスカウトなら、少なくとも事前に許可取りとアポ取りはしてるはずだ。
「あの、すみません! 文化祭実行委員会の者です、コチラでトラブルが発生したと聞き参りました」
言い争う大人の中に飛び込まなければならないという事に少々気が引けるが、私は覚悟を決め声を掛け割って入る。
するとスカウトマン達の言い争いは一時的に止まり、困惑顔を浮かべていた女子生徒達の視線が此方に向き、私達の姿を認識すると安堵の表情を浮かべた。
「! ああ、実行委員の方ですか。助かりました。こちらの方々が……」
スカウトマン達が再び動き出す前に、機先を制すように上級生らしき女子生徒の方が状況を説明してくれる。ココでまたスカウトマン達が我先にと口を開き始めると事態が収拾しなくなるので、この判断は助かった。
お陰でスカウトマン達も若干居心地の悪そうな表情を浮かべつつも、女子生徒の状況説明中に口を挟むような真似はしてこなかった。
「なるほど……それは困りますね」
「はい。ですので、文化祭の最中に行うには場違いな話なのでお帰り頂きたいとお願いしたのですが……」
「聞き入れて頂けなかった、というわけですね?」
「はい」
女子生徒からの事情説明を聞けば聞くほど、このスカウトマン達の行動の非常識さに頭が痛くなる思いだ。開幕宣言を受け外来客の受け入れが始まった直後にこの店までやってきて、展示内容を見ることもせずにいきなりスカウト話を始めるとは……。しかも女子生徒が言うには、スカウトの声を掛けてきたこの人達とは一切の面識も無く、予想通り事前に会う約束はしていないとの事。
思わずマジか!?といった眼差しで、自称スカウトマン達を見た私は悪くないはずだ。一緒についてきた文化祭実行委員の子達も、私と同じような眼差しを向けてるしね。
「……すみません。一応、アナタ達の方のお話も聞かせて貰えますか? どちらか片方の話だけを参考にすると、判断を間違う可能性もありますので」
「「「ああ、えっと、その……」」」
溜息を漏らしたいのを堪えつつ、若干面倒くさそうな表情が出そうになるのを隠しながら、真面目な表情を浮かべ私はスカウトマン達の話を聞こうとする。話を聞かずとも状況証拠だけでアウトと判断出来るが、一応スカウトマン達の話も聞いておかなければ不公平感が出るかもしれないからね。
とはいえ、話を聞こうと顔を向けた先に居るスカウトマン達はバツの悪そうな表情を浮かべながら意味の無い呻き声を漏らすだけだ。うん、どうやら反論はないらしい。
「……そうですか、では彼女の説明に異議はないとして話を進めさせて貰います。彼女に面会のアポのない話をしたとのことですが、学校の方にスカウトの許可は取られていますか? 流石に校内での生徒への無許可スカウト行為は、問題行動になりますので」
「「「……」」」
私の問いに、スカウトマン達は一斉に視線を逸らしそっぽを向いた。つまり、それが答えという事なのだろう。私は思わず天を仰ぎそうになったが、何とか堪え頭痛を抑えるようにコメカミを指先で揉む。校外でなら兎も角、流石に校内で学校に無許可でスカウト行為は拙いだろうに。学校としても、そんな事をされたら黙っている訳にはいかなくなる。
現に、ほら……。
「すまないが、その話に私達も参加させて貰っても良いかな?」
中野君に引き入れられた、教頭先生ご一行が不機嫌そうな表情を浮かべているのだから。
どうやら私達の時間稼ぎは成功したらしい。これから先は、学校とスカウトマン達で解決して貰う話よね。
「あっ教頭先生、お疲れ様です。態々ご足労頂きありがとうございます」
「いや、星野君こそ素早い対応感謝するよ。ここから先は私達の方で対応するので、君達は文化祭運営の方に尽力してくれ」
「分かりました、後の対応はお任せします」
教頭先生は私達に向かって優しげな眼差しと表情でお礼と激励の言葉を口にした後、教頭先生達の登場で狼狽するスカウトマン達に厳しい眼差しを向け口を開く。
「ああ、任せてくれ。……さて、そういう訳ですので皆さん、我々と一緒に来て頂けますか? 少々、お話がありますので」
「「「ああ、えっと、その……」」」
「ご同行、願えますね?」
「「「は、はい……」」」
スカウトマン達は蛇に睨まれた蛙の様に少々青ざめた表情を浮かべながら、教頭先生のお願いを聞き同行することを承諾した。お願いとは言ってるけど、コレって拒否権ないよね?
そして私達はスカウトマン達を連れて行く教頭先生一行を見送った後、トラブルに巻き込まれた女子生徒達へのフォローを行うことにした。幾ら彼女達が探索者学生として強いとはいえ、いきなりこんなトラブルに巻き込まれたら滅入るはずだ。
「えっと大丈夫だったかな? 開始早々、こんなトラブルに巻き込まれちゃって……」
「ああ、いえ、大丈夫です。それよりも、助けて頂いてありがとうございました。いきなり彼等に詰め寄られて、コチラとしてもどう対処して良いか困ってました」
「そうですよね。文化祭の最中に関係の無い話を持ち込んでくるなんて、マナーのなっていない人達です。でも安心して下さい、先生達が動いてくれていますので、彼等が此方へ来ることはもう無いと思いますよ」
学校側の対応方針にもよるとは思いますけど、彼等は良くて聞き取り調査の後に退校処分、悪ければ警察のお世話でしょうから。少なくとも今日中に彼等が、もう1度コチラに顔を出すことは無いはずだ。
私がそう伝えると、彼女達は安堵の表情を浮かべながらお礼を口にした。
「また来られたらどうしようと不安でしたが、学校側がちゃんと対応してくれるのなら助かります。私達も文化祭で訪れるお客さんに日頃の活動成果を披露しようと準備してきたので、あの方達のような人に何度も押し掛けられたらたまったモノじゃ無いですから」
「そうですよね。皆が一生懸命準備して開く文化祭なんですから、見に来て貰った人達にも楽しんでいって貰いたいものです。その為にもあの人達のようなマナーのなってない人達には、私達が中心になって確り対処していきますので安心して下さい」
「……はい」
私の宣言にスカウトマン達に詰め寄られていた女子生徒達は、感心したような表情を浮かべていた。
「それでは、この後も展示の方頑張って下さい。また何か問題があれば、実行委員会の方まで知らせて下さい」
少し格好つけすぎたと思い、私は自分のした事に少々気恥ずかしさを覚え若干頬を赤く染めながら別れの挨拶をし立ち去ることにした。後ろの方で同行していた実行委員の人達が小さな苦笑を漏らす音が聞こえたが、気のせいですね気のせい。




